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騎士と忠義

054:騎士と決意。

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 国王の言葉でこの場は解散となる形となり、俺はすぐにルネさまに落ち着かされているフローラさまの元へと向かった。

「フローラさまッ! 大丈夫ですか⁉」
「あ、アユム? ・・・・・・ごめんなさい。少し、大丈夫じゃないかもしれない」

 顔色を悪くしているフローラさまを見て、俺はひどく自身が無力なことを後悔した。自分に力があれば、フローラさまにこんな思いをさせていなかった。手から血があふれ出ているルネさまにも迷惑をかけることがなかった。情けない。

「・・・・・・すみません、自分のせいで」
「アユムくん、あなたが謝ってはダメよ」

 俺が自分の情けなさでフローラさまに謝ったところ、ルネさまに強い口調で否定された。驚いてルネさまの方を見ると、今までに見たこともない血相をして唇をかみしめ、血を唇から出していた。その言葉の理由は、すぐに分かった。俺は謝るのではなく、行動で示せと、そう言うことなのだろう。

「はい、分かりました。・・・・・・今は、お部屋に戻りましょう」
「うん、そうしよう」

 俺がフローラさまを支えながら、三人でこの場を離れていく。こんな負け犬のような形で逃げていくことは屈辱的だ。こんなことをしたのは、すべて大公やカスペール伯爵のおかげだ。きちんとお返しはしないとな。

「命拾いしたな。せいぜい、死ぬまでの時間をかみしめて生きると良い。あぁ、だが、嘘を言っているかもしれない愚か者だから、逃げるかもしれないな。ちゃんと監視させていないといけないな。醜く生にしがみつく姿を晒すと良い」

 後方にいた大公がそんなくだらない言葉を俺に向かって放ってくる。ふぅ、ここは我慢の時だ。今は我慢に我慢を重ね、最後にすべてを解放する。こいつが後悔するくらい、いや、こいつらが死にたくなるくらいに。絶望するくらいに。世界に影響? 知ったことか。

「逃げも隠れもしないので、安心してください。騎士王決定戦には必ず参加し、自分の力を示して見せるので」

 我慢の時であるから、ここで無視するのではなく俺は大公の方を振り返り、可もなく不可もない受けごたえをした。その態度に驚いた大公であったが、すぐに素の表情に戻した。

「そうか。それは安心だ。騎士王決定戦で死なないようにあがくと良い」
「はい、頑張ります。それでは失礼します」

 最後に大公に軽く頭を下げ、俺たちは謁見の間から退室する。その際に、いい顔をしているグロヴレさんと申し訳なさそうな顔をしているラフォンさんもついてきた。謁見の間を出て、階段を降りたところでグロヴレさんから話しかけられた。

「よく我慢したね、テンリュウジくん。それについては称賛するよ」
「・・・・・・別に、ただ我慢しただけです。何もできなかった事実は変わりません」
「それは違うよ。君は俺の言いつけ通りにあの場で誰よりも自身を抑え込み、耐え抜いて見せた。それは誰にも真似できることではない。だからこそ、俺は君の我慢に誠意を見せなければならない」
「誠意、ですか?」
「そう。君が今一番やりたいことを実現させて見せる。これが俺にできる最大限の誠意だ」

 俺が一番やりたいことと言えば、あの大公や伯爵、笑った奴らを殺すことだ。今はそれのことしか頭にない。復讐がどうのとか元の世界でドラマで言っていた言葉を思い出したが、結局はこちらが我慢する方が間違っているし、その怨念は一生消えることはない。

「君が思っていることで間違いないよ。そうだね、『騎士王決定戦』が終わるころにはすべての幕を引ける準備をしておくから、君は君の『騎士王決定戦』をしておくと良い。それが君のためにもなるし、俺としても動きやすいからね」

 グロヴレさんはそう言うと、その場から去って行った。結局、グロヴレさんはこちらの味方をしてくれているのだろうか、良く分からない。グロヴレさんとはあまり接したことがないから、信用していいのか分からないが、信用するしかないだろう。

