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騎士と忠義

064:騎士と穢れし伯爵。

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 騎士王決定戦から一夜が明け、王城がドラゴンによって崩れ去ったことで街中が忙しい中で、アンジェ王国では俺が騎士王決定戦で優勝したことよりも、突如現れた深紅のドラゴンに話題が掻っ攫われていた。まぁ、高々騎士王決定戦で優勝したことよりも、世界を滅ぼしかねないドラゴンの方が話題としては広がりやすいだろう。

 だけどな、あの大会では主役となったのは俺なんだぞ? そしてあの深紅のドラゴンを追い払ったのは俺なんだぞ? 別に称賛してくれとは言わないし、不用意に持ち上げられるのは嫌だ。だけど、俺の評価を改めても良いだろう。一部の奴らは俺の悪評をバラまいているようだ。その一部の奴らは、俺が殺した大公の手先の騎士の関係者だ。

 俺は騎士王決定戦でしたことを悪いことをしたと思っていないし、むしろ正義だと思っている。悪はそちらだろうが。もし、俺を殺して騎士王決定戦で優勝すれば、そいつらは誇らしげにそのことを言いふらすだろう。俺を殺したことをさも当たり前のように言って。今すぐにでもその理不尽を殺しに行きたいところだが、それは俺の役目ではない。国の役目だ。

 おっ、そう思っている間に悪評をバラまいている奴らが王国兵士に連れていかれている。そう、騎士王決定戦で起こった出来事に関して、悪いことを言えば国から罰せられるのだ。それが分かっていてもなお、俺のことを悪く言う信念を他のところで使えばいいのにと思いながら、俺は街中の一角で待ち合わせをしていた。

 待ち合わせの相手は、フローラさまやルネさまたちではない。フローラさまたちには、今回の件を内緒にしている。誰と待ち合わせをしているのかは言っているが、内容は何も伝えていない。伝えればフローラさまたちも行くと仰りかねないからだ。

 今日の朝、昨日の疲れが多少なりとも溜まっていたが動くには問題ないくらいの体調であった。そんな中で玄関の方から少しの殺気が漏れ出したことですぐに俺は扉を開け放つと、そこには誰もいなかったがその代わり手紙が地面に置かれていた。それを手に取り、封筒の裏面を見ると俺の名前が書かれていた。俺宛だからその場で手紙を読み始めた。

『アユム・テンリュウジくんへ。カスペール家を落とす準備は整った。今日の昼時に街中の一角に待っていてくれ。今日は夜遅くまで主の元に戻れないと理解しておいてほしい。手はずについては合流してから話すことにする。アドルフ・グロヴレ』

 それを呼んだ瞬間、国王に呼び出された時のグロヴレさんが言っていた〝誠意〟を思い出した。本当に俺の我慢に応じて誠意を見せてくれたのか? それならありがたい。そう思った。

 フローラさまに内容の説明をせずにグロヴレさんと約束があるから一人で行くことを納得してもらうのに苦労した。フローラさまは昨日三木たちと会ったせいで、一層我がままになっている気がするが、今回することが俺のすべきことだと正直に答えると、渋々納得してくださった。

 帰ったらフローラさまたちに説明しないといけないなと思っていると、俺の元に近づいてくる見知った気配の二人に気が付いた。こちらを見て手を上げて笑顔を向けてくるグロヴレさんと、グロヴレさんといたことで非常に嫌な顔をしていたが俺に気が付いて満面の笑みを浮かべているラフォンさんだ。

「今日は突然すまないね」
「本当だ。もっと前もって言っていれば良かったものを」

 グロヴレさんとラフォンさんが近づいてきて、グロヴレさんが申し訳なさそうな顔で言ってくるがそれに対してラフォンさんが文句を言っている。

「いえ、気にしていません。むしろ本当に実現していただけるとは思っていませんでした。ありがとうございます」
「そんなかしこまらなくても良いよ。俺は君の頑張りに答えただけだ」
「そうだぞ、アユム。こんな奴にお礼なんて言わなくていい。見下しながら笑って使ってやればいい」

