25 / 36
第二十四話
しおりを挟む
祖母が焼けて行く姿は、とても不思議だった。
死んだのだと妙な実感が心を占めているのに、ふわふわと浮いているかのように現実味が無い。そんなことは知らない、自分で何とかして。そう電話を叩き切った母の言葉が、脳の隅に響いた。祖母は死んだのだ。
神道の納骨は、葬儀から五十日後だ。それまで保管しておく祭壇は、リビングに置いてもらうことにした。笑っている遺影だけでも、よく見えるところにいてほしかったのかも知れない。まだ入学式まで時間はあって、光子はぼんやりと家の中で過ごすしか無かった。
久しぶりにテレビを付けると、ニュースが花見客の迷惑行為について騒いでいた。薄ピンク色の世界の中、アナウンサーが少し困った顔で、ゴミ問題や酔っ払いの事件などを語っている。
あれ。光子はふと外に出た。森をさくさく突っ切って神社の方へ進むと、神社に隣接するように桜の木が数本立っていた。数本とも丁度八分咲きで、まるで枝に桜色の雲がかかっているかのような、堂々とした風貌だった。ああ、春だ。光子は桜を見上げながら呟く。雲からはひらひらと、同じ色の雨が舞っている。
「……春になってた」
光子はもう一度呟いてきびすを返し、来た道を戻った。この順路はマサや俊三に教えて貰ったもので、神社への近道兼一番の桜スポットだと、光子が来てから毎年通った道だった。そんな慣れた道の筈なのに、途中地面を盛り上げる根やふかふかとした地面、目の前を通る何かに何度もつまずきそうになる。あ、外に出るの久しぶりだ。つまずいて、光子はそれに気付いた。
家に帰って来て、まず米を炊いた。炊きあがった米を丼にうつして、種からとっておいた梅肉とじゃこと刻んだしその葉を混ぜ、熱いのを我慢しつつ握って海苔を巻き、重箱に押し込む。マサがよく作ってくれたレシピだ。そんなことを考えていると五つも出来て、重箱は風呂敷に包んだ。水筒には麦茶を入れ、弁当を抱え水筒を持ち、また桜へと戻る。
何度もつまずきそうになりながら桜のふもとに立ち、光子はビニールシートを持ってくるのを忘れたことを思い出す。まあいいか。少し見渡して、桜の根に座ることにした。どっしりとした木を背もたれに、膝の上に弁当箱を広げ、水筒は脇に置く。まだ散るには早いらしく、花弁は地面を埋め尽くしてはいない。
おにぎりを一つとり、しっかりと噛んで食べる。うまく出来た。そう、美味しく出来たのだ。ご飯を美味しいと、味を感じたのは久しぶりだった。美味しい。呟いて食べる。こんなに食べられないのに沢山作っちゃったなあ、とまだ四つ重箱に鎮座するおにぎりを見下す。
桜がときたまに、ひらりと目の前を散る。あんなに密集して咲いているのに、春の日差しは柔らかく隙間を見付けて地面に降り注ぎ、光子を照らしている。その風景も目の前を歩く妖怪たちや虫たちも、全部全部、光子はおにぎりをゆっくりと咀嚼しながら眺める。
そう言えばお彼岸にぼた餅作るの忘れてた、おじいちゃん好きだから怒ったかな。来年はきちんと作ろう。桜はまだまだ綺麗だし、明日またお昼ご飯は、ここでお花見しよう。あれ、毎日小早川くんのおばさんが来てくれていたような?よく覚えていないけど、お花見、誘ってみよう。おばあちゃんと作った料理、一人でうまく出来るかな、
今日、凄く天気が良かったんだ。光子は流れる涙に気付きもせず、おにぎりを飲み込んだ。ご飯がおいしくて、目の前が眩しくて、思い出す賑やかな思い出の中今の自分は一人で、光子はすがるようにおにぎりをもう一つとった。
「みっちゃん!みーっちゃん!」
ぱちんと音がして、そこではっと意識が戻る。夏美が頬を膨らまし、手を叩いたらしい両手を合わせたまま、目の前に立っていた。見渡すとそこは桜でなく、教室の自分の席だった。
「……あら」
「あら、じゃないよ!もーどうしたの?みっちゃん、廊下に立ちっぱなしだったから、私が引っ張ったんだよ?もしかしてホームルーム中も一時間目も、ぼーっとしてたの?」
