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伏織

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「何様だてめえは。後で自首するんなら人殺してもいいってのか。
つーか、死ぬつもりじゃねぇのかよ。死ね。さっさと死ね。今死ね」

「彼で終わりにしようと……」


涙声で花子さんは弁明しようとするが、その前にまた、飛鳥の張り手。


「“私は人を殺しましたけどもう二度としません”で誰が許すかっつーの。殺した後じゃ遅いんだ」


何度も蹴られ、殴られで赤く腫れ上がった頬を飛鳥に掴まれていない方の手で押さえ、花子さんは大きく息を吐いた。悔しいような、悲しいような、複雑な表情。


「だって………颯斗さんが死ねば終わるんですよ」

「は?」

「本家の血筋が途絶えるんです!
……………そうすれば、私達分家が、全て支配できるんです!」

「あー、結局はそうなのね」


目を見開いて訴える花子さんの主張を、飛鳥は侮蔑に満ちた笑みで一蹴した。花子さんの唇は切れ、泥で汚れた顎を赤い血が伝う。

本家にプライドを踏みにじられ続けた私達が、理不尽に耐え続けた私達分家がと叫ぶ度、血と唾液が混ざったものが口から流れ出る。まるで駄々を捏ねる子供のごとく、優秀な遺伝子を持つのは本家ではなく私達分家なのだ!と手足をばたつかせながら主張する。果たしてそうだろうか。


「優秀なのか?その体たらくで」

「当たり前です!あなた達なんかよりもずっと!ずっと!私達は優秀です!私達はもっと評価されなければならない!そのためには」

「━━━本家が邪魔、だから死んでもらおうってか」


口元だけを笑顔の形にして自分を見据える飛鳥の言葉に、「そうです!」花子さんは慣れない大声を出したせいでもう潰れそうになっている声で、肯定した。


「そうかそうか。そいつはすげぇ」

「わかって━━━━━っ」


くれましたか、と続いたはずの言葉は、強制的に打ち切られた。何度目かの飛鳥の拳。

今までは見た目こそ派手だが、大して強いパンチや蹴りではなかった(じゃなきゃ、花子さんがあそこまでへこたれないのはおかしい)が、今度はそうはいかなかった。
飛鳥の華奢なようで石のように硬い拳は、真正面から花子さんの鼻を潰し、勢いのままに後ろにあった墓石に後頭部をぶつけた。


「ああっ!」


どうやら意識は失わなかったようだ。地面に倒れ込んだ彼女は、鼻が痛いやら後頭部が痛いやらで、両手で頭の前後を押さえていた。


「あー……!あああ………うぅっ、うああーっ」

「うるさい」


がらがらの声で泣き出した花子さんの腹に、飛鳥が容赦なく蹴りを入れた。なんだこの小説。テーマは拷問か?折檻か?



「なんかもう、うるさい。大体解ったからさぁ。とりあえず警察とお前の兄ちゃんに報告だな」


と、ナイフを放り出して踵を返した飛鳥に、ボロボロになった花子さんがしがみつく。「やめてください!どうか兄には!」━━━━そのお願いから、この件には晴俊さんは無関係であると、馬鹿な俺にも解った。


「これは代々分家の、女だけがやってきたことなんです!兄は関係ないんです!兄は何にも悪くないんです!」

「ああ、それは昨日お前の母親にいじめられて大体察してるよ」


さんざん彼女を蹴って無理をしたせいで、怪我をしている足の裏が痛むのだろう、飛鳥は苦々しげな表情で花子さんを蹴飛ばした。

今まで俺の横で事を見守っていた颯斗さんが、急に前に飛び出した。


「あの、飛鳥さん。もういいです」

「━━━━━何が」


お前こそ、颯斗さんの何が気に入らないのかと問いたくなるほど、飛鳥は彼をきつい目で睨み付けた。その迫力に気圧されたのか、颯斗さんが生唾を飲み込む音が聞こえた。


「花子のことは、我々一族で話し合って解決しますので、もう大丈夫です」

「━━━━何が」

「えっ、あの………だから……」

「何が大丈夫なんですか。貴方を殺そうとしてたんですよ?それをたかが話し合いで解決しようと思ってんですか。
甘いねぇ、ゲロ吐きそうなくらい甘ったるいねぇ。ふざけてんのかお前」


うわ、ついに颯斗さんにまで「お前」て言いやがった。


「飛鳥、ちょっと落ち着けよ」

「お前はその甘ちゃんを黙らせてろ」

「いや、でもね」

「ぶっ殺すぞ!」


駄目だこいつ。ちょっと頭に血が上りすぎてる。

とりあえず今ので完全に挫けた颯斗さんを俺の後ろまで下がらせ、今にも刀を抜きかねない勢いの飛鳥に向き直る。どうしたものか。


これはあれか、主人公のこの俺が飛鳥を恐れずに歩み寄ってソッと抱擁して落ち着かせるべきか?「そなたは人間だ」って耳元で囁いてやるべきか?無理だよこいつ、もう人間の域から出ちゃってるもの。
夜叉だもの。中に潜んでるどころかこいつ自体が夜叉そのものだもの。俺の出番ないもの。もはやこいつが主人公だもの。ちょっと寂しくなっちゃってるんだもの。








「…………っふ、ざ、けんじゃないわよ」




地面に突っ伏している花子さんが、汚れきった顔を上げてこちらを、颯斗さんを憎らしげに睨んでいる。復活早いな。





血と泥で汚れた歯を剥き出しにして、断末魔の獣が吠える。


「あんたなんか、たまたま本家に生まれただけのでき損ないよ!
いつも周りに甘やかされて、へらへらして!…………ううっ、畜生!」

「花子さん……」

「分家の女が、どんな扱いをされてきたか、知らないくせに!

おかぁさんがどんな思いをしてきたか知らないくせに!
おかぁさんが、お兄ちゃんのためにいっぱいいっぱい心を殺してきたのに!」


爪を剥がされた方の手で涙を拭いた。花魁の化粧のように、目尻が赤く染まった。

「思わせ振りだな」花子さんの悲しみの吐露を、飛鳥は野卑な方法━━━つまり口を挟んで、邪魔をした。「要するに“可愛い我が子を谷に突き落とした”ってことだろ?わざと厳しく育てたんだろ」


「それだけじゃない………っ」

「あのさ、さっきも言ったよな?うるさいんだよ」


今まで以上に冷たい口調でそう言われて、花子さんの目からギラギラした光が消えた。


「お前の事情なんざ、もうどうでもいいわ。お前が毒を盛って颯斗さんを殺そうとしてた、これだけ解れば十分なんだよ。
あとは然るべき機関に通報して、法律に則った処罰を受けさせる。それで依頼は終了なんだ。

間違っても━━」


そこで言葉を切り、飛鳥は刃物のように研ぎ澄まされた視線を颯斗さんに向けた。「間違っても、家族同士の説教大会でなあなあに済ませていい問題じゃない」━━━━俺は颯斗さん達とは他人なので、彼女の意見がもっともだと解る。

だが、やはり家族となると、心がそれを拒むのだろう。颯斗さんも飛鳥の言ってることはきちんと理解している。だがいくら自分を殺そうとしていたとはいえ、花子さんは幼い頃から一緒に生活していた、家族なのだ。


この事実を知って、彼は悲しんでいる。きっと晴俊さんや、他の家族も悲しむ。せめて最後に、花子さんの口から全てを聞きたい。家族水入らずで、別れを惜しんでから、いずれは警察に引き渡すのだろう。それ以外は、飛鳥はもちろん真面目な晴俊さんも許さないだろう。

颯斗さんは、再び飛鳥に向かって、今度は跪いた。彼まで泣きそうになりながら、地面に両手をついて土下座をする。


「お願いします」

「今さら遅ぇっつってんだろうが」

「飛鳥さん………」


颯斗さんの土下座を前に、飛鳥は花子さんを痛めつけても変わらかった無表情を崩した。


「今まで何にも知らなかったくせに、よくも土下座なんか出来たな。どうして気付かなかった?幼い頃からずっと一緒にいたのに、どうして彼女の変化に気付かなかった?」

「…………」

「どうして自分で自分を傷付けてまで、お前を愛してる心を潰していた彼女の苦しみに気付かなかったんだ?
 お前も相当、悪いやつだよ」


。 
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