フラワーキャッチャー

東山未怜

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8 三匹のペット

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 次の日の昼休み。自然委員会がジンサク先生に、職員室へ呼ばれた。
 つまり、私と咲也くんのふたりが。
「これなー、オレのクラスは代々、こいつらを飼ってきたんだ」
 そう言ってジンサク先生が見せたもの。
 それは机の上に置かれた、水そうだった。中には土と葉っぱとニンジンにキャベツ、それから木の枝や、割れた鉢なんかも入っている。なにがいるんだろう。
「なんですか、これ……」
 咲也くんがきけば、ジンサクはにんまり笑った。
「見てのとおり、カタツムリだ」
「カタツムリ!」
 うれしそうな声をあげた咲也くんだけれど、どこにも見あたらない。
「先生? カタツムリ、見えないんですけど」
 私は水そうの中をじっくり観察しながら言った。
「どっかにかくれてんだろ?」
「……あ、いたいた! 鉢のうらと、葉っぱのうらにも!」
 水そうのふたを開けた咲也くんが見つけだした。大・中・小の、三匹。
「ぜんぶで三匹ですか?」
 私の隣から、わくわくした声。
「ああ、そうだな。うちの二組でも、こいつらを飼ってもらいたい」
「けど先生。どうしてカタツムリなんですか?」
 私ったら、つまらなそうな声がでちゃった。
 だって、どうせ飼うならハムスターとか、グッピーとか、そういうかわいいのがいい。
「いいだろう? カタツムリなら飼いやすい。新しいクラスになって、みんな落ちつきがない。なんというか、ふわふわしいている。こういうペットがいれば、すこしずつクラスも落ちついてくるだろう?」
「そうかな?」
 私が思わず首をかしげれば、咲也くんは、
「そうかもしれませんね」
 と、食いつくようにこたえた。
「お、花井、わかるじゃないか。それじゃ自然委員、今日からこいつらの世話、よろしくな」
「……はあ。あの、エサは?」
 きいてみた私を、ジンサクが見て笑った。
「そんなもん、そこいらの葉っぱでも、給食室からもらってきた野菜くずでもなんでも、あげりゃ平気だ。よろしくな」
「はい!」
 元気な咲也くんの返事。はい、よくできました。
「おい、伏木もわかったか?」
「え? あ、はーい」
「この三匹はな、とくべつなカタツムリなんだよ」
「とくべつって?」
 オウム返しに私がきくと、ジンサク先生はうでを組んで難しい顔をした。
「前にオレのクラスだった男子の、忘れ形見なんだ。そいつが自分ちの庭でつかまえて、クラスで飼いはじめた。そいつの家はまずしくてな、あるとき、一家でいなくなってしまった」
 夜逃げ、そういう言葉をきいたことがある。生活が苦しくて、すべてをすてて、どこかへいなくなるってことだ。
「オレはあいつに、なにかをしてやれたかって、ずっと悔やんでる。せめてあいつが残したカタツムリだけは、たいせつに飼ってやろうと思ってな」
 だまってきいていた咲也くんが、大きく何度もうなずいた。
「ってことで、よろしくお願いしますよっと」
 そうしてジンサク先生から咲也くんの手に、水そうは託された。
 水そうを持った咲也くんと、教室へもどる。昼休みでにぎわう廊下を、ならんで歩く。
「咲也くん、カタツムリ好きなの? うれしそうだよね」
「好きっていうか、見たことなかったんだ」
「カタツムリを?」
「だってほら、僕のいたところにはいなかったから。学校で、『人間界の生き物図鑑』を見たとき、習ったんだ。ずっと見たかったんだよね」
 小さな声で言われて、私は、はっとした。
 そっか、咲也くんは人間じゃなくて、魔法界の人だもんね。しかも、王子さま!
 同じクラスの男子だから、つい忘れちゃうけど……。
「カタツムリってさ、カラの中に、なにが入ってるんだろうって、気になっちゃうな」
 咲也くんが、おかしなことを言いだした。
「カラの中に? なにそれー、そんなの、体に決まってるよー」
 笑っちゃった。だけど咲也くんは、まじめな顔をしている。
「だってさ、カラって、カタツムリにとっては家でしょ? 家を背負ってるのって、どんなのかなって。僕だったら、いろんなものを家にかくしたい。ヒミツ基地みたいにさ」
「それなら、ヤドカリもおんなじかもね」
「ヤドカリ? ああ、海の生き物だね」
「そ。咲也くんみたいに言うなら、ヤドカリのカラには、なにが入ってるんだろうね」
「それもそうだね。そうだ、この子たちに名前つけよっか」
「この三匹に? なにがいいかな。咲也くん、つけてよ」
「なら……三平と二郎と花子」
「なにそれ!」
「人間らしい名前でしょ?」
「そっかなー? でも、見分けつかないよー」
「大きさで見分けようよ」
「オッケー!」
 笑いながら歩いていくと、向こうから川瀬一派がやってきた。
「咲也くーん、なにそれ」
 甘い声をだして、真希が近づいてくる。
「見る? かわいいよ、すごく」
 咲也くんが笑顔で言う。
「えー、なあに?」
 真希って、たしか生き物苦手だったけど、平気になったんだね。
 よし、それなら……。
 私は水そうのふたをあけて、葉っぱのうらにくっついていたカタツムリを、一匹つかんだ。 
 真希の顔の前で見せてあげる。
「ほら」
「キャーッ!」 
 大きな悲鳴をあげて、真希が走って逃げだした。
 おつきの板橋さんも木村さんも、あわててあとを追いかける。
「もーっ、なんなのよ恵梨っ! いやがらせっ!?」
 遠くで立ち止まった、真希の大声が飛んでくる。
「ちがうよ、見たがってたから、見せただけだよ」
「もーっ、そんなことないのにーっ! カタツムリさわったんだから、ちゃんと手、洗いなさいよね!」
 真希はまたしても大声をだすと、おつきのふたりをしたがえて、いってしまった。
 教室にもどると、真っ先に水そうに気づいたのは、陸だった。
「それ、なに?」
「カタツムリだって。ジンサク先生に世話をたのまれたんだ」
 咲也くんが、どこかほこらしげに言う。
「カタツムリ! 最近、あんま見なくなったよね」
 うれしそうに陸が水そうの中を見ていると、クラスの何人かが集まってきた。
「恵梨ちゃん、それって二組のペット?」
「あ、奏子ちゃん。これね、カタツムリ。見て」
 私は水そうのふたを取って見せた。
「全部で三匹。三平と二郎と花子だって。咲也くんが名前、つけたの」
「カタツムリに名前? 咲也ってば、なんかやさしいのな!」
 陸が笑うと、咲也くんは頭をかいて、はにかんだ。
 このふたり、いつのまにか仲よくなっていたんだ。うれしいな。
 そうだ、あのこと、きいてみよう。
「このカタツムリのカラには、なにが入ってると思う? 咲也くんが気にしてるの」
「そんなの、体に決まってんじゃん」
「陸ちゃんて、ロマンがないよね」
 奏子ちゃんが、陸をひじでつついて言う。
「そういう童話を読んだことがあるよ。『でんでんむしのかなしみ』っていうの」
「かなしみ?」
 咲也くんがきくと、奏子ちゃんはうなずいた。
「カラの中には、かなしみがつまってるって。この子たちには、かなしみじゃないのがつまってるといいんだけど」
「奏子ってば、キザ」
「そんなことないよ、奏子ちゃんはすごいと思う」
 はっきり言った咲也くんに、陸は「そうか?」なんて、たじたじしている。
 うん、奏子ちゃんのセンスって、いいと思うよ。 

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