 グロヴレさんの言葉に、一々ラフォンさんが文句を言っている。この二人は本当に仲が悪いのか遠慮がないくらいに仲が良いのか分からない。それにしても、ラフォンさんもいるとは驚きだ。こういうことはグロヴレさんが担当するものだと思い込んでいた。

「さぁ、話は作戦室でするとして、行こうか」
「はい」

 俺とグロヴレさん、ラフォンさんが三人並んで歩き始める。しかし、俺の左右にグロヴレさんとラフォンさんがいるため、非常に居心地が悪いのは言うまでもない。グロヴレさんは良い感じの距離を保ってくれるが、ラフォンさんは肩がぶつかるくらいに近い。もう少し離れてくれないと、意識してしまいます。

「あぁ、テンリュウジくん。騎士王決定戦での優勝おめでとう。テンリュウジくんの実力で優勝以外考えられなかったけれど、圧倒的だったらしいね」
「当たり前だ。私の弟子だぞ? アユムがこんな騎士王決定戦などでつまずくわけがないだろう」
「それじゃあ、俺と一緒に仕事をする機会が早くに来そうだね」
「アユムとお前が仕事? バカを言うな。私とアユムだ。お前の裏方のような仕事をアユムにさせるわけがないだろう」
「それは残念。テンリュウジくんなら務められると思ったんだけどね」

 グロヴレさんとラフォンさんの会話で、グロヴレさんが裏方のような仕事をしていることが分かった。俺は国王さまの護衛を専門にしていると思ったが、他にもやっていることがあったのか。それに俺と一緒に仕事ということは、地位を得てもそれ相応の責任と仕事が伴うのか。それだとフローラさまやシャロン家が守れない。仕事がない地位はないのか?

「それと、国王が大変テンリュウジくんに感謝していたよ」
「自分が? ・・・・・・何か、感謝されるようなことをしましたか?」

 国王に感謝されるなどそうそうないことだ。そんな大層なことを俺がしたのか? どのことか全く分からない。・・・・・・もしかして深紅のドラゴンを撃退したことか?

「深紅のドラゴン、ギータを追い払ったじゃないか。それだけでも大手柄だというのに、さらにアンジェ王国とリモージュ王国の王女殿下を助けたんだ、それは国王が感謝するのも当然だ。あの場で王女殿下を無傷でお守りすることができたのは、この世界で君しかいないだろう。誇っても良い」
「私でもあれを相手にしながら王女を守るのは無理だっただろう。そもそもあのドラゴンを相手にして生きてられないのだから、お守りすることなど不可能だ。アユムは誰にもできないことをやったんだ、胸を張っていれば良い」
「・・・・・・自分はただフローラさまをお守りしただけで、王女さまを守ろうとは思っていませんでした。ですから、そんな褒められたことをしていません」

 ロード・パラディンの二人にそこまで言われると、照れるしかなかった。本当に王女さまを守るつもりはこれっぽっちもなかったから、ここまで言われると逆に申し訳なく思い弁明を行った。

「それでもだ。結果的に褒められたことをしたのだから、素直に受け取っていれば良い。それでアユムの主も鼻が高くなるだろう」

 ラフォンさんの言葉で、俺は渋々納得した。でも、確かに俺の評価は主の評価になり、俺が良いことをすれば主も称賛される。それも、国の王女を助けたのだからフローラさまの評価は高くなっているだろう。良かった、助けていて。

「そう言えば、もう一つ言わないといけないことがあった」

 しばらく世間話をしながら歩いていると、グロヴレさんが唐突に何かを思い出して俺の方を向いた。このタイミングで言わないといけないことがあるのか?

「国王から伝言を預かっているよ。俺は詳しく聞いていないけれど、今はもうない城の地下深くに深紅のドラゴンが封印されていた場所で、神器の対となる神器を回収するために落ち着いた時にこちらから声をかける、と仰っていたよ」

 あぁ、そのことか。どんなやばい話が来るのかと思ったが、そんな大した話じゃなかった。あのドラゴンを封印するために神器の対となる神器が必要なんだから、この状態で深紅のドラゴンを倒せるのなら必要ないじゃないか。

 でも、今より強くなれるのなら取りに行くけれど、クラウ・ソラスの対となる神器が下にあるのかという話になるだろう。前野妹が所有している神器の対となる神器が下に置かれているのは確実だと言っていたが、残りの二つは分からないと言っていたと思う。

