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13 心の花
しおりを挟むブルーベルのアドバイスを受けて、家に帰ってから、おばあちゃんに相談してみた。
「……なるほどね。飼っていた猫が死んじゃって、落ちこんでいるお友だちを、元気づけてあげたいのね」
「そうなの。だからおばあちゃんに、ミイちゃんへのお供えのフラワーアレンジメント、つくってほしいの」
おばあちゃんは私をまっすぐ見つめて、にっこり笑った。
「だったら、自分でつくってみない?」
「私が?」
「そうよ。恵梨が私のレッスンを受けたのは、あとにも先にも、おととしの春だったわね」
「う……うん、そうだね」
「あのとき、花ばさみで自分の指まで切っちゃって。わんわん泣いちゃったわね。私もケガをさせてしまったことを、今でもすごく後悔しているの」
あのときの傷はたいしたことなかったけれど、切ったことがショックで泣いてしまったんだ。
「だけどね、恵梨。お花にはなんの罪はないのよね。だからお花を嫌いにならないでほしいの。もしも興味があるなら、ぜひ生けてもらいたいわ」
私が花を生けるなんて、考えてもいなかった。
リビングを見わたせば、いろんな色の花が、花びんの中であざやかに咲いている。
みんなキレイ……それは、おばあちゃんが心をこめて生けたから。
私にもできるかな。キレイな花をキレイに生けて、奏子ちゃんに喜んでもらいたいな。
はさみが怖いというより、私……。
「やってみたい! おばあちゃん、教えて!」
「やってみましょう。まずはお供え用に、白っぽいお花、一緒に買いにいきましょうね」
そうして私たちは、近くのお花屋さんへいった。
近くのお花屋さん……川瀬真希の家に!
真希のお母さんは、ご両親、つまり、真希のおじいちゃんとおばあちゃんと三人で、お花屋さんを経営している。〝フラワー&カフェ・リバー〟といって、ハーブティーに力を入れたカフェも一緒に。
ここにお客さんとしてくるのも、遊びにきたのも、四年生のとき以来だ。
「いらっしゃいませ」
真希のお母さんがおばあちゃんを見るなり、
「あら、光代先生! いつもありがとうございます。恵梨ちゃんも! こんにちは」
って、歓迎してくれた。だからちょっと緊張しながら、私もごあいさつ。
「こんにちは、おばさん」
「恵梨ちゃん、久しぶりね。ちょっと会わないうちに、お姉さんぽくなったんじゃない?」
「そうですか? 背はやっぱりいちばん低いけど」
にひひと、笑ってみる。
「由香里さん、こんにちは。この子が自分で生けるって言ってくれて。お友だちの猫ちゃんの、お供えなんですけどね」
「まあ、お供え。けど、お孫さんが生けるって言ってくれるのは、うれしいですよね。うちの真希ったら、花に見向きもしなくなっちゃってね」
真希が、花に興味がなくなったってこと?
将来の夢は、お花屋さんて言っていたのに?
お店には花がたくさん並べられていて、とってもカラフルだった。
ステキな場所が身近にあるのに、どうして真希は、花に興味をなくしたのかな……。
とつぜん、お花屋さんの隣のカフェから、笑い声が聞こえた。お店どうしが中でつながっている。お茶を飲んでいる女子高生たちだった。
真希のお父さんも、お花屋さんとしてここで働いていた。お花屋さんで、ときどき、カフェの店員さん。
だけどいつからか、いなくなってしまった。真希の両親は離婚したと、真希にムシされるようになってだいぶたってから、ウワサで聞いた。
「それと、あのトルコもお願い」
キーパーという、ガラス張りの花の冷蔵庫から、おばあちゃんはおばさんに、白やうす紫の花を取ってもらった。
真希のお母さんが、白い紙にくるんでくれて、お会計をする。
「恵梨ちゃんは、何組になったの?」
きかれたということは、真希はお母さんに私のこと、なんにも話していないんだ。
「真希ちゃんとおなじ、二組なんです」
「そうなの? あの子、あんまり話してくれなくなっちゃって。反抗期かしら」
首をかしげたおばさんは、さびしそうだった。だから、
「言いそびれてるんだと思います、たぶん!」
て、言ってみた。
「そうかもしれないわね。それじゃ、恵梨ちゃん。アレンジ、がんばって作ってね」
「はい! ありがとうございます」
おばさんのお店をあとにして、家に帰ってから、いよいよレッスンがはじまった。
小さめのかごに、オアシスという緑色の、ぬれたスポンジみたいなものを入れた。
「ラウンドスタイルにしましょう。全体的に、こんもりまるくなるように。中心のお花は、いちばん大きくてキレイに見えるのがいいんだけど、どれだと思う?」
私は花を一本一本たしかめた。
「この真っ白い花かな。ふりふりの、花嫁さんのドレスみたいの」
「そう、このトルコキキョウ。よくわかったわね」
ほめられて、うれしくなっちゃう。やる気度、アップ!
