6 / 15
第四章 所詮、初戦? 否、当然挑戦
しおりを挟む
『第10回 GIRLS MC BATTLE !!! 調子はどうだーーー!!』
マイク越しに司会の声が会場中をジャックする。
3千人強の観客がすし詰めになり、闇と熱狂に支配されたフロア。初めて天鬼にあったクラブとまさしく桁違いの箱。そこに今日、少女たちが集う。
客席の暗さと反比例してライトに照らされたステージには、司会者が立ち、その奥にはリアルタイムでステージの様子を映し出す巨大なスクリーンが鎮座している。
俺はそれを観客席から眺めていた。
最強の女性MCを決める大会、教え子たちが数か月前に参戦を決意したその大会が、ついに開催されたのだ。
彼女たちに俺ができる限りのことはした。いや、それどころか、余計なお節介さえしてしまった……。
だから後はもう見守るだけだ。それしか、それくらいしか俺にはもう出来ることなんてない。
俺はほぼほぼ最後列から、我儘で才能にあふれた一人の少女と、不遜なくせに大真面目なその親友、あとはついでに下ネタ大好き娘の善戦、それだけを祈る。
あの子たちなら、割と悪くないところまでいけるはずだ。今のシーンがどれほどのものなかはわからないが、優勝だって狙えるかもしれない。――なんてこれは、わが子可愛さだろうか。
わからない。だが、その答えはもう数時間で決する。
ああ、なんてことを考えている間に、司会による前説が終わり、もう一回戦が始まろうとしている。
『一回戦! 第一試合! 最初のヒロインは、コイツだ!』
照明が暗転し、メインスクリーンにMCの紹介ムービーが映し出される。まるでプロレスのように。
『ディスることが生きがい。彼女になぜラップをするかと聞けば、必ずそう返ってくるだろう。若き少女の胸の内に秘められているのは、最恐の毒牙。対面した愚者を悉く焼き尽くす蒼い焔が、今日も冷たい火柱を立てる。――新生代のサディスト、ZAKUROー!!!』
「いや、いきなりお前かよ!」
対戦表を知らなかったので、思わず声にだしてしまった。ていうかあいつのヘッズからのイメージってそういう感じなのか。やっぱりディス主体のスタイルっていう認知なんだな……。個人的には思うところがあるが、もうそれについては考えない方がいいのかもしれない。
だって、そのアナウンスとともに舞台に現れた彼女には割れんばかりの歓声があがっている。それは喜ばしいことだから。
目を灼く様なライトに照らされたよく見知ったマイペースな少女。あの子は緊張などきっと知らないのだろう。ゆらりゆらりといつも通りにゆっくりと、ステージを闊歩している。
「いえーい」
気の抜けた声を上げて片手を上げたりなんてしながら。
最後列から見ても、彼女の闘志と青いインナーカラーは美しかった。
そしてZAKUROがステージ中央までやってくると、今度は対戦相手の紹介口上が流れ始める。
『対するヒロインは、コイツだ!!』
『漆黒の帳が、今宵も祝祭の開演を告げる。晩鐘はとうに鳴り終えた。我が名を呼ぶ万雷の喝采が、汝のレクイエムになるだろう。ラグナロクの時は来たれり。ライムこそが死化粧、暗黒詩神、eye/shadow!!!』
やけに仰々しいというか、文章の世界観が強いな……とやや引いていると、舞台袖からこれまた奇抜な衣装の少女が――
「「「ーーーーーー!!!!!!!!!」」」
有象無象の大歓声が思考を裂く。
天鬼が登場した時の倍はあろうかという歓声。
思わず呆気に取られるほどの人気を誇示しながら彼女、eye/shadowは壇上に降り立った。
カツンカツンと、歓声と距離により絶対に聞こえないはずのそのロングブーツの足音を、幻聴させるほど優雅にその少女は歩を進める。
それもそのはず、全身から放たれているオーラが、常人のそれではない。また、常人どころか、もはやラッパーとも程遠かった。
彼女の出で立ちはヒップホップと言うよりは、ビジュアル系、恐らくはゴシックメタルとかそういった系統のジャンル。
黒を基調としたゴスロリに、頭には漆黒の軍帽、手にはなぜか鞭。それでいて遠目に見ても明らかに小柄で細身な体躯がアンバランス。しかし絶妙に似合っている。その様はまるで精巧な西洋人形。
きっといま会場の誰もが彼女に見蕩れていた。それくらいの美しさ、オーラ。
そして気付けばステージ中央までたどり着いていた少女。その手袋に覆われた細い人差し指が、彼女の口元へゆっくりと向かい、虚空に曲線の軌跡を描く。
すると、会場は先程までの熱狂が嘘のように静まり返った。
なぜなら、彼女がただ、しーっと、要するに、黙れというジェスチャーをしてみせたから。ただ、それだけの理由で。
彼女は客席を向きマイクに向かって囁いた。
「皆の者、我だよ♡」
「「「ーーーーーー!!!!!!!!!」」」
またも先程の比にならないほどの大歓声。
彼女はそれを満足気に聞きながら、天鬼とステージ中央で向かい合う。
その中間地点やや後方に立った司会者は、やや困惑気味にマイクへ声を向ける。
『いやー、もうさすがeyeちゃんって感じですね……。はいというわけで1回戦の対戦カードはこうなりました。どんな勝負になるのか楽しみです!』
「いえーい」