「アユム、国王はおそらくマヤたちと一緒に行かせようとしているぞ」

 俺が安易な考えをしていたところ、ラフォンさんから非常に嫌なことを聞いてしまった。昨日、あれだけ関わってしまったのに、またあいつらと関わらなければならないのか? そんなことはやめてほしい。

「それ、本当ですか?」
「そんな嫌な顔をしながら言うな。・・・・・・まぁ、残念ながら本当の話だ」
「あいつらと行くくらいなら自分は封印されていた場所に行きませんし、神器の対となる神器は必要ありません。そもそも封印するために必要なら、自分は倒す気満々なので必要ありませんので、その国王さまからの招集はお断りさせていただきます」

 俺がものすごく嫌そうな顔をしながら言うと、ラフォンさんは予想していた顔をしてため息を吐いた、グロヴレさんの方は俺を見て意外そうな顔をしている。

「聞いていた通り、本当に彼女らのことが嫌いなんだね。テンリュウジくんの場合は、それで通じるなら行かなくても良いと思うけれど・・・・・・」
「適当なことを言うな。あの場所にたどり着くためにはアユムの力が必要なんだ。アユムが行かないことには何も始まらない」

 グロヴレさんの言葉にラフォンさんはグロヴレさんを睨めつけながら反論した。俺がいないと行けない、ということは、強者が必要な場所なのか? でないと俺が行く意味はない。神器持ちが必要ならあいつら四人だけで十分だろう。

「行くまでに何かあるのですか?」
「あぁ、ある。深紅のドラゴンが封印されていた場所は、ドラゴンが解き放たれたおかげで下まで続く大穴が空いているが、人がそこまで進む道には、簡単に通れないように罠が仕掛けられている。その罠が私一人で行けば死ぬ確率が高い場所になっている。だから、アユムの力が必要なんだ」

 ・・・・・・何だか、俺の力が体のいいように使われているような気がする。俺の力はそんなことをするために得たわけではない。だから絶対に行きたくないが、ラフォンさんも一緒に行くのだろうな。それなら放っておけない。

「・・・・・・考えておきます」
「そうか! 考えておいてくれ! 最悪の場合は断られることだったから、今は良かった」

 俺が絞り出した答えは後回しというあまり良くないものであった。だけど、ラフォンさんは俺の答えにほっとしたようだった。そんなに危険な場所なのか? たどり着けなかったら意味がないだろうに。それとも、ドラゴンをまた封印させるつもりはないのか? それともそこへ簡単にたどり着けるものでないとドラゴンに通用しないと言いたいのか。



 俺とラフォンさんとグロヴレさんの三人で、郊外まで来た。この国の郊外まで来るのは初めてのことだから新鮮な光景が目に入る。とは言っても、人が少ないだけでそこまで珍しいものはない。そう思いながら歩いていると、グロヴレさんがコンクリート造りの小さな建物の前で立ち止まった。

「ここが今回の作戦室だ。入ろうか」

 グロヴレさんに続いて、俺もその建物の中に入る。中には鎧を着ている顔が整っている四人の女性が机を囲んでいる状態で立っていた。俺たちが入ってくるとそちらへと顔を向けたが、グロヴレさんだと分かると身体ごとこちらに向いて礼儀正しく立った。

「お戻りですか、アドルフさま。それで、そちらの男性が」
「うん、彼がアユム・テンリュウジくんだよ。カスペール家の様子は?」
「未だにカスペールに動きはありません。昨夜遅くまで酒を飲んでおり、熟睡している模様です」
「監視ありがとう」
「いえ、自分の務めですので」

 一人の女性がグロヴレさんのことをアドルフさまと言いながら、どうやらカスペール家の監視をしているようだが、その報告をした。ロード・パラディンのグロヴレさんを〝さま〟付けで呼んでいるこの女性たちはどういう人たちなのだろうか。そんな疑問が顔に出ていたのか、ラフォンさんがもっと近づいてきて答えてくれた。