「じゃ、それをちょうどいい高さに切ってみて。手を切らないように気をつけてね。長くなりすぎないように。これくらいに」
おばあちゃんが指をさした茎のところで、切ろうとしたんだけど……。
「なんだか、かわいそう。痛々しいよ」
「なれないうちは、そう思うのよね。〝これから魔法をかけるから、切らせてね〟そんなふうに思いながらやってみるといいわ」
「魔法?」
「そうよ。わたしはね、〝お花の美しさを引きだす、魔法使い〟、そんなふうにいつも思っているわ」
魔法使い……たしかにおばあちゃんの生ける花は、魔法がかかったみたいにキレイ。
そしてその、集中して生ける姿は、魔法使いみたいなんだ。
おばあちゃんはいつも、花をいろいろにデザインしていく。花はもっともっと、キレイに見えるようになる。それは、おばあちゃんの魔法。
そんな姿が、私は大好き。
「……やってみる!」
キレイになる魔法をかけるね、がまんして……そう思いながら、ちょきん、茎を切った。
トルコキキョウは痛いなんて悲鳴もあげずに、だまって切られていった。
だからといって、たいせつにあつかわないと、かわいそうだ。花や植物の声がきこえなくて、ほんとうによかった。
「こんどは葉っぱを整理しましょう。ちょっとむしり取ってみて」
え、おばあちゃん? 今、たいせつにあつかおうって思ったのに?
「むしり取るなんて、かわいそう」
「だいじょうぶよ。そのほうがキレイになるんだから。これも魔法なの」
言われるまま、葉っぱを取った。いくら魔法をかけるよって思っても、心がきりりと痛む。川瀬一派に冷たくあたられたときとは、ちがう痛み。
だけどがんばって、トルコキキョウをオアシスの真ん中にさした。おばあちゃんに教えてもらって、私の顔に花が向くように。
ほかの真っ白なトルコキキョウも、白いマーガレットも、うすいピンクのカーネーションも、名前をききながら切って、さしていった。
おばあちゃんのレッスンはとってもやさしいから、どんどんできる。
「お花ばかりさしても、見た目がきゅうくつになるわ。あいだに葉っぱを入れていくの。オアシスが丸見えにならないようにするためにもね」
そうしてレモン形の葉っぱのレモンリーフを、花のあいだにさしていく。
そんなこんなで、なんとかできあがった。
「完成ね。恵梨の、はじめての作品」
「作品? すごい、芸術作品みたい!」
「そうよ。この世にひとつしかない、作品なの」
「ありがとう、おばあちゃん。これ、今から奏子ちゃんのうちに持っていくね」
「きっと元気になるわよ。お花にはパワーがあるの。いってらっしゃい。もうすぐ夕飯だから、遅くならないでね」
ほがらかな声に送りだされて、私は友だちに会いに向かった。
奏子ちゃんのうちは、神社の隣だって聞いている。
夕暮れはもうすぐ。うっすらオレンジ色になりかけた空に、うすい雲がかかっている。
今日という日が、昨日になる準備をしているんだ。
ちょっと浮かれて歩くうちに、ふと思いだしてしまった。真希に言われたことを。
――いい子気取り。
もしかしたら、私が今からやろうとしていることも、そうなのかな。
いくら花に力があるっておばあちゃんに言われても、それを持っていく私がいい子気取りじゃダメ。
そんなの自己満足だ。どんなに花がキレイでも、喜ばせることはできない。
人にやさしく。動物にやさしく。物にやさしく。
それって、なんだろう……もしかして、ごうまん、ってやつ?