『う、うん。ZAKUROも相変わらずだね。そんな感じで改めてルールの説明をさせていただきます』
「ああ。我が許す」
『あ、ありがとうございます~。ルールは8小節2ターンで1本先取した方の勝ち。先行後攻はジャンケンで勝った方が選択できます』
両者がうなずく。
『はい。ではさっそくやっていきたいんですが、その前に会場のお客さん準備はいいですかっ!?』
「「Yeah!!!!!」」
『はいありがとうございます! 勝敗のジャッジは皆さんの声の大きさで決めますので盛り上がっていきましょう!』
『それでは第1回戦のビート、DJ阿賀良瀬(あがらせ)お願いします!』
そう言って司会者が指さした先にはターンテーブルとDJ。彼女は早速デュクデュクデュクデュク、そんなスクラッチ音と共に開幕から最高のビートを奏で始めた。
選曲されたのは【girlish GAL】。ポップながらもアゲアゲでノレるフィメールラッパー【kururun a.k.a にゃんにゃん】の名盤。女性MCナンバーワンを決めるこの大会の最初を盛り上げるのにぴったりの選曲だろう。
会場も開幕からノリに乗っている。もちろん、ZAKUROとeye/shadowの両者も。体を揺らしながらビートチェックしている2人は、どこかもう音の世界に入り込んでしまっている。
やがて数秒後止まる音楽。少女達は再度向き合い、拳をつき合せる。
じゃんけんの勝者はeye/shadow、後攻を選択。
『OK、それでは早速行きましょう!第4回GMB1回戦!先行ZAKURO、後攻eye/shadow、レディファイト!』
司会の宣言とともに唸るスクラッチ。両者マイクを握り睨み合い、BPM高めなビートが会場をジャックした。
口火を切るのは先攻、我等がZAKURO!
「第1回戦、はい開戦!
今日はあたしがマジ凱旋!
ah、ダサいね相手はeye/shadow?
はん、知らないし 誰それI don't know笑
ヤバいね客に媚びっ媚び、
もしかしてみんなあんたでマス、かいてんのぉ???
あはっキツすぎ吐いて死のう
んで代わりにあたしが相手しよう」
うおおおお!決まった!開幕からノリノリの八小節!
こんなにでかい規模の大会、そのトップバッター、しかも相手の方がプロップス(名声、人気)があるややアウェー感のある状況……それらを一切感じさせない自信に満ち溢れたラップ。
後半四小節からよりアゲアゲになる今回のビートの曲調に言葉と口調をバッチリ合わせて盛り上がりを作ってきているのもたまらない。
eye/shadow側に期待していたであろう観客も今ので一気にZAKUROに惹き付けられた。
たった数十秒で4桁いる群衆の空気を変えた。これだからMCバトルはたまらない。
踏みまくりの韻と、愛嬌もストーリー性もあるフロウ&リリック。
これをどう返す、eye/shadow?
「まずは人としてすべき事をなそう
やあ、お初にお目にかかるZAKURO
我こそがeye/shadow以後お見知り置きを
そして言おう開幕よりの無礼千万その制裁を
今宵閉会を告げるだろう貴殿の人生その展開も
天界よりの裁きいまここに下り
我冥界に送る愚かな魂 免罪は不可
限界だ口を閉じろこれ以上醜態晒さぬように」
…………!!
またも会場の空気が一変した。
早くて変則的だったZAKUROのフロウに対し、彼女がしたのは早口ながらもペースが一定で落ち着きのあるフロウ。それはある種つまらないものに聴こえそうなものだが、否。ラップというよりは語りかけるかのようなその言の葉の紡ぎ方は、浮ついた観客をバースに集中させる。ZAKUROを軽快と評するのなら、eye/shadowは重厚。
圧倒的余裕と世界観、それががっつりとヘッズの心を占有する。そして自然に踏まれていく韻が、彼女の吐き出す言葉をより強固にしていく。
呑まれる。彼女の支配する領域に俺達はいつの間にか組み込まれていく――。
が。
「え?醜態?なにこの変な宗教の集会みたいな感じ
閉じてた方がいいのは間違いないあんたの口
そんなんじゃ愚痴っちゃう1回戦つまんなかったって
グダんないんといいなー
普段ないくらいに伝わんないあんたの言葉
くらわないんだよね全然 マジくだんない
てか超暗くない?
ラップやめて地下アイドルでもやってれば?」
破壊する。全てを。
空間に重くのしかかっていたeye/shadowという重り、帳、それら全てを台無しにする。
軽くて正直で空気を読まずあっけらかんとした彼女の良さ尽くが詰め込まれたフロウ。
それはまるで荘厳な儀式の最中にスマホからYouTubeを爆音で垂れ流すかのような型破り。
これによりeye/shadowの格が、教祖から彼女の言葉通り地下アイドルにまで暴落する。
畳み掛ける韻と素朴ながら真に迫るディス。開幕からフルスロットルだ!
大モニターに爽やかな嘲笑を浮かべるZAKUROが映し出される。しかし次の瞬間、俄然余裕の笑みを浮かべる黒装束の少女へとその映像は切り替わり――。
「地下アイドルでもというその驕り
それがこそが貴様の元にある原罪
ひどく浅はかだなZAKURO承認欲求塗れた量産型MC
まるで覚えたての――小2の様だ……!
