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魔法のような出来事
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1年前の今日、私の4歳下の妹が小学校の校舎から飛び降りて死んだ。彼女が小学校に入学してから2ヶ月後の事だった。
齢6歳にしてなぜ自殺したのか。その理由はハッキリしていない。
家庭環境はごく普通で、親に虐待などもされていない。それどころか、妹は私以上に親に可愛がられていた。
柔らかい曲線を描く頬や、大きな目、生まれつき口角がキュッと上がっていて愛嬌のある唇。何をとっても、妹は愛されるために存在しているかのような、可愛らしい顔立ちをしていた。
親と同様に私も彼女を可愛がっていた。毎日風呂に一緒に入り、同じベッドでくっついて眠っていた。
小学校の校舎は三階建てだ。屋上があり、扉の鍵は閉まっているがドアノブのツマミを回せば誰でも開けられる。妹が自殺するまでは立ち入り禁止じゃなかったが、不思議と誰も寄り付かない場所だった。
妹は屋上に1人で忍び込み、格子のフェンスをよじ登って飛び降りた。
真下はコンクリート。しかも妹が落ちた場所は階段になっている場所で、彼女はそこに頭を強くぶつけた。びっくりするほど脳が飛び散っていたらしい。
落ちる途中で階段脇に植えられていた木の枝に接触し、そこでうまく引っ掛かっていたら命だけは助かったのだろうが、残念ながら足から落下していた彼女の体を僅かに傾けただけだった。そのせいで、階段の角に頭をぶつけた。
不思議なもので、1年も経った今では誰も妹のことを覚えていないみたいだ。何事も無かったかのように、毎日が繰り返されている。
私は5年生から6年生になり、教室も2階から3階になった。丁度妹が引っ掛かったあの木の真上の教室で、窓際の席に座っている。毎日その席に座り、なるべく窓の外を見ないように過ごしていた。あの木が見える度に、妹が死んだ日の朝を思い出すのが嫌だから。
「じゃーん!」と楽しげに声を上げながら、妹は手作りのステッキを私に見せてくれた。
「これでね、魔法で悪いやつをやっつけるんだよ!」
心から楽しそうな笑顔で、先に星型に切り取った紙を貼ったそれをクルクル回す。妹は魔法使いの出てくるアニメが好きだった。父の着なくなったパーカーの袖を結んでマント代わりにして、ステッキ片手に家の中を走り回っていたものだ。
そんな妹が、何故自殺なんかしたのだろう。
間違いなく彼女は幸せだったし、なによりまだ6歳だ。死にたいなんて考える歳だとは思えない。小六の私でさえ、そんなこと微塵も考えないのに。
その日最後の授業中、私はずっとそんなことを考えていた。いや、今日は一日中考えていた。
あれから父も母も、私も、嘘みたいに無口になった。笑うことも悲しむことも、すっかり忘れてしまった。妹の死と一緒に、全て無くしてしまった。
1年前の今日に戻れたら、妹が死ぬ前に戻れたら........。
「あれ?」
前の席に座る男子が、授業中だというのにそんな声を上げた。
「あんなところに箒がある」
窓の外を見て、何かを指さしてそんなことを言う。教師がそれを注意するかと思いきや、教師も窓の外を見て「あら、本当だわ」と言った。他の生徒も立ち上がって窓の外を見ながら、本当だ、なんでだろうとザワついた。
窓の外にはあの木がある。私は見たくなかった。箒なんかむしすればいいのに、どうして皆気にするんだろう。
「................あっ」
脳内で光が駆け巡った。箒。そうだったのか。
その事に気付いて、私は悲しいのに笑えた。ずっと埋まらなかったパズルのピースがはまり、私の壊れていた心の穴が塞がるようだった。
そうか、あの子は空を飛びたかったのか。
窓の外を見ると、今まで何故誰も気づかなかったのだろうと思えるほど分かりやすく、あの木の枝に箒が引っ掛かっていた。
「本当にバカだよ........」
