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騎士と神器

070:騎士と封印の地。

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 ユルティスを殺そうとした日から数日が経ち、俺は何事もなくフローラさまの騎士兼執事として生活していた。ユルティスを殺そうとした件は、グロヴレさんから注意されたものの、今までにルネさまとニコレットさんを痛めつけていたことやステファニー殿下の進言により今回の件は、騎士がどうしても我慢できずに先走ってしまったとして、何事もなく片が付いた。

 ステファニー殿下が進言してくれたことに驚いたし、何の処罰もなしになったのも驚いた。グロヴレさんに聞いたが、結構ユルティス大公が追い込まれているらしい。グロヴレさんの手によって。グロヴレさんが前々からユルティス大公の悪逆非道の証拠を集めていたらしく、誰もユルティス大公に味方できないほどらしい。

 俺も思い返せばやりすぎてしまっていたと思ったが、それでもユルティスが許せないことは確かだ。今回はグロヴレさんに感謝してもしきれない。いつかグロヴレさんにこの恩を返さなければならないが、そうなるとロード・パラディンであるグロヴレさんからは国を守ってくれとか言われそうだ。そう言われれば、俺はそうしないといけない。何より、今回の件でユルティスに心に傷を与えることができた。

「ねぇ、アユム」
「はい、どうされましたか?」

 今日は学園がなく、フローラさまと二人でお部屋におり、俺はフローラさまの要望に応えて紅茶を入れている。そして紅茶が入ったカップをフローラさまの目の前の机に置いてフローラさまの方を向いた。ちなみに、ルネさまたちは四人仲良くお買い物に行っている。もちろん、護衛はちゃんとつけている。

「あなたから見て、ステファニー殿下はどう見える?」
「ステファニー殿下ですか?」

 まったりとした雰囲気の中で、フローラさまから急にそんなことを聞かれたが、俺の答えはあの時から何も変わらない。本当に大っ嫌いだ。もう二度と会いたくないくらいにな。

「・・・・・・大きな理想を抱いているお人だと思っています」

 我がままで押しつけがましいと率直に言うわけにもいかないので、考えた末に出した言葉はオブラートを何重にも包んだこの言葉であった。フローラさまとステファニー殿下は、王女と伯爵という感じではなかったから何か関係があるのかと思い、オブラートに包んだ。まぁ、すでに俺が王女に失礼な態度と言葉を言っているから無駄なんだけどね。

「そうね、そうなのよ。ステファニー殿下は立派な王女になろうと努力しているお人なのだけど、それ故に他人にもその理想を押し付けようとしている。自分に厳しくして、他人にも厳しくしているけれども、誰もその高すぎる理想についてこない、誰もその理想に賛同しない。殿下はそれを分かっておられない」

 ・・・・・・何だか、一部どこかで聞いたことがあるな。あぁ、フローラさまのことか。他人に認めてもらうために自分に厳しくしたけれども、誰もフローラさまを認めようとはしなかった。少しだけ似ているのか? いや、全く似ていなかった。

「フローラさまはステファニー殿下とどのようなご関係なのですか?」
「どのようなって、どういうことよ」
「王女殿下と伯爵家の関係とはまた違い、ステファニー殿下のことをよくご存じなようですが、お二人の間で何か特別なご関係でもあるのでしょうか?」

 俺が気になっていたことはここだ。ステファニー殿下とはこの学園に入学して早々にステファニー殿下とフローラさまが一緒に誘拐された時に知り合ったと仰られていた。そこから頻繁に会うこともないのに、どうしてそこまでフローラさまがステファニー殿下のことを知っているのか分からなかった。

「特別な関係、なんて大層なものではないけれど、ステファニー殿下も私もお互いにこの世界で、この地位で苦労しているから、何となく気が合ったのよ。だから私はステファニー殿下のことを放ってはおけなかった。ただ、私はあなたと出会って救われたけど、ステファニー殿下はまだ救われていない。そこが私と殿下で違う点ね」

 フローラさまがそんなことを思っていたのか。まぁ、境遇だけなら似てないでもないが、それでも世界を救うとか、そんな胡散臭いことを言っている奴のことを好きにはなれない。フローラさまのように自身と周囲だけとかの方が比べ物にならないくらいに好きになれる。

「フローラさまはステファニー殿下をお救いしたいのですか?」
「・・・・・・そうね、そう思っているのかもしれないわ。でも、私じゃステファニー殿下をお救いすることはできないわ。だって、私は救われ方しか知らないもの。だから、アユムに救ってほしいとは思っているわ」

 フローラさまからのその唐突な言葉に、俺はあと一歩のところで顔をしかめそうであったが、それを我慢することに成功した。急だったから顔をしかめそうだった。けれど、俺がステファニー殿下を救う? 絶対にありえない。ステファニー殿下だって俺に救われたいと思っていないだろう。

「お言葉ですが、フローラさま。そのようなことは無理ではないでしょうか」
「どうして?」
「第一に、自分はステファニー殿下の立場など分かりません。何より、自分はすでにステファニー殿下から勇者ではないと嫌われているので、救うなど大層な真似はできません」

 先のユルティス殺害計画の時点で俺とステファニー殿下は馬が合わないと分かった。それなのに救うとか救われるとか、そんなことができるはずがない。ステファニー殿下には他の人に救われてもらおう。特にイナダ辺りが良いのではないのか? 勇者だし、面識はあるのだし。一応魔王討伐の旅には出ているようだから、あいつで良いだろう。俺は関わりたくない。

「アユムはステファニー殿下と関わるのが嫌なの?」
「どうしてそう思われるのですか?」
「そんな顔をしているような気がしたからよ」

 えっ、俺そんな顔をしていたのか? いや、気がしたってことは俺の顔は普通だったのか。フローラさまが俺のことを分かりすぎていただけか。怖いな、その鋭さ。でも、バレてしまったのだから正直に話すか。

「・・・・・・はい、正直に言えば関わりたくないです。自分はステファニー殿下の理想が嫌いで仕方がありません。自分の考えを押し付ける、その考え方が気に入りません」
「ふぅん、そうなの。じゃあ、いつかはステファニー殿下を救いましょうね」

 ・・・・・・うん? 俺は嫌だと言ったのに、フローラさまからは肯定の返答を受け取った言葉が出てきた。聞き間違い、などはあり得ないだろう。・・・・・・うわぁ、嫌だなぁ。

「また嫌な顔をしているでしょう? でも、これは決定事項よ。私はステファニー殿下を救いたいから、あなたにはその手伝いをしてもらうわ。それとも、主の言葉が聞けないと言うの?」
「いえ、喜んでお手伝いさせていただきます」

 フローラさまにこう言われてしまえば、俺に拒否権はない。フローラさまがステファニー殿下を救いたいと仰っているのだから、俺はそれを全力でお手伝いする。それが騎士や執事の役目だろう。こうなりそうなのは何となく分かっていたけどな。

「まず手始めに――」
「アユムくーんッ!」

 突然の扉が開け放たれた音と女性の声と共に、フローラさまの言葉はかき消された。扉の方を見るとルネさまのお姿が見えた。ルネさまはそのまま止まらずに俺に抱き着いてこられた。

「ただいま、アユムくん」
「おかえりなさいませ、ルネさま」

 ルネさまの後ろからニコレットさんとブリジット、サラさんが続々と入ってくるが、それ以外にも誰かがいることに気が付いた。・・・・・・うわっ、無視しよ。

「随分とお早いお帰りですね」
「うん、もう少しお買い物するつもりだったんだけど、ある人が来てやめざるを得なかったんだ」
「ある人、ですか?」

 気が付いてるがとぼけておこう。あんなことがあって、あちらから何かしてくると言えば、深紅のドラゴンについてしか思いつかない。話しすら聞きたくないのだが。

「そうだよ。入ってきて大丈夫ですよぉ」

 ルネさまがそう仰ると、凛とした表情をした長い赤髪の女性、ステファニー殿下がこの部屋に入ってきた。別に俺の主ではないから、ステファニー殿下にだけ見える位置で嫌な顔をした。その顔を見たステファニー殿下は冷たい視線を送ってくる。

