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第6章

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 「翔真さん、座ろ?」

 井上先生を睨み付けたまま、動こうとしない翔真さんの腕を掴み、もう一度椅子へと引き戻した。

 井上先生が俺を見て、小さく頭を下げる。

 「桜木さん、さっき僕がここに出した物が何だったか言って貰えますか?」

 テーブルの上を指差し、井上先生が翔真さんに向かって問いかける。

 俺はその時になって漸く、井上先生が何を確かめたいのかに気付いた。そう言った症状の検査では、良く行われる方法だと何かで見たことがある。

 「どうしました? 桜木さん?」

 決して急かすわけではく、穏やかな口調で翔真さんに答えを促す。

 でも当の翔真さんは、眉間に皺を寄せたまま、テーブルの上をジッと見つめていて、膝の上で固く握った両手はプルプルと震えている。

 「翔真さん、どうしたの?」

 堪らず声をかけた俺を振り向いたその目は、僅かに浮かんだ涙で潤んでいて、まるで何かに怯えているような、そんな風にも見えた。


 そして、

 「この人おかしいんだ。おかしなことばっか言って……。最初っから何もなかったのに、あったって……」

 その言葉を聞いた瞬間、和人が……いや、和人だけじゃない、俺も天を仰いだ。


 「なんか喉乾いちゃったな……」

 少しだけ長めに息を吐き出し、和人が徐に席を立った。

 「翔真さん、一緒に飲み物買いに行きましょうか?」

 翔真さんの前に回り込むと、震える両手に自分の手を重ね、そっと声をかけた。
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