「この女たちは、グロヴレの直属の部下だ。ロード・パラディンになると、他にも多くの部下を持つことはあるが、それは直属ではない。直属の部下は全員が信用に値するものを選別しているから、ここにいる女たちは信用に値する」
「なるほど。ラフォンさんもいるのですか?」
「いるぞ。アユムも会ったことがあるはずだ、騎士王決定戦で案内人となっていた青髪の双子がそれだ。あの二人だけが私の直属の部下だ」

 あぁ、あの人たちか。親しい間柄だとは思っていたが、ラフォンさんの直属の部下だったのか。それにしても直属の部下という、信用に値する人がいるのは良いな。それほど国の中が腐っているのかもしれないから良くはないか。

「それじゃあ、カスペール家を襲撃する手順について確認していこうか」

 俺たちは長い机の周りに立ち、机の上に置かれている紙を見た。・・・・・・本当に俺は紙の方を凝視している、他を見ないように。グロヴレさんの直属の部下の女性たちが俺の方を凝視してきてどうしたらいいのか分からないのだが。そんなに俺のことが珍しいのだろうか。俺はただの異世界から来て神器で深紅のドラゴンを追い払った男ですよ。

「アリョーナ? そんなにも彼のことが気になるのかい?」
「い、いえ! そのようなことはございません!」

 より一層俺のことを見ていた女性の一人に、グロヴレさんが問いかけると女性は首をこれでもかと思うくらいに横に振って否定した。そこまで否定することはないと思うんだけど。

「気になるのは分かるよ。昨日は夜遅くまでステファニー殿下の愚痴に付き合わされていたんだろう? その男性がどんなものかと気になるのは当たり前だよ」
「あの、その・・・・・・、はい、気になっていました」

 グロヴレさんの優しいまなざしに耐え切れなくなり、女性は撃沈して素直に認めた。それよりも、ステファニー殿下の愚痴? 俺への不満があったということか? それはそれで問題があるが、別に好きになってもらう必要はないから気にする必要はないか。

「テンリュウジくんのことは後で俺が話すから、今は作戦に集中してくれ」
「はい、すみません」
「ううん、良いんだ。俺も話を国王やラフォンから聞かなければ気になって仕方がなかったからね」

 グロヴレさんの言葉で、女性たちは俺の方から目を離してくれた。身体に穴が開きそうなくらいに視線を浴びていたから、ようやく解放されて良かった。そうして、ようやく本題へと進むことができた。

「テンリュウジくんのために最初から説明しておくと、何かと問題を起こし、国に害しか与えないカスペールをいつ処理しようかと思っていたところで、テンリュウジくんが騎士王決定戦で頑張ってくれたことで尻尾を掴むことができた。本当にテンリュウジくんには感謝しっぱなしだよ」

 ・・・・・・今の言葉と声音だけでグロヴレさんのことを理解した。グロヴレさんの仕事は、おそらく国で害になるものを排除する仕事だ。カスペールをいつ処理のくだりで、グロヴレさんの声音は一層低くなっていた、寒気を感じさせるくらいに。あんな爽やかそうな顔をして、国のために自身を汚している。まさに騎士の鏡と言えるだろう。

「テンリュウジくんを排除しようと、ミッシェル・ユルティスとカスペールの二人が策を出していたようだけど、それをテンリュウジくんがことごとく打ち砕き、すべての策が失敗に終わった。終わったのだけど、失敗するにつれて焦りを見せたカスペールの方がボロを出し始めてね、簡単にこの国に損害を与える情報を手に入れることができたよ。それこそ、ユルティスが擁護できないほどの情報をね」

 俺が大公の手先をぶっ飛ばしている間にそんなことが起きていたのか。俺はそんなことを意図していなかったから、俺が手伝ったという感覚はない。と言うか、大公が擁護できない情報ってどんな情報だよ。

「テンリュウジくん、知りたいって顔をしているね?」
「まぁ、気になりはしますが、そんなに知りたいとは思いません。クソ野郎のことを知るだけ無駄なので」
「そうだね、知るだけ無駄だね。まぁ、この作戦に参加してくれている以上、少しだけは情報を言っておくよ。アンジェ王国の機密情報を他国に売り渡していたり、他国に武器を密輸していたりなど、この国を滅ぼすのかと思うくらいのことをしていた。あとは非人道的な行いをたくさんしていたよ」

 国を機密情報を売っていたのか? あいつ。ていうか、それを大公は知っていただろうが、それでも何も言わなかったんだな。大公もこの国がどうなっても良いのか?

