わたしの愛した世界

伏織

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六章

6-17

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ドアに大きな穴が空き、廊下の明かりが部屋に差し込む。ドアの穴から人間の腕らしきものが入り、ドアの鍵を探って開ける音が響いた。そしてゆっくりとドアが開き、一人の人間が足を踏み込んで来た。

背後からの光で顔はよく見えないが、長い髪を頭の上でまとめて団子の様に丸めているようだ。体つきも華奢なので、女性であることが伺える。手には長い棒が握られ、その先端に大きな石のようなものがついている。コツ、コツ、と靴音をたてながら、そいつは中に入って来る。


ベッドのそばまで来ると、そいつは手に持った凶器を足元に放り投げた。何をするのかと見ている前で、ベッドの端を両手で掴むと勢いよくひっくり返した。ここまで見る限り、この人は手紙を持って来たというわけではなさそうだ。もう一つのベッドも同様にヒックリ返している後ろで、クロスが静かにドアの後ろから移動して私の横に来た。
杖を構えて何かを小さく唱えながら来た様子からして、侵入者に自分の存在を悟られないようにする魔法も知っているらしい。魔法って本当に便利だ。


「くそおおおおおおおおおお!!!!」


下に何も潜んでいなかったベッドを前にして、侵入者が叫んだ。喉の奥から溢れ出す怒りで満ちた雄叫びに、クロスが隣で身を硬くするのがわかった。

このままでは見つかるのも時間の問題である。とても穏便には解決できそうに無い雰囲気だ。なんとかして逃げて、それからどこか村の外で身を潜めよう。それから、どうするか考えよう。隣のクロスを見る。完全に怯えきっており、役に立ちそうになかった。

情けない男を木にするのは後回しにして、身の回りを確認した。残念ながら武器になりそうなものは見つからない。ナイフで刺したら殺してしまう可能性が高いし、片付けも大変そうだ。

 ……これは、どうだろう。後で怒られるかも知れない。

一瞬悩んだが、非常時だ。致し方ないのだ。自分たちの身を守るためなのだ。


「あっ」


クロスから杖を奪うと、彼は私を非難するような顔で口を開いたが、すぐに状況を思い出して口を噤んだ。

考えて行動が遅れてしまうと命取りだと思った私は勢いのまま立ち上がり、侵入者の方へ素早く向かった。


「おい」


そして声をかけると、侵入者がこちらを振り返った。窓から差し込む僅かな明かりに、目を吊り上げて鬼の表情になっている女性の顔が照らされた。私は杖でその顔を、力いっぱい殴りつけた。鈍い音と硬い感触があった。女性は顔を押さえてうめいた。前のめりになって、一気に戦意を喪失したように思えるうめき声に少し罪悪感があったが、それを頭から振り払って、彼女の後頭部にもう一発、叩き込んだ。


床に倒れた女性の体をつま先でつついて、完全に意識を失っていることを確認した。「容赦なくない?」と少し笑っているようなクロスの声がする。

一息つく間もなく、廊下の方から足音が近付いてくるのが分かった。「おい、いたか?」と、男の声で問いかけてきた。


「逃げるぞ」窓を指差す私から杖をひったくって、クロスが私の腕を掴んだ。







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