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成巳なるみくんは偉いね、年下の子にも優しくしてあげて」
「成巳くんは本当に頼りになるね」
「成巳くんって頭良くてカッコいいよね」

子供の頃、周りの大人や友達によくそう言われたけど、そんなことはなかったと思う。

別に他の子を蔑ろにしたりしなかったけど、でも俺が関心を持って優しくしてるのはゆいだけで、結だけが特別だった。
年下でいつも一緒に居るのは結だけだったから、そう見えていたのかもしれない。

俺は結の笑った顔が見たくて、結が困ってると必ず助けたくなった。
結が元気になるように、結の不安を少しでも失くしたくて結の為に出来る精一杯のことをしたいと思い、とにかく背筋だけはしっかりと伸ばして結がちゃんと俺に頼れるように振る舞おうと心掛けていた。

そして、具体的に結の為に出来ることは何なのか、いつも頭をフル回転させて最善の方法を考え出そうと必死だった。

俺の行動の中心にはいつも結が居た。

俺は、結のことが可愛くて可愛くて堪らなかったから。



「今日はもも組さんとひまわり組さんで遊びまーす」

良く晴れて日差しが心地良かったある春の日。

幼稚園ではささやかな交流が行われていた。

「ねー、遊ぼー」
気が付くとひまわり組の男の子と女の子数人が俺の周りを取り囲み、誰かがスモックをくいくいと引いている。
「うん、いいよ」
俺は笑って快諾し、みんなで一緒に遊び始める。

絵を描いたり、折り紙をしたり、穏やかな時間が過ぎていった。

「…」
ふと前を見ると、1人の男の子が教室の前側、真ん中にオルガンが置かれている辺りで窓の方を向いて俯き、立ち尽くしていた。

「…?」
どうしたのかな。
俺は気になってしばらくその子を見つめていた。

「あ」
俺は思わずポツリと声を出す。

見る見るうちに彼の足元が濡れていく。

「…!」
俺はガタンと立ち上がり、周りの子達が不思議そうに俺を見たり、どこに行くの?と声をかけてきたのを気に留めずに教室の後ろ、廊下側の端に置かれた掃除用具の入れてあるロッカーへと小走りで向かう。
ガタンと扉を開き、バケツと雑巾を取り出す。
そして後ろのドアから廊下を出て、目の前の流し場でバケツに水を半分ほど入れ、前のドアから教室の中に戻る。

「せんせえー!来てー!!」

「…」
事態に気付いた同じ組の友達の1人が大声で囃し立てていた。

「あらあら!結くん、お兄さんとお姉さんの中で緊張しちゃったかなー?大丈夫よー、今、拭くからねー」

先生は俺に気付かず、掃除用具を取りに行くとそのまま後ろのドアから出て行った。

「…」
ゆい、っていうのか、あの子。

綺麗な名前だな。
俺は率直にそう思った。

「わー!ばっちー!ばっちー!逃げろー!」
触発されて周りのみんなも混乱して騒ぎ立てる。

「…」
俺は彼の背中を見つめる。
小さな体はガタガタと震えていた。

「…」
まだ周りが騒いでる中、俺はバケツを持って彼の元に駆け寄る。

「…」
背後からそっと顔を覗き込むとその子は目をギュッと閉じ、歯を食いしばりながらボタボタと涙を零していて俺の存在に気付いていない。

少し大きめのスモックの裾をギュッと両手で握り、顔を真っ赤にして止めどなく溢れ出る涙をそれでもなお必死に堪えてるように見えた。

俺はその場にしゃがんでバケツを置き、雑巾をギュッと硬く絞って手早く床を吹き始める。

「…」
しばらくして俺は頭上から視線を感じ、見上げる。

彼は真っ赤になった目から涙を零し、驚いたような表情で目を見開き、俺をじっと見下ろしていた。

その目がとても、綺麗だと思った。

「…大丈夫?」
俺は声をかける。

彼はピクと小さな体を反応させて口を微かに開き、パチパチと瞬きを数回すると口をキュッと結んでコクリと頷いた。

あ、可愛い。
すごく。

顔も。
表情も。
全身も。
仕草も。
何もかもが。

俺は体の中心から全身が熱くなるのを感じ、彼を見つめながら優しく微笑んだ。
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