そんな事が今更分かったところで、あの子は戻ってこない。悲しみは消えない。それでも。
少なくとも、下手くそだけど笑顔は取り戻せた。そう思えた。
終わり。
齢6歳にしてなぜ自殺したのか。その理由はハッキリしていない。
家庭環境はごく普通で、親に虐待などもされていない。それどころか、妹は私以上に親に可愛がられていた。
柔らかい曲線を描く頬や、大きな目、生まれつき口角がキュッと上がっていて愛嬌のある唇。何をとっても、妹は愛されるために存在しているかのような、可愛らしい顔立ちをしていた。
親と同様に私も彼女を可愛がっていた。毎日風呂に一緒に入り、同じベッドでくっついて眠っていた。
小学校の校舎は三階建てだ。屋上があり、扉の鍵は閉まっているがドアノブのツマミを回せば誰でも開けられる。妹が自殺するまでは立ち入り禁止じゃなかったが、不思議と誰も寄り付かない場所だった。
妹は屋上に1人で忍び込み、格子のフェンスをよじ登って飛び降りた。
真下はコンクリート。しかも妹が落ちた場所は階段になっている場所で、彼女はそこに頭を強くぶつけた。びっくりするほど脳が飛び散っていたらしい。
落ちる途中で階段脇に植えられていた木の枝に接触し、そこでうまく引っ掛かっていたら命だけは助かったのだろうが、残念ながら足から落下していた彼女の体を僅かに傾けただけだった。そのせいで、階段の角に頭をぶつけた。
不思議なもので、1年も経った今では誰も妹のことを覚えていないみたいだ。何事も無かったかのように、毎日が繰り返されている。
私は5年生から6年生になり、教室も2階から3階になった。丁度妹が引っ掛かったあの木の真上の教室で、窓際の席に座っている。毎日その席に座り、なるべく窓の外を見ないように過ごしていた。あの木が見える度に、妹が死んだ日の朝を思い出すのが嫌だから。
「じゃーん!」と楽しげに声を上げながら、妹は手作りのステッキを私に見せてくれた。
「これでね、魔法で悪いやつをやっつけるんだよ!」
心から楽しそうな笑顔で、先に星型に切り取った紙を貼ったそれをクルクル回す。妹は魔法使いの出てくるアニメが好きだった。父の着なくなったパーカーの袖を結んでマント代わりにして、ステッキ片手に家の中を走り回っていたものだ。
そんな妹が、何故自殺なんかしたのだろう。
間違いなく彼女は幸せだったし、なによりまだ6歳だ。死にたいなんて考える歳だとは思えない。小六の私でさえ、そんなこと微塵も考えないのに。
その日最後の授業中、私はずっとそんなことを考えていた。いや、今日は一日中考えていた。
あれから父も母も、私も、嘘みたいに無口になった。笑うことも悲しむことも、すっかり忘れてしまった。妹の死と一緒に、全て無くしてしまった。
1年前の今日に戻れたら、妹が死ぬ前に戻れたら........。
「あれ?」
前の席に座る男子が、授業中だというのにそんな声を上げた。
「あんなところに箒がある」
窓の外を見て、何かを指さしてそんなことを言う。教師がそれを注意するかと思いきや、教師も窓の外を見て「あら、本当だわ」と言った。他の生徒も立ち上がって窓の外を見ながら、本当だ、なんでだろうとザワついた。
窓の外にはあの木がある。私は見たくなかった。箒なんかむしすればいいのに、どうして皆気にするんだろう。
「................あっ」
脳内で光が駆け巡った。箒。そうだったのか。
その事に気付いて、私は悲しいのに笑えた。ずっと埋まらなかったパズルのピースがはまり、私の壊れていた心の穴が塞がるようだった。
そうか、あの子は空を飛びたかったのか。
窓の外を見ると、今まで何故誰も気づかなかったのだろうと思えるほど分かりやすく、あの木の枝に箒が引っ掛かっていた。
「本当にバカだよ........」
そんな事が今更分かったところで、あの子は戻ってこない。悲しみは消えない。それでも。
少なくとも、下手くそだけど笑顔は取り戻せた。そう思えた。
終わり。
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