ぬるいよ もっと凍てつく氷の様な言葉で刺せ
もろいよそんな牙では我が身に傷はつけられん
トロイの木馬 それくらいの策無くば討伐不可
わかったかな? これが我の殺し文句さ」
『終了ーーーー!!!』
お互いに8小節×2をやりきったのを見て、司会がバトルの終幕を宣言する。
しかし、熱は冷めやらない。会場は割れんばかりの歓声が木霊している。今の応酬にはそれだけのヤバさがあった。興奮が、一斉に伝染する。
司会も彼等のそれを代弁するかのように熱の篭った声でまくし立てる。
『1回戦からレベル超高い!2人ともヤバい!!でもでも、いつものように決着をつけなきゃいけません。決めます!いいと思ったどちらか一方に声を上げてください!いきます!』
まだ終わって欲しくない。この戦いをいつもでも見ていたい。その場にいた誰もがそう思っていただろう。けれど内容がどうあれ、観客による投票は待った無しで行われるのだ。今も、昔も。
『では先行、ZAKUROが良かったと思う人!』
爆発的な声が上がる。
『では後攻、eye/shadowが良かったと思う人!』
同じく膨大な圧を持った声が会場を埋める。
これは……。
と、思いをめぐらす前に、延長ー!延長ー!という滾った声が上がり始める。
そう、観客からの声による投票、そこにMC間の勝敗が決められる程の差がなかった場合、司会の判定により勝敗は延長戦に持ち越し。そういったルールが、MCバトルには存在する。
今の状況は、正しくそういったムード。
恐らく下馬評ではeye/shadowの勝利という風に見られていたであろうこの第1試合。だが、客観的に見て、実力も内容も拮抗していた。
そしてそれは間違いなく会場中の総意だった。
唾を飲む。恐らくはいま3000近い人間の喉元を熱い液体が流れ落ちていっただろう。期待に満ち溢れ熱量を持った時間が過ぎ去っていく。
司会は会場を見回し、大きく息を吸い込んだ。
『1回戦目からまさかこんなことになるとはね……。うん、これは決められません!延長です!』
その宣誓を聞いた刹那、どっと客席が湧く。ヤバい!そんな興奮に塗れた声が木霊する。
間違いない、なんてったって俺の生徒だからな。おこがましくも自然と、そんな喜びが胸に湧き上がっていた。
『では、延長戦は先攻後攻入れ替わって先攻eye/shadow、後攻ZAKUROです!そして延長戦のビート!DJ阿賀良瀬お願いします!』
阿賀良瀬がまたも名曲を掻き鳴らす。ダークな世界観が人気のラッパー【CReal】で【Lady King】。上がりきったヘッズ達のテンションをさらに上げていく素晴らしい選曲。さっきよりも曲のテンポは遅いが、間違いなくこれからのバトルをより刺激的に彩るだろう。
強いて言えば、曲調がややeye/shadow寄りなんじゃないか?と思ってしまうのは俺が完全にZAKUROを贔屓目で観ているからだろうか?
なんて馬鹿なことを考えてしまった。本当に俺は馬鹿だな。だって、モニターに映った彼女はそんなことなんてどうでも良さそうな笑顔でeye/shadowに向き合い、無邪気な表情を晒していた。彼女もある種べつの意味のバカ。けれどそれはどんなに賢い大人よりも純粋で尊い生き物。
勝敗よりも今を楽しんでいる。いい音といい友(敵)、それさえあれば、他に何もいらないのだ。ラッパーには。
対するeye/shadowもまた、不敵な笑みでZAKUROを見つめている。
1回戦から本当に最高のバトルだ。観客による熱狂の渦の中、展開される2人だけの世界。
その衝突が、もう間もなく、再開する。
『ではいきましょう!先攻eye/shadow、後攻ZAKURO、レディファイト!』
『まずは褒めて遣わそう若き少女
やるじゃないか我相手に延長とは
しかしまあたまにどうもこういうことがあり戸惑うよ
賛否両論故の延長なのだろうが
みな頭にどうも欠陥を抱えているらしい
血管に赤い血が流れているのかさえ疑うよ
我の勝利、それ以外選択肢ないだろう?
明日も我の声を聴き我に頭を垂れる これ以外』
入れ替わって先攻eye/shadowの一ターン目。
自信に満ち溢れたセルフボースト。それは聴くものの心へと知らぬ内に入り込み、彼女の言うことが全て正しいかのように錯覚させる。彼女の勝利以外有り得ないと、この人の言うことはまったくもって完全なる事実だと。
これこそがeye/shadowの真髄か。恐らくは出で立ち、口調、ワードセンス、その全てが計算済み。新興宗教の教祖の様なカリスマ性が、会場をまたも掌握する。
しかし。
『は?どう考えても欠陥あんのはあんたの方
決算してあげるその矛盾 きっと傑作
そうさっき言ってたよね量産型?
いやいやどこがよ?こんなんがさ
私むしろ教室でいつも浮いて虐められてるタイプの方なんだわ
なんかズレてるらしいんだよねヒトと、根幹から
そんなんだからラップも始めたし
気安く適当なこと言ってんじゃねーぞ傍観者が!』
俺の生徒は新興宗教にハマるタイプではなかったらしい。
神に中指を立てるかのごとく、相手のバースの中の言葉から韻を踏んでいく。それはまるで聖書の言葉を引用した小説の1ページの様に聴衆の心を惹きつける。
加えて、延長前の言葉の矛盾を量産型→こんなんがさ→方なんだわ→根幹から→傍観者が……と、圧倒的な脚韻でぶちのめして行く。しかも意味もバリバリに通っている……!
