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=1巻= 寝取られ女子、性悪ドクターと出会う ~ 永遠の愛はどこに消えた? ~==

1-8 寝取られましたが、それがなにか?

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 どうせもう会うことがない他人だと割り切ることもできたが、それだときっと後悔する。
 悪いことは悪いとわかった時点で、ちゃんと謝罪しなければ。
 それに、彼としても迷惑をかけられた上に謝罪一つなしでは、当面、気分も悪いだろう。
 せっかくの沖縄、せっかくの南国。なにか楽しみにしていたことがあるはずだ。――千秋同様に。
(だったら、このままはダメなんじゃない?)
 思い至った千秋は、優先案内のため客室乗務員が近づいてきたことを皮切りに、行動へと移す。
 足下に置いていたトートバッグをひっつかんで、立ち上がる。
 隣の彼はこういうプレミアムな扱いに慣れているらしく、乗務員が促すや否や通路を進み、もう出口間際にいた。
 小走りに近づく千秋の目の前で、ドアが開く。
 白い光に目が眩んだのも束の間、視界が回復すると辺りを見る余裕もないまま先を追う。
 相手は悠然と歩いていたが、目測慎重が180を余裕で越えているだろうモデル体型な彼と、155センチに届くか届かないかで一喜一憂している千秋とでは、当然足の長さが違う。
 歩幅が広い相手に追いつこうと、生まれたてのヒヨコさながらのせわしなさで突き進み、ボーディングブリッジの終わりに来てようやく追いつく。
「あのっ、先ほどはご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
 相手が振り返る気配を感じつつ、勢いよく頭を下げる。
 クレーム対応も仕事に含まれるだけあって、この手の動きだけは妙にビシッと決められる千秋だが、今回はそこに心からの反省を上乗せしていた。
「本当にすみませんでした。私が迷惑をかけたのは間違いありませんし、それでお怒りになるのは最もでした。なのに口答えして……」
 本当に申し訳ございませんっ! と続けようとした千秋の頭上に、低く平坦な男の声が降りかかる。
「だからなんだ?」
 怒っている――のではなく、興味がないと瞬時に悟れるほど素っ気ない声に目を見開く。
 おそるおそる頭を上げると、男は立ち止まったまま、だけど振り返りもせずに続けた。
「どうせ、偶然隣り合っただけの客同士だ。二度と会うこともない。なのに……そんな謝罪をするなんて馬鹿馬鹿しい。痴女なだけじゃなく頭も悪いな」
 こちらこそ、なんて受け流しの言葉を、求めていなかったと言えば嘘になる。
 けれど貰えるはずもないほどのことをしでかしたのも、それ以上にわかっていたが。
(正直、なんというか。言い過ぎなんじゃないかな)
 カッとなるよりもむしろ、この人、本当に大丈夫かと心配になるレベルだ。
 こんなんで、社会生活をうまくやっていけているのだろうか。
 大きなお世話に気をやっていると、男はもう用はないと決め込んだのか止めていた足を動かしだす。
「痴女で頭が悪くて馬鹿正直なお人好し。……救いようがないな」
 この後に及んでの捨て台詞だが、なぜか腹立ちよりも同意が先に来てしまう。
(そうだよなあ。お人好しだよねえ)
 謝罪されて、はいそうですか。気を付けてくださいね、次。となる千秋ほど単純な人間は、いまだ見たことがない。
 人は、そう簡単に人を許さない。
(わかってるけど。でもさ、許さないと先に進まないこともあるじゃない?)
 千春がどんな問題を起こしても、なぜか、悪いのは千秋だと異次元理論をこねくり回し親に説教されつづけた人生を振り返りかけ、千秋は慌てて頭を振った。
「ああ、やめやめ!」
 思うより時間が掛かっていたのか、プレミアム席より後に到着案内がある一般乗客たちが、追い抜きざまにぎょっとするのを横目に決意を新たにする。
 ――折角、距離を置いたんだから、しばらくは親のことも、千春のことも、その他大勢のことも考えない。
 すくなくとも、沖縄にいる間は自分の気持ちを大切に、自分の考えで日々を過ごしたい。
 大きくうなずいて千秋は気持ちを切り替える。
 と、同時に腹が盛大になって、うわっと奇声を上げてしまう。
「……そういえば、機内提供の軽食、食べられなかった」
 事件があって混乱し、そのまま窓の外を見て寝てしまったのだ。気をつかった客室乗務員が、提供を見送ったのも仕方がない。
「楽しみにしていたフレンチなのになあ……」
 ああ、さようなら鴨のマリネ。肉といえば鶏の胸肉かミンチの私には、やはり貴女は遠かった。
 さようなら、フォアグラバターサンドイッチ。また会う日まで。
 未練たらしくそんなことを考えつつ、千秋は、会社が抑えた格安ビジネスホテルへチェックインすべく、歩き出したのだった。

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次話「2-01.このドクター、口は悪いが顔はいい」に続きます。
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