S/T/R/I/P/P/E/R ー踊り子ー

第８章 To embrace

１

　いつもはある筈の温もりがなくて、何となく物足りなさを感じた朝にかかってきた電話。

　画面なんて確認しなくても分かる、智樹だ。

　俺は智樹がいないことに寂しさを感じているのを気取られたくなくて、暫く焦らしてから電話を手に取った。

　こんな時でも邪魔をするくだらないプライドに自嘲しながら、俺はスマホを耳に宛てた。

　「もしもし、智樹か？　こんな朝っぱらから……」

　言いかけたところで聞こえて来た、ズッと鼻を啜る音に、俺はその先の言葉を飲み込んだ。


　泣いてる……？


　俺はスマホを耳に宛てたまま、手の自由が利かないことにもどかしさを感じながらも、どうにかこうにか着替えを済ませると、リビングのローテーブルの上に置きっ放しにしていた車のキーを手に取った。


　どうしてこんなにも不安なのか……
　どうしてこんなに気持ちが逸るのか……

　その理由は分からない。

　ただ智樹を……、電話の向こうで泣いてる智樹を、どうしても放っておくことが出来なかった。


　財布と車のキー、そしてスマホだけを持って部屋を出た俺は、車に乗り込むとすぐに、スマホをスピーカーに切り替えた。

　「いいか、すぐ行くから。あ、和人は……、和人はどうした？」

　スマホを助手席のシートに置き、電話の向こうで鼻を啜り続ける智樹に話しかける。

　「いるんだろ？　和人に代われ」

　智樹は和人の部屋にいる筈、……だから当然、その場に和人もいる、そう思っていた。

　でも……

　「いないんだ……。朝起きたら、消えてた……」

　漸く返って来た智樹の声は、俺の予想通り涙声で……

　「いないって、買い物にでも行ってんじゃねぇのか？」

　あの和人が、いくら寝てるからって、智樹に何も告げずに、それが例え買い物であっても行く筈がない。


　だとしたら、本当に……？
　

　「電話……、電話はしてみたのか？」


　もし俺の想像通り、買い物に出かけたのなら、電話くらいは持って出るだろう。


　俺の胸に淡い期待が去来した。