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=1巻= 寝取られ女子、性悪ドクターと出会う ~ 永遠の愛はどこに消えた? ~==
1-6 寝取られましたが、それがなにか?
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「女性が転勤するのって、会社的にNGでしたっけ?」
首をひねりつつ記憶を探る。だが、そんな話は聞いたことがない。
つい昨年だって、同期の営業が関西支社に配属となったのを覚えている。
(彼女の場合は結婚した旦那さんが関西支社の人だったから特例かも……?)
特例だろうがなんだろうが、転勤した例はあるということだ。
念のためと課長に追い打ちで尋ねてみると、机に突っ伏し死体となっていた課長の指先がぴくりと動いた。
お、これは脈あり? などと見守っていると、顔を上げず籠もった声で課長が告げた。
「ダメじゃないけど、場所が遠いし今日明日にでもって緊急の案件だから、会社が抑えている物件に住んでもらわなきゃならないし」
「あばらやでマムシが出るとか……?」
「まさか! 鉄筋コンクリート十階建てマンションの五階。入り口だってセキュリティドアだし、宅配ボックスはあるし、管理会社が週に一回はくるような物件だよ。交通の便もいいところだしね」
それのなにが悪いかまったく理解できない。千秋が首を傾げると、課長が心持ち頭をあげて上目遣いの視線を向けてきた。
「ただねえ、前任者が逃げて辞めるぐらいだから……。それなりの訳ありというか」
ごにょごにょとくぐもった声で課長が語尾を誤魔化したが、千秋は俄然前のめりになる。
(なんと! 家まで付いてくるのか)
他人事と思っていた雑談が、急に、神様がもたらした二日遅れの誕生日プレゼントに思えてきた。
日本最南端の県。駄目押しに他県からの交通手段は飛行機か船のみという環境は、親および妹と距離を置きたい千秋にとってうってつけの環境だ。
けれど転勤とはいえ、引越には初期投資が必要になる。
入社して三年目となり、そろそろ中堅かというポジションになっていても、給料はあまりあがっていない。
その上、親に口出しさせないための賄賂――もとい、仕送りをしているのだから、生活は楽ではなかった。
なので、立候補したいけど先立つものがないんだよなあ、と内心で溜息をついていたのだが。
「訳ありぐらい、別に気にならないですけれど」
千秋は幽霊を信じたこともないし、怖いと思ったことはない。
陰気な顔をした女の心霊写真よりも人間のほうがずっと怖いし、幽霊が出る廃業ホテルより、深夜の病院からかかる電話や、待合室で聞く深夜のドクターコールのほうが心臓に来る。
気分としては、訳あり物件なんぼのもんじゃい! である。
(今の超格安女性限定物件だって訳ありだけど平気だもん! 下の階で殺人未遂事件があって廊下とエレベーターが血まみれだったって聞いたけど、べつになんてこともないし)
気味悪がって引っ越して、しかも売れ始めた芸人が関わっていたとかでマスコミが騒いだこともあり、借り手がつかなくて困って値下げしたそうだが、千秋が住む頃にはもうそんな話はすたれていた。
幽霊が出るとしても、その程度の話だ。
人生の大半で親から放置され、根性と前向き思考だけで乗り切ってきた千秋は、精神が図太いを通りこし、ごんぶとな女子だった。
「うーん、まあ、守屋くんならそういうかなとは、ちょっと思っていたけど」
すっかり顔を上げ、肘をついた手に顎をのっけた課長がさぐるように続ける。
「ただねえ。……前の奴が家具を置いていったから女の子っぽい部屋でもないし。……あ、服とかはご両親に引き取っていただいたから、それはないんだけどね。カラーボックスとか電子レンジとか、そういうのがね」
嫌いだったら捨ててくれてもいいけど、粗大ゴミも数がでるとお金かかるでしょ。なんていう説明はもはや千秋の耳に届いていない。
(おおっ、住むところだけでなく家具家電つき!)
目の前がまぶしい。課長の脂ぎっしゅで後退気味な額に朝日があたっているからではなく、未来がひらけ明るくなっていくように感じられる。
耳はもう、遠く南国の海の潮騒を聞き、赤や黄といった原色のハイビスカスが蒼い空に映えている幻想までもが見えだしていた。
(関丸先輩には悪いけど、ここは一つ! 私が話を奪わせていただきますっ!)
心の中でガッツポーズし、鼻息荒く決意する。
千秋が勤務する会社は、上場しているだけあって遠隔地勤務手当も厚い。
東京本社から五十キロ、百キロと離れるに従い加算されるシステムで、海上移動を挟めば倍でドン。
沖縄勤務ともなれば、手取りが一気に1.5倍というのも夢ではない。
問題は引越することにかかる雑費がかかることだが、それさえクリアできているのなら、迷うことはなにもなかった。
(千春のことだから、いつも通りに早ければその日に、遅くても三ヶ月以内にポイするだろうし)
――元彼のことである。
同じ会社の先輩後輩から発展した仲ではあるが、顔を合わせるのが気まずいということはない。
〝一度浮気したやつは、二度、三度と繰り返す〟と〝一円を笑うやつは一円に泣く〟が座右の銘だ。
むしろ面倒なのは、浮気相手――千春に捨てられた後、復縁しようと寄られることだ。
タチが悪いことに千春は、双子の姉から彼氏を寝取るのと同じ早さで彼氏を捨てる。まるで、千秋が彼氏から興味を失うのとシンクロしているように。
妙なところで双子チートを発揮しなくてもいいのにと思うが、そうなると面倒なのは千秋である。
あれは心の迷いだなんだと口にして寄って来られても、妹を選んだ時点でこっちは気持ちが覚めている。
職場で愁嘆場など、たまったものではない。
渡りに船とばかりに身を乗り出し、私行きたいですと口にすると、課長が目を大きくした後で、いやでも――とつぶやき真剣な表情となる。
「守屋さんぐらいガッツがあれば、大丈夫なのかも。……スキル的には問題ないし。でも本当にいいの? 遠距離だし、本気の本気で訳ありだよ?」
期待と不安をない交ぜにした風な口調で尋ねる課長に対し、千秋はとびっきりの営業スマイルを見せつけつつ、任せてください! と元気よく言い放った。
しかし、千秋は勘違いしたまま知らずにいた。
訳ありなのは、住む物件ではなく、仕事そのものであり、それに関わる人々だということを。
首をひねりつつ記憶を探る。だが、そんな話は聞いたことがない。
つい昨年だって、同期の営業が関西支社に配属となったのを覚えている。
(彼女の場合は結婚した旦那さんが関西支社の人だったから特例かも……?)
特例だろうがなんだろうが、転勤した例はあるということだ。
念のためと課長に追い打ちで尋ねてみると、机に突っ伏し死体となっていた課長の指先がぴくりと動いた。
お、これは脈あり? などと見守っていると、顔を上げず籠もった声で課長が告げた。
「ダメじゃないけど、場所が遠いし今日明日にでもって緊急の案件だから、会社が抑えている物件に住んでもらわなきゃならないし」
「あばらやでマムシが出るとか……?」
「まさか! 鉄筋コンクリート十階建てマンションの五階。入り口だってセキュリティドアだし、宅配ボックスはあるし、管理会社が週に一回はくるような物件だよ。交通の便もいいところだしね」
それのなにが悪いかまったく理解できない。千秋が首を傾げると、課長が心持ち頭をあげて上目遣いの視線を向けてきた。
「ただねえ、前任者が逃げて辞めるぐらいだから……。それなりの訳ありというか」
ごにょごにょとくぐもった声で課長が語尾を誤魔化したが、千秋は俄然前のめりになる。
(なんと! 家まで付いてくるのか)
他人事と思っていた雑談が、急に、神様がもたらした二日遅れの誕生日プレゼントに思えてきた。
日本最南端の県。駄目押しに他県からの交通手段は飛行機か船のみという環境は、親および妹と距離を置きたい千秋にとってうってつけの環境だ。
けれど転勤とはいえ、引越には初期投資が必要になる。
入社して三年目となり、そろそろ中堅かというポジションになっていても、給料はあまりあがっていない。
その上、親に口出しさせないための賄賂――もとい、仕送りをしているのだから、生活は楽ではなかった。
なので、立候補したいけど先立つものがないんだよなあ、と内心で溜息をついていたのだが。
「訳ありぐらい、別に気にならないですけれど」
