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「なんだと……ッ」

 神聖国でナンバー2にあたる大司教は思わず声を上げる。

「あの少年が……脱走……?」

「はっ、あの場所に連れていく途中に、護送馬車を襲わせて計画的に脱走したものと思われます、いまだに馬車に乗っていた神聖騎士三人の意識が戻らず、詳しいことはわかりませんが……」

 大司教に仕える者の言葉は、半ば耳に抜けていく。

 ーーまさか、少年が逃げるとは思ってもいなかった。私はこの事件の犯人は少年だとは思っていない。半年前から神聖国ではなにか不穏な空気が流れていたが、その実態がわからず何もできなかったがその手掛かりになる少年を見つけたのは良かったが、私が立てた計画の脱走ではないとはな……

 なんということだろうか。保身をはかるために少年には私の直属の神聖騎士二人をつけていたが、意味がなさなかったか。

 どうすればよいか。

 神聖国の大司教という地位としてのリブルスは、誰をも等しく人々を守り女神を信仰しているが故に、個人一人には特別視することができない。

 気付けば肩に手を置かれ優しく揺さぶられた。

「リブルス様、しっかりしてください」

 私の右腕にして、補佐を務めるローザだった。

「失礼ながら、その者が逃げ出したのはその者の弱さゆえです。リブルス様は今はなすべきことをなしてください。平穏は刻一刻と終わりに近づいてます。」

 リブルスははっとして、息を吸い、心を落ち着ける。

「神聖騎士団は動き出しているか?」

 なんとか冷静を取り戻し、声を出す。

「はい、遠からず少年を捕らえるべく動き出すと思われます。」

「そうかーー」

「その一件、私どもに任せていただけませんでしょうか?」

「誰だ」

 割って入った声に驚いて顔を上げると、無音で廊下の向こうの闇から一人の男性が歩いているところだった。

「これは、ラインハルト様」

 答えたのは、隣に居たローザだった。

「すいません、会話が聞こえたものですから、お久しぶりです。大司教様」

「久しいな、ラインハルト。 しかし、なぜここに遠征であったはずでは?」

「聖女様が暗殺されたと知って、すぐにこちらに戻りました。忠誠を誓う神巫女様になにかあるかもと思いこちらに戻ってまいりました。」

「先ほども申しましたが、この一件を任せてはいただけませんか。 許可がもらえらば王国、帝国、その他の国に申請をだして大罪人を可及的速やかに逮捕すべく動き出します。」

 私はラインハルトをいまいち信用できない、半年前に神巫女様の隣に居ることを許された、神聖国最強の騎士だが、それと同時に不穏な空気が流れたのは同じだ。

「よかろう。この一件をラインハルト、お主に任せる。 なるべく生け捕りで捕らえろ。 神巫女様には私から伝えておこう。」

 だが、いまはこれしかない。
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