「グロヴレのことなら安心すると良い。あいつは忠義をかけているんだ、それを捨てるほどあいつは腐っていない。今だけはあいつの言葉を信じろ」

 疑っている時にラフォンさんから信用に足る言葉をもらった。ラフォンさんの言葉なら、今の俺は信じることができる。それに、ラフォンさんに言われなくても俺は信用するつもりで、裏切られたのなら俺はこの国を滅ぼすつもりでいる。この国に未来がないだけだ。

「それよりも、さっきは申し訳ない」
「ど、どうしてラフォンさんが謝るのですか⁉」

 ラフォンさんが俺とフローラさま、ルネさまに向かって頭を下げてきた。俺はラフォンさんの行動に驚いてしまった。どこにラフォンさんの落ち度があったと言うんだ? ラフォンさんは一切悪くない。

「〝ロード・パラディン〟という立場にありながら、弟子であるアユムのことを助けることができず、その場で見届けることしかできなかった。・・・・・・これほど、私が謝る理由はない。力及ばずですまない」
「ラフォンさんが悪いわけではありませんよ。大公や、伯爵が悪いだけです。そんなことを言ってしまえば、この状況を作り出した自分も悪いことになります。ですから、頭を上げてください」
「そう言ってもらえるとありがたいが、これは私の気分の問題でもある。・・・・・・私は、師匠失格だ。弟子の窮地を救ってやることができなかった。アユムに懺悔するつもりはない。だが、グロヴレが何もできなかったときは絶対に私がアユムの代わりにこの国を滅ぼして見せる。だから安心して騎士王決定戦に挑むと良い」
「いえ、ラフォンさんには今までにも助けてもらいました。それに先ほどラフォンさんが自分を止めてくれていなければ、最悪の状況に陥っていたはずです。ラフォンさんがいてくれて本当に良かったと思っています。ですから、師匠失格と言わないでください。自分の最高の師匠はラフォンさんしかいないのですから」

 ふざけたことを言いだすラフォンさんに、俺は素直な気持ちを言葉にする。実際、あの時ラフォンさんが止めてくれていなければ、絶対にあの場で大公を殺していた。それを避けられただけでも良かったと思っている。

 しばらくラフォンさんからの返事がなかったため、ラフォンさんの方を向くと、ラフォンさんはすべての時が止まっているのかと思うくらいに固まっていた。・・・・・・これは、どういう状況なのだろうか? どこに固まる要素があった?

「あの、ラフォンさん?」
「・・・・・・はっ! 私は一体何をしていたんだ。何か幸せな気分を味わっていた気がする」
「何を言っているんですか?」

 どういうことだ? 本当にラフォンさんが何を言っているのか理解できなかった。おそらく何かしらの言葉を受けてショックを受けたのだろうが、どの言葉でショックを受けて記憶が飛んだんだ?

「ちょっと待て。少し思い出す」
「あ、はい」

 ラフォンさんは頭を押さえて、飛んだ記憶を探ろうとしているが、思い出してまた固まってしまうのではないかという不安があるものの、ラフォンさんを見守ることにした。

「最初は、自分の不甲斐なさをアユムに話して・・・・・・そこからアユムに悪くないと言われたが、それでも私の気が収まらなかったが・・・・・・あっ」

 難しそうな顔をしていたラフォンさんであるが、思い出していくにつれてラフォンさんの顔色は段々と良くなってきた。それに応じてまた表情を固まらせているため、俺は固まることを覚悟したが、どうやら二度目はそうならなかったようだ。

「その・・・・・・、何と言えば良いのか。・・・・・・最高の師匠と言ってくれて、私はとても嬉しい。そして、その、・・・・・・わ、私も、アユムのことを最高の弟子で、それ以上とも思っているからな!」
「は、はい。ありがとうございます。自分もラフォンさんに言われて嬉しいです」

 ラフォンさんのいつもの騎士としての勇敢な姿はなく、そわそわとしてどこか落ち着きのない様子で、最後は声を上ずらせながら俺に想いを伝えてくれた。その言動に、俺も調子を少しだけ狂わされて恥ずかしくなりながらもラフォンさんにお礼を伝えた。