千秋は幽霊を信じたこともないし、怖いと思ったことはない。
陰気な顔をした女の心霊写真よりも人間のほうがずっと怖いし、幽霊が出る廃業ホテルより、深夜の病院からかかる電話や、待合室で聞く深夜のドクターコールのほうが心臓に来る。
気分としては、訳あり物件なんぼのもんじゃい! である。
(今の超格安女性限定物件だって訳ありだけど平気だもん! 下の階で殺人未遂事件があって廊下とエレベーターが血まみれだったって聞いたけど、べつになんてこともないし)
気味悪がって引っ越して、しかも売れ始めた芸人が関わっていたとかでマスコミが騒いだこともあり、借り手がつかなくて困って値下げしたそうだが、千秋が住む頃にはもうそんな話はすたれていた。
幽霊が出るとしても、その程度の話だ。
人生の大半で親から放置され、根性と前向き思考だけで乗り切ってきた千秋は、精神が図太いを通りこし、ごんぶとな女子だった。
「うーん、まあ、守屋くんならそういうかなとは、ちょっと思っていたけど」
すっかり顔を上げ、肘をついた手に顎をのっけた課長がさぐるように続ける。
「ただねえ。……前の奴が家具を置いていったから女の子っぽい部屋でもないし。……あ、服とかはご両親に引き取っていただいたから、それはないんだけどね。カラーボックスとか電子レンジとか、そういうのがね」
嫌いだったら捨ててくれてもいいけど、粗大ゴミも数がでるとお金かかるでしょ。なんていう説明はもはや千秋の耳に届いていない。
(おおっ、住むところだけでなく家具家電つき!)
目の前がまぶしい。課長の脂ぎっしゅで後退気味な額に朝日があたっているからではなく、未来がひらけ明るくなっていくように感じられる。
耳はもう、遠く南国の海の潮騒を聞き、赤や黄といった原色のハイビスカスが蒼い空に映えている幻想までもが見えだしていた。
(関丸先輩には悪いけど、ここは一つ! 私が話を奪わせていただきますっ!)
心の中でガッツポーズし、鼻息荒く決意する。
千秋が勤務する会社は、上場しているだけあって遠隔地勤務手当も厚い。
東京本社から五十キロ、百キロと離れるに従い加算されるシステムで、海上移動を挟めば倍でドン。
沖縄勤務ともなれば、手取りが一気に1.5倍というのも夢ではない。
問題は引越することにかかる雑費がかかることだが、それさえクリアできているのなら、迷うことはなにもなかった。
(千春のことだから、いつも通りに早ければその日に、遅くても三ヶ月以内にポイするだろうし)
――元彼のことである。
同じ会社の先輩後輩から発展した仲ではあるが、顔を合わせるのが気まずいということはない。
〝一度浮気したやつは、二度、三度と繰り返す〟と〝一円を笑うやつは一円に泣く〟が座右の銘だ。
むしろ面倒なのは、浮気相手――千春に捨てられた後、復縁しようと寄られることだ。
タチが悪いことに千春は、双子の姉から彼氏を寝取るのと同じ早さで彼氏を捨てる。まるで、千秋が彼氏から興味を失うのとシンクロしているように。
妙なところで双子チートを発揮しなくてもいいのにと思うが、そうなると面倒なのは千秋である。
あれは心の迷いだなんだと口にして寄って来られても、妹を選んだ時点でこっちは気持ちが覚めている。
職場で愁嘆場など、たまったものではない。
渡りに船とばかりに身を乗り出し、私行きたいですと口にすると、課長が目を大きくした後で、いやでも――とつぶやき真剣な表情となる。
「守屋さんぐらいガッツがあれば、大丈夫なのかも。……スキル的には問題ないし。でも本当にいいの? 遠距離だし、本気の本気で訳ありだよ?」
期待と不安をない交ぜにした風な口調で尋ねる課長に対し、千秋はとびっきりの営業スマイルを見せつけつつ、任せてください! と元気よく言い放った。
しかし、千秋は勘違いしたまま知らずにいた。
訳ありなのは、住む物件ではなく、仕事そのものであり、それに関わる人々だということを。
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