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=1巻= 寝取られ女子、性悪ドクターと出会う ~ 永遠の愛はどこに消えた? ~==
2-10.このドクター、口は悪いが顔はいい
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「血中酸素濃度も問題ないようだし、点滴も終わったから帰っていいぞ。……ただし、今週いっぱいは気を付けるように。風呂は温めで。明日以降に吐き気、食欲不振、めまい、筋肉のけいれん、吐き気、ろれつが回らないなどあるなら、すぐにここに来るか連絡を入れるよう」
定型文でも読み上げるように冷泉が説明し、後ろ手に千秋が持ち歩いていたバインダーを取り、そこに名刺を差し挟む。
「あー、ありがとうございます……」
「別に。礼なら俺じゃなくカーゴの我那覇に伝えろ。……背負ってここに来るまでの間、お前、酔っ払いばりの上機嫌さで桃太郎から順番にチョウチョまで童謡メドレーしていたらしいぞ」
数多く放たれた悪口を見ずに流し、診療してれたのだからとお礼をしつつ殊勝に頭を下げていた千秋は、そのままがくんと首をうなだれる。
(ま、また黒歴史ッ!)
カーゴの我那覇――たぶん、迎えに来ると伝えられていた人でお客様――に運ばれただけでなく、その背中で童謡を歌いまくっていたなんて。
(私、絶対、明日からスポドリと黒糖飴は手放さないッ……!)
心に硬く決意しつつベッドを降りると、さっさと帰れという態度を隠しもせず、看護師の安里が慇懃無礼に千秋のジャケットを広げ、にやりと笑う。
「熱中症対策は、ここでは基本ですよぉ。誰も教えてくれなかったんですかぁ? 同僚の方は」
他の人に嫌われているのでは、という嫌味をスパイスにした言葉は、けれど今まで散々に妹と比較され、不条理に踏まれてきた雑草女子の千秋には塩ほどの刺激でもない。
だから、ごく自然に。
「あっ、私、一人だけなんですよ。……一人出張所長で平社員っていう。ハハハ」
明るく笑って誤魔化した途端、安里がはっと息を呑み目を大きくする。
それに気付かないふりをして、千秋は診療所の出口ドアに手をかけ、最後に挨拶しようと振り返った。
途端、目の前にコンビニの袋がぶらんと下がっていて、驚いた。
「わっ……なんですこれ」
「スポーツドリンクと黒糖飴。あと飲むタイプの栄養補給ゼリー。……頭痛や発熱がある場合は、冷却ジェルじゃなくて濡らしたタオルを肌に当てて風を送っとけ。引っ越したばかりでもそれぐらいはあるだろう」
「まあ、それぐらいなら」
なぜ、この人は千秋が引っ越したばかりなのを知っているのかとか、口が悪いわりに優しい処もあるなと複数の驚きに目を瞬かせると、冷泉がぐいっと顔を寄せてきた。
(わっ、近い)
さらっとした黒髪が額をくすぐり、鼻先が今にもくっつきそうだ。
それほど近い距離にいて、見えるのは肌の肌理と瞳だけだというのに、相手の美貌に気圧され千秋は息を詰める。
冷泉は巣から蹴り落とされたヒヨコのような顔をする千秋を、ふっと鼻で笑い、思わせぶりに顔をすれ違わせ、耳を吐息でくすぐるように囁いた。
「……知っているか? 体温計の目盛りはなぜ四十二度までしかないか」
「は?」
色気たっぷりな声で、色気もなにもない質問をされぽかんとすると、彼は心底楽しそうに喉を震わせ。
「それ以上になると、タンパク質が壊れるんだよ。……痴女の固ゆで脳みそなんて珍品を晒したくなかったら、しっかり養生するんだな」
告げるなり肩を押され、千秋は半開きにしていたドアに沿う形で廊下へ放り出されてしまう。
転ばないようたたらを踏んだ鼻先で、曇りガラスが張られた白いドアがパタンと閉まり、その奥から愉快そうな男の笑い声が響いてきた。
(ッ……! 少しでも、いい人かなって思った私が、お人好し過ぎた!)