 俺とラフォンさんの間には少しの気まずい雰囲気が流れ、俺がどうしたものかとラフォンさんの方を見るとラフォンさんもちょうど俺の方を見て目が合い、すぐに二人が反らした。どう話題を切り出そうかと考えていると、俺の足が踏みつけられているのを感じた。足を踏んでいる方を見ると、顔色を悪くされているフローラさまであった。

「主が、気分を悪くしているのに、他の女を口説き落とそうとしているなんて、良い度胸をしているわね?」

 フローラさまに思いっきり睨みつけられ、ニコニコとしているルネさまにも無言の圧をかけられた。言い訳をするつもりはないが、俺としては弁明の余地があっても良いと思う。俺は本心でラフォンさんに感謝の言葉を言っただけなのだから、それは分かってほしい。

「フローラさま、自分はラフォンさんに正直な気持ちを言っただけです。口説き落とそうなんて一切思っていません」
「ッ! それはなお悪いわよッ! あなたの言葉は正直で良いわ。えぇ、良すぎるわ。正直な気持ちほど心動かされるものはないわよ! だからこそ、あなたはもう少し自身への好感を察するべきよ!」

 え、えぇッ? 褒められているのか? それとも怒られているのか良く分からない。それよりも顔色が良くないフローラさまが、こんなにも怒ったら、さらに身体に悪そうだから、俺は素直に反省することにした。結局俺がどうすればいいのか、もはや分からないけれど。



 フローラさまのお部屋に戻る途中、ラフォンさんは用事があるとのことで俺たちから離れ、俺とフローラさまとルネさまの三人はフローラさまのお部屋にたどり着いた。お部屋にたどり着くくらいには、フローラさまの調子も全快とはいかないものの、戻っているくらいにはなっておられた。

 体調は戻られているが、あの場で冷や汗やらなんやらの汗をかいたフローラさまとルネさまは一度お部屋に戻らないといけない。ルネさまが手を握り締めて血を流された怪我は≪自己犠牲≫で治すことができるが服をどうこうすることはできない。

「戻ったわよ」

 俺がお部屋の扉を開け、フローラさまが先にお部屋に入りながら戻ったことを部屋の中に伝えると、奥から早足でブリジットが出てきて、その後ろからニコレットさんとサラさんが来ていることを確認した。ブリジットはフローラさま、と言うよりかは俺たちの前で土下座せんばかりの勢いで頭を下げてきた。

「申し訳ございませんッ。私が、私がカスペール家に絡まれたせいで、フローラさまとルネさま、そしてアユムに迷惑をかけてしまいました。どうお詫びしていいのか・・・・・・」

 ブリジットの声は震えており、本気でブリジットが申し訳ないと思っているのだろう。だが、それは全くのお門違いな話だ。俺もそれを間違えていたから、何も言えないけどな。

「そんなことをあなたが気にしなくていいわ。ブリジットは悪くないのだから。それよりもお風呂に入りたいわ。準備して頂戴」
「は、はい。かしこまりました」
「ニコレット、私も向かいの部屋のお風呂の用意をお願いしても良い?」
「承知しました」

 ブリジットの言葉を軽くかわしたフローラさまはブリジットにお風呂の用意を命じ、ルネさまもニコレットさんに使用人が使う部屋のお風呂の用意をお願いされた。ブリジットとニコレットさんはすぐにお風呂の用意に取り掛かり、数分した後に準備が終わり、お二人はお風呂にお入りになった。

 その間、俺とニコレットさんは使用人の部屋でルネさまが出てくるのを待っていた。俺が何故こちらにいるのかと言えば、あちらにブリジットがいるからだ。やはり、ブリジットは俺のことを避けてきている気がして。あちらの部屋には居づらかった。

「よく、無事だったな」
「はい、無事でした。最初は拘束されそうになるわ、処刑されそうになりそうでしたが、ラフォンさんの助けや、グロヴレさんや国王の計らいで何とか無事です」
「処刑されそうになってよく無事だったな。それほど、国王がアユムを買っているということなのか?」
「そうだと思います。先のニース王国との戦いが生きてきたみたいです」
「ニース王国との戦いか。あれで評価されない方がどうかしている。で? すべてなかったことにされたわけではないのだろう?」
「はい。大公が自分の実力を信用していなかったため、実力を示すことを目的として騎士王決定戦に出場することを命じられました」
「ニース王国との戦いを示してもなお、アユムを処刑したいほどにアユムが邪魔ならしいな。本当に厄介なやつに目をつけられたものだ」
「最初から潰そうとしていた対象です。向こうからやってくるのなら望むところです」