そして自分のこれでの境遇を地盤に殴り掛かる嘘の無いリアルさ。マイナスをプラスに変える!This is HIPHOP!
こんなんがさといって自分を指さす、悲しいはずなのにおどけているその仕草。彼女にしか出来ないラップ。
これはもう手の付けようがない!ZAKURO節、最高潮だ!!
『そうだなたしかに認めよう貴様は非量産型
しかし量産出来なかったのではない量産されなかっただけのこと
良い物はより多く効率的に生産されていく
その価値が貴様に無かっただけのこと
唯一無二ではなくただの欠番、型落ち
それに対し我が存在は特注品
誰にも真似出来ないアイデンティティ
わかるかなだからこそ我はかくも愛くるしい』
『愛くるしい? はい苦しい~!マジ苦しい!
言い訳酷すぎでガチ見苦しい
誰かの真似してるって意味で量産型って言ったくせに
後から付け足しで真似される価値ないからとか無理あるて
あ?もう出し尽くしちゃったのかな~?
なんか勢い落ちてない?あ、もしかして足くじいちゃったのかな?
かわいそう祈っとけば?大仏に~
アハッあたしあんた地獄送り込む最終便~♪』
これは………!
両者のターンが終わり、司会の声と共に音楽が止まる。
『終了~~~!!!』
2人の少女は歓声という轟音の中無言で見つめ合う。その瞳の強さには明確な差があるように見えた。
『決めましょう!! どちらか良かった方に声あげてください!』
決闘者2人の狭間に立つ司会が遂に決を採る。GMB1回戦の結果がとうとうここに決着する……!
『先攻、eye/shadowが良かったと思う人!』
『後攻、ZAKUROが良かったと思う人!』
各々の歓声で投票が行われていく。
その両者への声を聞いた司会は、観客が一旦落ち着くのを待ってからようやく声を上げた。
結果が、決まる……!
『……なるほど、これは1回戦から大番狂わせですね……。決まりました、GIRLS MC BATTLE1回戦、勝者は、ZAKURO!!!』
固唾を飲んでいた観客席から莫大な歓声があがる。それはまるで勝鬨の様な歓喜の猛り。実際、勝敗は明確で観客の声量もZAKUROへかなり一方的に上がっていた。しかしそれでも、ルーキーであるZAKUROがプロップスのあるeye/shadowを倒したというジャイアントキリングを、誰もが一瞬受け入れられなかったのだろう。会場の反応はそれをありありと雄弁に語っている。
しかし今、時間とともに現実味を帯びてきたZAKUROの勝利が、観客を興奮に駆り立てている。
舞台上に立った青の少女が観客席に向けてピースした。その満面の笑みに零れる1滴の汗が、彼女の健闘を証明しているように思えた。
そしてそんな彼女に向かってeye/shadowがゆっくりと歩み寄り、そのピースに自分の細い指を重ねて微笑む。
先程まで言い争っていた両者が、矛を収めた後はお互いの健闘を讃える。その様はとても美しい。
『これはなんとも1回戦からベストバウトでした……!eye/shadow、何か言いたいことはありますか?』
『知恵の実を口にしたのだ、直に楽園は崩壊するだろう。今宵は失楽の宴。彼女の門出を盛大に祝そうではないか。では、敗者は市場にて待つ。……要するに、物販で我と握手♡さらばだ。』
『はい、ありがとうございます!1回戦から最高のバトルを見せてくれたeye/shadowとZAKUROに拍手ー!!』
割れんばかりの拍手と歓声が舞台に向けられ、それを背に2人が一旦袖へとはけていく。
その場にいる全員が、2人の健闘を賞賛していた。また、恐らくは今大会のダークホースとなりつつあるZAKUROに、多大なる期待を寄せ始めている。
俺も教え子の快勝に心が踊らないわけではない。優勝だってもちろん期待はしている。
けれど、やはり気になる。彼女は別に、誰かをディスらなくてもいいのではないかと。それ以外にも無限の可能性があるのではないかと。
そして、それを最後に告げた時の彼女の悲しそうな顔が、脳裏から離れない――。
マイク越しに司会の声が会場中をジャックする。
3千人強の観客がすし詰めになり、闇と熱狂に支配されたフロア。初めて天鬼にあったクラブとまさしく桁違いの箱。そこに今日、少女たちが集う。
客席の暗さと反比例してライトに照らされたステージには、司会者が立ち、その奥にはリアルタイムでステージの様子を映し出す巨大なスクリーンが鎮座している。
俺はそれを観客席から眺めていた。
最強の女性MCを決める大会、教え子たちが数か月前に参戦を決意したその大会が、ついに開催されたのだ。
彼女たちに俺ができる限りのことはした。いや、それどころか、余計なお節介さえしてしまった……。
だから後はもう見守るだけだ。それしか、それくらいしか俺にはもう出来ることなんてない。
俺はほぼほぼ最後列から、我儘で才能にあふれた一人の少女と、不遜なくせに大真面目なその親友、あとはついでに下ネタ大好き娘の善戦、それだけを祈る。
あの子たちなら、割と悪くないところまでいけるはずだ。今のシーンがどれほどのものなかはわからないが、優勝だって狙えるかもしれない。――なんてこれは、わが子可愛さだろうか。
わからない。だが、その答えはもう数時間で決する。
ああ、なんてことを考えている間に、司会による前説が終わり、もう一回戦が始まろうとしている。
『一回戦! 第一試合! 最初のヒロインは、コイツだ!』
照明が暗転し、メインスクリーンにMCの紹介ムービーが映し出される。まるでプロレスのように。
『ディスることが生きがい。彼女になぜラップをするかと聞けば、必ずそう返ってくるだろう。若き少女の胸の内に秘められているのは、最恐の毒牙。対面した愚者を悉く焼き尽くす蒼い焔が、今日も冷たい火柱を立てる。――新生代のサディスト、ZAKUROー!!!』
「いや、いきなりお前かよ!」
対戦表を知らなかったので、思わず声にだしてしまった。ていうかあいつのヘッズからのイメージってそういう感じなのか。やっぱりディス主体のスタイルっていう認知なんだな……。個人的には思うところがあるが、もうそれについては考えない方がいいのかもしれない。
だって、そのアナウンスとともに舞台に現れた彼女には割れんばかりの歓声があがっている。それは喜ばしいことだから。
目を灼く様なライトに照らされたよく見知ったマイペースな少女。あの子は緊張などきっと知らないのだろう。ゆらりゆらりといつも通りにゆっくりと、ステージを闊歩している。
「いえーい」
気の抜けた声を上げて片手を上げたりなんてしながら。
最後列から見ても、彼女の闘志と青いインナーカラーは美しかった。
そしてZAKUROがステージ中央までやってくると、今度は対戦相手の紹介口上が流れ始める。
『対するヒロインは、コイツだ!!』
『漆黒の帳が、今宵も祝祭の開演を告げる。晩鐘はとうに鳴り終えた。我が名を呼ぶ万雷の喝采が、汝のレクイエムになるだろう。ラグナロクの時は来たれり。ライムこそが死化粧、暗黒詩神、eye/shadow!!!』
やけに仰々しいというか、文章の世界観が強いな……とやや引いていると、舞台袖からこれまた奇抜な衣装の少女が――
「「「ーーーーーー!!!!!!!!!」」」
有象無象の大歓声が思考を裂く。
天鬼が登場した時の倍はあろうかという歓声。
思わず呆気に取られるほどの人気を誇示しながら彼女、eye/shadowは壇上に降り立った。
カツンカツンと、歓声と距離により絶対に聞こえないはずのそのロングブーツの足音を、幻聴させるほど優雅にその少女は歩を進める。
それもそのはず、全身から放たれているオーラが、常人のそれではない。また、常人どころか、もはやラッパーとも程遠かった。
彼女の出で立ちはヒップホップと言うよりは、ビジュアル系、恐らくはゴシックメタルとかそういった系統のジャンル。
黒を基調としたゴスロリに、頭には漆黒の軍帽、手にはなぜか鞭。それでいて遠目に見ても明らかに小柄で細身な体躯がアンバランス。しかし絶妙に似合っている。その様はまるで精巧な西洋人形。
きっといま会場の誰もが彼女に見蕩れていた。それくらいの美しさ、オーラ。
そして気付けばステージ中央までたどり着いていた少女。その手袋に覆われた細い人差し指が、彼女の口元へゆっくりと向かい、虚空に曲線の軌跡を描く。
すると、会場は先程までの熱狂が嘘のように静まり返った。
なぜなら、彼女がただ、しーっと、要するに、黙れというジェスチャーをしてみせたから。ただ、それだけの理由で。
彼女は客席を向きマイクに向かって囁いた。
「皆の者、我だよ♡」
「「「ーーーーーー!!!!!!!!!」」」
またも先程の比にならないほどの大歓声。
彼女はそれを満足気に聞きながら、天鬼とステージ中央で向かい合う。
その中間地点やや後方に立った司会者は、やや困惑気味にマイクへ声を向ける。
『いやー、もうさすがeyeちゃんって感じですね……。はいというわけで1回戦の対戦カードはこうなりました。どんな勝負になるのか楽しみです!』
「いえーい」
『う、うん。ZAKUROも相変わらずだね。そんな感じで改めてルールの説明をさせていただきます』
「ああ。我が許す」
『あ、ありがとうございます~。ルールは8小節2ターンで1本先取した方の勝ち。先行後攻はジャンケンで勝った方が選択できます』
両者がうなずく。
『はい。ではさっそくやっていきたいんですが、その前に会場のお客さん準備はいいですかっ!?』
「「Yeah!!!!!」」
『はいありがとうございます! 勝敗のジャッジは皆さんの声の大きさで決めますので盛り上がっていきましょう!』
『それでは第1回戦のビート、DJ阿賀良瀬(あがらせ)お願いします!』
そう言って司会者が指さした先にはターンテーブルとDJ。彼女は早速デュクデュクデュクデュク、そんなスクラッチ音と共に開幕から最高のビートを奏で始めた。
選曲されたのは【girlish GAL】。ポップながらもアゲアゲでノレるフィメールラッパー【kururun a.k.a にゃんにゃん】の名盤。女性MCナンバーワンを決めるこの大会の最初を盛り上げるのにぴったりの選曲だろう。
会場も開幕からノリに乗っている。もちろん、ZAKUROとeye/shadowの両者も。体を揺らしながらビートチェックしている2人は、どこかもう音の世界に入り込んでしまっている。
やがて数秒後止まる音楽。少女達は再度向き合い、拳をつき合せる。
じゃんけんの勝者はeye/shadow、後攻を選択。
『OK、それでは早速行きましょう!第4回GMB1回戦!先行ZAKURO、後攻eye/shadow、レディファイト!』
司会の宣言とともに唸るスクラッチ。両者マイクを握り睨み合い、BPM高めなビートが会場をジャックした。
口火を切るのは先攻、我等がZAKURO!
「第1回戦、はい開戦!
今日はあたしがマジ凱旋!
ah、ダサいね相手はeye/shadow?
はん、知らないし 誰それI don't know笑
ヤバいね客に媚びっ媚び、
もしかしてみんなあんたでマス、かいてんのぉ???
あはっキツすぎ吐いて死のう
んで代わりにあたしが相手しよう」
うおおおお!決まった!開幕からノリノリの八小節!
こんなにでかい規模の大会、そのトップバッター、しかも相手の方がプロップス(名声、人気)があるややアウェー感のある状況……それらを一切感じさせない自信に満ち溢れたラップ。
後半四小節からよりアゲアゲになる今回のビートの曲調に言葉と口調をバッチリ合わせて盛り上がりを作ってきているのもたまらない。
eye/shadow側に期待していたであろう観客も今ので一気にZAKUROに惹き付けられた。
たった数十秒で4桁いる群衆の空気を変えた。これだからMCバトルはたまらない。
踏みまくりの韻と、愛嬌もストーリー性もあるフロウ&リリック。
これをどう返す、eye/shadow?
「まずは人としてすべき事をなそう
やあ、お初にお目にかかるZAKURO
我こそがeye/shadow以後お見知り置きを
そして言おう開幕よりの無礼千万その制裁を
今宵閉会を告げるだろう貴殿の人生その展開も
天界よりの裁きいまここに下り
我冥界に送る愚かな魂 免罪は不可
限界だ口を閉じろこれ以上醜態晒さぬように」
…………!!
またも会場の空気が一変した。
早くて変則的だったZAKUROのフロウに対し、彼女がしたのは早口ながらもペースが一定で落ち着きのあるフロウ。それはある種つまらないものに聴こえそうなものだが、否。ラップというよりは語りかけるかのようなその言の葉の紡ぎ方は、浮ついた観客をバースに集中させる。ZAKUROを軽快と評するのなら、eye/shadowは重厚。
圧倒的余裕と世界観、それががっつりとヘッズの心を占有する。そして自然に踏まれていく韻が、彼女の吐き出す言葉をより強固にしていく。
呑まれる。彼女の支配する領域に俺達はいつの間にか組み込まれていく――。
が。
「え?醜態?なにこの変な宗教の集会みたいな感じ
閉じてた方がいいのは間違いないあんたの口
そんなんじゃ愚痴っちゃう1回戦つまんなかったって
グダんないんといいなー
普段ないくらいに伝わんないあんたの言葉
くらわないんだよね全然 マジくだんない
てか超暗くない?
ラップやめて地下アイドルでもやってれば?」
破壊する。全てを。
空間に重くのしかかっていたeye/shadowという重り、帳、それら全てを台無しにする。
軽くて正直で空気を読まずあっけらかんとした彼女の良さ尽くが詰め込まれたフロウ。
それはまるで荘厳な儀式の最中にスマホからYouTubeを爆音で垂れ流すかのような型破り。
これによりeye/shadowの格が、教祖から彼女の言葉通り地下アイドルにまで暴落する。
畳み掛ける韻と素朴ながら真に迫るディス。開幕からフルスロットルだ!
大モニターに爽やかな嘲笑を浮かべるZAKUROが映し出される。しかし次の瞬間、俄然余裕の笑みを浮かべる黒装束の少女へとその映像は切り替わり――。
「地下アイドルでもというその驕り
それがこそが貴様の元にある原罪
ひどく浅はかだなZAKURO承認欲求塗れた量産型MC
まるで覚えたての――小2の様だ……!
ぬるいよ もっと凍てつく氷の様な言葉で刺せ
もろいよそんな牙では我が身に傷はつけられん
トロイの木馬 それくらいの策無くば討伐不可
わかったかな? これが我の殺し文句さ」
『終了ーーーー!!!』
お互いに8小節×2をやりきったのを見て、司会がバトルの終幕を宣言する。
しかし、熱は冷めやらない。会場は割れんばかりの歓声が木霊している。今の応酬にはそれだけのヤバさがあった。興奮が、一斉に伝染する。
司会も彼等のそれを代弁するかのように熱の篭った声でまくし立てる。
『1回戦からレベル超高い!2人ともヤバい!!でもでも、いつものように決着をつけなきゃいけません。決めます!いいと思ったどちらか一方に声を上げてください!いきます!』
まだ終わって欲しくない。この戦いをいつもでも見ていたい。その場にいた誰もがそう思っていただろう。けれど内容がどうあれ、観客による投票は待った無しで行われるのだ。今も、昔も。
『では先行、ZAKUROが良かったと思う人!』
爆発的な声が上がる。
『では後攻、eye/shadowが良かったと思う人!』
同じく膨大な圧を持った声が会場を埋める。
これは……。
と、思いをめぐらす前に、延長ー!延長ー!という滾った声が上がり始める。
そう、観客からの声による投票、そこにMC間の勝敗が決められる程の差がなかった場合、司会の判定により勝敗は延長戦に持ち越し。そういったルールが、MCバトルには存在する。
今の状況は、正しくそういったムード。
恐らく下馬評ではeye/shadowの勝利という風に見られていたであろうこの第1試合。だが、客観的に見て、実力も内容も拮抗していた。
そしてそれは間違いなく会場中の総意だった。
唾を飲む。恐らくはいま3000近い人間の喉元を熱い液体が流れ落ちていっただろう。期待に満ち溢れ熱量を持った時間が過ぎ去っていく。
司会は会場を見回し、大きく息を吸い込んだ。
『1回戦目からまさかこんなことになるとはね……。うん、これは決められません!延長です!』
その宣誓を聞いた刹那、どっと客席が湧く。ヤバい!そんな興奮に塗れた声が木霊する。
間違いない、なんてったって俺の生徒だからな。おこがましくも自然と、そんな喜びが胸に湧き上がっていた。
『では、延長戦は先攻後攻入れ替わって先攻eye/shadow、後攻ZAKUROです!そして延長戦のビート!DJ阿賀良瀬お願いします!』
阿賀良瀬がまたも名曲を掻き鳴らす。ダークな世界観が人気のラッパー【CReal】で【Lady King】。上がりきったヘッズ達のテンションをさらに上げていく素晴らしい選曲。さっきよりも曲のテンポは遅いが、間違いなくこれからのバトルをより刺激的に彩るだろう。
強いて言えば、曲調がややeye/shadow寄りなんじゃないか?と思ってしまうのは俺が完全にZAKUROを贔屓目で観ているからだろうか?
なんて馬鹿なことを考えてしまった。本当に俺は馬鹿だな。だって、モニターに映った彼女はそんなことなんてどうでも良さそうな笑顔でeye/shadowに向き合い、無邪気な表情を晒していた。彼女もある種べつの意味のバカ。けれどそれはどんなに賢い大人よりも純粋で尊い生き物。
勝敗よりも今を楽しんでいる。いい音といい友(敵)、それさえあれば、他に何もいらないのだ。ラッパーには。
対するeye/shadowもまた、不敵な笑みでZAKUROを見つめている。
1回戦から本当に最高のバトルだ。観客による熱狂の渦の中、展開される2人だけの世界。
その衝突が、もう間もなく、再開する。
『ではいきましょう!先攻eye/shadow、後攻ZAKURO、レディファイト!』
『まずは褒めて遣わそう若き少女
やるじゃないか我相手に延長とは
しかしまあたまにどうもこういうことがあり戸惑うよ
賛否両論故の延長なのだろうが
みな頭にどうも欠陥を抱えているらしい
血管に赤い血が流れているのかさえ疑うよ
我の勝利、それ以外選択肢ないだろう?
明日も我の声を聴き我に頭を垂れる これ以外』
入れ替わって先攻eye/shadowの一ターン目。
自信に満ち溢れたセルフボースト。それは聴くものの心へと知らぬ内に入り込み、彼女の言うことが全て正しいかのように錯覚させる。彼女の勝利以外有り得ないと、この人の言うことはまったくもって完全なる事実だと。
これこそがeye/shadowの真髄か。恐らくは出で立ち、口調、ワードセンス、その全てが計算済み。新興宗教の教祖の様なカリスマ性が、会場をまたも掌握する。
しかし。
『は?どう考えても欠陥あんのはあんたの方
決算してあげるその矛盾 きっと傑作
そうさっき言ってたよね量産型?
いやいやどこがよ?こんなんがさ
私むしろ教室でいつも浮いて虐められてるタイプの方なんだわ
なんかズレてるらしいんだよねヒトと、根幹から
そんなんだからラップも始めたし
気安く適当なこと言ってんじゃねーぞ傍観者が!』
俺の生徒は新興宗教にハマるタイプではなかったらしい。
神に中指を立てるかのごとく、相手のバースの中の言葉から韻を踏んでいく。それはまるで聖書の言葉を引用した小説の1ページの様に聴衆の心を惹きつける。
加えて、延長前の言葉の矛盾を量産型→こんなんがさ→方なんだわ→根幹から→傍観者が……と、圧倒的な脚韻でぶちのめして行く。しかも意味もバリバリに通っている……!
そして自分のこれでの境遇を地盤に殴り掛かる嘘の無いリアルさ。マイナスをプラスに変える!This is HIPHOP!
こんなんがさといって自分を指さす、悲しいはずなのにおどけているその仕草。彼女にしか出来ないラップ。
これはもう手の付けようがない!ZAKURO節、最高潮だ!!
『そうだなたしかに認めよう貴様は非量産型
しかし量産出来なかったのではない量産されなかっただけのこと
良い物はより多く効率的に生産されていく
その価値が貴様に無かっただけのこと
唯一無二ではなくただの欠番、型落ち
それに対し我が存在は特注品
誰にも真似出来ないアイデンティティ
わかるかなだからこそ我はかくも愛くるしい』
『愛くるしい? はい苦しい~!マジ苦しい!
言い訳酷すぎでガチ見苦しい
誰かの真似してるって意味で量産型って言ったくせに
後から付け足しで真似される価値ないからとか無理あるて
あ?もう出し尽くしちゃったのかな~?
