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騎士と主
038:騎士と力の片鱗。
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俺の方から行かなくても、魔物の方から俺のところに来てくれる。だから俺はそれを難なく斬って行く。見たこのあるような少し形を変えた魔物から、見たこともない異形の形の魔物まで多種多様な魔物が俺に襲い掛かってくる。しかし、どれも俺に傷一つ付けることなく殺されていく。ここまで来ると、ただの時間稼ぎにしか思えない。
「≪裂空・絶≫プラス≪一閃・死撃≫」
たまに感じる空間の歪みについては、すぐに≪裂空≫と≪断絶≫の合わせ技を使い消していき、そのすきに攻撃しようとしてくる魔物は滞りなく、一切の動きを必要としない一閃を≪剛力無双≫で強化した即死技である≪一閃・死撃≫で殺していく。
それにしても、キリがないというのはこういうことを言うんだな。倒しても倒してもこいつらが侵攻してくる勢いは衰えることはなく、ますますこちらに侵攻してくる。俺の感知範囲には大量の魔物しか感じ取れない。俺を倒すことはできないし、こちらは時間が来れば援軍が来る。・・・・・・それもあちらも一緒か。だが、ここにいる魔物以上に強い軍勢なんているのか? こいつらが束にかかってきていると、Sランクは軽く超えているぞ。
いや、これだけの量がいるのに、俺が≪一閃≫や≪剛力無双≫、≪神速無双≫の使用を抑えられていることがおかしい。一斉にかかって来れば、すぐに終わっているだろう。なのに、一斉にかかってきていない。相手の目的はなんだ? 何がしたいんだ。
『くくくくくっ、ふはははははっ!』
「・・・・・・何だ?」
突如としてどこからともなく誰かの笑い声がここら一帯に響き渡った。俺はどこから笑い声が聞こえているのか分からないため、魔物を処理しながら耳を研ぎ澄ませる。
『素晴らしいね、君は。僕の人造魔物軍勢を息を一つ切らさずに凌ぎきっているとは、正直君が人間であるかどうかを疑うレベルだよ』
「お前の人造魔物軍勢が弱いだけだ。俺は正真正銘人間だ」
『それは違うね。僕の人造魔物は一体だけで街を滅ぼすことができる。そんな人造魔物が軍勢となっているのだから、弱いわけがない』
「そんなものはお前が思っているだけだ。それよりも誰だよ」
『おっと、名乗り忘れていたね。僕はサムソン・ヴォーブルゴワンと言えば分かるかな? アユム・テンリュウジくん?』
こいつがあの研究部門主任兼戦闘部門隊長の人造魔物を作り出した男。そいつが俺に直接話しかけてくるとはな。直接と言っても、俺に声しか出さないから直接とは言いにくい。こういう手の人間は、俺の戦っている姿をこそこそと観察していたはずだ。
「それで? そんな俺に何か用があるのか?」
『あぁ、あるよ。君の勇者としての力を僕のために使ってくれないかということだよ』
「・・・・・・お前の側につけと言っているのか?」
『そうだよ。君とっては悪い話ではないはずだ。僕に着けば、もれなく僕の右腕となることができる。この世界を支配する僕のね。そもそも君のような力の持ち主が、騎士という宝の持ち腐れのような場所にいることがおかしいんだよ。僕と一緒に世界を取ってみないか?』
世界を支配するとか、魔王か何かかよ。まだ他の種族をおもちゃにしていない魔王の方が良識があるように見える。それに、こいつのような人間の元に着いたところで、俺もそこで力を利用されるだけ。第三者から見てみれば変わらないだろう。俺の答えは最初から決まっている。
「その話、断る」
『・・・・・・どうしてか聞かせてもらっても良いかな?』
「お前、そんなことも分かっていないのに俺を勧誘しようとしていたのか? もっと相手のことを勉強してから勧誘することだな」
『それもそうだったね。君の実力しか見ていなかった僕に非がある。だけど世界を思いのままに動かせるのだよ? その地位に何の文句があるのかな?』
「色々理由があるだろう。その地位に興味がない、もっと地位が欲しい、お前が俺の欲しいものを満たせていない、今の地位で十分とかな。それが分からないようで、勧誘などするんじゃない」
俺は世界の支配なんて興味がない。今の世界がより良くなり、フローラさまやシャロン家の人間、俺の知っている大切な人たちが幸せになればそれでいい。俺の幸せなんて二の次だ。それに加えて、今の俺の一番の幸せは、フローラさまといることだ。フローラさまに拒否されれば、それを変えざるを得ないが、その時に考えればいい。