 それに、グロヴレさんやラフォンさんが裏で何かをしてくれるようだから、俺は心置きなく騎士王決定戦に臨む。だが、しっかりとフローラさまや身内を守らないと、外からの妨害にあうかもしれない。常に、警戒を怠らないようにしなければならない。

「・・・・・・大公から、何か言われたのか?」
「はい? どうしてそう思うのですか?」
「どうしてって、そんなに殺気を駄々漏らせておいて、よくそんなことを言える。丸分かりだ」

 ニコレットさんに指摘され、俺が殺気塗れなことに気が付いた。俺はすぐに殺気を抑え込み、平静を保つように心がける。だが、ついさっきのフローラさまとルネさまへの暴言が頭から離れない。いや、離れさせてはいけない。

「さっさと言え。早くしないとルネさまが出てくる」
「ニコレットさんに隠し事はできないと思っているので、言いますよ」

 過去に言わされたことを思い出したため、俺は時間をかけずに先ほどあったことを事細かくニコレットさんに話した。ニコレットさんは俺が話している時に少し頷くだけで何も言葉を発することはなかった。

「これが、大公に言われたすべてです」
「・・・・・・そうか」

 おそらく、俺が大公の言葉を口に出している時には無意識に殺意が溢れていたと思う。あいつの言葉を思い出すことも、あいつの言葉を口にするのも苦痛なほどに、怒り狂っているのだろう。まだ元の世界で友達に害を与えられた方が怒りに溢れているが、それでも人生で上位に入るくらいの怒りだ。

「それは怒りたくもなる。よく我慢した。私なら殴りかかるくらいのことをしていた。・・・・・・ふぅ、それよりも、フローラさまもそうだが、ルネさまには心身ともにひどく負担をかけてしまっている」
「例の、大公の娘の件ですか?」
「それもあるが、ルネさまはフローラさまの姉だ。姉だからこそ、妹よりもしっかりしていないといけない、妹を守らないといけないと思っておられる。アユムやブリジットがいても、その心配はぬぐえないだろう」

 そうか、フローラさまのことばかりに目を行ってしまっていたが、ルネさまもこの世界で苦労しているお方で、大公の娘から理不尽なイジメを受け、周りからは異物として扱われている。そんな世界で負担がかかっていない方がおかしな話だ。ルネさまもそうだが、ランディさまやランベールさま、エスエルさまたちも心身ともに負担を強いている世界だ。

 お世話になっているからこそ、俺はこの世界を変えたい、そう思った。最初はこの世界がおかしいと思って変える方法がないかと思ったが、そうではない。誰もが平等に暮らせる世界が、俺が望む世界なのだろう。

 容姿が醜いから? 地位が高いだけで偉そうにして良い? 人を簡単に貶めて良い? そんな世界は間違っているだろう。だからこそ、俺はこの世界を変えて見せる。ただそれだけのことだった。

「騎士王決定戦、もちろん勝つんだろう?」
「はい、当たり前です。ここでつまずくようでは、何も変えられませんから」
「ッ! ・・・・・・そうか。そうだな。まぁ、頑張れ」

 俺が決意した目でニコレットさんに伝えるとニコレットさんは俺から視線を外して、なぜか言い淀んでしまった。何か変なことを言っただろうか。

「あぁ、そう言えば、ブリジットに例の件について聞いた」
「例の件、とは、ブリジットの過去のことですか?」
「そうだ。その件だが、ブリジットが『少しの間だけ待ってください。私の口から話します。少しの間だけ待っていてください』だそうだ」

 ブリジットが自ら話すつもりなのか。自分の口から話すということは、それほどに彼女にとっては人生を左右する出来事だったのだろう。ここは気長に待つしかない。それまではたぶんブリジットは口がきけないだろうな。
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