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継母の品格、そして溺愛される

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 そうして、少しばかり月日が経ち。私とコルネリア様の心の距離は縮まり、いよいよケディック卿が帰還するとの一報が入った。コルネリア様は大いに喜んだ。もちろん、私も――。

(これは「契約結婚」です。期待するのは、烏滸がましいというものです)

 私は密かに抱いた淡い想いをそっと仕舞いこんだ。



 ケディック卿が帰還する、その日。私はコルネリア様と共に、出迎えのため城門の前でその時を待っていた。並びに、騎士と使用人総出で出迎える手筈となっている。
 不意に、コルネリア様と繋いだ手に力が込められる。きっと、彼女も久しぶりに会う父に緊張しているのだろう。視線を彼女に向けると、少しだけ表情がこわばっていた。こういう時、私がコルネリア様の傍にいて差し上げることができて、よかったと心から思う。
 私はコルネリア様の手を少しだけ引いて、そっと語り掛ける。

「大丈夫ですわ、コルネリア様。久しぶりの再会なのですから、きっとケディック卿も嬉しいはずです」
「リリー様……。わたし、リリー様と出会えて本当によかった」
「そう仰って頂けて、私も嬉しいですわ」

 そんな和やかな雰囲気は一変。馬が闊歩する音、鎧を纏った騎士の重厚な足音が聞こえてきた。

「ノーマン・ケディック辺境伯、無事御帰還!!」

 騎士の掛け声を聞くや否や、視線を前に向けた。そこには、黒く艶やかな馬に跨る歴戦の騎士の姿。彼は、私とコルネリア様を視界に捉えると、颯爽と下馬する。そして、ゆったりとした歩みでこちらに向かって来た。
 
(一言でいうなれば、熊ですわね)

 じっと見据えた視線の先。佇むケディック卿は、熊というに似つかわしい体格をしていた。その顔には、歴戦を思わせる大きな傷が眉から頬にかけて刻まれている。短く切られた赤毛の髪、コルネリア様より少し色は濃いように思う。瞳は淡い緑色で、彼の目元の印象を合わせれば淡いはずの色合いも鋭く映るのだから不思議なものだ。
 確かに、彼の風貌を見れば、都市部のうら若い淑女は卒倒してしまうほどの威圧感を感じずにはいられないだろう。
 
(ですが!!それが、いい!!まさに、剣をふるうための!!)

―― いけません、つい胸の高鳴りが抑えきれずに口から出てしまう所でした。
 私は咳払いをしつつ、彼を見据えた。私とコルネリア様の目の前に辿り着いたケディック卿は、開口一番に謝罪を口にした。

「遅くなり、申し訳ありません」
「いいえ、王命で僻地に赴いてらっしゃったのですから。それに、贈り物まで」

 贈り物をちらり、と見やる。そこには、大鹿から採れたであろう立派な角と、処理された毛皮。
 確かに、淑女への贈り物がこうした戦利品であったのならば、到底受け入れられないものだ。コルネリア様の御母堂が逃げ出したのも ――、ごほん。使用人から聞き及んだことであるため、この情報は不要だ。

 私と挨拶を交わしたケディック卿は、隣に佇むコルネリア様へ声を掛ける。その目は慈愛に満ちていて、いい親子関係なのだと一目で分かるものだった。
 ケディック卿はコルネリア様の目線に合わせて屈み、そっと語り掛ける。

「コルネリア、大事なかったか?」
「はい!お父様。それで、は?」

 元気よく答えるコルネリア様。とても可愛らしい、と私も微笑んだ。「例のもの」その先の言葉に疑問を抱く前に ――。ケディック卿は立ち上がり、私へ視線を送った。
 突如として、目の前に現れた大きな花束。それは私の名の由来、白百合の花束だった。無骨なケディック卿が贈るにしては不釣り合いで。しかし、それが却って彼の誠実さを表すには十分だった。

「貴女は、その……宝石などは余り好まれないと伺いまして」
「あら」
「その、私としても何を贈ればよいか一晩中考えた末に……。情けないのですが、娘に助言をしてもらったのです」
「コルネリア様が?」

 ケディック卿の言葉に首を傾げる私。―― 確かに、宝飾品は好まない私の趣味趣向。ですが、ケディック卿は知らないはず。
 すると、ケディック卿はコルネリア様をちらりと見やった。そこで私の脳裏に浮かんだコルネリア様と過ごした日々の中。もしや、あの日 ――、ケディック卿からの贈り物とお手紙が届いた日だ。確かに、コルネリア様は私を心配して、部屋まで訪ねて来た。まさか、あの時 ――。

 思考の渦の中から私を引っ張り上げたのは、ケディック卿の心地いい声だった。

「……、実は娘から貴女がどれだけ素晴らしい人なのか、手紙をもって聞かされております。お恥ずかしながら、私は、その……年甲斐もなく、貴女をお慕いしている」
「え?」

―― おや?おやおや?何だか、雲行きが怪しい。これは「契約結婚」。そのはずでは?
 ケディック卿の顔が見るみるうちに、赤く染まって行く。その壮年らしからぬ、可愛げのある表情は私の胸を打ち抜いていく。

「実は……貴女のような方を探していた。娘を愛し、辺境という僻地にも理解があり、臆さず、凛とした強さがある人を。剣を愛し、剣に生きる貴女の話を聞いて、居ても立っても居られず。是非、私と結婚して頂けないでしょうか?」

 ケディック卿のあまりの熱弁に、私は金魚のように口をはくはくと開閉させている。

 そもそも、既に私たちは『婚約』している身なのだ。それなのに、わざわざ愛の告白とプロポーズをして下さるケディック卿。そのような殿方、私が惹かれないはずもなく。了承の意を込めて花束を受け取ろうと、空いた手を伸ばす。
 すると、ケディック卿は私の手を一目見て ――。

「貴女の手は、剣に愛された手だ」

 私はレースの手袋をしているにも関わらず、手を見ただけで、どれだけ剣を握ってきたかが分かるケディック卿は相当な実力者なのだろう。ただ、私の思考は違う意味で埋め尽くされていた。精悍な顔を綻ばせて、ケディック卿はそう言った。私の体温が一気に上昇したような錯覚に陥る。
 
(なんて、なんて素敵な言葉を掛けて下さるのかしら……!)

 ふと、コルネリア様と繋いでいた手が引かれた。視線を落とせば、にんまりと笑みを浮かべるコルネリア様。

「嬉しいです、!!」

 この一言で私は察した。

(こ、この子……!とてつもなく、したたかです……!!)

 どうやら私は、とんでもない親子に溺愛されているようです。
 
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