「突然お邪魔してすみません。少し急な用件がありまして、ルネさんに案内してもらいました」
「お気になさらず。それよりも、用件とは?」

 ステファニー殿下にフローラさまが対応して、その間にニコレットさんが素早く紅茶の準備を始めた。そしてステファニー殿下はフローラさまと向かい合ったソファーに座り、ニコレットさんが出した紅茶を一口飲んで話を始めた。

「実は、今日フロリーヌが七聖会議から帰ってきました」

 フロリーヌ、ラフォンさんのことか。へぇ、ラフォンさんがもう帰ってきたのか。七聖会議は西の大陸のどの国にも所属していない場所で行われる、西の大陸だからもう少しかかるかと思ったが、会議が随分と早く終わったのか?

「七聖会議では各々の状況や、所属している国の問題を報告するそうです。その中でも取り上げられたのは、世界各地で起こり始めている〝五頭竜神〟の復活でした」

 五頭竜神って、深紅のドラゴンとかの封印されているドラゴンを総称した呼び名か。いや、封印されていたドラゴンと言った方が正しいのか?

「今現在封印が解かれているのは、アンジェ王国の深紅のドラゴン・ギータ、ニース王国の深紫のドラゴン・ヨルムンガンド、リモージュ王国の漆黒のドラゴン・ジルニトラ、リール連合王国の黄金のドラゴン・ラドンの四体が現在解き放たれたようです。今解き放たれていないドラゴンは、ランス帝国の純白のドラゴン・リントヴルムだけです」

 深紅のドラゴンが解き放たれてから、まだ一ヶ月も経っていないのにそれだけのドラゴンが解き放たれたのか。それは偶然なのか、それとも誰かが意図的に封印を解き放ったのか。それは分からないが、良くない状態になっているのは確かだ。

「解き放たれた、ということは、他の国もドラゴンの被害が出ているのですか? アユムのような実力のある人物があれば別ですが、いなければ国の崩壊は免れないと思います」

 フローラさまが俺も思っていた疑問を口にした。そうだ、あれは破壊の象徴と言える存在だ。封印が解き放たれて、何もしないことがあるのか?

「いえ、不幸中の幸いでアンジェ王国のような被害は出ませんでした。むしろ、地下から出てきたドラゴンたちは一目散にどこかに消えて行ったそうです。封印の地下深くまで一直線につながる大穴はどこの国でもできているそうですが、それだけで収まったようです。一応五頭竜神の目的は、王女たちですから国自体に被害がないことは何の疑問もありません。ですが、他の三つの国には王女たちがいたそうです。ですから、ドラゴンが王女を無視してどこかに消えたという点が不可解と言えるでしょう」

 あぁ、そうだったな。目的はここにいるステファニー殿下やブリジットだ。でも、王女を狙わないとは不可解と言える。何か他の目的でもあって、それを行いに行ったのだろうか。それ相応の知性もあるようだからそうなのかもしれない。

「その事態を受けて、緊急で十五人の神器持ちに集まってもらうことになりました」

 ステファニー殿下の言葉で、俺の方に一斉に視線が集まった。その視線に少しだけ心地悪い感じになるが、それ以上に嫌だという感情が上回った。数日前にそれを嫌だと言ったばかりだろう。そんなことは他の神器持ちに任せておけばいいだろう。