その通りだ。光子は黒板の上の時計を見てもう一度、あら、と呟く。ごめん。まだ少しぼんやりしたまま夏美に謝るが、膨らんだ頬は萎んだものの、夏美の眉は険しくよったままだ。
「なんだか、目の前がちかちかして……ごめんなさい」
「ごめんって、言って欲しいわけじゃないよ!」
夏美の声は怒りを含み、その言葉は光子の心臓を大きく跳ねさせた。夏美の怒った顔を見るのは初めてだ。ふざけて怒ることはあるが、それとは違う雰囲気がある。光子はぎくりと体が強張り、冷や汗が出た。言葉が出ず、目を見開いてじっと夏美を見る。
夏美は顔を更にしかめて、だああ!と叫んで両手で頭をかきむしり、顔を上げた。
「みっちゃん、何かあったの?今日、おかしいよ」
「え、あ」
ぎくりと喉に言葉が張り付いて、出てこない。怒っているかと思っていた夏美の顔は、苦しげに歪むものに変わっていた。
「私じゃ、相談出来ない?一人暮らししてる話も、詳しく聞いてないよ」
むしろ、夏美は泣いてしまいそうだ。光子の脳内に言葉が巡る。
母親が光子を憎んでいるから、祖父母が亡くなった今も一緒に住めず、他に身寄りも無いし家を守りたいので、一人暮らしの道を選んだ。あの眩しく暖かい場所を離れたくはなかった。
何故、母親が実の子である光子を憎んでいるのか?それは、みえてはいけないもの、が見えるからだ。
全ては光子が見えることから始まっていて、それを言わないと何も語れない。言うの?全てを?そう考えるだけで、内臓が絞られるような圧迫感を感じた。光子の唇が薄く開き、微かに震える。
「……ごめん。ちょっとだけ具合悪くて、いらついてるみたい」
ふぅと、光子の詰まったと呼吸の代わりに息をつくように、夏美は溜息混じりに呟いた。そう言われてみれば、顔色が悪いかもしれない。光子はすぐさま首を振る。喉は変わらず声も何も出してはくれず、ただただ首をぶんぶん振った。
違う。違うわ。私が悪いの。そう思いを込めて強く振った。夏美は優しく苦笑して、自分の席に向き直ると鞄をあさって、また戻ってきたときには、いつもの明るい夏美の表情に戻っていた。それが尚更、心が痛む。
「見て!これね、昨日の帰りに駅前で買ったんだ!」
光子の机に置いたのは、可愛らしい小さな紙袋だった。置く時にカツと音がしたところをみると、中身は堅い物が入っているらしい。
「露店で買ったの!前も言ったけど、駅前に露店がたまーに出てるのよね。もー練習しんどくて、買っちゃった。みっちゃんに買って来たのあるよ」
「……私に?」
「うん!ヘアピン!見て見て」
そう言いながら、夏美が紙袋をひっくり返した。
花畑をくりぬいたかのような、ピンクやオレンジ色の花々が描かれているヘアピンが、二つ転がり出てきた。綺麗な色合いに思わず、わあ、と目を丸くする光子に夏美は満足して、光子の右側のこめかみに付けてやった。
「うっほう、可愛い!似合う!私天才だわ!鏡見てほら!」
結局夏美は自分の鞄を光子の机にのせ、中から折り畳み式の鏡を取り出し、光子に押しつけるように掲げた。鏡の中の光子は右側の耳が見えていて、少し顔をずらすと綺麗な色合いのヘアピンが見える。それだけでいつもより何十倍も自分の表情が明るく見えて、光子は突然気恥かしくなり顔を伏せた。
「あ、ありがとう」
「ちょー可愛いよ、みっちゃん」
にっこりと微笑む夏美の顔は心から嬉しそうだけれど、やはり少し顔色が悪いように見える。練習がつらいと言ったばかりだ、もしかしたら疲れで風邪をひいたのかもしれない。ごそごそと自分の鞄の中を覗き込む夏美の顔色は、少し伏し目がちになって余計に悪く見える。
「夏美、大丈夫?疲れてるんじゃない?放課後の練習、休みなよ」
「えー、大げさだよ。あ、あったあった。これはね、おまけしてくれたんだよー、どんな露店商さんかは忘れちゃったんだけど、いい人だよねー」
じゃーん、ともう一つ出した紙袋はまた違うデザインで、ただ茶色いだけの紙袋だ。そっちはプレゼント用、こっちは私用。夏美は短く説明しながら、紙袋を開いてひっくり返す。出てきたのは、赤いガラス玉が金色で縁取られたブローチだ。赤いガラス玉にはこどもの横顔が黒いインクで描いてある。丸い頬が可愛らしい、あどけない外国のこどもの横顔だ。
ぞわ、と光子の背筋に嫌なものが走る。この感覚は最近知ったものだ。
家に黒い影がやってきたときに似ている。
「これはね、鞄に付けようかと思って……」
「な、夏美、待って」
夏美がつまんで見せてきたそれを取り上げる為に、光子は夏美の手に自分の手を重ねた。ぐわ、と体の中で何かが湧き立つような感覚に襲われ、瞬間、いつものようにスカートのポケットに入ったアメシストの腕輪が、かあっと熱を持つ。
パアン、と大きな音が響いて、夏美と光子は弾かれるようにブローチから手を引いた。一瞬ブローチが砕けたのかと思ったが、こつんと机の上に落ちて転がったブローチは無傷だった。ただ一つ、こどもの絵が消えている。
「え、ちょっとなあに?」
「今の音なんだ?まさか爆竹?」
「悪ふざけしすぎだろ、誰だよ」
さっきとは違い、驚きでばくばくと心臓が跳ねる。どっと汗が噴き出て、光子は呆然とブローチと夏美を交互に見た。夏美は驚愕の顔でじっとブローチを見ているばかりで、音に驚いて集まって来たクラスメイトに話しかけられても、うんともすんとも言わない。
死んだのだと妙な実感が心を占めているのに、ふわふわと浮いているかのように現実味が無い。そんなことは知らない、自分で何とかして。そう電話を叩き切った母の言葉が、脳の隅に響いた。祖母は死んだのだ。
神道の納骨は、葬儀から五十日後だ。それまで保管しておく祭壇は、リビングに置いてもらうことにした。笑っている遺影だけでも、よく見えるところにいてほしかったのかも知れない。まだ入学式まで時間はあって、光子はぼんやりと家の中で過ごすしか無かった。
久しぶりにテレビを付けると、ニュースが花見客の迷惑行為について騒いでいた。薄ピンク色の世界の中、アナウンサーが少し困った顔で、ゴミ問題や酔っ払いの事件などを語っている。
あれ。光子はふと外に出た。森をさくさく突っ切って神社の方へ進むと、神社に隣接するように桜の木が数本立っていた。数本とも丁度八分咲きで、まるで枝に桜色の雲がかかっているかのような、堂々とした風貌だった。ああ、春だ。光子は桜を見上げながら呟く。雲からはひらひらと、同じ色の雨が舞っている。
「……春になってた」
光子はもう一度呟いてきびすを返し、来た道を戻った。この順路はマサや俊三に教えて貰ったもので、神社への近道兼一番の桜スポットだと、光子が来てから毎年通った道だった。そんな慣れた道の筈なのに、途中地面を盛り上げる根やふかふかとした地面、目の前を通る何かに何度もつまずきそうになる。あ、外に出るの久しぶりだ。つまずいて、光子はそれに気付いた。
家に帰って来て、まず米を炊いた。炊きあがった米を丼にうつして、種からとっておいた梅肉とじゃこと刻んだしその葉を混ぜ、熱いのを我慢しつつ握って海苔を巻き、重箱に押し込む。マサがよく作ってくれたレシピだ。そんなことを考えていると五つも出来て、重箱は風呂敷に包んだ。水筒には麦茶を入れ、弁当を抱え水筒を持ち、また桜へと戻る。
何度もつまずきそうになりながら桜のふもとに立ち、光子はビニールシートを持ってくるのを忘れたことを思い出す。まあいいか。少し見渡して、桜の根に座ることにした。どっしりとした木を背もたれに、膝の上に弁当箱を広げ、水筒は脇に置く。まだ散るには早いらしく、花弁は地面を埋め尽くしてはいない。
おにぎりを一つとり、しっかりと噛んで食べる。うまく出来た。そう、美味しく出来たのだ。ご飯を美味しいと、味を感じたのは久しぶりだった。美味しい。呟いて食べる。こんなに食べられないのに沢山作っちゃったなあ、とまだ四つ重箱に鎮座するおにぎりを見下す。
桜がときたまに、ひらりと目の前を散る。あんなに密集して咲いているのに、春の日差しは柔らかく隙間を見付けて地面に降り注ぎ、光子を照らしている。その風景も目の前を歩く妖怪たちや虫たちも、全部全部、光子はおにぎりをゆっくりと咀嚼しながら眺める。
そう言えばお彼岸にぼた餅作るの忘れてた、おじいちゃん好きだから怒ったかな。来年はきちんと作ろう。桜はまだまだ綺麗だし、明日またお昼ご飯は、ここでお花見しよう。あれ、毎日小早川くんのおばさんが来てくれていたような?よく覚えていないけど、お花見、誘ってみよう。おばあちゃんと作った料理、一人でうまく出来るかな、
今日、凄く天気が良かったんだ。光子は流れる涙に気付きもせず、おにぎりを飲み込んだ。ご飯がおいしくて、目の前が眩しくて、思い出す賑やかな思い出の中今の自分は一人で、光子はすがるようにおにぎりをもう一つとった。
「みっちゃん!みーっちゃん!」
ぱちんと音がして、そこではっと意識が戻る。夏美が頬を膨らまし、手を叩いたらしい両手を合わせたまま、目の前に立っていた。見渡すとそこは桜でなく、教室の自分の席だった。
「……あら」
「あら、じゃないよ!もーどうしたの?みっちゃん、廊下に立ちっぱなしだったから、私が引っ張ったんだよ?もしかしてホームルーム中も一時間目も、ぼーっとしてたの?」
その通りだ。光子は黒板の上の時計を見てもう一度、あら、と呟く。ごめん。まだ少しぼんやりしたまま夏美に謝るが、膨らんだ頬は萎んだものの、夏美の眉は険しくよったままだ。
「なんだか、目の前がちかちかして……ごめんなさい」
「ごめんって、言って欲しいわけじゃないよ!」
夏美の声は怒りを含み、その言葉は光子の心臓を大きく跳ねさせた。夏美の怒った顔を見るのは初めてだ。ふざけて怒ることはあるが、それとは違う雰囲気がある。光子はぎくりと体が強張り、冷や汗が出た。言葉が出ず、目を見開いてじっと夏美を見る。
夏美は顔を更にしかめて、だああ!と叫んで両手で頭をかきむしり、顔を上げた。
「みっちゃん、何かあったの?今日、おかしいよ」
「え、あ」
ぎくりと喉に言葉が張り付いて、出てこない。怒っているかと思っていた夏美の顔は、苦しげに歪むものに変わっていた。
「私じゃ、相談出来ない?一人暮らししてる話も、詳しく聞いてないよ」
むしろ、夏美は泣いてしまいそうだ。光子の脳内に言葉が巡る。
母親が光子を憎んでいるから、祖父母が亡くなった今も一緒に住めず、他に身寄りも無いし家を守りたいので、一人暮らしの道を選んだ。あの眩しく暖かい場所を離れたくはなかった。
何故、母親が実の子である光子を憎んでいるのか?それは、みえてはいけないもの、が見えるからだ。
全ては光子が見えることから始まっていて、それを言わないと何も語れない。言うの?全てを?そう考えるだけで、内臓が絞られるような圧迫感を感じた。光子の唇が薄く開き、微かに震える。
「……ごめん。ちょっとだけ具合悪くて、いらついてるみたい」
ふぅと、光子の詰まったと呼吸の代わりに息をつくように、夏美は溜息混じりに呟いた。そう言われてみれば、顔色が悪いかもしれない。光子はすぐさま首を振る。喉は変わらず声も何も出してはくれず、ただただ首をぶんぶん振った。
違う。違うわ。私が悪いの。そう思いを込めて強く振った。夏美は優しく苦笑して、自分の席に向き直ると鞄をあさって、また戻ってきたときには、いつもの明るい夏美の表情に戻っていた。それが尚更、心が痛む。
「見て!これね、昨日の帰りに駅前で買ったんだ!」
光子の机に置いたのは、可愛らしい小さな紙袋だった。置く時にカツと音がしたところをみると、中身は堅い物が入っているらしい。
「露店で買ったの!前も言ったけど、駅前に露店がたまーに出てるのよね。もー練習しんどくて、買っちゃった。みっちゃんに買って来たのあるよ」
「……私に?」
「うん!ヘアピン!見て見て」
そう言いながら、夏美が紙袋をひっくり返した。
花畑をくりぬいたかのような、ピンクやオレンジ色の花々が描かれているヘアピンが、二つ転がり出てきた。綺麗な色合いに思わず、わあ、と目を丸くする光子に夏美は満足して、光子の右側のこめかみに付けてやった。
「うっほう、可愛い!似合う!私天才だわ!鏡見てほら!」
結局夏美は自分の鞄を光子の机にのせ、中から折り畳み式の鏡を取り出し、光子に押しつけるように掲げた。鏡の中の光子は右側の耳が見えていて、少し顔をずらすと綺麗な色合いのヘアピンが見える。それだけでいつもより何十倍も自分の表情が明るく見えて、光子は突然気恥かしくなり顔を伏せた。
「あ、ありがとう」
「ちょー可愛いよ、みっちゃん」
にっこりと微笑む夏美の顔は心から嬉しそうだけれど、やはり少し顔色が悪いように見える。練習がつらいと言ったばかりだ、もしかしたら疲れで風邪をひいたのかもしれない。ごそごそと自分の鞄の中を覗き込む夏美の顔色は、少し伏し目がちになって余計に悪く見える。
「夏美、大丈夫?疲れてるんじゃない?放課後の練習、休みなよ」
「えー、大げさだよ。あ、あったあった。これはね、おまけしてくれたんだよー、どんな露店商さんかは忘れちゃったんだけど、いい人だよねー」
じゃーん、ともう一つ出した紙袋はまた違うデザインで、ただ茶色いだけの紙袋だ。そっちはプレゼント用、こっちは私用。夏美は短く説明しながら、紙袋を開いてひっくり返す。出てきたのは、赤いガラス玉が金色で縁取られたブローチだ。赤いガラス玉にはこどもの横顔が黒いインクで描いてある。丸い頬が可愛らしい、あどけない外国のこどもの横顔だ。
ぞわ、と光子の背筋に嫌なものが走る。この感覚は最近知ったものだ。
家に黒い影がやってきたときに似ている。
「これはね、鞄に付けようかと思って……」
「な、夏美、待って」
夏美がつまんで見せてきたそれを取り上げる為に、光子は夏美の手に自分の手を重ねた。ぐわ、と体の中で何かが湧き立つような感覚に襲われ、瞬間、いつものようにスカートのポケットに入ったアメシストの腕輪が、かあっと熱を持つ。
パアン、と大きな音が響いて、夏美と光子は弾かれるようにブローチから手を引いた。一瞬ブローチが砕けたのかと思ったが、こつんと机の上に落ちて転がったブローチは無傷だった。ただ一つ、こどもの絵が消えている。
「え、ちょっとなあに?」
「今の音なんだ?まさか爆竹?」
「悪ふざけしすぎだろ、誰だよ」
さっきとは違い、驚きでばくばくと心臓が跳ねる。どっと汗が噴き出て、光子は呆然とブローチと夏美を交互に見た。夏美は驚愕の顔でじっとブローチを見ているばかりで、音に驚いて集まって来たクラスメイトに話しかけられても、うんともすんとも言わない。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
JK退魔師の受難 あらかると♡ ~美少女退魔師たちは今日もふたなり化して凌辱される~
赤崎火凛(吉田定理)
ファンタジー
現代にはびこる悪――妖魔を滅ぼすために、美少女退魔師たちは今日も戦う! そして敗れ、呪いでふたなり化して、ひたすら妖魔に凌辱される! 初めての感覚に戸惑い、恥じらい、絶頂し、連続射精させられ……身も心もボロボロにされて堕ちていくJK退魔師たちの物語。
*いろんな女子高生の退魔師たちのHシーンだけを集めた短編集です。
『JK退魔師×ふたなり』がテーマです。百合成分はたまにあります。
基本はバッドエンドで、ヒロインに救いはないです。
触手、凌辱、お仕置き、拘束、拷問、恥辱、寸止め、マッサージとか、いろいろ。
メインのシリーズを読んでなくてもOK。
短編のため、どのキャラから読んでもOK。
*ここに「妖魔に捕まった状態から始まります」とか書いてありましたが、そうじゃない話もあるので消しました。
お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。
勇者としての役割、与えられた力。
クラスメイトに協力的なお姫様。
しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。
突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。
そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。
なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ!
──王城ごと。
王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された!
そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。
何故元の世界に帰ってきてしまったのか?
そして何故か使えない魔法。
どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。
それを他所に内心あわてている生徒が一人。
それこそが磯貝章だった。
「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」
目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。
幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。
もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。
そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。
当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。
日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。
「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」
──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。
序章まで一挙公開。
翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。
序章 異世界転移【9/2〜】
一章 異世界クラセリア【9/3〜】
二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】
三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】
四章 新生活は異世界で【9/10〜】
五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】
六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】
七章 探索! 並行世界【9/19〜】
95部で第一部完とさせて貰ってます。
※9/24日まで毎日投稿されます。
※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。
おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。
勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。
ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。
転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
かつてダンジョン配信者として成功することを夢見たダンジョン配信者マネージャー、S級ダンジョンで休暇中に人気配信者に凸られた結果バズる
竜頭蛇
ファンタジー
伊藤淳は都内の某所にあるダンジョン配信者事務所のマネージャーをしており、かつて人気配信者を目指していた時の憧憬を抱えつつも、忙しない日々を送っていた。
ある時、ワーカーホリックになりかねていた淳を心配した社長から休暇を取らせられることになり、特に休日に何もすることがなく、暇になった淳は半年先にあるS級ダンジョン『破滅の扉』の配信プロジェクトの下見をすることで時間を潰すことにする.
モンスターの攻撃を利用していたウォータースライダーを息抜きで満喫していると、日本発のS級ダンジョン配信という箔に目が眩んだ事務所のNO.1配信者最上ヒカリとそのマネージャーの大口大火と鉢合わせする.
その配信で姿を晒すことになった淳は、さまざまな実力者から一目を置かれる様になり、世界に名を轟かす配信者となる.
奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~
Takachiho
ファンタジー
*本編完結済み。不定期で番外編や後日談を更新しています。
中学生の羽月仁(はづきじん)は勇者として異世界に召喚され、大切なものたちを守れないまま元の世界に送還された。送還後、夢での出来事だったかのように思い出が薄れていく中、自らの無力さと、召喚者である王女にもらった指輪だけが残った。
3年後、高校生になった仁は、お気に入りのアニメのヒロインを演じた人気女子高生声優アーティスト、佐山玲奈(さやまれな)のニューシングル発売記念握手会に参加した。仁の手が玲奈に握られたとき、玲奈の足元を中心に魔法陣が広がり、2人は異世界に召喚されてしまう。
かつて勇者として召喚された少年は、再び同じ世界に召喚された。新たな勇者・玲奈の奴隷として――
*この作品は小説家になろうでも掲載しています。
*2017/08/10 サブタイトルを付けました。内容に変更はありません。
異世界で勇者をやって帰ってきましたが、隣の四姉妹の様子がおかしいんですけど?
レオナール D
ファンタジー
異世界に召喚されて魔王を倒す……そんなありふれた冒険を終えた主人公・八雲勇治は日本へと帰還した。
異世界に残って英雄として暮らし、お姫様と結婚したり、ハーレムを築くことだってできたというのに、あえて日本に帰ることを選択した。その理由は家族同然に付き合っている隣の四姉妹と再会するためである。
隣に住んでいる日下部家の四姉妹には子供の頃から世話になっており、恩返しがしたい、これからも見守ってあげたいと思っていたのだ。
だが……帰還した勇治に次々と襲いかかってくるのは四姉妹のハニートラップ? 奇跡としか思えないようなラッキースケベの連続だった。
おまけに、四姉妹は勇治と同じようにおかしな事情を抱えているようで……? はたして、勇治と四姉妹はこれからも平穏な日常を送ることができるのだろうか!?
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる