君の声が聞きたくて

誠奈

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第19章  stringendo

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 電話で済まそうとも思った。

 でも電話だけで簡単に済ませられる話でもないし、会議をすっぽかしてしまった詫びの意味も込めて、俺は松下を飲みに誘った。
 俺の唯一とも言える行きつけの、あの少々お節介の過ぎる大将の店だ。

 慣れたカウンターではなく、小上がりタイプの座敷に陣取った俺達は、お互いにこの季節には冷た過ぎるビールを注文すると、籠に盛られた枝豆をツマミに話を始めた……が、最初こそ黙って俺の話しを聞いていた松下だったが、話が進むうちその顔色を変え始め……

 「……っだよ、それ!」



 空になったジョッキの底を、周りの目も気にすることなくテーブルに叩きつけた。

 「それで?」
 「それで、って?」
 「だから、黙って帰って来たのか、って聞いてんの!」
 「え、ああ、まあ……」

 だってあの時は、とにかく頭が真っ白で、普段なら考えられることも、何一つ考えられなかった。


 実家までの道程さえ、忘れてしまう程だったんだから……


 「信じらんない」
 「本当だよな、俺だって信じられないよ」
 「違うよ。俺が言ってんのは、桜木、お前のこと」


 え、お、俺……?


 「そこまでコケにされて、どうしてそんな平気な顔してられるの? 騙されてたんだよ? 分かってる?」
 「分かってるよ。分かってるけどさ、じゃあどうしろって? 慰謝料でも請求すれば良かった? それとも泣いてでも彼女を自分の手の中に取り返せば良かったのか?」


 無理だよ、そんなの。


 そりゃ最初はそう思った。子供までダシに使って俺を騙したんだ、それくらいの権利は俺にもあるだろう、って。
 でも、厳格を絵に描いたような彼女の父親が、畳に額が擦れるくらいに頭を下げる姿を見てしまったら、それ以上は何も言えなかった。

 「じゃあさ、智樹のことは? お前はそれで良いかもしんないけどさ、智樹はどうなる? これまでだって散々傷ついて、それでもお前と出会って、漸く前を向けるようになったって時に、いきなり捨てられて……。なのに今更、全部彼女のついた嘘でした……なんて、お前言えんの?」
「それは……」

 いつの間にか俺達以外の客がいなくなった店内に、息苦しさを感じるような、重苦しい空気だけが流れた。
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