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本編・現在(アーダム・イクリプス)

アーダムとマリ―ズ。

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 俺が〝アーダム・イクリプス〟として冒険者活動をし始めて数日が経ち、同様に今代の聖衣の所有者であるマリーズ・セゼールと出会って数日が経った。あれから毎夜、マリとは会い続けている。今日も、昼間は学園にいて、夜は冒険者ギルドに来ていた。冒険者ギルドの一角でそわそわとしながら、周りを見ている少女が見え、入ってきた俺を見つけると満面の笑みを浮かべてこちらへと走ってきた。

「こんばんは! アーダムさん」
「あぁ、こんばんは。じゃあ今日も特訓がてらクエストに向かうか」
「はい!」

 数日ではマリの欠点である、魔力量を爆発的に増やすことはできないが、確実に少しずつであるものの魔力量が増えている。最初からこの方法をしていれば、彼女は今頃並みの聖衣使いになっていただろうに。・・・いつの日か、この子の親に無知で子供の良さを殺すことはどれほど愚かなことか分かりさせないといけないな。

「今日はどれにしますか?」
「そうだな。俺としては近場でそこそこのクエストに行きたいところではある」

 ここら辺で発注されているそこそこのクエストは、『スターレオの討伐』、『バードラゴンの討伐』、『エレクトリック・ギアの修理』、『魔物の巣窟の調査』の四つくらいか。どれも高ランクのクエストである。

 俺がいれば何も問題ないが、マリが何もできないというのは勿体ない。マリの力で倒せる魔物はいないものかと思ったけれど、考えればマリが倒せる魔物がクエストで出るわけがない。もう少し特訓しないと魔物を倒すことができない。となれば、また道中でマリにスライム狩りに勤しんでもらうか。まぁ、そもそも俺は今Gランクだから高ランクのクエストを受けることができない。

 本当に不便だな、このランク制度。俺以上に強い奴はいないのに、最低ランクのクエストしか受けられないとか、どんな贅沢な使い方だよ。早くランクアップしないと話にならない。クエスト達成速度を上げて早めにランクアップしよう。

「・・・・・・この『ゴブリンの残党討伐』にするか。俺たちが受けられるクエストで一番くらいの難易度だな」
「ゴブリン・・・・・・、私でも倒せますか?」
「いや、できない」
「即答!?」
「スライムも倒せないのに、どうしてゴブリンを倒せると思ったんだよ」
「い、いや、だって、スライムって案外すごい魔物じゃないですか。弾力があって敵の攻撃を跳ね返すとか無敵じゃないですか。簡単に倒せる魔物と認識されているのはおかしいと思います」
「跳ね返せる攻撃が限られているから弱い魔物として認識されているんだ。成人男性の攻撃でも跳ね返せない程度の弾力だ。つまり、精進しろと言うことだ」
「うぅ、もっと頑張ります」

 俺たちは張り出されているクエストの紙をクエスト受付担当の人に渡し、クエストを受注した。えぇと、クエストの場所は、王都の少し東にある森林の中に、ゴブリンの住処があるらしい。ゴブリンは洞窟を住処にしていたが、先日その場でゴブリン・キング掃討クエストが行われた。掃討されたように思われたが、生き残りが確認されたため、残党を討伐せよとのことだ。ゴブリンのランクは最低ランクのG。より知恵を絞り力をつけてゴブリンを統率しだすと、ゴブリン・キングと呼ばれ、ランクがAAになる。

「じゃあ、行くか」
「はい!」

 前に読んだ異世界の本だと、洞窟の中には最低ランクのゴブリンだけではなく、討伐されたはずのゴブリン・ナイトなどがおり凌辱されていたな。俺がいるからそんなことはないと思うけど、いや、そんなことになってほしい。凌辱の部分ではなく、討伐されたはずの魔物が出てくるところだ。いい加減弱い魔物を倒すのは厭きる。そもそもマリを凌辱など、誰が得をする。