なんか勢い落ちてない?あ、もしかして足くじいちゃったのかな?
かわいそう祈っとけば?大仏に~
アハッあたしあんた地獄送り込む最終便~♪』
これは………!
両者のターンが終わり、司会の声と共に音楽が止まる。
『終了~~~!!!』
2人の少女は歓声という轟音の中無言で見つめ合う。その瞳の強さには明確な差があるように見えた。
『決めましょう!! どちらか良かった方に声あげてください!』
決闘者2人の狭間に立つ司会が遂に決を採る。GMB1回戦の結果がとうとうここに決着する……!
『先攻、eye/shadowが良かったと思う人!』
『後攻、ZAKUROが良かったと思う人!』
各々の歓声で投票が行われていく。
その両者への声を聞いた司会は、観客が一旦落ち着くのを待ってからようやく声を上げた。
結果が、決まる……!
『……なるほど、これは1回戦から大番狂わせですね……。決まりました、GIRLS MC BATTLE1回戦、勝者は、ZAKURO!!!』
固唾を飲んでいた観客席から莫大な歓声があがる。それはまるで勝鬨の様な歓喜の猛り。実際、勝敗は明確で観客の声量もZAKUROへかなり一方的に上がっていた。しかしそれでも、ルーキーであるZAKUROがプロップスのあるeye/shadowを倒したというジャイアントキリングを、誰もが一瞬受け入れられなかったのだろう。会場の反応はそれをありありと雄弁に語っている。
しかし今、時間とともに現実味を帯びてきたZAKUROの勝利が、観客を興奮に駆り立てている。
舞台上に立った青の少女が観客席に向けてピースした。その満面の笑みに零れる1滴の汗が、彼女の健闘を証明しているように思えた。
そしてそんな彼女に向かってeye/shadowがゆっくりと歩み寄り、そのピースに自分の細い指を重ねて微笑む。
先程まで言い争っていた両者が、矛を収めた後はお互いの健闘を讃える。その様はとても美しい。
『これはなんとも1回戦からベストバウトでした……!eye/shadow、何か言いたいことはありますか?』
『知恵の実を口にしたのだ、直に楽園は崩壊するだろう。今宵は失楽の宴。彼女の門出を盛大に祝そうではないか。では、敗者は市場にて待つ。……要するに、物販で我と握手♡さらばだ。』
『はい、ありがとうございます!1回戦から最高のバトルを見せてくれたeye/shadowとZAKUROに拍手ー!!』
割れんばかりの拍手と歓声が舞台に向けられ、それを背に2人が一旦袖へとはけていく。
その場にいる全員が、2人の健闘を賞賛していた。また、恐らくは今大会のダークホースとなりつつあるZAKUROに、多大なる期待を寄せ始めている。
俺も教え子の快勝に心が踊らないわけではない。優勝だってもちろん期待はしている。
けれど、やはり気になる。彼女は別に、誰かをディスらなくてもいいのではないかと。それ以外にも無限の可能性があるのではないかと。
そして、それを最後に告げた時の彼女の悲しそうな顔が、脳裏から離れない――。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
御伽噺のその先へ
雪華
キャラ文芸
ほんの気まぐれと偶然だった。しかし、あるいは運命だったのかもしれない。
高校1年生の紗良のクラスには、他人に全く興味を示さない男子生徒がいた。
彼は美少年と呼ぶに相応しい容姿なのだが、言い寄る女子を片っ端から冷たく突き放し、「観賞用王子」と陰で囁かれている。
その王子が紗良に告げた。
「ねえ、俺と付き合ってよ」
言葉とは裏腹に彼の表情は険しい。
王子には、誰にも言えない秘密があった。
片翅の火蝶 ▽半端者と蔑まれていた蝶が、蝋燭頭の旦那様に溺愛されるようです▽
偽月
キャラ文芸
「――きっと、姉様の代わりにお役目を果たします」
大火々本帝国《だいかがほんていこく》。通称、火ノ本。
八千年の歴史を誇る、この国では火山を神として崇め、火を祀っている。国に伝わる火の神の伝承では、神の怒り……噴火を鎮めるため一人の女が火口に身を投じたと言う。
人々は蝶の痣を背負った一族の女を【火蝶《かちょう》】と呼び、火の神の巫女になった女の功績を讃え、祀る事にした。再び火山が噴火する日に備えて。
火縄八重《ひなわ やえ》は片翅分の痣しか持たない半端者。日々、お蚕様の世話に心血を注ぎ、絹糸を紡いできた十八歳の生娘。全ては自身に向けられる差別的な視線に耐える為に。
八重は火蝶の本家である火焚家の長男・火焚太蝋《ほたき たろう》に嫁ぐ日を迎えた。
火蝶の巫女となった姉・千重の代わりに。
蝶の翅の痣を背負う女と蝋燭頭の軍人が織りなす大正ロマンスファンタジー。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
がーるみーつひっぷほっぷ
ふみのあや
キャラ文芸
人気絶頂大人気アイドルの破滅。
そのセンセーショナルな不祥事が、彼女とHIPHOPを引き合わせた。
初めて本気で心を奪われた。
マイクの握り方が変わる。
客の沸かせ方が変わる。
生き様は変わらぬままに。
闘いの中、音の調べに導かれ、少女たちは出逢う。
相容れぬはずだった者たちが惹かれ合い、響き合う。
アイドルラッパーインダビルディング。
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる