7 / 16
第5話 幼ノ鎖
しおりを挟む名前問題を解決したボクだったけど、エルにはまだまだ、問題が山積みだった。
例えば……。
このままウチで預かっていていいのかとか、本当にエルフなのかとか、これまでどうしてたのかとか、ボクは早く自首すべきなのかとか、言いだしたらキリがない。
でも、そういう現状どうしようもない問題とは別に、一つ、解決したい問題があった。
それは――なんというか、「拘束具」、なんだけど。
というのも、彼女は左右をつなぐ鎖こそ断ち切れているので体の自由はあるものの、どういうわけか両手両足に古めかしいタイプの枷をハメられたままになっているのだ。あと、どう見てもチョーカーじゃない完全な首輪も(だからこそ奴隷だったのかなとか思ったわけで)。
でもそんなもの、ずっと身近にいる子供がつけてたら嫌じゃん?
そういうプレイなら大歓迎だけど、ガチでつけてるんだから笑えないし。
てなわけで、ボクは例によって昨日の夜、「手錠 ピッキング やり方」とかでググったりしていたわけなのだけども――。
「ぁぅ?(んん?)」
さっきからずっとその成果を発揮すべくエルに嵌められた手枷足枷の鍵穴にグリグリ針金を入れ込んでるんだけど中々上手くいかなくて……。
「うーん、動画だとダブルロックですら簡単にあけてるのにぃ……。やっぱり現代の手錠とこれとじゃ、やり方がちがうのかなー」
ボクがそうぼやきながらスマホの解説動画片手にうんうん唸っていると。
「しゅんか(ちょいちょい)」
一緒になって動画をみて、「ふぇえ~」と歓声を上げていたエルが(意外にも彼女はテレビやスマホの映像にすぐ適応した)、ボクの肩にちょんちょんと触れながら、ボクの名を呼んだ。
ボクは感動のあまり叫びだしそうになるのを必死でこらえながら、「どしたの?」と尋ねる。
「ぅー!」
すると彼女はボクが手に持っていた針金を指差した。
「これ?」
「ぁぅ!(こくっ)」
エルはボクのジェスチャーにうんうんと頷く。
「でも、針金がどうかしたの?」
「うー!(ひょいひょい)」
なんだかよくわからない動き……。
でもなんだろう、文脈的に、自分に貸してということかな?
子供って人の持ってるおもちゃとかすぐ自分のモノにしようとするし(いや、針金はおもちゃでもなんでもないんだけどさ)。
だからきっと、これも、そういうことなのかも。
そんなわけで、針金を差し出してみる。
「ほい。じゃ、エルもやってみる?」
どうせ時間はいくらでもあるんだし(ボク、フリーター。二十三歳!)、彼女がやりたいとうのならそっちをいくらでも優先しちゃうよ? お兄さんは!
「うりゅ(しゅばっ)」
エルは神妙な顔で(かわいい)頷くと、ボクの手から針金を奪取した。
そして。
「…………。(がちゃがちゃ)」
なんだか一心不乱に、自分の右手に架せられた枷の鍵穴へと、針金を入れ込んでいく。
ボクはそれを、「ぷにぷにおててがかわいいなあ……」とか思いながら、知能指数0で眺めていた。
すると。
かちゃ。
そんないかにもな音がして。
「あうっ!(よし!)」
左手の手錠が、外れた。
「へ?」
ボクは思わず気の抜けた声を漏らす。
けれど一方の彼女は意気揚々。
「ふーんふーんふーん(にこにこ)」
こっちを見て笑っている(百万石の笑顔)。
「…………? はっ!?」
事態をようやく完全に把握したボクは秒で彼女を褒めた。
「す、すすすすごいよエル! エルってば手先も器用なんだね! さっすがエルフっ子!」
ボクが出来なかったことをこんな子供がすぐに出来てしまうなんて……という普段ならば絶対に感じていたであろう卑屈な感情が一切芽生えてこないことに驚きを感じながらも、ボクは純粋に彼女を褒めちぎる。
気分はもう完全にママである。
しかし、そんな勘違い無職おじさんの称揚にも、彼女は優しく応じてくれる。
エルは「えへへ~」みたいな顔をしたかと思うと、「よし!」と気合を入れ直すかのようにまた生真面目な顔になって(かわ)、今度は右手の錠前に針金をねじ込んだ。
「…………(かちゃかちゃ)」
今度はたぶん利き手が使えないけど(そもそもエルフに利き手の概念があるのかもわからないけれど)大丈夫かな……?
ボクはまるで、授業参観で頑張って自分から発言しようとする我が子を見守る親のような気持ちで、エルの動向を見守る。
「んー?(むぅ)」
気持ち、さっきより苦戦しているような気がするのは気のせいか。
やっぱりエルフといえど利き手は存在し、君の利き手は右手で、左手での開錠は困難なのか。
無性にそわそわしてしまう。
くそう! ボクが初見でスパッと鍵開け出来ていれば……!