「私の顔に何かついてますか?」
「いや、ついていないぞ。いつも通り可愛い顔だ」
「か、か、かわっ・・・・・・」

 いつもおどおどしているマリは一般的に可愛いと思うし、俺の言葉に真っ赤になっているマリも可愛いが、何分その可愛いは小さい女の子を見る可愛いであって、身体が未発達段階では、ゴブリンの心は揺り動かせれないだろう。

「何か、失礼なことを考えていませんか? 憐みな視線を感じますけど」
「さぁな、どうだろうか」

 考えていることを察知して俺のことを少し睨んできたマリ。人の顔ばかり伺っていたから、考えていることが分かるようになったのかもしれない。これからは極力無表情でいよう。



 俺とマリは王都を出発し、歩くこと一時間くらいで高い木々が生い茂る森林の入り口へとたどり着いた。普通なら三十分でたどり着くところだが、マリに魔法を使わせて少し休憩をはさんでいたから、倍の時間かかった。だが、教えた魔法の『照明』を使っても、倒れなくなったことから次の魔法を教えて良いと判断できるようになったのは大進歩だ。

 幸い、この森林はGランクの魔物がうようよいる場所。攻撃魔法を使って全く歯が立たない相手が出てくることはないだろう。となれば、どこかにちょうどいい相手がいないだろうかと思っていると、薄暗い木の陰で孤独に寝ているスライムを発見した。

「マリ、ちょうど良いから、あそこで寝ているスライムを倒すための攻撃魔法を教える」
「ほ、本当ですか!? ようやく攻撃魔法を!」
「声が大きい。少し声を抑えろ」
「ご、ごめんなさい」

 マリが歓喜で声を上げたが、防音魔法をすぐにかけたためスライムが起きることはなかった。マリに教えることができる魔法と言えば、何があるか。いや、それよりも前にマリが得意な魔法を聞かないといけないというか、今まで使えなかったんだから知らないか。見たところ得意な魔法は水魔法と見える。

「マリ、自分の得意魔法を知っているか?」
「・・・・・・得意、魔法? 魔法に得意不得意があるんですか?」
「あぁ、ある。得意不得意に合わせてほとんどの魔法使いは戦い方を決めている。得意魔法の方が威力がけた違いだからな。上級の魔法使いになってくれば不得意魔法を得意魔法に変える特訓をしたりしているが、今は得意魔法を使用することだけを考えればいい」
「じゃあ、私の得意魔法はどうやって分かるんですか?」
「高位な魔法使いになってくれば、そいつがどんな魔法が得意かを知ることができる。俺もマリの得意魔法が見えているから安心するといい」
「私の得意魔法は何ですか!?」

 マリは食い気味に俺に聞いてくるが、さっき言ったことをもう忘れているのだろうか。スライムが寝ているから静かにしていろと。結界が張ってあるから良いけど。

「水魔法がマリの得意魔法だ」
「水魔法ですか。何か髪の色と縁があるみたいですね」
「良いことだろう。闇や光魔法とかじゃなかったんだから。最初に使いにくい属性が来たらだいぶ苦労していたぞ」
「へぇ、そうなんですね。でも、水魔法って使いやすいのですか? そもそも攻撃できるんですか? 何か攻撃魔法がないような感じがします」
「バカなことを言うな。水魔法は変幻自在に攻撃することができる便利な属性だ。便利と言っても、炎魔法や雷魔法みたいにそれ自体に人に害を与えるわけではなく、変化させて攻撃力に転じさせなければならないけれど、普段害を与えない分、人に害を与える可能性が少ない魔法でもある」
「・・・それだけ聞いたら、難しそうな属性ですね」
「詳しい説明よりも、まずは実践だ。何事もやってみなければ分からないからな」

 俺はマリに基本水魔法『水製』の詠唱を教える。魔力消費量を考えずに使ったとしても、今のマリなら気絶することはないだろう。

「ふぅ・・・・・・、行きます。『生物の源である大いなる水よ、我が手に集え』」

 マリが詠唱を唱えると、マリの手に少量ではあるが手に触れずに浮いた状態の水が出現した。しかし、浮いている状態は少しだけで、すぐに浮力を失いマリの手が濡れて水が滴っている。

「・・・・・・魔法を出せたのはすごく嬉しいんですけど、少し贅沢を言うと地味ですね」

 マリは水魔法に不服のようだ。確かに攻撃魔法ではなかったし、それだけしか水を出せていなければ使いどころがない魔法だろう。

「まぁ、攻撃魔法ではなかったからな。俺が今確認したのは使えて、なおかつ魔力消費量を見たかったからだ。やはり水魔法を優先的に覚えた方が良いな」
「じゃあ、次はどんな水魔法を教えてくれるのですか?」

 またしても距離を詰めて俺に聞いてくるマリだが、この攻撃魔法を教えれば、気絶するのは確実だ。『水製』があれくらいなのだからな。だが、使えないわけではない。攻撃魔法を教えると言ったのだから、教えるしかない。

「『水刃』、これを今から教える。俺が防音結界を張った中で、どんな魔法かを見せるから見ておくといい」
「はいっ!」

 俺は防音結界を広く取り、未だに寝ているスライムに起きないようにする。そして、そこら辺にある木に狙いを定める。

「『形定めぬ水よ、切り裂く刃へと変化せよ』、『水刃』」

 指先からあふれ出てくる水が剣の形に細長くなり、俺は水の刃を伸ばして横方向に木を切り裂いた。すると木は真っ二つに斬れて上の木が地面へと落ちた。

「これが今からマリが習得する水魔法だ。どうだ? これは地味じゃないだろう?」
「おおぉっ、すごいですね。水でもこんな切れ味を出せるのですね」
「この切れ味が出せるかどうかは術者の技量次第だ。俺が本気で使えば、伝説級の剣であろうと斬れる自信があるが、逆に今からするマリなら木を二つにするのも難しそうだ。まぁ、今は俺が倒した木の横にある木を的にして斬ってみると良い」

 マリは俺に言われた通りに横の木を的にして詠唱を唱え始める。

「『形定めぬ水よ、切り裂く刃へと変化せよ』、『水刃』」

 詠唱を唱えたマリの指には、俺と同様に水の刃が出現したが・・・・・・、俺とは比べ物にならないくらいに細くて短いものになっていた。そんな現実に、マリはめげずに木のところへと走って行き、木を斬ろうとした。だが、木には少しの傷しかつけられず、マリの水刃は折れてしまった。

「あの・・・、アーダムさん。これって、得意魔法なんですか?」

 涙目で見てくるマリに、俺は頷くしかなかった。それを見たマリは絶望した顔をしながら、魔力の使い過ぎで地面に倒れこみそうになったが、俺が受け止めた。魔法を使い続けるしか、マリに道はない。そう思いながら、魔力を流し込んで彼女を木にもたれかからせた。

 目覚めには少しの時間がいるため、俺はゴブリンの討伐をすることにした。ここには俺の分身を置いてマリを守っておくことにして、ゴブリンの巣穴へと進んでいく。ゴブリンの巣穴は森林の中央に位置する場所にあり、その周りにあったであろう見張り台などは先の戦いで崩壊している。

 俺は中に入るのに何ら支障がない出入り口から巣穴へと入っていく。巣穴の中には、ゴブリンが数十体ほどいる。・・・・・・それに、人間の気配もする。これは捕まって蹂躙されているな。弱いやつがゴブリンを甘く見るからこうなるんだ。弱いくせに、魔物を何もしてこない虫だと思っているんじゃないのか?