やっぱり私、いい子ぶっているの?
神社の前で、足が止まってしまった。鳥居のわきには、二匹の狛犬がすわっている。
せっかくつくったアレンジメントが、急に重たく感じられた。
どうしよう、これ……狛犬の前に、置いて帰りたくなっちゃう……。
とつぜん、足音がした。ふり返ると、そこには奏子ちゃんが立っていた!
かたむきはじめた太陽の光をあびたその顔は、すごくびっくりしている。
「あ……ども……」
もうーっ! 私ったら、もっと気のきいた言葉があるんじゃないの!?
「そ、奏子ちゃん、ど、どっかいってたっ?」
うわ、かみかみだよ。
「……ピアノのレッスン……」
こたえた奏子ちゃんが、私の手の中のアレンジメントを見ているのがわかった。なにか言わなきゃ。
「あのね、私、奏子ちゃんちに、いくとちゅうだったの」
「……うちに?」
こくり、私は大きくうなずいた。
「ミイちゃんにお供え! それから、奏子ちゃんに元気になってもらいたいから!」
奏子ちゃんの目に、みるみるうちに涙がたまっていく。
やっぱりよけいなこと、しちゃったのかな……。
「べつに私、いい子気取りのつもりはないよ……ただ自分が、したいようにしてるだけなの」
「……うん……うん……」
ついに泣きだした奏子ちゃんの肩が、ふるえている。私、でしゃばった?
「……うれしい……」
うれしい?
「もう恵梨ちゃんとは、おしゃべりできないと思ってた……わたし、ムシしたりして……」
「奏子ちゃん……私もね、またしゃべってくれるかわからなかったけど……とにかく元気をだしてもらいたくて、がんばってつくったの」
「これ、恵梨ちゃんがつくったの?」
私は、だまったままうなずいた。
「すごいね……お花屋さんがつくったのかと思った」
「おばあちゃんに教わりながら、つくってみたの」
「そうなんだ。すごいね……ありがとう」
アレンジメントのかごをわたすと、奏子ちゃんが抱きしめるようにして受け取ってくれた。
そのとき、私たちの手がふれた。トレーナーの下で、ペンダントが熱くなる。
よかった……奏子ちゃんと心、通じあえたってことなんだ!
私たち、ちゃんと友だちになれたんだ!
「わたしね、どうかしてた。恵梨ちゃんに不思議な力があるなんて、そんなこと思ったりして。ミイが死んだのを、だれかのせいにしたかっただけなんだよね」
「奏子ちゃん……」
「もっと遊んであげたらよかったとか、もっとおいしいもの食べさせてあげたらよかったとか、後悔ばかりあって。だれかに八つ当たり、したかったんだよね」
涙にうるんだ目が、夕陽に輝いている。
「ごめんね、恵梨ちゃん。わたし、ひどいこと言っちゃったよね。嫌われてもいいのに、やさしいね」
私は頭を左右にふった。思いきりふったから、くらくらしちゃう。
奏子ちゃんが見やぶったことは正しい。私に、不思議な力があるっていうこと。
だけど、それはぜったい、だれにも言えない。
「私、奏子ちゃんのこと、友だちだって思ってる。だから、それだけは信じて」
そう言うのがせいいっぱいだった。心がチクチクする。
それでも奏子ちゃんは、笑顔を浮かべてくれた。
「ありがとう。私にとっても、恵梨ちゃんは友だち」
「……うん!」
エリサワ同盟、復活だ。
うれしくて、泣きたくなった。うれしいのに泣きたいなんて、はじめてかもしれない。
風が吹いていく。春の風は、まだちょっと冷たくて、それでもやっぱり冬とはちがう。
帰り道、胸もとからペンダントを取りだした。
そこにはピンク色の、コスモスの花が映っていた。
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