みじかいやつ

伏織綾美

文字の大きさ
上 下
1 / 9

魔法のような出来事

しおりを挟む
1年前の今日、私の4歳下の妹が小学校の校舎から飛び降りて死んだ。彼女が小学校に入学してから2ヶ月後の事だった。


齢6歳にしてなぜ自殺したのか。その理由はハッキリしていない。
家庭環境はごく普通で、親に虐待などもされていない。それどころか、妹は私以上に親に可愛がられていた。

柔らかい曲線を描く頬や、大きな目、生まれつき口角がキュッと上がっていて愛嬌のある唇。何をとっても、妹は愛されるために存在しているかのような、可愛らしい顔立ちをしていた。
親と同様に私も彼女を可愛がっていた。毎日風呂に一緒に入り、同じベッドでくっついて眠っていた。


小学校の校舎は三階建てだ。屋上があり、扉の鍵は閉まっているがドアノブのツマミを回せば誰でも開けられる。妹が自殺するまでは立ち入り禁止じゃなかったが、不思議と誰も寄り付かない場所だった。


妹は屋上に1人で忍び込み、格子のフェンスをよじ登って飛び降りた。
真下はコンクリート。しかも妹が落ちた場所は階段になっている場所で、彼女はそこに頭を強くぶつけた。びっくりするほど脳が飛び散っていたらしい。

落ちる途中で階段脇に植えられていた木の枝に接触し、そこでうまく引っ掛かっていたら命だけは助かったのだろうが、残念ながら足から落下していた彼女の体を僅かに傾けただけだった。そのせいで、階段の角に頭をぶつけた。



不思議なもので、1年も経った今では誰も妹のことを覚えていないみたいだ。何事も無かったかのように、毎日が繰り返されている。
私は5年生から6年生になり、教室も2階から3階になった。丁度妹が引っ掛かったあの木の真上の教室で、窓際の席に座っている。毎日その席に座り、なるべく窓の外を見ないように過ごしていた。あの木が見える度に、妹が死んだ日の朝を思い出すのが嫌だから。


「じゃーん!」と楽しげに声を上げながら、妹は手作りのステッキを私に見せてくれた。


「これでね、魔法で悪いやつをやっつけるんだよ!」


心から楽しそうな笑顔で、先に星型に切り取った紙を貼ったそれをクルクル回す。妹は魔法使いの出てくるアニメが好きだった。父の着なくなったパーカーの袖を結んでマント代わりにして、ステッキ片手に家の中を走り回っていたものだ。

そんな妹が、何故自殺なんかしたのだろう。

間違いなく彼女は幸せだったし、なによりまだ6歳だ。死にたいなんて考える歳だとは思えない。小六の私でさえ、そんなこと微塵も考えないのに。


その日最後の授業中、私はずっとそんなことを考えていた。いや、今日は一日中考えていた。
あれから父も母も、私も、嘘みたいに無口になった。笑うことも悲しむことも、すっかり忘れてしまった。妹の死と一緒に、全て無くしてしまった。

1年前の今日に戻れたら、妹が死ぬ前に戻れたら........。


「あれ?」


前の席に座る男子が、授業中だというのにそんな声を上げた。


「あんなところに箒がある」


窓の外を見て、何かを指さしてそんなことを言う。教師がそれを注意するかと思いきや、教師も窓の外を見て「あら、本当だわ」と言った。他の生徒も立ち上がって窓の外を見ながら、本当だ、なんでだろうとザワついた。

窓の外にはあの木がある。私は見たくなかった。箒なんかむしすればいいのに、どうして皆気にするんだろう。


「................あっ」


脳内で光が駆け巡った。箒。そうだったのか。

その事に気付いて、私は悲しいのに笑えた。ずっと埋まらなかったパズルのピースがはまり、私の壊れていた心の穴が塞がるようだった。


そうか、あの子は空を飛びたかったのか。


窓の外を見ると、今まで何故誰も気づかなかったのだろうと思えるほど分かりやすく、あの木の枝に箒が引っ掛かっていた。


「本当にバカだよ........」


そんな事が今更分かったところで、あの子は戻ってこない。悲しみは消えない。それでも。

少なくとも、下手くそだけど笑顔は取り戻せた。そう思えた。



終わり。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。

春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。 それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。 にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。

処理中です...