『・・・・・・そうか、非常に残念だよ。君のような世界で十本の指に入るくらいの実力者が僕の元に来ないとは嘆かわしい。その実力を無駄に散らすことになるとはね』
「俺の実力を十本の指に入れてくれるとは、光栄なことだ。五本の指ではないことは少し不服だが。でも心配するな、俺はここで散る気など毛頭ないのだからな」
『そうだと良いね。生き残れた暁には、もう一度君のことを調べて勧誘することにするよ』
ヴォーブルゴワンがそう言うと、周りから空間の歪みが複数現れ始めた。そしてその空間の歪みから、人間の気配がしてきている。今までのような特殊な魔物の気配ではなく、純度百パーセントの人間の気配がするのだが、どこか普通の人間とは妙な気配が混じっているように感じる。
『彼らは僕が作り出した人間兵器〝テラペウテース〟だよ。彼らには僕の手によって神と同等の力を与えた。彼らに勝てる生き物はいないよ』
神と同等の力を与えた、とか、神になったつもりか。そう思いながら空間の歪みから出てくる人間を注意深く見ながら戦闘態勢を取る。こいつが人造魔物以上の代物なら、どれほどの力を持っているのか想像できない。俺が勝てるかどうかも気配をより詳しく探らないと分からない。
僕の周りの空間の歪みから出てきた人間は、同じ顔と同じ黒の短髪の女性が四人であった。どの人間の顔も生気がないように見えるし、どう見ても完全に操られているとしか思えない。このヴォーブルゴワンという男は、本当に思った通りのクズだな。人間を実験道具としか思っていない。
『じゃあ、君が生き残れることを祈っているよ。さぁ、彼を殺せ、〝テラペウテース〟』
ヴォーブルゴワンの言葉で、一斉に女性四人のテラペウテースと呼ばれる人間が俺に飛びかかってきた。神と同等の力と言うだけあって、速さが桁違いだ。目が追い付けているのに、身体が辛うじてしか追いつけない。四人同時であるから、防いでいるのでやっとだ。
冗談じゃない。≪剛力無双≫と≪神速無双≫を限界の四割で使っているのに、防ぐだけで手いっぱいとかふざけるのも大概にしてほしい。もう五割に引き上げるしかないようだが、それは現状好ましくない。この後に、ニース王国の兵士が来ることになっているのだから、スタミナを温存しておかないとならない。
でも、そんな余裕を考えている場合ではない。ここでこいつらを倒さないと、俺がこいつらに殺されてしまう。そんなことを考えている間に、テラペウテースたちは次第に速度や攻撃力を上げてきている。こいつらの特徴が、単純な速さと攻撃なら良いのだが、大抵そうじゃない。絶対に何かを隠していると思った次の瞬間、テラペウテースの一人が俺の背後に瞬間移動してきた。完全に瞬間移動であったことは明白だ。
避けられないと踏んだ俺は≪強靭無双≫を使い、テラペウテースの攻撃に備える。テラペウテースが俺の背中を、指をピンと伸ばした状態の手で貫こうとしてきた。だが俺の頑丈にするスキルのおかげで貫かれることはなかったが、ひどい痛みが残る。だがあちらの手は指が変な方向に曲がっているから、こちらの優勢になるかと淡い期待を抱いた。ゴブリンキングが≪自己再生≫を使っていたから、神と同等の人間が使えないわけがない。
指は元通りに戻っている。それを機に次々と俺にスキルを使った攻撃を仕掛けてくる。移動系のスキルを使い俺を翻弄する女、全属性の魔法を使って攻撃してくる女、素手での上級の攻撃スキルを使って攻撃してくる女、俺のスキルや身体能力を下げて他の攻撃を通しやすくする女。知性がないのかと思ったが、他と協力して戦ってくるあたり、かなり厳しいものがある。これがバラバラなら簡単に勝てることができただろうが、協力されたらそうはいかない。
・・・・・・少し疲れるからあまり使いたくなかったが、身体能力を上昇させる三つのスキルを暴走させるよりかはまだ良いか。そもそも見栄を張らずに最初からこれを使っていればよかった。奥の手とか言っている場合ではないだろう。
俺は一度体勢を整えるために、一瞬だけ≪剛力無双≫のスキルを全開にしてテラペウテースを牽制するために回転斬りをした。少し女たちに斬れただけで大した攻撃にはならなかっただろうが、回転斬りをしただけでここら一帯の木々が粉々になっている様を見れば警戒したくもなるだろう。女たちは俺の様子をうかがっている。
これは好機だと思い、俺は剣に意識を集中させ、剣に溢れているエネルギーを身体全体で受け止めるイメージを行う。すると、剣から出た淡い光が俺の全身を包み込み始める。そして、スキルを発動させるためのスキル名を口にする。
「≪魔力武装≫ッ」
辺りは俺から発せられた光で照らされ、光が収まると俺の身体には白銀が基調で黒の模様が三割を占めている全身の鎧が装着させられた。右手にはクラウ・ソラス、左手には先ほど出した大きな盾が装備しており、これこそが俺の切り札であり、今のところ負けなしの形態だ。クラウ・ソラスを使っているうちに、覚えることができた意味が分からない鎧だが、俺の身体能力は必要以上に底上げしている。これがこの勇者・騎士の最終形態なのかは、全く分からない。
テラペウテースの一人が、俺の鎧の姿に動じることなく向かってきた。こいつは上級の攻撃スキルを使ってくる女。俺の真正面から上級スキルの内部に攻撃する≪浸撃≫を放ってくるが、俺の生身に一切の衝撃を加えることができない。むしろ女の手が俺の鎧の硬さで複雑骨折している。
俺は女がひるんでいるのを見逃さずに、盾の上方の縁を女の腹に叩きこんでやった。女は抵抗できずにはるか後方に飛ばされて行った。内臓が潰される音がしたから、容易には立てないだろう。そう思いながらも他の女たちに目を向ける。
「残り、三人」
次に移動系のスキルを使う女と全属性の魔法を使ってくる女が攻めてきた。移動系のスキルを使う女は、俺の背後に立ち、攻撃してこようとするが、俺は≪完全掌握≫で俺の背後に移動したことは分かっていたため振り返って、女の胴体を剣でぶった切るつもりで剣を振り下ろした。だが、どれだけ頑丈なのか分からないが、真っ二つになることはなく、地面に叩きつけられただけで済んだ。
まぁ、済んだと言っても、地面にはのめり込み戦闘不能になっている。俺が剣を振り下ろした余波で、剣を振った先まで大地が切り裂かれている。
「あと、二人」
移動系のスキルの女が隙を作っている間に攻撃しようとしてきたであろう全属性の魔法を使う女は、準備は整っているが、俺に魔法を放ってこようとしない。女の顔に汗が流れているのが分かる。無表情であるから感情を失っていると思ったが、そうではないらしい。
だが、あちらが止まっていても俺は進む。一歩で魔法を使うテラペウテースの前まで行き、テラペウテースの横腹に向けて剣を払った。テラペウテースも吹っ飛んで行ったが、斬れることはなかった。本気を出していないとは言え、斬れないとは驚いた。飛ばしたテラペウテースが準備していた魔法が女の支配下から逃れたことで、爆発しようとする。
俺は今にも爆発しようとしているその魔法を利用することにする。俺は爆発の前に盾を出して爆発をそれで受け止める。大きな爆発音が起きたが、盾が爆発を吸収したことにより威力は周りに及ぼさなかった。これは盾専用スキル≪威力吸収≫。吸収があるのだから、放出もある。
次は自分の番だと感じていたのか、構えていた女の前に俺は立った。そして元の威力を上げることができる≪威力放出≫で、威力が増して一点に集中させた爆発を女に当て、女を吹き飛ばした。Sランクの魔物であっても、身体を爆散させているはずであるが本当に丈夫に作られている。
「・・・・・・いないのか?」
自信満々にテラペウテースのことを紹介してきたヴォーブルゴワンがどこかで見ているのかと思ったが、テラペウテースを魔力武装したことであっさりと倒してしまったから、どんなことを言い出すのかと少し気になっていたが、俺が倒されるのを見越していなくなっているのなら、とんだ阿呆と言える。
そう思っていた俺であるが、≪魔力武装≫によりスキルの≪完全把握≫も底上げされているから、少しの空間の歪みに反応することができる。少し遠くのところに極小の空間の歪みを感じた。その空間の歪みは次第に大きくなり、そこからさっき聞いたばかりの声が聞こえてきた。
『まさか、驚いたよ。僕がお茶をすすっている間に、テラペウテースが全滅させられているとは思わなかった。・・・・・・本当に、君は何者なんだ?』
「俺はシャロン家に仕える騎士にして執事、アユム・テンリュウジ。主の剣となり盾となるものだ」
一応決め台詞なるものを用意していたが、人前で言ってみると恥ずかしいものがある。ここで恥ずかしがっても相手に隙を与えてしまうから、堂々としておこう。それに言った言葉は嘘偽りがないものなのだから、恥ずかしくないはずだ。
『・・・・・・君のことを再認識しないといけないようだね。その姿が君の本気と言うわけかな?』
「敵にそんなことを言うと思っているのか? 教えるわけがない」
『それもそうだね。僕の見立てを言えば、君はまだ力を使い切っていないと見た。これからニース王国の兵士と戦わないといけないのだからね』
こいつの言う通り、俺はまだ本気を出していない。本気どころか、まだウォーミングアップにしかなっていない。これから来るニース王国の兵士たちを、一歩もこの先に行かせないために、すべてを殺しつくさないといけない、
「それで? 次は何を俺にぶつけてくるんだ?」
『いいや、君がテラペウテースを戦闘不能にした時点で、僕は君に何もする気も起らないし、君を倒す手段もない。君を勧誘するために調べるか、君を倒すために頑張るかを決めかねているところだよ』
「できることなら、俺に関わらないようにしてほしいものだ」
『それはできない。僕が世界を支配しようとしているのだから、その世界に住んでいる君も巻き込まれていることになる。そして、今の世界を壊そうとするのなら君は絶対に止めにくる。だから君をどうするかを今のうちに考えておくんだよ』
今の世界を壊す、ということが美醜逆転世界を壊すということなら興味があるが、そうではないのだろう。こいつが生きやすい世界にするだけだろう。だから俺はこいつと決定的に敵対する日が来るのだろうな。
『さて、僕はこれで失礼させてもらうよ。君にはまだやることが残っているようだから、せいぜい頑張ると良いよ』
「白々しい。どうせお前が仕組んだことなんだろう?」
『やっぱり知られていたのか。そうだよ、僕がニース王国にアンジェ王国に攻めるように指示したんだよ。これについて、王女は何も知らないから、今頃大慌てだろうね』
冗談半分のつもりで言ったのに、本当だったのか。・・・・・・ここでニース王国の兵士を殺しまくるのは、と思ったが、騙される方が悪い。それに殺さなければあいつらは何も知らないとは言え侵略してくる。殺さなければ、殺される。それだけの話だ。
『僕が作ったテラペウテースを四体も戦闘不能にした君だから、ニース王国の兵士が束になったところで敵わないだろうね。なるべく兵士を殺してね。僕が望んでいるのはそっちの方だから』
そう言い終えるとヴォーブルゴワンの気配は消えた。・・・・・・あいつの目的はニース王国の戦力を減らすことだったのか。だからアンジェ王国に兵士を送り込む真似をしてきたのか。あいつの言いなりになっているようで癪だが、こうしないといけないんだ。
そうこうしている間に、≪完全把握≫で感知しているからニース王国の方から兵士が数多来ているのを感知できた。これがメインディッシュなわけだが、ニース王国の兵士たちの戦闘力を感知しても、何も感じなかった。恐怖も安堵も何もなく、ただ殺すことだけが頭に入っている。良い感じで覚悟が決まっている。きっと、今の俺は人間としての良心を捨てている兵器なのだろう。
「≪裂空・絶≫プラス≪一閃・死撃≫」
たまに感じる空間の歪みについては、すぐに≪裂空≫と≪断絶≫の合わせ技を使い消していき、そのすきに攻撃しようとしてくる魔物は滞りなく、一切の動きを必要としない一閃を≪剛力無双≫で強化した即死技である≪一閃・死撃≫で殺していく。
それにしても、キリがないというのはこういうことを言うんだな。倒しても倒してもこいつらが侵攻してくる勢いは衰えることはなく、ますますこちらに侵攻してくる。俺の感知範囲には大量の魔物しか感じ取れない。俺を倒すことはできないし、こちらは時間が来れば援軍が来る。・・・・・・それもあちらも一緒か。だが、ここにいる魔物以上に強い軍勢なんているのか? こいつらが束にかかってきていると、Sランクは軽く超えているぞ。
いや、これだけの量がいるのに、俺が≪一閃≫や≪剛力無双≫、≪神速無双≫の使用を抑えられていることがおかしい。一斉にかかって来れば、すぐに終わっているだろう。なのに、一斉にかかってきていない。相手の目的はなんだ? 何がしたいんだ。
『くくくくくっ、ふはははははっ!』
「・・・・・・何だ?」
突如としてどこからともなく誰かの笑い声がここら一帯に響き渡った。俺はどこから笑い声が聞こえているのか分からないため、魔物を処理しながら耳を研ぎ澄ませる。
『素晴らしいね、君は。僕の人造魔物軍勢を息を一つ切らさずに凌ぎきっているとは、正直君が人間であるかどうかを疑うレベルだよ』
「お前の人造魔物軍勢が弱いだけだ。俺は正真正銘人間だ」
『それは違うね。僕の人造魔物は一体だけで街を滅ぼすことができる。そんな人造魔物が軍勢となっているのだから、弱いわけがない』
「そんなものはお前が思っているだけだ。それよりも誰だよ」
『おっと、名乗り忘れていたね。僕はサムソン・ヴォーブルゴワンと言えば分かるかな? アユム・テンリュウジくん?』
こいつがあの研究部門主任兼戦闘部門隊長の人造魔物を作り出した男。そいつが俺に直接話しかけてくるとはな。直接と言っても、俺に声しか出さないから直接とは言いにくい。こういう手の人間は、俺の戦っている姿をこそこそと観察していたはずだ。
「それで? そんな俺に何か用があるのか?」
『あぁ、あるよ。君の勇者としての力を僕のために使ってくれないかということだよ』
「・・・・・・お前の側につけと言っているのか?」
『そうだよ。君とっては悪い話ではないはずだ。僕に着けば、もれなく僕の右腕となることができる。この世界を支配する僕のね。そもそも君のような力の持ち主が、騎士という宝の持ち腐れのような場所にいることがおかしいんだよ。僕と一緒に世界を取ってみないか?』
世界を支配するとか、魔王か何かかよ。まだ他の種族をおもちゃにしていない魔王の方が良識があるように見える。それに、こいつのような人間の元に着いたところで、俺もそこで力を利用されるだけ。第三者から見てみれば変わらないだろう。俺の答えは最初から決まっている。
「その話、断る」
『・・・・・・どうしてか聞かせてもらっても良いかな?』
「お前、そんなことも分かっていないのに俺を勧誘しようとしていたのか? もっと相手のことを勉強してから勧誘することだな」
『それもそうだったね。君の実力しか見ていなかった僕に非がある。だけど世界を思いのままに動かせるのだよ? その地位に何の文句があるのかな?』
「色々理由があるだろう。その地位に興味がない、もっと地位が欲しい、お前が俺の欲しいものを満たせていない、今の地位で十分とかな。それが分からないようで、勧誘などするんじゃない」
俺は世界の支配なんて興味がない。今の世界がより良くなり、フローラさまやシャロン家の人間、俺の知っている大切な人たちが幸せになればそれでいい。俺の幸せなんて二の次だ。それに加えて、今の俺の一番の幸せは、フローラさまといることだ。フローラさまに拒否されれば、それを変えざるを得ないが、その時に考えればいい。
『・・・・・・そうか、非常に残念だよ。君のような世界で十本の指に入るくらいの実力者が僕の元に来ないとは嘆かわしい。その実力を無駄に散らすことになるとはね』
「俺の実力を十本の指に入れてくれるとは、光栄なことだ。五本の指ではないことは少し不服だが。でも心配するな、俺はここで散る気など毛頭ないのだからな」
『そうだと良いね。生き残れた暁には、もう一度君のことを調べて勧誘することにするよ』
ヴォーブルゴワンがそう言うと、周りから空間の歪みが複数現れ始めた。そしてその空間の歪みから、人間の気配がしてきている。今までのような特殊な魔物の気配ではなく、純度百パーセントの人間の気配がするのだが、どこか普通の人間とは妙な気配が混じっているように感じる。
『彼らは僕が作り出した人間兵器〝テラペウテース〟だよ。彼らには僕の手によって神と同等の力を与えた。彼らに勝てる生き物はいないよ』
神と同等の力を与えた、とか、神になったつもりか。そう思いながら空間の歪みから出てくる人間を注意深く見ながら戦闘態勢を取る。こいつが人造魔物以上の代物なら、どれほどの力を持っているのか想像できない。俺が勝てるかどうかも気配をより詳しく探らないと分からない。
僕の周りの空間の歪みから出てきた人間は、同じ顔と同じ黒の短髪の女性が四人であった。どの人間の顔も生気がないように見えるし、どう見ても完全に操られているとしか思えない。このヴォーブルゴワンという男は、本当に思った通りのクズだな。人間を実験道具としか思っていない。
『じゃあ、君が生き残れることを祈っているよ。さぁ、彼を殺せ、〝テラペウテース〟』
ヴォーブルゴワンの言葉で、一斉に女性四人のテラペウテースと呼ばれる人間が俺に飛びかかってきた。神と同等の力と言うだけあって、速さが桁違いだ。目が追い付けているのに、身体が辛うじてしか追いつけない。四人同時であるから、防いでいるのでやっとだ。
冗談じゃない。≪剛力無双≫と≪神速無双≫を限界の四割で使っているのに、防ぐだけで手いっぱいとかふざけるのも大概にしてほしい。もう五割に引き上げるしかないようだが、それは現状好ましくない。この後に、ニース王国の兵士が来ることになっているのだから、スタミナを温存しておかないとならない。
でも、そんな余裕を考えている場合ではない。ここでこいつらを倒さないと、俺がこいつらに殺されてしまう。そんなことを考えている間に、テラペウテースたちは次第に速度や攻撃力を上げてきている。こいつらの特徴が、単純な速さと攻撃なら良いのだが、大抵そうじゃない。絶対に何かを隠していると思った次の瞬間、テラペウテースの一人が俺の背後に瞬間移動してきた。完全に瞬間移動であったことは明白だ。
避けられないと踏んだ俺は≪強靭無双≫を使い、テラペウテースの攻撃に備える。テラペウテースが俺の背中を、指をピンと伸ばした状態の手で貫こうとしてきた。だが俺の頑丈にするスキルのおかげで貫かれることはなかったが、ひどい痛みが残る。だがあちらの手は指が変な方向に曲がっているから、こちらの優勢になるかと淡い期待を抱いた。ゴブリンキングが≪自己再生≫を使っていたから、神と同等の人間が使えないわけがない。
指は元通りに戻っている。それを機に次々と俺にスキルを使った攻撃を仕掛けてくる。移動系のスキルを使い俺を翻弄する女、全属性の魔法を使って攻撃してくる女、素手での上級の攻撃スキルを使って攻撃してくる女、俺のスキルや身体能力を下げて他の攻撃を通しやすくする女。知性がないのかと思ったが、他と協力して戦ってくるあたり、かなり厳しいものがある。これがバラバラなら簡単に勝てることができただろうが、協力されたらそうはいかない。
・・・・・・少し疲れるからあまり使いたくなかったが、身体能力を上昇させる三つのスキルを暴走させるよりかはまだ良いか。そもそも見栄を張らずに最初からこれを使っていればよかった。奥の手とか言っている場合ではないだろう。
俺は一度体勢を整えるために、一瞬だけ≪剛力無双≫のスキルを全開にしてテラペウテースを牽制するために回転斬りをした。少し女たちに斬れただけで大した攻撃にはならなかっただろうが、回転斬りをしただけでここら一帯の木々が粉々になっている様を見れば警戒したくもなるだろう。女たちは俺の様子をうかがっている。
これは好機だと思い、俺は剣に意識を集中させ、剣に溢れているエネルギーを身体全体で受け止めるイメージを行う。すると、剣から出た淡い光が俺の全身を包み込み始める。そして、スキルを発動させるためのスキル名を口にする。
「≪魔力武装≫ッ」
辺りは俺から発せられた光で照らされ、光が収まると俺の身体には白銀が基調で黒の模様が三割を占めている全身の鎧が装着させられた。右手にはクラウ・ソラス、左手には先ほど出した大きな盾が装備しており、これこそが俺の切り札であり、今のところ負けなしの形態だ。クラウ・ソラスを使っているうちに、覚えることができた意味が分からない鎧だが、俺の身体能力は必要以上に底上げしている。これがこの勇者・騎士の最終形態なのかは、全く分からない。
テラペウテースの一人が、俺の鎧の姿に動じることなく向かってきた。こいつは上級の攻撃スキルを使ってくる女。俺の真正面から上級スキルの内部に攻撃する≪浸撃≫を放ってくるが、俺の生身に一切の衝撃を加えることができない。むしろ女の手が俺の鎧の硬さで複雑骨折している。
俺は女がひるんでいるのを見逃さずに、盾の上方の縁を女の腹に叩きこんでやった。女は抵抗できずにはるか後方に飛ばされて行った。内臓が潰される音がしたから、容易には立てないだろう。そう思いながらも他の女たちに目を向ける。
「残り、三人」
次に移動系のスキルを使う女と全属性の魔法を使ってくる女が攻めてきた。移動系のスキルを使う女は、俺の背後に立ち、攻撃してこようとするが、俺は≪完全掌握≫で俺の背後に移動したことは分かっていたため振り返って、女の胴体を剣でぶった切るつもりで剣を振り下ろした。だが、どれだけ頑丈なのか分からないが、真っ二つになることはなく、地面に叩きつけられただけで済んだ。
まぁ、済んだと言っても、地面にはのめり込み戦闘不能になっている。俺が剣を振り下ろした余波で、剣を振った先まで大地が切り裂かれている。
「あと、二人」
移動系のスキルの女が隙を作っている間に攻撃しようとしてきたであろう全属性の魔法を使う女は、準備は整っているが、俺に魔法を放ってこようとしない。女の顔に汗が流れているのが分かる。無表情であるから感情を失っていると思ったが、そうではないらしい。
だが、あちらが止まっていても俺は進む。一歩で魔法を使うテラペウテースの前まで行き、テラペウテースの横腹に向けて剣を払った。テラペウテースも吹っ飛んで行ったが、斬れることはなかった。本気を出していないとは言え、斬れないとは驚いた。飛ばしたテラペウテースが準備していた魔法が女の支配下から逃れたことで、爆発しようとする。
俺は今にも爆発しようとしているその魔法を利用することにする。俺は爆発の前に盾を出して爆発をそれで受け止める。大きな爆発音が起きたが、盾が爆発を吸収したことにより威力は周りに及ぼさなかった。これは盾専用スキル≪威力吸収≫。吸収があるのだから、放出もある。
次は自分の番だと感じていたのか、構えていた女の前に俺は立った。そして元の威力を上げることができる≪威力放出≫で、威力が増して一点に集中させた爆発を女に当て、女を吹き飛ばした。Sランクの魔物であっても、身体を爆散させているはずであるが本当に丈夫に作られている。
「・・・・・・いないのか?」
自信満々にテラペウテースのことを紹介してきたヴォーブルゴワンがどこかで見ているのかと思ったが、テラペウテースを魔力武装したことであっさりと倒してしまったから、どんなことを言い出すのかと少し気になっていたが、俺が倒されるのを見越していなくなっているのなら、とんだ阿呆と言える。
そう思っていた俺であるが、≪魔力武装≫によりスキルの≪完全把握≫も底上げされているから、少しの空間の歪みに反応することができる。少し遠くのところに極小の空間の歪みを感じた。その空間の歪みは次第に大きくなり、そこからさっき聞いたばかりの声が聞こえてきた。
『まさか、驚いたよ。僕がお茶をすすっている間に、テラペウテースが全滅させられているとは思わなかった。・・・・・・本当に、君は何者なんだ?』
「俺はシャロン家に仕える騎士にして執事、アユム・テンリュウジ。主の剣となり盾となるものだ」
一応決め台詞なるものを用意していたが、人前で言ってみると恥ずかしいものがある。ここで恥ずかしがっても相手に隙を与えてしまうから、堂々としておこう。それに言った言葉は嘘偽りがないものなのだから、恥ずかしくないはずだ。
『・・・・・・君のことを再認識しないといけないようだね。その姿が君の本気と言うわけかな?』
「敵にそんなことを言うと思っているのか? 教えるわけがない」
『それもそうだね。僕の見立てを言えば、君はまだ力を使い切っていないと見た。これからニース王国の兵士と戦わないといけないのだからね』
こいつの言う通り、俺はまだ本気を出していない。本気どころか、まだウォーミングアップにしかなっていない。これから来るニース王国の兵士たちを、一歩もこの先に行かせないために、すべてを殺しつくさないといけない、
「それで? 次は何を俺にぶつけてくるんだ?」
『いいや、君がテラペウテースを戦闘不能にした時点で、僕は君に何もする気も起らないし、君を倒す手段もない。君を勧誘するために調べるか、君を倒すために頑張るかを決めかねているところだよ』
「できることなら、俺に関わらないようにしてほしいものだ」
『それはできない。僕が世界を支配しようとしているのだから、その世界に住んでいる君も巻き込まれていることになる。そして、今の世界を壊そうとするのなら君は絶対に止めにくる。だから君をどうするかを今のうちに考えておくんだよ』
今の世界を壊す、ということが美醜逆転世界を壊すということなら興味があるが、そうではないのだろう。こいつが生きやすい世界にするだけだろう。だから俺はこいつと決定的に敵対する日が来るのだろうな。
『さて、僕はこれで失礼させてもらうよ。君にはまだやることが残っているようだから、せいぜい頑張ると良いよ』
「白々しい。どうせお前が仕組んだことなんだろう?」
『やっぱり知られていたのか。そうだよ、僕がニース王国にアンジェ王国に攻めるように指示したんだよ。これについて、王女は何も知らないから、今頃大慌てだろうね』
冗談半分のつもりで言ったのに、本当だったのか。・・・・・・ここでニース王国の兵士を殺しまくるのは、と思ったが、騙される方が悪い。それに殺さなければあいつらは何も知らないとは言え侵略してくる。殺さなければ、殺される。それだけの話だ。
『僕が作ったテラペウテースを四体も戦闘不能にした君だから、ニース王国の兵士が束になったところで敵わないだろうね。なるべく兵士を殺してね。僕が望んでいるのはそっちの方だから』
そう言い終えるとヴォーブルゴワンの気配は消えた。・・・・・・あいつの目的はニース王国の戦力を減らすことだったのか。だからアンジェ王国に兵士を送り込む真似をしてきたのか。あいつの言いなりになっているようで癪だが、こうしないといけないんだ。
そうこうしている間に、≪完全把握≫で感知しているからニース王国の方から兵士が数多来ているのを感知できた。これがメインディッシュなわけだが、ニース王国の兵士たちの戦闘力を感知しても、何も感じなかった。恐怖も安堵も何もなく、ただ殺すことだけが頭に入っている。良い感じで覚悟が決まっている。きっと、今の俺は人間としての良心を捨てている兵器なのだろう。
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生まれで人生の大半が決まる世界、そんな中世封建社会で偶然が重なり違う階層で生きることになった主人公、その世界には魔法もなく幻獣もおらず、病気やケガで人は簡単に死ぬ。現実の中世ヨーロッパに似た世界を舞台にしたファンタジー。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~
やみのよからす
ファンタジー
病院で病死したはずの月島玲子二十五歳大学研究職。目を覚ますと、そこに広がるは広大な森林原野、後ろに控えるは赤いドラゴン(ニヤニヤ)、そんな自分は十歳の体に(材料が足りませんでした?!)。
時は、自分が死んでからなんと三千万年。舞台は太陽系から離れて二百二十五光年の一惑星。新しく作られた超科学なミラクルボディーに生前の記憶を再生され、地球で言うところの中世後半くらいの王国で生きていくことになりました。
べつに、言ってはいけないこと、やってはいけないことは決まっていません。ドラゴンからは、好きに生きて良いよとお墨付き。実現するのは、はたは理想の社会かデストピアか?。
月島玲子、自重はしません!。…とは思いつつ、小市民な私では、そんな世界でも暮らしていく内に周囲にいろいろ絆されていくわけで。スーパー玲子の明日はどっちだ?
カクヨムにて一週間ほど先行投稿しています。
書き溜めは100話越えてます…
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
プラス的 異世界の過ごし方
seo
ファンタジー
日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。
呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。
乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。
#不定期更新 #物語の進み具合のんびり
#カクヨムさんでも掲載しています
クラス転移で神様に?
空見 大
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空想の中で自由を謳歌していた少年、晴人は、ある日突然現実と夢の境界を越えたような事態に巻き込まれる。
目覚めると彼は真っ白な空間にいた。
動揺するクラスメイト達、状況を掴めない彼の前に現れたのは「神」を名乗る怪しげな存在。彼はいままさにこのクラス全員が異世界へと送り込まれていると告げる。
神は異世界で生き抜く力を身に付けるため、自分に合った能力を自らの手で選び取れと告げる。クラスメイトが興奮と恐怖の狭間で動き出す中、自分の能力欄に違和感を覚えた晴人は手が進むままに動かすと他の者にはない力が自分の能力獲得欄にある事に気がついた。
龍神、邪神、魔神、妖精神、鍛治神、盗神。
六つの神の称号を手に入れ有頂天になる晴人だったが、クラスメイト達が続々と異世界に向かう中ただ一人取り残される。
神と二人っきりでなんとも言えない感覚を味わっていると、突如として鳴り響いた警告音と共に異世界に転生するという不穏な言葉を耳にする。
気が付けばクラスメイト達が転移してくる10年前の世界に転生した彼は、名前をエルピスに変え異世界で生きていくことになる──これは、夢見る少年が家族と運命の為に戦う物語。
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