「それに応じて、封印されていた場所に置かれている神器の対となる神器、仁器を取りに行かなければならなくなりました。本当は城の復旧をもう少し終わらせてから、仁器を取りに行く予定でしたが、今はそんな悠長なことを言っている暇ではなくなりました。明日、勇者六人と諸々で封印の地に出向きます」

 ちょっと待て。それはいくら何でもこちらの意見を聞かなすぎだろう。俺は世界を救う気なんてないと言っているだろうが。

「ステファニー殿下、自分は行くつもりはありませんよ? 先日も言いましたが、世界を救う気などありませんし、協力するつもりもありませんので封印の地には行きません」
「・・・・・・まだ、そのようなことを言っているのですか。もう子供のように駄々をこねている場合ではなくなってきています。世界を救わなければ、いずれはフローラやシャロン家が滅ぶことになるのですよ? 結局は世界を救わなければなりません」
「シャロン家を襲ってくるのなら、自分がドラゴンを倒さなければならないでしょう。しかし、それはステファニー殿下や勇者たちと行動を共にする必要はありません。自分一人だけでフローラさまやルネさま、シャロン家の人々に降りかかる火の粉を振り払って見せます」

 深紅のドラゴンだけしか相手にしていないが、あれの二倍の強さが来ても倒せる自信はある。さすがに五体一斉にはきついかもしれないが、倒せないわけではない。つまり、一体だけなら俺一人で余裕で倒せる。

「先の戦いでは、見事に深紅のドラゴンを撃退しました。しかし、いつでも万全の状態でドラゴンたちに臨めるわけではありません。それを補うためにも、一人だけでは厳しいものがあると思いますが?」
「それは仮定の話です。そんな状況を作り出さないためにも、自分はいつでも万全の状態を維持しています。ですから、協力は必要ありません。どちらかと言えば、あなた方の方が協力してほしいのではないですか?」

 深紅のドラゴンを相手にした時に、≪魔力武装≫を全力でしただけで倒れそうになっていた人間が万全の状態を維持とか笑える。今はほぼ全盛期と変わらぬ状態に持っていけれた。後は実戦を行えば万全の状態が完成する。そんなことを思っていると、ステファニー殿下は少し悔しそうな顔をしている。

「ッ・・・・・・そうですね、私たちにはあなたの力が必要です。単体で五頭竜神を倒せる神器持ちはテンリュウジさんだけでしょう。私としてはあなたに世界を救うために手を貸してほしいのです」
「ですから、それは嫌です」
「はい、分かっています。ですが、今回の件で言えば、あなたにも得があるかもしれません。封印の地で得られる仁器のうちの一つはジュワユーズの仁器ですが、あと二つは分かっていません。その中にクラウ・ソラスの仁器がある可能性は高いと思います。歴代の召喚された勇者で、ジュワユーズの所有者とクラウ・ソラスの所有者は仲が良い傾向にあります。ですから、二つの仁器がある可能性は考えられます」

 ふむ、確かに神器の対となる神器を手に入れるのなら手に入れておきたいところだ。万全を万全にしても良いことしかない。俺が行かず、封印の地でクラウ・ソラスの仁器があれば、あちらは俺への交渉材料を手に入れてしまう。

「ここまでステファニー殿下が仰っているのだから、行きなさいよ。とりあえず明日だけなのだから、それだけ行けば良いじゃない」

 俺はフローラさまの言葉に頷くしかなかった。何より、俺にはユルティスの件でステファニー殿下に一つ借りがある。ステファニー殿下がそれをネタにせずに俺に話してきたことは、好印象だった。借りの話を出せば、俺は行かざるを得なかったのに、好感度はダダ下がりだけどな。

「・・・・・・分かりました。今回だけはステファニー殿下に手を貸します」
「あ、ありがとうございます!」

 ステファニー殿下は俺に深々と頭を下げてきた。王女さまがこんな簡単に頭を下げるなよと思いながら、勇者たちに会うことを憂鬱に思うのだった。
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