Cuore

伏織綾美

文字の大きさ
上 下
3 / 23
1章

1-2

しおりを挟む


「きっとさ、浜本先生とさなえ先生が付き合ってることに久保田がキレて、それでさなえ先生のこと殺したんだよ」

「あー………、ありうる」

「でもさー、別に死んだってよくない?」

「ぶりっ子しててキモかったよねぇ」


 と、そんなことを話す女子の声は、どこか面白がっているような響きがあった。女子にも、そして男子にも人気のあるさなえ先生に対して、妬み嫉みのような、ほの暗い感情を抱く女子も居たのだ。


「喋らない」


 学年主任の教師が、さなえ先生を悪く言っていた生徒の近くに行き、低く穏やかな声で注意した。穏やかだが迫力のある、正に年季の入ったスマートな叱り方だった。

 そこを発端として、話をしていた生徒達は徐々に口を噤んでいき、やがて静かになった。教師達が私語を慎まない生徒達を注意して回り始めたのだ。







「ね、サエちゃん。どんな本が好き?」








「――――……え?」


 ふと、耳元で優しい声が囁きかけてきた。ぼーっとしていた私は素っ頓狂な声を上げて、辺りを見回した。耳元に囁くほど近くには人は居ない。

 一メートル程の間隔を空けて並んで立ってる生徒達が、いきなり声を出した私を怪訝な目で見ているだけだった。数秒後には皆再び前を向いて、何事もなかったかのように校長の話を聞いてるフリに戻った。


 あの声には聞き覚えがある。
 優しくて、幼い少女のような可愛らしい声。彼女と話していると、まるで暖かい春の陽光の元で日向ぼっこをしているような感覚がして、心が落ち着いたのを覚えている。


 とても素敵な人だった。

 家でも学校でも人と接することが嫌で、毎日私は辟易していた。誰かと話すのが難しくて、怖かった。本を読んで気を紛らわせてばかりいた。さなえ先生は、そんな私と一緒に居てくれた。

 さなえ先生は、私を助けてくれた。
 彼女のことが大好きだった。


「どうした、竹本」

「え?」


 私を見た学年主任が、驚いた顔で私に声を掛けた。「大丈夫か?」


「大丈夫、ですけど」

「本当に大丈夫なのか?」

「え?あ、あの、わた、私……」


 頬を大量の涙が流れ落ちていることに気付いて、制服の袖で拭った。拭っても拭っても、涙が溢れた。再度大丈夫だと学年主任に言おうとしたが、舌が縺れて上手く話せない。

 学年主任に優しく腕を掴まれて、列から連れ出された。自分の身体が震えていることに気付いた。足の感覚が薄く、上手く歩けているのか自信が持てない。


 他の女性の教師が学年主任と代わり、私を連れて保健室に連れて行った。


 教師曰く、顔が赤いという。

 泣きながら連れて来られた保健室で、体温を計った。すると、つい先程までは何ともなかったのに、なんと私の体温は38度に発熱していた。

 20分後には親が迎えに来て、私は早退した。


 熱は3日に渡り続いた。そしてまともに起き上がれるようになるまで、更に2日を要した。

 母は、私が熱を出している間、ずっと泣いていたと言う。


「あんたが泣くの、初めて見たわ……」


 と、どこか辛そうな表情でそんなことを呟いていた。




 ・ 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ゴーストバスター幽野怜

蜂峰 文助
ホラー
ゴーストバスターとは、霊を倒す者達を指す言葉である。 山奥の廃校舎に住む、おかしな男子高校生――幽野怜はゴーストバスターだった。 そんな彼の元に今日も依頼が舞い込む。 肝試しにて悪霊に取り憑かれた女性―― 悲しい呪いをかけられている同級生―― 一県全体を恐怖に陥れる、最凶の悪霊―― そして、その先に待ち受けているのは、十体の霊王! ゴーストバスターVS悪霊達 笑いあり、涙あり、怒りありの、壮絶な戦いが幕を開ける! 現代ホラーバトル、いざ開幕!! 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

もらうね

あむあむ
ホラー
少女の日常が 出会いによって壊れていく 恐怖の訪れ 読んでくださった方の日常が 非日常へと変わらないとこを願います

拷問部屋

荒邦
ホラー
エログロです。どこからか連れてこられた人たちがアレコレされる話です。 拷問器具とか拷問が出てきます。作者の性癖全開です。 名前がしっくり来なくてアルファベットにしてます。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

処理中です...