手に提げられたコンビニ袋を両手で握り、赤面する。
からかわれた。思いっきりからかわれた上に、また痴女呼ばわりだ。
「あのドクター、口が悪すぎッ」
たった今まで診療室のベッドにいたとは思えないほど、逞しい足音をたてて千秋は廊下をぐんぐん進みつつ思う。
本当に口が悪い。口が悪いが――顔はいい。
はあああ、と一瞬どころか、目が合う度に見とれていた自分の馬鹿さに溜息をつきつつ、千秋は当面顔を合わせないで済むようにと天に向かって手を合わせた。
定型文でも読み上げるように冷泉が説明し、後ろ手に千秋が持ち歩いていたバインダーを取り、そこに名刺を差し挟む。
「あー、ありがとうございます……」
「別に。礼なら俺じゃなくカーゴの我那覇に伝えろ。……背負ってここに来るまでの間、お前、酔っ払いばりの上機嫌さで桃太郎から順番にチョウチョまで童謡メドレーしていたらしいぞ」
数多く放たれた悪口を見ずに流し、診療してれたのだからとお礼をしつつ殊勝に頭を下げていた千秋は、そのままがくんと首をうなだれる。
(ま、また黒歴史ッ!)
カーゴの我那覇――たぶん、迎えに来ると伝えられていた人でお客様――に運ばれただけでなく、その背中で童謡を歌いまくっていたなんて。
(私、絶対、明日からスポドリと黒糖飴は手放さないッ……!)
心に硬く決意しつつベッドを降りると、さっさと帰れという態度を隠しもせず、看護師の安里が慇懃無礼に千秋のジャケットを広げ、にやりと笑う。
「熱中症対策は、ここでは基本ですよぉ。誰も教えてくれなかったんですかぁ? 同僚の方は」
他の人に嫌われているのでは、という嫌味をスパイスにした言葉は、けれど今まで散々に妹と比較され、不条理に踏まれてきた雑草女子の千秋には塩ほどの刺激でもない。
だから、ごく自然に。
「あっ、私、一人だけなんですよ。……一人出張所長で平社員っていう。ハハハ」
明るく笑って誤魔化した途端、安里がはっと息を呑み目を大きくする。
それに気付かないふりをして、千秋は診療所の出口ドアに手をかけ、最後に挨拶しようと振り返った。
途端、目の前にコンビニの袋がぶらんと下がっていて、驚いた。
「わっ……なんですこれ」
「スポーツドリンクと黒糖飴。あと飲むタイプの栄養補給ゼリー。……頭痛や発熱がある場合は、冷却ジェルじゃなくて濡らしたタオルを肌に当てて風を送っとけ。引っ越したばかりでもそれぐらいはあるだろう」
「まあ、それぐらいなら」
なぜ、この人は千秋が引っ越したばかりなのを知っているのかとか、口が悪いわりに優しい処もあるなと複数の驚きに目を瞬かせると、冷泉がぐいっと顔を寄せてきた。
(わっ、近い)
さらっとした黒髪が額をくすぐり、鼻先が今にもくっつきそうだ。
それほど近い距離にいて、見えるのは肌の肌理と瞳だけだというのに、相手の美貌に気圧され千秋は息を詰める。
冷泉は巣から蹴り落とされたヒヨコのような顔をする千秋を、ふっと鼻で笑い、思わせぶりに顔をすれ違わせ、耳を吐息でくすぐるように囁いた。
「……知っているか? 体温計の目盛りはなぜ四十二度までしかないか」
「は?」
色気たっぷりな声で、色気もなにもない質問をされぽかんとすると、彼は心底楽しそうに喉を震わせ。
「それ以上になると、タンパク質が壊れるんだよ。……痴女の固ゆで脳みそなんて珍品を晒したくなかったら、しっかり養生するんだな」
告げるなり肩を押され、千秋は半開きにしていたドアに沿う形で廊下へ放り出されてしまう。
転ばないようたたらを踏んだ鼻先で、曇りガラスが張られた白いドアがパタンと閉まり、その奥から愉快そうな男の笑い声が響いてきた。
(ッ……! 少しでも、いい人かなって思った私が、お人好し過ぎた!)
手に提げられたコンビニ袋を両手で握り、赤面する。
からかわれた。思いっきりからかわれた上に、また痴女呼ばわりだ。
「あのドクター、口が悪すぎッ」
たった今まで診療室のベッドにいたとは思えないほど、逞しい足音をたてて千秋は廊下をぐんぐん進みつつ思う。
本当に口が悪い。口が悪いが――顔はいい。
はあああ、と一瞬どころか、目が合う度に見とれていた自分の馬鹿さに溜息をつきつつ、千秋は当面顔を合わせないで済むようにと天に向かって手を合わせた。
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