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走って、走って、走って、走り疲れて。
茜色に染まった街をフラフラと彷徨い、見慣れた場所から見慣れぬ場所へ。
見慣れぬ場所から見たことのある場所へ。
そしてまた見慣れた場所へと僕は歩き続けた。
茜色に染まった紙を何度読み直しても、父の名を見間違うことはなかった。
飛び出してきた僕にはお金もなくほぼ部屋着。
ただただ徒歩で行ける場所を歩き続けることしかできなかった。
歩いて、歩いて、歩いて、歩き続けて。
……ここは……
すっかり日も落ちた町の、街灯の煌(きら)めきに誘われるように、僕は何度も行き来した家の前へとたどり着いていた。
でも、インターホンをどうしても押せない僕はそっとその家を離れまた歩き出す。
何を話せばいいんだろう。
どんな顔をしたらいいんだろう。
僕は……何を求めてここに来たんだろう。
渇いた笑いがこみ上げる。
「一人で笑ってる変なヤツいた!」
突然横からそう叫ばれ、僕は慌てて声の主を捜す。
「よお! 不審者」
笑いながら玄が更に近づいてくる。
「なんで僕がいるってわかった?」
「おばさんからお前が飛び出していったって連絡があったからさ、絶対来ると思って張ってた」
よく見ると、玄は今まで家に居たような服装ではなく、靴もスニーカーで、まるでランニングでもするかのような恰好だった。
いや、ランニングをしてくれていたのかな。
僕を捜して。
玄は僕と肩を組み
「帰るぞ」
と強引に歩き出す。
「玄。僕、家にはまだ……」
「俺ん家だよ」
そう言って玄は僕の肩、いや、もう首を掴む感じで自分の家に僕を連れて行った。
玄の部屋に通された僕は、何時間かぶりに座り温かいコーヒーを飲んだ。
食事を勧められたけれど喉を通りそうになかったから、玄が持ってきてくれたクッキーを一枚だけ口にした。
甘さがゆっくり口に広がって、張り詰めていた心を少しずつ溶かしていく。
僕はポツポツと、今日の出来事を全て話した。
ずっと黙って聞いていた玄が、ふと思いついたように僕に訊く。
「なぁ、その記事って、なんで親父さん達の部屋に落ちてたんだろうな」
そういえば何故だろう?
「その記事持ってるか?」
僕はポケットに突っ込んでいた記事を玄に見せた。
「これがこんな風にくるくると巻いてあってテープがついていて」
ハッと気づく。
玄も同じことに気付いたんだろう。
「バットか!」
二人の声が揃う。
両親がこんな記事を家に置いておくわけがない。
だとすると、外部から持ち込まれたもの。
くるくると巻かれた形状でテープが付いている状態からすると、恐らくバットのグリップに巻き付けてテープで留めてあったのだろう。
「だとすると、あのバットはイタズラなんかじゃなく、間違いなく親父さんを狙ったものってことか」
玄の言葉で背中に冷たい汗がつたう。
「家、帰るか?」
決心のつかない僕は縦にも横にも首を振ることができない。
どんな顔して帰ったらいいんだろう。
どんな顔で父に会う?
人を殺した父に。
あんなにも酷い言葉で責めてしまった父に。
「よし、今日は泊って明日帰れよ。送っていくからさ。そんでさ、事件のことを親父さんに訊いてみろよ。どうせ事件の話は知ったんだから、この際全部訊いちまえよ。憎むのはその後でも良いじゃん?」
僕の心が聞こえたかのように玄が提案する。
「ありがとう玄」
シャワーを貸してもらっている間に、玄が自分のベッドの横に布団を敷いてくれていた。
「なぁ、電話鳴ってたぞ」
着信を見ると、履歴が茜で埋まっている。
僕は電源を切った。
「いいのか?」
「あぁ」
電気を消して真っ暗な中、玄が話しかけてきた。
「なぁ、将来の夢ってあるか?」
僕は少し考えて答えた。
「今はよくわからない」
「今?」
「小さい頃は医者になりたかったんだ。でも、お金がないからさ、現実が見えたときに諦めたんだ」
「そうか。どうして医者になりたいと?」
僕は昔を思い出す。
ああ、そうだ。
「父さんの足を治したかったんだ」
そう、父の足を治したくて医者になろうと思った時期があった。
しかし、医大はお金がかかる。だから。
「看護師はどうだ? 医者のように治すことはできないけどさ、親父さんや親父さんのように苦しむたくさんの人の助けになったり支えになったりできる尊い仕事だと思うぞ?」
「ごめん、今は考えられないよ」
「そうか、そうだよな」
ごめん、と玄も謝って、おやすみと背中を向ける。
僕も玄に背を向けると、ふと自分の電話が目に入った。
茜、心配しているだろうか。
会いたい。声が聴きたいよ。
でも僕は。
でも僕は人殺しの息子だから。
茜色に染まった街をフラフラと彷徨い、見慣れた場所から見慣れぬ場所へ。
見慣れぬ場所から見たことのある場所へ。
そしてまた見慣れた場所へと僕は歩き続けた。
茜色に染まった紙を何度読み直しても、父の名を見間違うことはなかった。
飛び出してきた僕にはお金もなくほぼ部屋着。
ただただ徒歩で行ける場所を歩き続けることしかできなかった。
歩いて、歩いて、歩いて、歩き続けて。
……ここは……
すっかり日も落ちた町の、街灯の煌(きら)めきに誘われるように、僕は何度も行き来した家の前へとたどり着いていた。
でも、インターホンをどうしても押せない僕はそっとその家を離れまた歩き出す。
何を話せばいいんだろう。
どんな顔をしたらいいんだろう。
僕は……何を求めてここに来たんだろう。
渇いた笑いがこみ上げる。
「一人で笑ってる変なヤツいた!」
突然横からそう叫ばれ、僕は慌てて声の主を捜す。
「よお! 不審者」
笑いながら玄が更に近づいてくる。
「なんで僕がいるってわかった?」
「おばさんからお前が飛び出していったって連絡があったからさ、絶対来ると思って張ってた」
よく見ると、玄は今まで家に居たような服装ではなく、靴もスニーカーで、まるでランニングでもするかのような恰好だった。
いや、ランニングをしてくれていたのかな。
僕を捜して。
玄は僕と肩を組み
「帰るぞ」
と強引に歩き出す。
「玄。僕、家にはまだ……」
「俺ん家だよ」
そう言って玄は僕の肩、いや、もう首を掴む感じで自分の家に僕を連れて行った。
玄の部屋に通された僕は、何時間かぶりに座り温かいコーヒーを飲んだ。
食事を勧められたけれど喉を通りそうになかったから、玄が持ってきてくれたクッキーを一枚だけ口にした。
甘さがゆっくり口に広がって、張り詰めていた心を少しずつ溶かしていく。
僕はポツポツと、今日の出来事を全て話した。
ずっと黙って聞いていた玄が、ふと思いついたように僕に訊く。
「なぁ、その記事って、なんで親父さん達の部屋に落ちてたんだろうな」
そういえば何故だろう?
「その記事持ってるか?」
僕はポケットに突っ込んでいた記事を玄に見せた。
「これがこんな風にくるくると巻いてあってテープがついていて」
ハッと気づく。
玄も同じことに気付いたんだろう。
「バットか!」
二人の声が揃う。
両親がこんな記事を家に置いておくわけがない。
だとすると、外部から持ち込まれたもの。
くるくると巻かれた形状でテープが付いている状態からすると、恐らくバットのグリップに巻き付けてテープで留めてあったのだろう。
「だとすると、あのバットはイタズラなんかじゃなく、間違いなく親父さんを狙ったものってことか」
玄の言葉で背中に冷たい汗がつたう。
「家、帰るか?」
決心のつかない僕は縦にも横にも首を振ることができない。
どんな顔して帰ったらいいんだろう。
どんな顔で父に会う?
人を殺した父に。
あんなにも酷い言葉で責めてしまった父に。
「よし、今日は泊って明日帰れよ。送っていくからさ。そんでさ、事件のことを親父さんに訊いてみろよ。どうせ事件の話は知ったんだから、この際全部訊いちまえよ。憎むのはその後でも良いじゃん?」
僕の心が聞こえたかのように玄が提案する。
「ありがとう玄」
シャワーを貸してもらっている間に、玄が自分のベッドの横に布団を敷いてくれていた。
「なぁ、電話鳴ってたぞ」
着信を見ると、履歴が茜で埋まっている。
僕は電源を切った。
「いいのか?」
「あぁ」
電気を消して真っ暗な中、玄が話しかけてきた。
「なぁ、将来の夢ってあるか?」
僕は少し考えて答えた。
「今はよくわからない」
「今?」
「小さい頃は医者になりたかったんだ。でも、お金がないからさ、現実が見えたときに諦めたんだ」
「そうか。どうして医者になりたいと?」
僕は昔を思い出す。
ああ、そうだ。
「父さんの足を治したかったんだ」
そう、父の足を治したくて医者になろうと思った時期があった。
しかし、医大はお金がかかる。だから。
「看護師はどうだ? 医者のように治すことはできないけどさ、親父さんや親父さんのように苦しむたくさんの人の助けになったり支えになったりできる尊い仕事だと思うぞ?」
「ごめん、今は考えられないよ」
「そうか、そうだよな」
ごめん、と玄も謝って、おやすみと背中を向ける。
僕も玄に背を向けると、ふと自分の電話が目に入った。
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会いたい。声が聴きたいよ。
でも僕は。
でも僕は人殺しの息子だから。
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