そんな謎の悔恨すら思い浮かべるくらいに。
「エル、いけそう?」
黙ってられなくて、つい口に出してしまう。なんという落ち着きのない大人か。彼女は集中しているのだから、邪魔をするなこの無能ニート。そんな自己批判が脳裏を覆う。
「うぅっ!(ぐっ!)」
けれどエルは、そんな情けないボクにも力強く頷いた。
なんて頼もしいロリエルフなんだ。やっぱりロリは最強なんだ(意味不明)。
そんな感じで、自己肯定能力は低いが、ロリ肯定能力は高いボクが幼女を全肯定していると――ガチャ。
小気味のいい音にハッとする。
「! また開けたの?!」
「うっ!(ふふん)」
どうよ? とでも言うように取った手錠を掲げるエル。
「すごい! いや、ほんとすごい! エルには鍵師の才能があるね!」
これで人間界での将来も安泰だなと、スポーツ習い立ての子供が優秀な成績を出した途端にその二十年後の栄光を夢にみちゃうバカ親みたいなことを思うボク。
そんなボクに、エルはおねだりをするかのように、擦り寄ってきた。
ちんまりとやわらかあったかい子供ぼでーが、布越しに押し付けられる。
「んー(きゃるるん)」
しかも、そんなふうに滅茶苦茶に撫で回したくなるような上目遣いと共に。
意図的ではないのだろうが、恐ろしいまでの媚びた目つき。ボクの残念ロリコン理性は、一瞬で蒸発した。
「よしよーし、エルはすごいねえ、えらいねえ。かわいいねえ」
大の大人が、完全に幼女の意のままに操られ、全自動全肯定ロリコンと化す。
エルはその頭なでなでをふにゃあとした顔で堪能しつつ、「ん~んぅ」と、甘えるような声を出し、更なるなでなでを言外に要求。その巧みな采配に、ボクは反射的に応じてしまう。
なんという、天性の女狐。彼女の将来が怖い(さっきの安泰発言はいずこへ)。
そして、彼女はボクに頭を撫でさせながらも、そのまま足の錠前へと取り掛かった。
「……(かちゃかちゃ)」
幼女の真剣な顔というのも、また乙なものである。
しかもそれが、エルのような絶世の褐色ロリエルフともなれば、言わずもがな。
というわけで、ボクは間近で幼女の金色おめめやながながまつげ、ぷっくりくちびるなんかをガチ恋距離で鑑賞していたのだけど。
ボクがそんな最高だけど最高に非生産的な時間を消費している間に、エルは左右の足枷+首輪の鍵を全て開錠という偉業を成し遂げていたらしい。
というのも、ボクがエルの容姿に夢中になっていたところ、ちょっと信じがたいことではあるのだけども、急にすごい光が彼女を覆ったんだ。
かちゃり。
最後の首輪が外れた瞬間――だったのかな。
突然ぴかっと目の前が真っ白になって。
すごい光だった。
目を開けられないくらいの。
でも、それが収まってまぶたを開いても、なにがあるでもなくて。
ただ、エルにつけられていた忌々しい枷が全部彼女の足元に転がっていたというだけで。
ボクが何事かと驚いていたら、満面の笑みのエルがボクにタックルしながら抱きついてきて。
「ぁぅ! ぁぅ!(れろれろ)」
そのまま押し倒されて、顔をぺろぺろと舐められた。
「や、ちょ喜んでくれるのは嬉しいけども、全部エルがやったんだから……」
「ぅぅ! ううーっ! しゅん、か!(じゅるじゅぶ)」
ボクは結局何も出来てなくて、そこまでされると少し引け目を感じちゃうなあなんて思いかけたけど、でもやっぱり、彼女の清らかな混じりけのない笑みを見ていると、なんだかすべてがどうでもよくて、ただただあったかい気持ちになる。
だから、笑う。
「まあいっか。とにかく、よかったね、エル」
「あぅ!(にぱ)」
エルは、うれしそうにうなずいた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
砂漠の国でイケメン俺様CEOと秘密結婚⁉︎ 〜Romance in Abū Dhabī〜 【Alphapolis Edition】
佐倉 蘭
キャラ文芸
都内の大手不動産会社に勤める、三浦 真珠子(まみこ)27歳。
ある日、突然の辞令によって、アブダビの新都市建設に関わるタワービル建設のプロジェクトメンバーに抜擢される。
それに伴って、海外事業本部・アブダビ新都市建設事業室に異動となり、海外赴任することになるのだが……
——って……アブダビって、どこ⁉︎
※作中にアラビア語が出てきますが、作者はアラビア語に不案内ですので雰囲気だけお楽しみ下さい。また、文字が反転しているかもしれませんのでお含みおき下さい。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
最後の恋って、なに?~Happy wedding?~
氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた―――
ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。
それは同棲の話が出ていた矢先だった。
凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。
ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。
実は彼、厄介な事に大の女嫌いで――
元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――
横浜で空に一番近いカフェ
みつまめ つぼみ
キャラ文芸
大卒二年目のシステムエンジニア千晴が出会ったのは、千年を生きる妖狐。
転職を決意した千晴の転職先は、ランドマークタワー高層にあるカフェだった。
最高の展望で働く千晴は、新しい仕事を通じて自分の人生を考える。
新しい職場は高層カフェ! 接客業は忙しいけど、眺めは最高です!
幽霊な姉と妖精な同級生〜ささやき幽霊の怪編
凪司工房
キャラ文芸
土筆屋大悟(つくしやだいご)は陰陽師の家系に生まれた、ごく一般的な男子高校生だ。残念ながら霊能力はほとんどなく、辛うじて十年に亡くなり幽霊となった姉の声が聞こえるという力だけがあった。
そんな大悟にはクラスに憧れの女子生徒がいた。森ノ宮静華。誰もが彼女を妖精や天使、女神と喩える、美しく、そして大悟からすれば近寄りがたい女性だった。
ある日、姉の力で森ノ宮静華にその取り巻きが「ささやき幽霊の怪を知っている?」という話をしていた。
これは能力を持たない陰陽師の末裔の、ごく普通の高校生男子が恋心を抱く憧れの女子生徒と、怪異が起こす事件に巻き込まれる、ラブコメディーな青春異能物語である。
【備考】
・本作は「ねえねえ姉〜幽霊な姉と天使のような同級生」をリメイクしたものである。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる