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騎士と主
028:騎士と思い。
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今まさに、ニコレットさんの考えていることが分かっていないが、俺は意を決してニコレットさんに俺のすべてを話すことにした。話して納得しもらおうという魂胆だが、ニコレットさんが納得するとは思えない。
「話します、すべて」
「あぁ、話せ。私は、お前のすべてが知りたいんだ」
少し自分の過去を人に話すのは気恥ずかしい気がするが、今はこの状況を打破するために仕方がないことだ。さて、まずは俺が異世界人であることから話す必要があるな。
「まず、自分はこの世界の人間ではありません」
「・・・・・・何を言っている?」
ニコレットさんの反応は最もだ。ランベールさまの時もそうだったが、最初にそんな話をされたら何を言っているんだこいつになる。
「だから、自分はこの世界の人間ではなく、異世界から来た異世界人なのです」
「それはさっき聞いた。私を馬鹿にしているのか?」
「そんなつもりはありません。事実です、自分が異世界人であることは。そもそもこの事実を受け止めなければ、次の話に進めません」
「・・・・・・じゃあ、異世界人である証明はできるのか?」
やはりそうなるか。俺も元の世界で異世界人だと言われても信じられないから証拠を要求する。あっちの世界だと魔法を見せれば終わるが、こっちの世界ではそれが難しい。ランベールさまは、特殊技能があったから俺の説明を組み合わせて信用してくれた。・・・・・・一応、ランベールさまにやった方法でするか。
「ニコレットさんは、美人です」
「・・・・・・いきなり何を言ってくる。誤魔化そうとしても無駄だぞ。そんな心にもない言葉を言うくらいならもっとマシな言葉を並べたらどうだ?」
「心にもない言葉ではありません。本当にニコレットさんは美しい女性だと思っていますし、ルネさまやフローラさまにランディさま、エスエルさまやスアレム全員を美女だと思っています。この言葉に嘘偽りはありません」
俺が真っすぐにニコレットさんの目を見て言うと、ニコレットさんは俺の目をじっと見てため息を一つついた。呆れられたのだろうか。
「あぁ、分かった。その目は嘘をついていない。確かに私たちを美女だと思っているような奴の目だ。しかし、それがどうした? 異世界人であることと何か関係があるのか?」
「はい、あります。元の世界では、ニコレットさんたちが美女と呼ばれる部類の人たちでした」
「私がか? 親にも醜いと呼ばれたこの顔がか?」
「醜くありませんよ。自分から見れば、ニコレットさんは絶世の美女に見えます。自分の世界では、ニコレットさんなどの人が美女と呼ばれ、こちらで美女と呼ばれている女性たちが不細工と呼ばれています。この世界と、自分の世界では美醜逆転されているのです」
ニコレットさんは信じられないという顔をしている。だけど、これが事実だ。元の世界にいた俺としては本当に嘆かわしい世界だと思っている。不細工だけなら良いが、不細工で我が物顔でいることが許せない。我が物顔については、不細工だろうと美人だろうと腹が立つがな。
「こ、こんな、顔が・・・・・・? アユムがそういう風な目で見ていることは分かっていたが、まさか本当に美人と思っていたとは、思わなかった」
「こんな顔じゃないですよ。本当に美しい顔です」
信じられないという表情をしているニコレットさんに、俺の両手でニコレットさんの頬をそっと触れる。頬は暖かく、ニコレットさんの顔は真っ赤になっているのが分かる。
「こんなにも輪郭も整っていて、綺麗な瞳に綺麗な髪、そして綺麗な肌をしているのに、美人じゃないのなら、この世界に自分の知る美人はいませんよ」
俺はニコレットさんのことを美人だと褒め続ける。こうでもしないと、ニコレットさんたち美人な女性は俺が美人だと言っていることを信じてくれないだろう。親でもわが子を卑下する世界なのだから、世界の秩序が保たれていない。
「わ、分かった。アユムが私を美人だと思っていて、異世界人だということを信じるから、その手を離せ!」
ニコレットさんは真っ赤になった顔で俺の手を払いのけて、ニコレットさんの方から身体を離してくれた。この世界の美人さんは褒められることに慣れていないから、すぐにこういう反応をしてくる。俺はあの幼馴染たちのせいで、女性にはとにかく褒め続けろと言われた。だから、この世界と俺の習性は絶妙にマッチしている。その先には行けないから、結局フローラさまみたいなことになるからアダとなっている。
「それなら良かったです。これで次の話に行けます」
「全く。・・・・・・私を辱めて何が楽しいんだ。そういうことは私ではなくルネさまやフローラさまにしろ」
「辱めていませんよ。正直に言ったのですよ」
「それが辱めていると言っているんだ! 正直に言っているからこそ、余計に悪い」
顔を真っ赤にしてご立腹しているニコレットさんを可愛いと思いながら、俺はようやく本題へと入る。俺が異世界人だと信じてもらうのは、少し時間がかかるな。
「じゃあ、次の話に行きますけど大丈夫ですか? 大丈夫じゃなければ、ここでやめたいのですけど」
「大丈夫だ、勝手にやめようとするな。油断も隙もない」
俺が逃げ出そうとしている気配を察知したのか、再び俺の身体に密着してくる。だが、最初とは違いあまりくっついてこない。密着しているのだが、ぐいぐいとは来ていない。さっきのことが恥ずかしかったのか?
「まず、フローラさまのことは愛しています。それは絶対に変わらないことです。美人であることもありますけど、何より、気高く自分を磨いている姿を見て、好きになった、はずです」
「・・・・・・そんな理由より、断った理由を話せ。こちらが恥ずかしくなってくる」
「そうですね。・・・・・・断った理由は、自分に何もないからです」
「・・・・・・は?」
ニコレットさんは俺の言葉を聞いて呆気に取られている。他に人から聞けば、くだらない理由なのかもしれないが、俺にとってみれば、死活問題だ。
「小さい頃から、何も考えずにただ無駄な時間を過ごしてきました。幼馴染たちと一緒に行動することが多くありましたが、その時も何も考えずただ人任せに行動していました。たぶん、自分には生きる気力や人間に興味がないんだと思います。だから、時間を浪費し、人間を思いやれない。今の騎士という仕事だって、最初は提案されるがままに受け入れ、騎士という仕事になり切っていました」
そう、俺には人としての心の欠片が抜け落ちているのだろう。今は騎士という役になり切っているだけで、本当は何も考えていないただの木偶なのかもしれない。
「でも、フローラさまに一目ぼれして、ニコレットさんやルネさまと触れ合って人を好きになったのだろうと思っていました。・・・・・・でも、昔のことを思い出して、本当に人を好きになっているのだろうと思ってしまうときがあるのです」
昔、俺が幼馴染の一人である三木真彩のことを好きだと思っていた。あちらも俺のことを好きだと思っていた。だけど、俺と幼馴染四人の中に入ってきた稲田亘祐という男が三木を掻っ攫って行った。初めは幼馴染から解放されると思ったと同時に、少しだけ傷つくと思ったが実際のところ俺は何も感じていなかった。この時に気が付いてしまった、三木を好きではなかったのだと。好きと錯覚していたのだと。
「こんな面倒くさく、何も考えておらず、人のことを本気で好きになれないような男と、あんな素晴らしい女性が付き合ってはいけないと思います。だから、フローラさまの告白をお断りさせていただきました」
フローラさまの告白をお断りさせていただいた経緯を伝えた。これ以外にも、この美醜逆転世界でフローラさまみたいな美人と付き合えることもずるい気がするし、俺は元の世界に帰らないといけないからこの世界で未練を残すことはできない。いや残しそうだけど。そんなことで、俺はこの世界で童貞を捨てることもできずに、生きていくのだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁ」
俺の言葉を聞いたニコレットさんは、深い、深い溜息を吐いた。そして、俺を呆れた目で見てきた。別にそんな目で見てこなくても良いと思うのだが。
「正直に言って良いか?」
「あ、はい。むしろニコレットさんが正直に言わなかったことがありましたか?」
「いや、ないな。だからお前の話を聞いた率直な感想を言わせてもらおう。・・・・・・くだらないな」
ニコレットさんからハッキリとそう言われてしまった。俺はハッキリ言われたことで、少しのショックを受けてしまった。俺だって、悩んでいるんだからくだらないとか言わないでほしい。
「人の悩みにくだらないも何もないと思います」
「あぁ、そうだ。人にはそれぞれ悩みがあり、その悩みは本人の受け取り方次第で軽くもなり重くもなる。だが、それを差し引いたとしても、お前の悩みはくだらなすぎる」
「・・・・・・二回も言わないでくださいよ。それよりも、話したのでもう良いですか?」
俺は恥ずかしさが勝ったから、話したからと言ってベットから立ち上がって部屋から出ようとする。だが、俺の視界はどんどんと傾いていき、俺はいつの間にかベットに倒れていた。倒れさせた張本人であるニコレットさんの方を見ようとすると、ニコレットさんは俺の身体にまたがってきた。
「まだ話は終わっていないぞ。そもそも話はこれからだ」
「これ以上何を話しますか? 断った理由を言ったから良いじゃないですか」
「いいや、本題はここからだ。お前にはぜひフローラさまと仲直りしてもらわないと困るからな」
「どうして困るのですか? 自分が強くて、騎士として有能だからですか?」
「自身の評価を正しく行えていることは良いことだ。確かにそれもある。だが、もっと大事な理由が私にある」
「何ですか? その大事な理由は?」
そっぽ向きながら、ニコレットさんに問いかける。ニコレットさんを上からどかせようとすれば、どかせられるが、今はそんな乱暴なことをせずにニコレットさんの回答を待つ。しかし、一向にニコレットさんから答えは出てこなかったため、俺はニコレットさんの方を向く。すると、ニコレットさんが瞳を潤ませ顔を真っ赤にして何かを言い出そうとしていたが言い出せずにいる。ニコレットさんが言い出すのを待っていると、ニコレットさんは一度深呼吸をして、覚悟を決めたようであった。
「・・・・・・私も、お前を愛しているからだ」
いつものクールなニコレットさんの顔ではなく、乙女のような顔をしたニコレットさんの告白を聞いて、俺の思考は一時的に停止した。・・・・・・また、告白されてしまった。二夜連続とか、俺のモテ期が到来しているのだろうか。
「そ、それは――」
「あぁ、何も答えなくていいぞ。この告白は理由を聞かれたから言っただけで、告白ではない」
俺が返答しようとするが、ニコレットさんに口を手で押さえられて口止めされた。だから俺は何も言わずにニコレットさんの言葉を待つことにした。
「アユムを愛しているから、ここにいてもらいたい。できることならば、私の夫になってほしいと思っている。だけど、フローラさまがいるのだから、私は正妻として陣取れない。それでも、私はお前のそばにいたい。それは、伝えたかっただけだ。あまり気にしないでくれ」
いや、そんな告白をされたら気にしてしまう。しかし、俺はこの告白のような言葉をフローラさまと同じように断らなければならない。ニコレットさんの手を無理やりのけた。
「ニコレットさん。申し訳ありませんが、その告白には――」
「そう言ってくるのは分かっていた。だが、お前は何か一つ勘違いしている節があるぞ」
またしてもニコレットさんに言葉を遮られた。しかし、俺が勘違いしていることというのは何だ? 俺には全く見当がつかない。
「お前は相手が素晴らしく、自分はクズだから、相手を思って付き合えないと言っているな? それこそ大きな間違いだ。お前がどれほどの悩みを抱えているのかと思えば、何も考えていないだけだと来た。私はそれこそお前がトラウマを背負っているのかと思ったが、全然違うじゃないか。まだお前がヤリチンのクソ野郎だと言ってきた方が納得した」
ヤリチンのクソ野郎だったら良かったのか? ・・・・・・いや、童貞にそれを演じるのは無理だ。
「そんな小さな悩みなら、フローラさまや私は全然気にしない。それに、お前が何もない奴だとは思っていない。何もない奴なら、親の仇がいるわけでもないのに、あれほどの努力を重ねられない。お前は十分に立派な人間だ。それについては、否定するなよ? 否定すれば、それを見てきたフローラさまや私を否定することになる。・・・・・・だから、逃げずに向き合ってくれ。お前が関わっている人間すべてに」
俺は、その言葉を素直に受け入れる気にならなかった。逃げずに向き合うことは、相手を思うのなら大切なことだが、やっぱり世界の遺物の俺が関わって良いのだろうかと心のどこかで思ってしまう。逃げずに向き合うことは、つまり俺はフローラさまと向き合い、俺の思っていることをフローラさまに言わないといけないことになる。
俺が思っていることをすべて言ったとしても、たぶんフローラさまはそれでもなお告白してくるだろう。あの人はすべてを自分の思い通りにしたい人だからな。・・・・・・だけど、向き合わなければ何も解決しない。解決しないことには何も終わらない。
「急に言われても難しいかもしれないが、それでも、フローラさまに向き合ってくれないか? フローラさまにとって、アユムは初めてできた好きな人なんだ。家族や身内すらも信用しなくなりつつあった時に現れたのが、アユムだ。覚えているか? 初めてフローラさまの護衛を命じられた時のことを。あの時は私も一緒にいたな」
「まぁ、覚えています」
シャロン家にお世話になり始めて少しした頃の話だ。フローラさまが気分転換に森へと行きたいと仰ったので、俺とニコレットさんが護衛で外に出た時の話を言っているのだろう。その時のことはよく覚えているし、その時からフローラさまが俺に気を許してくれるようになった気がする。
「フローラさまと向き合えたら、次は私と向き合ってくれ」
「・・・・・・フローラさまと向き合えたら、必ず」
「絶対だぞ。その時は、告白の返事を聞いて・・・・・・」
俺にまたがっているニコレットさんは、俺に上半身を倒してきて、耳元でささやいてきた。
「気持ちいいことをしよう? 私もこの年で少し焦っているからな」
ニコレットさんの年は、二十七であったな。俺は二十四で三歳差。・・・・・・それよりも、気持ちいいこと? 俺はその言葉の意味を理解して、一気に想像してしまい顔を赤くしてしまう。ニコレットさんも同じようで、上半身を起こしたのにこちらを向いてくれない。この空気をどうしてくれるのだろうか。そもそも、上からどいてくれないのだろうか?
まぁ、人から自分の悩みの一つがくだらないとお墨付きをもらった。重く考えていたのだろう、自分の悩みを。だから、少し気持ちが整理出来たらフローラさまに向き合うことにしよう。
「話します、すべて」
「あぁ、話せ。私は、お前のすべてが知りたいんだ」
少し自分の過去を人に話すのは気恥ずかしい気がするが、今はこの状況を打破するために仕方がないことだ。さて、まずは俺が異世界人であることから話す必要があるな。
「まず、自分はこの世界の人間ではありません」
「・・・・・・何を言っている?」
ニコレットさんの反応は最もだ。ランベールさまの時もそうだったが、最初にそんな話をされたら何を言っているんだこいつになる。
「だから、自分はこの世界の人間ではなく、異世界から来た異世界人なのです」
「それはさっき聞いた。私を馬鹿にしているのか?」
「そんなつもりはありません。事実です、自分が異世界人であることは。そもそもこの事実を受け止めなければ、次の話に進めません」
「・・・・・・じゃあ、異世界人である証明はできるのか?」
やはりそうなるか。俺も元の世界で異世界人だと言われても信じられないから証拠を要求する。あっちの世界だと魔法を見せれば終わるが、こっちの世界ではそれが難しい。ランベールさまは、特殊技能があったから俺の説明を組み合わせて信用してくれた。・・・・・・一応、ランベールさまにやった方法でするか。
「ニコレットさんは、美人です」
「・・・・・・いきなり何を言ってくる。誤魔化そうとしても無駄だぞ。そんな心にもない言葉を言うくらいならもっとマシな言葉を並べたらどうだ?」