「話を戻すけど、今回の作戦ではカスペール家を物理的に完膚なきまでに崩壊させる。あそこはすでに人間が住んで良いような場所ではないし、今後必要のない場所だ。必要な情報やものを回収したのち、すべてを破壊する」

 あぁ、良かった。カスペールを逮捕するみたいなだけだったら意味がない。あいつのすべてを奪わなければ意味がないんだ。俺の逆鱗に触れたということは、そういうことだ。今まですべてを奪われてきた男が、力を得ればすべてを奪われないようにするのは当たり前のことだ。

「そして、肝心のカスペールについてだけど、これについては君が処理するんだ、テンリュウジくん」
「自分が、ですか?」
「そうだ。これは君にカスペールを処理させるために作り上げた作戦だ。どうする? 俺が引き受けようか?」

 まさか、誰がそんな役を他に譲るか。絶好の機会をみすみす逃がすわけがない。本当に俺がカスペールを処理していいとは思わなかった。

「自分が絶対にやります。他の誰にも譲りません」
「そうか、それは良かったよ。今回の君の役割は、カスペールを処理すること。他に何も考えずにカスペールの元に走り抜けるんだよ」
「はい、分かりました」

 こうして、カスペール家襲撃作戦は着々と準備され、襲撃する夜までこの作戦室で待機することとなった。作戦の確認は案外早く終わったため、カスペール家を監視しながらラフォンさんと何気ない会話を楽しむのであった。



 時刻は真夜中となり、郊外であるから人が少ないのに、夜になると誰も物音一つ立てていない無音状態になっている。そんな中で、俺たちはシャロン家ほどではないが、そこそこ大きいカスペール家がすぐ近くに見える場所まで来ていた。カスペール家から、何も音が出ていないから寝静まっているのだろう。

「作戦の最終確認だ。俺が合図したと共に、テンリュウジくんがカスペール家に突っ込み、あとから俺たちが突入する。テンリュウジくんは罠や兵士がいようとも、気にせずにカスペールの元まで止まることまで進むんだ」
「はい」
「残った俺たちはテンリュウジくんの後に続き、各自で兵士を処理していく。必要な情報やものはすべてを戦闘不能にした後に回収する。良いね?」

 グロヴレさんの言葉にラフォンさんを除く全員が頷いた。この作戦で、一先ずはブリジットを安心させることができる。それだけで俺はどんなことでもやってのける。

「テンリュウジくん。カスペールの元へと行く際には、気持ち悪いものがあると思うけれど、すべてを無視してカスペールだけを狙うんだ。それがそのものたちへの救いにもなるだろうからね」
「・・・・・・分かりました」

 俺は大きく深呼吸をし、体調を整える。昨日は騎士王決定戦で深紅のドラゴンが襲ってきたと言うのに、身体の方はまだまだいけるくらいに元気だ。最高に調子がいい。・・・・・・今のカスペールの気配も把握して、カスペール家の間取りも頭に入っている。あいつの元に何も見向きもせずに向かう。それが俺の仕事だ。

「よし、テンリュウジくんが好きな時に、こちらに合図して行くんだ」
「・・・・・・行きます!」

 グロヴレさんがそう言った少し後に、俺は後ろの人たちに合図をしてカスペール家の正面扉をクラウ・ソラスで切り裂いて突入した。それに続いてグロヴレさんとラフォンさん、そして女性四人がカスペールに乗り込んでくる。

「し、侵入者だ!」

 入り口近くに警備していた兵士が侵入してきたことを周りに知らせるために大声を上げ、俺の行き道に立ち塞がって剣を向けてきた。俺の役目は兵士などを無視してカスペールの元に向かうことだが、立ち塞がるのならわけが違ってくる。俺はカスペールの元へと向かう最短ルートを通りながら、ぶつかりそうになる兵士をクラウ・ソラスで身体を真っ二つにした。

 血が飛び出てくる前に兵士をクラウ・ソラスで横へと飛ばして先に進む。次々と兵士が出てくるが、俺はそれらを無視してカスペールがいる場所に進んでいく。カスペールがいる場所は、間取りを見てこの屋敷の地下だと分かっている。

 全ての兵士を避けながら地下への入り口がある、カスペール家当主の部屋へとたどり着いた。部屋の扉を壊して中へと入ると、そこには誰もいなかった。当たり前か、気配もなかった。一見すると、この部屋には地下への道がないと思うが、間取りを知っているから地下への道は把握している。

 大きな本棚が二つ並んでいるところに俺は立ち、その本棚を切り裂いて本棚をその場からどかした。すると本棚の後ろに下に続いている階段が出てきた。本棚に細工していて、何かを動かせば動く仕組みだったのだろうが、ここを壊すのなら壊そうが壊さまいが関係ない。

 俺はその階段をすぐに駆け下りていく。グロヴレさんが俺にカスペールの元に一直線に行けと言うのは、あいつを逃がさないためだろう。あいつが上の騒ぎに気が付いて逃げるかもしれない。だが、カスペールの動きは未だにない。

 松明の明かりだけで足元を照らしている階段を下り切ると、扉が一つあった。しかし、その扉越しからでもわかるひどい悪臭が俺の鼻に襲ってきた。思わず顔をしかめてしまうが、この悪臭は間違いなく人間が死んでいる臭いだ。それに加えて、男の体液の臭いも混ざっている。

 そんな場所に迷わず扉を切り裂いて突入した。突入した場所では、その臭い通りの光景が広がっていた。部屋の隅では、女性たちが四肢をもがれていたり、はらわたを引きずり出されていたり、首をギロチンで斬り落とされていたりと、無残な姿で死体としてそこにいた。

 それをやってあろう張本人は、台の上で全裸になっていて、その正面には服を引きちぎられて涙を流している紺色の短髪の女性と今にもことを及ぼそうとしているのであった。カスペールは俺の方を見て驚愕の表情を浮かべていて、涙を流している女性は目に光を宿した。

「き、貴様ッ! ここに入ってくるとは何事だ!」
「た、助けてッ!」

 カスペールは憤怒の表情を浮かべており、女性は俺に助けを求めてきた。しかし、・・・・・・こいつは、本当に女性を人とも思っていないようだな。こいつは自分が何でもしていいと思っていて、それを神さまが許してくれると思っているのか?

 とりあえず、襲われている女性から引き離さないといけない。そう思ってカスペールを死なない程度に蹴って地面にたたき落とした。そしてクラウ・ソラスをカスペールに突き付けてこいつを見下ろす。

「ひぃっ! た、助けてくれ!」
「・・・・・・一つ、聞く」

 俺は今にも殺してしまいそうな感情を押し留めて、カスペールに質問する。質問しても何も変わらないが、どうしても分からないことが一つあった。

「大公がお前をかばう理由は何だ?」
「・・・・・・そ、それは」
「言えないのか? まぁ、それならそれでいい。今すぐに殺すだけだ」
「ま、待ってくれ! 話す! ワシがミッシェル・ユルティスの弟だからだ!」

 ほぉ、それは驚いた。まさかあいつの弟だったのか。だからこいつが何をしてもかばい続けていたのか。よく弟に愛想を尽かさなかった。それほどにこいつのことが大事だったのか?

「そうか。じゃあ、死ね」
「は、話したではないか!」
「話したら殺さないとは一言も言っていない。少しだけ命が長くなっただけだ。俺は最初からお前や大公を殺すつもりなんだから、いくら泣き叫んでも無駄だぞ?」

 俺は一つの疑問を解消できたことで、クラウ・ソラスを振り上げた。それを見たカスペールは、またしても漏らしながら俺に吠え付いた。

「わ、ワシは神に選ばれた男だ! その男が無意味な人間たちで遊んで何が悪い! ワシの役に立っているのだから喜ばしいことだろう! それも分からずにワシを殺すなど愚の骨頂――」
「お前が何と言おうと、俺の逆鱗に触れた。お前は俺の大切なものに汚い手で触れようとしたのだから、その報いは受けてもらう。それに、今まで好き勝手生きてきたのだから、そのツケは払わないとな?」

 まだ何かを言っているカスペールの頭の上から股間に向けてクラウ・ソラスを振り切った。
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