「がぎゃぁぁぁっ!」
「ぐががぁぁっ!」

 そんなことを考えながらゴブリンがいるであろう場所へと足を進めていると、黄緑の肌の色で下だけを隠して棍棒を持っている魔物であるゴブリンが二体俺の前に現れた。俺は全能の魔法使いであるから、こいつらが何を言っているのか分かる。

「がががぎゃぁっ! (人間だっ! 喰らってやる!)」
「ぎぎぐぎゃぁっ! (さっきの女たちの前に喰らってやる!)」

 こんなことを思って言っている。正直に言えば、本能のままにしゃべっているこいつらの言葉を聞いても無駄なだけだ。マリが起きる前にこいつらを全滅させて、戻るか。俺が一歩出ると、ゴブリン一体はこちらに飛びかかってきた。

 そんな哀れなゴブリンに左手を前に出す。汚くて臭いゴブリンに触れるのは少し嫌だが、すぐに消えるから良いかと思いながら、左手がゴブリンの胴体に触れる。すると、ゴブリンは頭だけを残して下は音もなく消え去った。クエスト報酬のため、頭を残してそれ以外を消し去った。そのゴブリンは首から下を消されても少しだけこちらを見て目を見開いて絶命した。それを見ていたもう一体のゴブリンは驚いてこちらを見ている。それくらいの知性はあるんだな。

消滅の左手エンド・レフト

 俺の左手は、触れたものすべてを原子レベルに消し去ることができる左手だ。どこかに消えたのではなく、跡形もなく消し去ったと言うべきか。もう一体のゴブリンの方を向くと、怖気づいて一歩ずつ後退していた。

「どうした、来ないのか? まさか、俺のことが怖いのか?」
「ぎっ、ぐぎゃががぁっ!!」

 俺から逃げられないと判断したのか、それとも挑発に乗ったのかは知らないが、ゴブリンがひどい顔をしながらこちらに棍棒を掲げて襲い掛かってきた。俺は振り下ろされた棍棒を左手で消し去り、恐怖におびえているゴブリンの首に触れた。目で慈悲を求めていたが、お構いなしに全身を消し去った。

「慈悲を求めるくらいなら、ホブゴブリンになるか、襲い掛からなければよかったのに。まぁ、それくらいの知性しかないのだろう」

 ゴブリンの頭を異空間に納めて、ゴブリンが大量にいる部屋を目指して俺は歩を進める。その部屋の中にここ巣穴にいるすべてのゴブリンがいる。それに捕まっている女たちもそこにいる。生きてはいるが、生きている状態と言うべきかどうか。自業自得と言わざるを得ないが、ついでに助けるか。

 すぐにゴブリンがいる部屋の前に立ち、消滅の左手で扉を消し去った。部屋の中に入ると、ひどい臭いが鼻を貫いてきた。そして、中を見ると多くのゴブリンが下を丸出しにしており、その先には四人の裸体の女たちが恐怖におびえている顔をしている。部屋の隅では二人がすでにゴブリン二体に犯されて泣き叫んでいる女たちがいる。これは俺一人で来て正解だったな。こんな場面をマリに見せるのは教育上よろしくない。トラウマになるかもしれないからな。

 部屋に侵入してきた俺を、部屋にいる全員が見てきた。裸体の女たちは希望の顔を浮かべる者たちもいれば、俺一人だから絶望している顔をしている者たちもいる。ゴブリンの方は、邪魔されたことにより醜い顔が、より醜い顔をしている。本当に醜い。やっていることも、している顔も。

「がががぐがっぎゃぁぁぁっ! (邪魔をするなぁぁっ!)」

 ゴブリンの一体が下を丸出しにして俺の方へと棍棒を持って攻撃しに来た。せっかくの獲物を前に邪魔をされて怒っているのか。それは悪いことをしたが、どうでもいいから消えてくれ。

 俺は走るのが遅いゴブリンに懐に入り込み、胴体に左手で触れた。消滅の左手により、ゴブリンは臭いすらも残さずに消え去った。それを見たゴブリンや女たちは何が起こったのか分からないような顔をしている。俺はそんな間抜けなやつらを放っておいて、部屋の隅で犯しているゴブリンの元へと向かう。

 俺が一瞬で近くに来たことに驚いて硬直している二体のゴブリンの身体にそれぞれ左手で触れた。消滅の左手は力を遺憾無く発揮し、ゴブリンたちを跡形もなく消した。犯されていた二人の女は安堵の表情を浮かべて二人ともおもらししている。

 残りのゴブリンの方を見ると、女たちのことなど忘れて恐怖の表情を浮かべている。これくらいのことをすれば恐怖を感じるのか。あまり気にしたことがなかったから気が付かなかった。まぁ、お前らがしたことをすべて否定するつもりはないが、淘汰される覚悟がなくやっているのなら、大間違いだ。

 俺はゴブリンを殺すのにもあきてきたから、この場にいる誰もが見えない速度で残りのゴブリンに触れた。俺が触れた瞬間に消えていくため、裸体の女たちにとっては一瞬でゴブリンがいなくなっているように見えただろう。現に周りを見渡してゴブリンを探している奴がいる。証拠の頭は瞬時に異空間に収納した。

「・・・・・・あっ、起きそうか」

 分身からの情報で、マリがすぐに起きそうだということを受け取った。俺は目的のゴブリンの残党討伐ができたわけだからここに用事はない。すぐにマリの元へと戻ろうと出口に向かった。

「あ、あのっ!」
「あ?」

 帰ろうとする俺を引き留めたのは、さっき犯されそうになっていた方にいた桃色の短い髪の女であった。桃色の髪の女は、恥部を隠して立ち上がり俺に声をかけてきた。美しかったであろう白い肌にはゴブリンたちにつけられた傷があり、その豊満な胸は隠そうとしても隠して切れていない。それに他の女たちも良い身体つきをしているからゴブリンが好みそうだ。

「なんだ? 今は忙しいんだが」
「あ、あの、その、王都まで私たちを連れて行ってくれませんか?」
「何故だ?」
「そ、それは、もう私たちに帰る力が残っていません。この状態で帰ろうとすれば、また魔物に襲われるかもしれません。なので、どうか、お願いしますっ」

 桃色の髪の女が頭を下げてくるが、・・・・・・こいつは、本当に考えが甘いな。ゴブリンを倒したのは俺のクエストだったからで、こいつらを助けるつもりなど微塵もなかった。それをこいつらが自業自得のことをしたツケを俺が払えというのか。馬鹿にするのもほどがある。それでも冒険者なのか問いたい。

 だが、こいつらを助けたのは事実で、ここで帰ってこいつらが死体になってました、なんて笑えない。俺がこいつらを助けた意味がない。助けたつもりがないけど。・・・・・・仕方がない。こうなってしまえば助けてしまうか。自業自得ではあるが、痛い目は十分に見ただろう。

「分かった、王都までだ。それまではお前たちを守ってやろう」
「はい・・・・・・ありがとうございます」

 桃色髪の彼女がもう一度深々と頭を下げてくる。ハァ、とりあえず彼女たちの身体についているゴブリンの体液をきれいに取り除くことにした。俺は彼女らの身体についているものと、ここら一帯にまき散らされているゴブリンの体液を対象にして、『浄化の炎』の魔法陣を地面に配置して体液を浄化していく。

「炎ッ⁉ いやぁっ! あついっ!」

 女の一人が自身が炎に包まれていることにより熱いと錯覚して慌てふためいている。この炎はゴブリンの体液を対象にしているのだから、熱いわけがない。熱いのは錯覚だ。

「黙ってろッ! 熱くないだろうが。これ以上騒ぐのなら俺は一人で帰るぞ」

 俺がそういうと、女は黙り込んだ。ゴブリンの体液がすべて浄化されると、地面の魔法陣は消え去った。部屋に充満していた臭いは消え去り、女たちの身体についていたゴブリンの体液はきれいさっぱり無くなっている。

 このことに驚いている女たちをよそに、創造魔法で作り出した下着を女たちの身に着せた。むろん、各々の大きさに合わせて作っているため、大きな胸でも何ら問題ない。特に大きいのは、やはり桃色髪の女だ。下着の他にも最低限の服を作り出した後に、六人が乗れる大きさの、人を乗せて浮くことができる魔法のじゅうたんを創造して彼女たちをそこに乗せる。

 もう起きてしまったマリのところへと戻るために、彼女たちに何も説明せず魔法のじゅうたんを動かし始める。俺は走って向かい、魔法のじゅうたんも俺の速度に合わせて速度を上げる。ゴブリンの元巣穴からマリがいるところまで少しの距離があるが、俺の速度であればすぐにたどり着いた。

「えぇっ⁉ アーダムさんが二人⁉」

 そばにいた分身の俺と、今来た本物の俺を交互に見て混乱しているマリ。俺は分身を俺のところに戻して一人になる。

「悪い、少し野暮用で離れていた」
「さっきの魔法は何ですか⁉」
「落ち着け。ただの『自己投影』だ」

 興味津々で俺に聞いてくるマリをなだめて、後ろの魔法のじゅうたんに乗っている女たちを見る。女たちはあの速度に耐えきれなかったのか、全員が気を失っている。

「・・・・・・じゅうたんが、浮いてる。それにそこにいる女の人たちは誰ですか? 私が寝ている間に何をしていたのですか?」

 俺に続いて後ろを見たマリが続けざまに質問をしてきた。

「マリが寝ている間に、分身にマリを任せてゴブリンの巣穴に行ってきたんだよ。そこでゴブリンに捕まっていた彼女たちをついでに助けてきたわけだ。これで良いか?」
「何で、私も連れて行ってくれなかったのですか? ・・・・・・戦えなくても、魔物との戦闘を見て学びたかったです」
「いつかは連れていくが、ちょっと俺は俺で冒険者ランクを上げたかったからな。少しだけクエストのクリア速度を上げていこうと思う」

 何気ない俺の言葉に、マリは俯いて少し口を閉ざしていたが、上目遣いで口を開いた。

「・・・・・・私は、邪魔ですか?」
「一体何を言っている? 俺がいつ邪魔だと言ったんだ?」
「だって、私抜きなら、アーダムさんはもっと早くクエストを達成できますよね?」
「確かにそうだな。この程度のクエストなら一日でGランクからFランクに上がれる自信がある」
「そう、ですよね。・・・・・・だったら、私抜きでクエストに行ってくれても大丈夫です! 今まで迷惑をかけていた分、もう迷惑をかけられないので・・・」

 はっ! このガキはこんなくだらないことを考えていたのか。全く、これだからガキは嫌いだ。いらないところに気を遣う。俺は俯いているマリに、俺の指で顔がこちらに向くように顎を上げる。マリは少し涙目になっているが、構わずにマリに話しかける。

「俺が迷惑だと言ったか? 確かにマリは足手まといだが、それを迷惑だと思ったことは一度もない。俺はマリのためではなく、自分のためにマリと一緒にいる。ただクエストをクリアしていくだけのつまらない冒険にならないためにマリと一緒にいるんだよ、勘違いをするな。それに、ガキが一丁前に人の顔を伺って話しかけてくるな。正直鬱陶しい。俺に迷惑をかけたくないのなら、まずは敬語をやめて、俺に遠慮し無くなれ。それから俺と並ぶくらいに強くなって、ようやく恩を返すように考えろ。良いな?」
「はっ、はいぃ・・・・・・」

 俺がきつめの口調で目を合わせて言うと、マリは涙はどこかに消えており、顔を真っ赤になって大人しくなった。これだけ強く言えば、遠慮しなくなるだろう。この俺に遠慮するなど、百万年早い。まだ十くらいしか生きていないガキが、年不相応の態度を取るな。

 俺はマリの手をつないでどこにも行かないようにして、王都へとゴブリンに襲われていた彼女たちを送り届けるためとクエストの達成を報告するために戻る。マリはまた顔を俯いて引っ張られているが、耳まで赤くして俺の手を強く握っている。女の子に少し言い過ぎたかもしれない。けれどこれくらい言わないと分かってくれないし、俺はエヴァみたいに優しくできない。これが〝俺〟だ。

 王都へと歩いていく中、俺とマリの間に会話はなく、ずっと手を握ったままだった。魔法のじゅうたんで気絶している彼女らはずっと気を失っている状態でいる。道中、魔物に襲われることがあったが、マリが手を離してくれなかったから、デス・センスで殺していった。魔物の死体は後でお金になるから異空間に回収しながら歩いて行った。

 そして三十分かけて、王都へと到着した。魔法のじゅうたんを周りの人間に見られると噂になる可能性があるため、魔法のじゅうたんに隠密魔法をかけて、まずは彼女らを泊める宿へと向かう。大人数でも泊まることができる宿屋を見つけ、そこで六人用の部屋を借りて六人を部屋に寝かせる。宿の料金は前払いにしておいたため、こいつらのことはこれで良いだろう。紙に『俺の役目はここまでだ。後は自分たちで何とかしろ』と書いて、桃色の髪の女のそばに置いた。

 その後、俺とマリで手をつないだまま冒険者ギルドへと向かい、ゴブリンの首を証拠として出してクエスト達成を報告した。報酬は銀貨七十枚とスライムを倒した時と比べるとあまりおいしいものとは言えなかった。そして、俺とマリがずっと手をつないでいることで、誰からも注目されてしまった。そんなにも物珍しい光景なのかはわからないが、害はないので放っておく。

「マリ、これからどうする? どうしたい?」

 俺としてはクエストに向かいたいところだけど、マリのこの様子だとクエストに一緒に向かうことは難しそうだ。いつもの元気いっぱいなやる気はなく、ずっと俯いているのだから。この状態でクエストに行ったとしても、時間がいつもよりかかるだけだ。

「・・・・・・今日は、朝までずっと一緒にいたい」

 か細く放たれた言葉は、マリの本心だと感じた。だから、俺はマリの視線に合わせてしゃがんでマリに問いかける。

「それだけでいいのか?」

 俺はまだ大丈夫だと言わんばかりに、次にしたいことを問いかける。

「・・・・・・朝も、昼間も、夜も、ずっとそばにいてほしい。起きて一人だと悲しい。おはようっていう人がいないのも悲しい。朝食べる御飯が一人なのも悲しい。もっとアーダムさんに甘えたい。・・・・・・一人に、しないで」

 マリはまた涙目になりながら、切実な思いを俺に吐き出してくれた。これだけの願いを言われて、叶えないほど俺は人が悪くない。この願いを叶えるなら、俺は〝アーダム・エヴァ〟と〝アーダム・イクリプス〟として同時に存在しないといけなくなる。力が弱くなるとか、誰かに負けるとかいう問題はない。むしろハンデにもならない。

 肝心なところは、俺が二人いるところを見られることだ。妙な騒ぎになるかもしれないが、この全能の魔法使いに不可能はない。騒ぎになる前に干渉魔法で認識を変えればいい話だ。それに騒ぎが起きても記憶を改ざんすれば良い話だ。俺、〝アーダム・イクリプス〟はどんなことでもするつもりがある。

「少し待ってろ。すぐに帰ってくる」

 そう言っても、マリは俺の手を離してくれない。仕方がない。学園の中に座標を設定し、『実体能力平等分離』で別れるもう一人の俺をそこに送り込んだ。これで、俺は能力が平等に分かれた二人になった。お互いに意思疎通できており、お互いの情報を共有することができる。

「よし、今日はマリが眠くなるまでずっとお話しするか」
「・・・・・・良いんですか?」
「敬語になってるぞ」
「い、良いの?」
「あぁ、良いぞ。マリがそう望んでいるのなら、俺がそれを叶えよう。子供なんだから、それくらいのわがままを言ってもバチは当たらないぞ」
「・・・・・・うん・・・うんっ!」

 マリは何度も大きく頷きながら、涙を流している。俺はマリを抱きしめてなだめてあげる。そうするとマリは俺に抱き着いてきた。そんな光景を、周りの人たちから凝視されている。ここでは居心地が悪いため、俺はマリを抱き上げて宿屋へと向かったのであった。
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