「心にもない言葉ではありません。本当にニコレットさんは美しい女性だと思っていますし、ルネさまやフローラさまにランディさま、エスエルさまやスアレム全員を美女だと思っています。この言葉に嘘偽りはありません」
俺が真っすぐにニコレットさんの目を見て言うと、ニコレットさんは俺の目をじっと見てため息を一つついた。呆れられたのだろうか。
「あぁ、分かった。その目は嘘をついていない。確かに私たちを美女だと思っているような奴の目だ。しかし、それがどうした? 異世界人であることと何か関係があるのか?」
「はい、あります。元の世界では、ニコレットさんたちが美女と呼ばれる部類の人たちでした」
「私がか? 親にも醜いと呼ばれたこの顔がか?」
「醜くありませんよ。自分から見れば、ニコレットさんは絶世の美女に見えます。自分の世界では、ニコレットさんなどの人が美女と呼ばれ、こちらで美女と呼ばれている女性たちが不細工と呼ばれています。この世界と、自分の世界では美醜逆転されているのです」
ニコレットさんは信じられないという顔をしている。だけど、これが事実だ。元の世界にいた俺としては本当に嘆かわしい世界だと思っている。不細工だけなら良いが、不細工で我が物顔でいることが許せない。我が物顔については、不細工だろうと美人だろうと腹が立つがな。
「こ、こんな、顔が・・・・・・? アユムがそういう風な目で見ていることは分かっていたが、まさか本当に美人と思っていたとは、思わなかった」
「こんな顔じゃないですよ。本当に美しい顔です」
信じられないという表情をしているニコレットさんに、俺の両手でニコレットさんの頬をそっと触れる。頬は暖かく、ニコレットさんの顔は真っ赤になっているのが分かる。
「こんなにも輪郭も整っていて、綺麗な瞳に綺麗な髪、そして綺麗な肌をしているのに、美人じゃないのなら、この世界に自分の知る美人はいませんよ」
俺はニコレットさんのことを美人だと褒め続ける。こうでもしないと、ニコレットさんたち美人な女性は俺が美人だと言っていることを信じてくれないだろう。親でもわが子を卑下する世界なのだから、世界の秩序が保たれていない。
「わ、分かった。アユムが私を美人だと思っていて、異世界人だということを信じるから、その手を離せ!」
ニコレットさんは真っ赤になった顔で俺の手を払いのけて、ニコレットさんの方から身体を離してくれた。この世界の美人さんは褒められることに慣れていないから、すぐにこういう反応をしてくる。俺はあの幼馴染たちのせいで、女性にはとにかく褒め続けろと言われた。だから、この世界と俺の習性は絶妙にマッチしている。その先には行けないから、結局フローラさまみたいなことになるからアダとなっている。
「それなら良かったです。これで次の話に行けます」
「全く。・・・・・・私を辱めて何が楽しいんだ。そういうことは私ではなくルネさまやフローラさまにしろ」
「辱めていませんよ。正直に言ったのですよ」
「それが辱めていると言っているんだ! 正直に言っているからこそ、余計に悪い」
顔を真っ赤にしてご立腹しているニコレットさんを可愛いと思いながら、俺はようやく本題へと入る。俺が異世界人だと信じてもらうのは、少し時間がかかるな。
「じゃあ、次の話に行きますけど大丈夫ですか? 大丈夫じゃなければ、ここでやめたいのですけど」
「大丈夫だ、勝手にやめようとするな。油断も隙もない」
俺が逃げ出そうとしている気配を察知したのか、再び俺の身体に密着してくる。だが、最初とは違いあまりくっついてこない。密着しているのだが、ぐいぐいとは来ていない。さっきのことが恥ずかしかったのか?
「まず、フローラさまのことは愛しています。それは絶対に変わらないことです。美人であることもありますけど、何より、気高く自分を磨いている姿を見て、好きになった、はずです」
「・・・・・・そんな理由より、断った理由を話せ。こちらが恥ずかしくなってくる」
「そうですね。・・・・・・断った理由は、自分に何もないからです」
「・・・・・・は?」
ニコレットさんは俺の言葉を聞いて呆気に取られている。他に人から聞けば、くだらない理由なのかもしれないが、俺にとってみれば、死活問題だ。
「小さい頃から、何も考えずにただ無駄な時間を過ごしてきました。幼馴染たちと一緒に行動することが多くありましたが、その時も何も考えずただ人任せに行動していました。たぶん、自分には生きる気力や人間に興味がないんだと思います。だから、時間を浪費し、人間を思いやれない。今の騎士という仕事だって、最初は提案されるがままに受け入れ、騎士という仕事になり切っていました」
そう、俺には人としての心の欠片が抜け落ちているのだろう。今は騎士という役になり切っているだけで、本当は何も考えていないただの木偶なのかもしれない。
「でも、フローラさまに一目ぼれして、ニコレットさんやルネさまと触れ合って人を好きになったのだろうと思っていました。・・・・・・でも、昔のことを思い出して、本当に人を好きになっているのだろうと思ってしまうときがあるのです」
昔、俺が幼馴染の一人である三木真彩のことを好きだと思っていた。あちらも俺のことを好きだと思っていた。だけど、俺と幼馴染四人の中に入ってきた稲田亘祐という男が三木を掻っ攫って行った。初めは幼馴染から解放されると思ったと同時に、少しだけ傷つくと思ったが実際のところ俺は何も感じていなかった。この時に気が付いてしまった、三木を好きではなかったのだと。好きと錯覚していたのだと。
「こんな面倒くさく、何も考えておらず、人のことを本気で好きになれないような男と、あんな素晴らしい女性が付き合ってはいけないと思います。だから、フローラさまの告白をお断りさせていただきました」
フローラさまの告白をお断りさせていただいた経緯を伝えた。これ以外にも、この美醜逆転世界でフローラさまみたいな美人と付き合えることもずるい気がするし、俺は元の世界に帰らないといけないからこの世界で未練を残すことはできない。いや残しそうだけど。そんなことで、俺はこの世界で童貞を捨てることもできずに、生きていくのだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁ」
俺の言葉を聞いたニコレットさんは、深い、深い溜息を吐いた。そして、俺を呆れた目で見てきた。別にそんな目で見てこなくても良いと思うのだが。
「正直に言って良いか?」
「あ、はい。むしろニコレットさんが正直に言わなかったことがありましたか?」
「いや、ないな。だからお前の話を聞いた率直な感想を言わせてもらおう。・・・・・・くだらないな」
ニコレットさんからハッキリとそう言われてしまった。俺はハッキリ言われたことで、少しのショックを受けてしまった。俺だって、悩んでいるんだからくだらないとか言わないでほしい。
「人の悩みにくだらないも何もないと思います」
「あぁ、そうだ。人にはそれぞれ悩みがあり、その悩みは本人の受け取り方次第で軽くもなり重くもなる。だが、それを差し引いたとしても、お前の悩みはくだらなすぎる」
「・・・・・・二回も言わないでくださいよ。それよりも、話したのでもう良いですか?」
俺は恥ずかしさが勝ったから、話したからと言ってベットから立ち上がって部屋から出ようとする。だが、俺の視界はどんどんと傾いていき、俺はいつの間にかベットに倒れていた。倒れさせた張本人であるニコレットさんの方を見ようとすると、ニコレットさんは俺の身体にまたがってきた。
「まだ話は終わっていないぞ。そもそも話はこれからだ」
「これ以上何を話しますか? 断った理由を言ったから良いじゃないですか」
「いいや、本題はここからだ。お前にはぜひフローラさまと仲直りしてもらわないと困るからな」
「どうして困るのですか? 自分が強くて、騎士として有能だからですか?」
「自身の評価を正しく行えていることは良いことだ。確かにそれもある。だが、もっと大事な理由が私にある」
「何ですか? その大事な理由は?」
そっぽ向きながら、ニコレットさんに問いかける。ニコレットさんを上からどかせようとすれば、どかせられるが、今はそんな乱暴なことをせずにニコレットさんの回答を待つ。しかし、一向にニコレットさんから答えは出てこなかったため、俺はニコレットさんの方を向く。すると、ニコレットさんが瞳を潤ませ顔を真っ赤にして何かを言い出そうとしていたが言い出せずにいる。ニコレットさんが言い出すのを待っていると、ニコレットさんは一度深呼吸をして、覚悟を決めたようであった。
「・・・・・・私も、お前を愛しているからだ」
いつものクールなニコレットさんの顔ではなく、乙女のような顔をしたニコレットさんの告白を聞いて、俺の思考は一時的に停止した。・・・・・・また、告白されてしまった。二夜連続とか、俺のモテ期が到来しているのだろうか。
「そ、それは――」
「あぁ、何も答えなくていいぞ。この告白は理由を聞かれたから言っただけで、告白ではない」
俺が返答しようとするが、ニコレットさんに口を手で押さえられて口止めされた。だから俺は何も言わずにニコレットさんの言葉を待つことにした。
「アユムを愛しているから、ここにいてもらいたい。できることならば、私の夫になってほしいと思っている。だけど、フローラさまがいるのだから、私は正妻として陣取れない。それでも、私はお前のそばにいたい。それは、伝えたかっただけだ。あまり気にしないでくれ」
いや、そんな告白をされたら気にしてしまう。しかし、俺はこの告白のような言葉をフローラさまと同じように断らなければならない。ニコレットさんの手を無理やりのけた。
「ニコレットさん。申し訳ありませんが、その告白には――」
「そう言ってくるのは分かっていた。だが、お前は何か一つ勘違いしている節があるぞ」
またしてもニコレットさんに言葉を遮られた。しかし、俺が勘違いしていることというのは何だ? 俺には全く見当がつかない。
「お前は相手が素晴らしく、自分はクズだから、相手を思って付き合えないと言っているな? それこそ大きな間違いだ。お前がどれほどの悩みを抱えているのかと思えば、何も考えていないだけだと来た。私はそれこそお前がトラウマを背負っているのかと思ったが、全然違うじゃないか。まだお前がヤリチンのクソ野郎だと言ってきた方が納得した」
ヤリチンのクソ野郎だったら良かったのか? ・・・・・・いや、童貞にそれを演じるのは無理だ。
「そんな小さな悩みなら、フローラさまや私は全然気にしない。それに、お前が何もない奴だとは思っていない。何もない奴なら、親の仇がいるわけでもないのに、あれほどの努力を重ねられない。お前は十分に立派な人間だ。それについては、否定するなよ? 否定すれば、それを見てきたフローラさまや私を否定することになる。・・・・・・だから、逃げずに向き合ってくれ。お前が関わっている人間すべてに」
俺は、その言葉を素直に受け入れる気にならなかった。逃げずに向き合うことは、相手を思うのなら大切なことだが、やっぱり世界の遺物の俺が関わって良いのだろうかと心のどこかで思ってしまう。逃げずに向き合うことは、つまり俺はフローラさまと向き合い、俺の思っていることをフローラさまに言わないといけないことになる。
俺が思っていることをすべて言ったとしても、たぶんフローラさまはそれでもなお告白してくるだろう。あの人はすべてを自分の思い通りにしたい人だからな。・・・・・・だけど、向き合わなければ何も解決しない。解決しないことには何も終わらない。
「急に言われても難しいかもしれないが、それでも、フローラさまに向き合ってくれないか? フローラさまにとって、アユムは初めてできた好きな人なんだ。家族や身内すらも信用しなくなりつつあった時に現れたのが、アユムだ。覚えているか? 初めてフローラさまの護衛を命じられた時のことを。あの時は私も一緒にいたな」
「まぁ、覚えています」
シャロン家にお世話になり始めて少しした頃の話だ。フローラさまが気分転換に森へと行きたいと仰ったので、俺とニコレットさんが護衛で外に出た時の話を言っているのだろう。その時のことはよく覚えているし、その時からフローラさまが俺に気を許してくれるようになった気がする。
「フローラさまと向き合えたら、次は私と向き合ってくれ」
「・・・・・・フローラさまと向き合えたら、必ず」
「絶対だぞ。その時は、告白の返事を聞いて・・・・・・」
俺にまたがっているニコレットさんは、俺に上半身を倒してきて、耳元でささやいてきた。
「気持ちいいことをしよう? 私もこの年で少し焦っているからな」
ニコレットさんの年は、二十七であったな。俺は二十四で三歳差。・・・・・・それよりも、気持ちいいこと? 俺はその言葉の意味を理解して、一気に想像してしまい顔を赤くしてしまう。ニコレットさんも同じようで、上半身を起こしたのにこちらを向いてくれない。この空気をどうしてくれるのだろうか。そもそも、上からどいてくれないのだろうか?
まぁ、人から自分の悩みの一つがくだらないとお墨付きをもらった。重く考えていたのだろう、自分の悩みを。だから、少し気持ちが整理出来たらフローラさまに向き合うことにしよう。
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召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
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