1 / 6
第1話「受験生」
しおりを挟む
「池下ぁ、ドッジボールやろうぜ!」
帰りの会が終わるやいなや、うしろから都築の高い声がきこえた。
「うーん、ごめん。今日はちょっと」
「また図書館かー、好きだよなあホント」
都筑が、なかばあきれたような表情で肩をすくめる。
「うん、悪いな」
リアクションに迷いながら、半笑いをうかべて答えた。
「覚くんは受験生なんだから、だれかさんと違って暇じゃないのよ」
斜めうしろの席の山内さんが、ランドセルに教科書をしまいながらくすりと笑って言った。
「ちぇっ、どうせ俺は暇人だよ」
都筑が爽やかな半笑い――というのはなんか変な形容かもしれないけど――を返し、クラスメイトたちを率いて出て行った。
都筑はさっきああ言ったけど、僕のほうこそそう思う。毎日毎日、中休みにも昼休みにもドッジボール、おまけに放課後までやるって。好きだよなあ、ホント。
僕もドッジボールは嫌いじゃないし、都筑や他のみんなも良いやつだからそれなりに付き合っているけれど、放課後はちょっと遠慮したい。授業のあとで疲れているし、山内さんが言っていたように、僕はこれでも受験生だ。志望校はそこまでの難関校ではないにせよ、それなりに準備していなければ苦労するのは目に見えている。
クラスメイトたちに挨拶し、帰り道とは反対の方向を歩く。塾のない日は市の図書館でひと勉強してから帰るのが、ここ数ヶ月の習慣になっていた。家に帰るとどうしてもだらけてしまうし、何かと障壁が多くて思うように勉強できない。
「お勉強しっかりね」なんてひと事みたいな忠告を三日に一回ぐらいするくせに、リビングで海外ドラマなどを大ボリュームで観ている母さんには、それならせめてまともな学習環境ぐらい整えてくれるのが親の役目だろうと悪態のひとつもつきたくなるけれど、そんなことしたって状況は変わらない。だから、自分でなんとかするよりないんだ(自分の部屋があれば万事オーケーなのだが、あいにくないので勉強机はリビングに置かれている)。
歩きながら、口の中がむずがゆくなる。午後の家庭科の授業で作った菜の花の天ぷらが、これ以上ないくらいに不味かったのだ。
なんで小学生の調理実習でそんな年寄りくさいものを作らなければならないんだと、クラス中非難ごうごうだった。それに、植物を食べるということ自体が、僕はどうにも受け入れられなかった。
動物を食べるのは大丈夫で、なぜ植物となると眉をひそめてしまうのか自分でもわからないが、たぶん日ごろから馴染んでいるかいないかということなのだろう。天ぷらにしてあっても、あの独特なまとわりつくような苦みは、お子様な味覚しか持ち合わせていない僕にはハードルが高すぎた。
図書館に着き、中に入る前に横の自販機でドリンクを買った。果汁百パーセントのアップルジュースが、口のなかにしつこく残る苦みをケアしていく。三百ミリリットル弱をその場で飲み干すと、身体がすうっと冷えてきた気がした。
十一月も下旬となり、秋風が身体に溶け込みやすくなっている。ペットボトルをゴミ箱に捨て、足早に中へすべりこんだ。
帰りの会が終わるやいなや、うしろから都築の高い声がきこえた。
「うーん、ごめん。今日はちょっと」
「また図書館かー、好きだよなあホント」
都筑が、なかばあきれたような表情で肩をすくめる。
「うん、悪いな」
リアクションに迷いながら、半笑いをうかべて答えた。
「覚くんは受験生なんだから、だれかさんと違って暇じゃないのよ」
斜めうしろの席の山内さんが、ランドセルに教科書をしまいながらくすりと笑って言った。
「ちぇっ、どうせ俺は暇人だよ」
都筑が爽やかな半笑い――というのはなんか変な形容かもしれないけど――を返し、クラスメイトたちを率いて出て行った。
都筑はさっきああ言ったけど、僕のほうこそそう思う。毎日毎日、中休みにも昼休みにもドッジボール、おまけに放課後までやるって。好きだよなあ、ホント。
僕もドッジボールは嫌いじゃないし、都筑や他のみんなも良いやつだからそれなりに付き合っているけれど、放課後はちょっと遠慮したい。授業のあとで疲れているし、山内さんが言っていたように、僕はこれでも受験生だ。志望校はそこまでの難関校ではないにせよ、それなりに準備していなければ苦労するのは目に見えている。
クラスメイトたちに挨拶し、帰り道とは反対の方向を歩く。塾のない日は市の図書館でひと勉強してから帰るのが、ここ数ヶ月の習慣になっていた。家に帰るとどうしてもだらけてしまうし、何かと障壁が多くて思うように勉強できない。
「お勉強しっかりね」なんてひと事みたいな忠告を三日に一回ぐらいするくせに、リビングで海外ドラマなどを大ボリュームで観ている母さんには、それならせめてまともな学習環境ぐらい整えてくれるのが親の役目だろうと悪態のひとつもつきたくなるけれど、そんなことしたって状況は変わらない。だから、自分でなんとかするよりないんだ(自分の部屋があれば万事オーケーなのだが、あいにくないので勉強机はリビングに置かれている)。
歩きながら、口の中がむずがゆくなる。午後の家庭科の授業で作った菜の花の天ぷらが、これ以上ないくらいに不味かったのだ。
なんで小学生の調理実習でそんな年寄りくさいものを作らなければならないんだと、クラス中非難ごうごうだった。それに、植物を食べるということ自体が、僕はどうにも受け入れられなかった。
動物を食べるのは大丈夫で、なぜ植物となると眉をひそめてしまうのか自分でもわからないが、たぶん日ごろから馴染んでいるかいないかということなのだろう。天ぷらにしてあっても、あの独特なまとわりつくような苦みは、お子様な味覚しか持ち合わせていない僕にはハードルが高すぎた。
図書館に着き、中に入る前に横の自販機でドリンクを買った。果汁百パーセントのアップルジュースが、口のなかにしつこく残る苦みをケアしていく。三百ミリリットル弱をその場で飲み干すと、身体がすうっと冷えてきた気がした。
十一月も下旬となり、秋風が身体に溶け込みやすくなっている。ペットボトルをゴミ箱に捨て、足早に中へすべりこんだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
ボールの行方
sandalwood
青春
僕は小学生だけど、これでも立派な受験生。
放課後、塾のない日は図書館に通って自習するほどには真面目な子ども……だった。真面目なのはいまも変わらない。でも、去年の秋に謎の男と出会って以降、僕は図書館通いをやめてしまった。
いよいよ試験も間近。準備万端、受かる気満々。四月からの新しい生活を想像して、膨らむ期待。
だけど、これでいいのかな……?
悩める小学生の日常を描いた短編小説。
みいちゃんといっしょ。
新道 梨果子
ライト文芸
お父さんとお母さんが離婚して半年。
お父さんが新しい恋人を家に連れて帰ってきた。
みいちゃんと呼んでね、というその派手な女の人は、あからさまにホステスだった。
そうして私、沙希と、みいちゃんとの生活が始まった。
――ねえ、お父さんがいなくなっても、みいちゃんと私は家族なの?
※ 「小説家になろう」(検索除外中)、「ノベマ!」にも掲載しています。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる