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本編・現在(アーダム・エヴァ)

五組。

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「これで良いのかな? スタニックくん」
「えぇ、十分ですぞ。さすがアーダムさんの弟子ですな」

 ベツィーとバローさんの戦いが終わり、二人の入学試験は終了した。入学試験であるから、二人に勝つ必要はないはずだけど、二人に勝つという結果に終わった。スタニックくんはこの結果に満足そうな顔をしており、ルースロさんは不機嫌な顔をしている。

「ルースロ先生も、この二人の入学に文句はないであろう? 十分な戦闘力に加えて人となりは分かった。これ以上何も言うことはなかろう」
「・・・えぇ、文句はありません。そもそも私は二人の入学にケチをつける気はありません。秩序を守って入学試験を受けているのですから、文句のしようがありません」
「うむ。では、ここにレナ・ドヴィルとベツィー・フーシェの入学を認めよう」

 スタニックくんがそう言うと、ベツィーがレナに抱き着いた。

「やったっ! やったね、レナ!」
「あぁ、そうだな。ベツィーは緊張している中ですごいと思ったぞ」
「それは思った。先生の言葉もあってだけど、頑張った前の私をすごくほめたい」
「十分に実力を発揮できていたから良かったじゃないか。・・・それよりも、師匠」
「何だい?」
「ベツィーにご褒美があって、私にはないのか?」
「ベツィーにあって、レナにないことはないよ。何か欲しいものでもあるの?」
「今のところない。ただ、私だけ不公平だと思っただけだ。私も師匠の弟子なんだからな」
「うん、分かっているよ。レナも頑張ったね、さすが僕の弟子だ」
「私は、頑張ったというよりかは楽しんだだけだ」

 スタニックくんが、話している僕たちの元へと来て話しかけてきた。

「ほほほっ、仲睦まじくてよいですな。それよりも、もう一つだけ話しておかないといけないことがありますぞ」
「何かな?」
「それは二人の編入するクラスについてです。今回の一年の学年には六つのクラスがあります。六つのうち四つは特に目立ったところもない普通のクラスですが、残りの二つがかなり癖が強いクラスでしてな。個々の強さが他の生徒とは一線を画しておるクラスでいかんせん先生をなめきっている態度のクラスに、一つの才能に特化している生徒が集まっているクラスですが、少し自身を卑下している節がある生徒たちのクラスの二つがありますぞ。この三種類のクラスのどれに入るかを選んでくだされ。どれを選んでもらっても構いませんからな」

 なるほど、随分と個性豊かな子がいるらしいね。でも、それを決めるのは僕じゃなくて彼女たち自身だ。でもまぁ、彼女たちがどこを選ぶのかは目に見えている。

「ベツィー、レナ。君たちはどのクラスに入りたいんだ?」
「私は強い奴がたくさんいるところにするぞ!」

 レナは思った通りに強い奴を求めて、そっちに行った。そして、そんなレナを放っておけないベツィーは。

「それ、本当に大丈夫なの? 強いから上から目線で話しかけてくるとか、性格に難ありの人がいるとか?」
「別に私は気にしない。それに、そいつが強ければどうということはない。弱ければ私が叩き潰すまでだ」
「これだから筋肉バカは・・・。心配だから私もそっちに行くね」
「ベツィーが付いてくるのは心強いが、別に私についてこなくていいぞ? ベツィーは普通のところにでも行っていれば良い」
「さすがにできるわけないでしょ。レナはいつも肝心なところで抜けているんだから、心配でならないの」
「むっ、抜けているとは失敬な。抜けているのはベツィーも一緒のことだろう」
「さすがにレナよりかは抜けていないよ」

 ベツィーはレナについていく。二人は幼馴染であるからお互いのことを大切に思っており、いつも一緒に動いている。こういう二人を見ていると、はるか昔の、この世界で“俺”だけの記憶を思い出してしまう。俺とエヴァの、二人の懐かしい時間を。・・・何を思っているんだろう、僕は。もうとっくの昔のはずなのに。

「そうかそうか、二人は五組に編入することにしよう。制服を今から採寸をして明日には編入できるようにしておくかの。ルースロ先生、二人の採寸を任せても良いかな?」
「はい、分かりました。ドヴィルにフーシェ、私についてこい。バローとアルテミシアも手伝え」

 ベツィーとレナは、ルースロさんたち三人に連れられてここからいなくなった。二人がいなくなったからどこかで待とうかと思ったけど、僕の方を見て何かを言いずらそうにしているスタニックくんがいたからその場に留まった。

「さっきから何かを言いたげだけど、何か用かな?」
「やはり分かりますか。・・・では、ものは相談なのですが、アーダムさん。ここで教師をしてみる気はありませんか?」
「百年前にもそんな話をされた覚えがあるよ。でも、今でも僕の答えは変わらない。僕はどこにも所属するつもりはないよ。僕がどこかに属するということは、世界の均衡を崩しかねないからね。僕ができることは世界を見守り、世界の均衡を整えること。それが今の僕にできる唯一のことだからね」
「では、あの二人はどうなのですか? 誰にも関与しないアーダムさんが二人を育ていることは世界の均衡を整えるためのことですかな?」
「世界には例外がいくつも存在している。あの二人を育てることに関して言えば、世界の均衡を整えるためだよ。あの二人を育てなければ、世界はどこかで綻びを生じさせるからね」

 それ以外にも、僕がいたあの村の住人と関わっていことも例外だ。あの村の住人たちは、世界から死を望まれた人々の末裔だ。僕がいなければ、彼らは死へと至っていただろう。そうなれば、世界は終わりへと向かう。“俺”が世界を終わらせたように。そうならないように僕は彼らを生かす。

「何か事情があるのは分かりますが、そこをどうにかできませんか? アーダムさんが先生になれば、きっと落ちこぼれの生徒も救われると思うのです。昔のワシのように」
「うーん、そう言われてもね。・・・むやみに育てても、それは世界の均衡を崩すかもしれないからね」
「・・・では、不安定組と問題児組の二つのクラスだけでも見てくれませんか? 彼らは良くも悪くも世界を動かすかもしれない子たちばかりです。育て方を間違えれば、世界の均衡を崩しかねないかもしれません。どうか、生徒を導いてやってください」

 スタニックくんは僕に深々と頭を下げてお願いして来るけど・・・、どうしたものか。別に誰にも縛られていない、この見守り均衡を整えるという使命。結局は僕の自己満足に過ぎない。でも、“俺”が“僕”になり、“僕”が“俺”に戻り、最後に“俺”が“僕”になった時に世界の静観を決めた。不必要な干渉は、世界の滅亡を早めるだけに過ぎないから。

 だけど、何十回目の世界で世界に干渉しても、世界の滅亡は遅かった。その原因は、人の生の年数だけ干渉していたからだ。百年くらいは公に世界に干渉していた。公になら十年くらいなら別に問題ないかな? 世界を見守ることに飽きはしないけど、新しい環境に変わるのも悪くはない。何より、ベツィーとレナから目を離すのは心配で仕方がない。僕も少し親ばかなところがあるかな。

「そうだね。じゃあ、その二つのクラスが卒業するまではこの学園の先生をすることにするよ」
「本当ですかっ!? それはありがたい。それでは早速明日から教鞭を執ってもらいますぞ」
「それは急だね。区切りが良い時にしても良かったんじゃないのかい?」
「それがですな・・・、実は二つのクラスにつく先生たちが、前日になってクラスに担任に着くことを嫌がって、担任の座が空いているのです。ワシやルースロ先生が空きを埋めておるのですが、ワシやルースロ先生は他にもやることがあるので人手が足らなんだのです。他の先生はやりたがらんので、助かりますぞ」
「そんなにも大変なクラスなの?」
「えぇ、大変ですが、アーダムさんなら大丈夫でしょう。彼らを真剣に見てやってください。彼らには、アーダムさんのような世界に縛られない考え方を持つ人が必要ですから」
「・・・分かったよ。引き受けたからにはやるよ。どんなに困難でもね」

 何やら複雑な事情があるようだけれども、引き受けてしまったからには仕方がない。それに、複雑な方がやりがいがあるものだ。平凡な人生もあっていいけど、平凡な人生は過酷な人生や難解な人生があってこその平凡な人生だ。それらの人生を見守るのも、僕の生きがいの一つだ。



「さぁ、行こうか。・・・いや、行くか。ここからは狩りの時間だ」



 僕とベツィーとレナは、この学園にある必要最大限のものがすべてそろって三人では絶対に持て余すであろう立派な部屋に住まわせてもらうことになり、学園に編入及び、教師の職に就くことが決まった昨日はここで寝泊まりした。

 二人は採寸してもらい、もう出来上がっている制服に着替え、僕は特に着替えるものはないためいつもと変わらない服にしている。二人は制服を見せびらかしてくる。

「どう、先生? 似合ってる?」
「どうだ、師匠? 少しは私を女として見てくれるか?」
「うん、とても良く似合っているよ。それと、レナ。そのくらいのことで女としては見れないよ」
「それは分かっていた。私としても見られていなくても何とも思わないからな」
「先生先生! 私は女として見てくれているよね!?」
「ううん、レナを女として見れていないのに、ベツィーを女として見れているわけがないよね。僕にとっては二人はまだまだ子供だよ」

 ベツィーは僕の言葉を聞いて拗ねてしまったようで、そっぽ向いてしまった。レナは別に何とも思っていないようであった。

「それよりも、まさか師匠が先生になるとは思わなかったぞ。王都に来るときに先生にならないと言っていたが。どういう心境の変化だ?」
「やっぱり、子供のように思っている二人のことが心配になっただけだよ」
「ふぅん。前は見守るものだと言っていたのに、矛盾している」
「何だい、レナは僕に先生になってほしくないのかい?」
「そういうわけではない。むしろ嬉しいくらいだ。師匠ほど優れた師匠はいないからな。ただ、私たち二人の師匠だと言えなくなることが寂しくなるだけだ」
「妬いてくれるのかい? レナにしては珍しい」

 レナにそう言うと、自分が言ったことが少し恥ずかしいことだと気が付いたのか顔を赤くして、慌てて違う話題に変えた。

「そ、そんなことより! 昨日の夜は師匠はどこに行ってたんだ!?」
「昨日の夜? あぁ、少し外に用事があったんだよ。何か僕に用事があったの?」
「いや、そういうわけではない。と言うか、師匠は夜は寝ているのか? 寝ているところを見たことがないんだが」
「それ分かる! 先生と一日中一緒にいても寝ているところを見たことがないよね」

 拗ねていたベツィーが、放置されていたことで拗ねることをやめてこちらの会話に混ざってきた。

「僕は、もうはるか昔から睡眠をとっていないよ。とる必要がない身体だからね」
「えっ、どうしてだ? どうして、とる必要がないんだ?」
「どうして、と言われても、こういう体質としか言いようがないよ。それよりも時間は良いのかい? 僕はもう行かないと大丈夫じゃないと思うよ」
「・・・大丈夫じゃない。・・・大丈夫じゃないぞ! 早く行くぞ、ベツィー!」
「遅くしたのはそっちじゃない、もう!」

 ベツィーとレナは、制服と一緒にもらったカバンとを携えて急いで学園の指定された教室へと走って向かった。僕も二人の後を駆け足で追いかける。



 学園にある正方形の他の建物よりも大きい本棟の一階にある先生たちが集まる職員室へと急いで向かったものの、学園の中であったため遅れることはなく、余裕で時間前に到着した。中へと入ると、机が横に何個も並べられ、その向かいにも机を置かれている列が三列教室にあり、多種多様の先生たちがそこに座っていた。風貌がごつい戦士の先生や、老婆の先生、それに妖艶な女の先生など様々であった。僕たちが入ってくると、ほとんどの先生が僕たちの方を向いた。その中に、昨日知り合ったルースロさんがいて、こちらに来た。

「時間通りだがもう少し早く来い、アーダム・エヴァ。お前はもうここの先生なのだから、生徒の手本とならねばならないだろう」
「あぁ、それはすまない。明日からは気を付けるよ。ごめんね、ルースロさん」
「分かったのなら良い。こっちに来い。受け持つ生徒の資料などを渡す。二人はまだ時間があるから、そこのソファーでくつろいでおけ」

 僕はルースロさんに連れられて、ある机の前にたどり着いた。

「ここがお前の席だ。横は私の席だから、間違っても座るな。もし座れば・・・その椅子を取り換える」
「大丈夫だよ、机に置いているもので間違えるはずがないよ」
「そうか。それと、これが二つのクラスの生徒の情報だ。しっかりと呼んでおけ」

 ルースロさんから六十枚ほどの紙を渡された。軽く目を通して中身が何なのかを確認する。中身は、生徒の名前から年齢、生まれや育ちなど、似顔絵付きで一人三枚ほどであるがこと細かく書かれている。

「くれぐれも、外部に漏らすようなことはするな。中には王族のものもいるからな」
「そうみたいだね。・・・二つの問題を抱えるクラスか」
「まさか今更になって嫌だと言わないだろうな?」
「そんなことあるわけないじゃないか。こんなことで投げ出すようでは、英雄たちを導けないよ」

 僕がそんなことを言うと、ルースロさんは少し慌てた顔をして僕の顔に顔を近づけてきた。

「バカか、そんなことをこんなところで言うな。ここにはその英雄の子孫たちがいて、『全能の魔法使い』は誰もが憧れている存在だ。お前が『全能の魔法使い』だということが知られれば、大変な騒ぎになるだろう。不用意にそんなことを言うな」
「あぁ、彼らの子孫が。分かったよ。僕も目立つことを望んでいるわけではないからね」
「そうだ。あまり不用意にお前自身ことを話すなよ」
「うん、わざわざありがとう。心配してくれて」
「心配などしていない。仕事でなければお前の世話などしない。それよりも早くその紙を全部読め」
「うん、ありがとう」

 僕は言われた通りに、紙を読み始める。・・・問題を抱えるクラスだからか、生い立ちが特殊なものが多い。普通なものは、一人か二人くらいか。生意気な方の生徒数が、十四人。暗い方の生徒数が八人の計二十二人の生徒たち。・・・問題なさそうだね。

「そう言えば聞いていなかったけど、僕はどの授業を受け持てば良いんだい?」
「あぁ、そのことか。理事長から聞いたが、お前は何でも教えられるらしいな?」
「うん、そうだね。すべての事象において僕より深く知っている人間は、いないかな」
「それなら良い。お前と私で基本的に五組と六組の全授業を受け持つことになっている。全授業と言っても彼らのやりたいように授業をしていれば良い。適度にバランスよく授業を変更するなどすれば問題ない」
「全授業とは、容赦ないね。でも僕ならできるから問題ないよ」

 教えることは問題ない。だけど問題は僕が知り過ぎているということだ。知り過ぎていれば、この世界で発見されていないことまで話してしまうかもしれない。まぁ、僕に限ってそんなことはない。

「セリーヌちゃん。こちらが今日入ってくるという先生かしら?」
「ちゃん付けはやめてください、アンリ先生」

 僕が資料を読んでいる時に、僕たちの近くに女性が来た。女性は肩くらいの長さの黒髪で、その笑みは大人の色気を醸し出させている妖艶な雰囲気の人だ。

「初めまして。私はカリマ・アンリよ。生徒には魔法を教えているわ、よろしく」
「僕はアーダム・エヴァ。こちらこそよろしくお願いするよ」

 お互いに手を出して握手をする。しかし、アンリさんはただ握手するだけでは終わらずに、手を繋いだまま僕に身体を近づけてきた。アンリさんはその豊満な胸を押し付けてくる。

「すごく引き締まった身体、男性として魅力的だわ。機会があれば夜にお食事でもしましょうね」

 妖艶な笑みをこちらに向けながら、空いている方の手で身体に触れてくる。僕のことを誘惑しているのだろうが、僕には効かない。小娘の誘惑で落ちるくらいなら、ベツィーでも落ちている。正直、迷惑にすら感じる。僕にとっては外面なんてどうでも良いことで、絶世の美女だろうと絶世のブスだろうが一緒だと感じてしまう。

「くだらないことはやめてください、アンリ先生。誰かれ構わず誘惑していたら、後々苦労するのはアンリ先生ですよ?」
「大丈夫よ。そういう重い人はやらないようにしているから」
「その油断が命取りにならなければいいですね。そしてそろそろでその先生から離れてください」
「あら? もしかして嫉妬しているの?」
「どこをどう見れば嫉妬しているように見えるのですか? 私は学校ですることではないからそう言っているのです。先生は生徒の手本となるのですから、生徒が見えるところでそのようなことをしないでくださいと言っているのです。分かりますか? アンリ先生」
「もう、そうやってお堅いから、男の一人もできないのよ。まぁ、良いわ。彼は私に興味を一切示さないからもうやめるわ。じゃあまたね」

 そう言いながら、アンリさんは僕たちから離れていった。

「おい、興奮しているのではないだろうな」
「君の目にはそう見えている?」
「見えていないが、お前は何を考えているのか分からないから聞いているんだ」
「あいにくだけど、興奮していないよ。あれくらいで興奮するほど未熟ではないよ」
「それなら良い。先生としての自覚を持て。それよりも時間だ、今日は五組にあの二人と一緒に行くぞ。明日は六組に行ってもらう。私とお前が交替で五組と六組を受け持つ」
「それをするなら、どちらか一方に集中した方が良いと思うよ?」
「そんなことは知っている。理事長にも言ったが、理事長がお前をメインに据えて、どちらにもお前の授業を受けさせたいと言っていた。だから、この体制はしばらく変わらないだろう」

 ルースロさんは長い金髪をなびかせながら、ベツィーとレナの二人の元へと向かう。二人は他の先生からもらったであろう紅茶を飲んでのんびりしていたところであった。その紅茶のカップを片付けて四人で職員室から出て行く。

 全学年の教室は本棟にあり、一年生の教室は二階にあり、二年生は三階、三年生は四階となっている。しかし、僕たちが向かう場所はその一個上の五階にある。問題を起こす方の五組と問題を抱えている方の六組の二つが五階にある。五階は豪華な教室へとなっており、通常使われない教室だそうだ。だが、貴族や王族がいるとこういう例があるそうだ。この学園の第一期生が王族だそうで、そのせいで作られたとか。

「さぁ、ここが五組だ」

 五階にたどり着き、五組の前に来た。向かい合って六組がある構造だ。

「あぁ、そうだ。五組も六組も面倒な生徒が集まっているが、五組の生徒は気を付けろ。曲者ばかりが集まっている。特にフーシェとドヴィルは気を付けろ。あいつらに喰われるなよ? すぐに逃げることも考えておけ」

 ルースロさんはベツィーとレナを心配するような言葉をかけた。僕の時とは全然態度が違うのはどうなっているのだろうか。

「はい、十分に気を付けますね」
「大丈夫です、喰われる前に斬ります」

 ベツィーとレナは、大丈夫と言うが、分かっているような分かっていないようなことを言った。僕も心配だけど僕も十分に気を付けておくから大丈夫だろう。

「それなら良い。私も気を付けておくから、あまり安心せずに安心していろ。さぁ、行くぞ」

 扉を開け放ち、五組の教室へと入るルースロさん。僕たちもその後ろを続いて入る。そこには、十四人もの人間が入るには、いささか、いやかなりの広さの教室であった。教室には似顔絵通りの十四人の子供たちがそこにいる、ことはなく、十人しかいなかった。十人しかいないから教室はだいぶ広く感じる。資料で見たから分かっていたが、雰囲気を見ると一癖も二癖もあると再認識した。

「おはよう、諸君。今日は十人か、まぁいる方だな」

 ルースロさんは黒板の前にある教壇に立ち、僕たちはその隣に立ってクラスの全員と面と向かう。こちらを見る目は、様々であった。興味深々であったり、面白いものを見つけた瞳であったり、興味がなくこちらを見ているようで見ていない瞳などであった。

「急であるが、編入試験を経て、今日からこの二人がこのクラスに入ることとなった。二人とも、自己紹介を」

 彼女がそう言うと、まずはレナが前に出て自己紹介を始めた。

「私はレナ・ドヴィル。年は十五で、南の辺境にあるヘリオス村から来たものだ。ここには、自身を磨くために来た。よろしく頼む」

 レナは言葉と共に頭を一回下げる。すると、一人の茶髪で女が好きそうな男が席を立ち、レナの元へと歩き始めて喋り始める。

「そこの美しいお方。僕は君の美しさ、それに凛とした姿に心を奪われた。僕の愛人になる気はないか?」

 この男の子は、確かジル・アルエくんだったか。貴族の子で、成績優秀だが女遊びが荒いとか。

「初対面で言いにくいことであるが、それでも構わないか?」
「あぁ、何でも言ってくれ」
「そうか。それじゃあお構いなく言わせてもらう。・・・悪いが、私はお前に興味の欠片もない。その顔も好みでない。声を聴くだけで背筋が凍る。・・・これを言い纏めるとすれば、さっさと失せろ。ということだ」

 レナの容赦ない言葉を聞いたアルエくんは、笑顔のまま固まりそのまま動かなくなった。その姿を見た五組の人間の一部から思わず噴き出した笑いをしたのが聞こえた。ここまで冷たくされたのは初めてなのだろうか。レナはド直球の部分があるから、村の男の子の心を打ち砕いたことがあったな。

「ごめんなさいね、この馬鹿が。元の場所に置いておくから」
「こちらこそ手間をかけてすまない」
「いつも迷惑をかけられているこいつの滑稽な姿を見れたから良いわ。こいつには良い薬よ」
「ありがとう。君は・・・」
「私はエステル・ルクレール。これからよろしくね」
「あぁ、よろしく」

 固まり続けているアルエくんを回収して元の位置に戻す、長い黒髪の真面目そうな女の子。エステル・ルクレールさんは成績優秀者で、素行も良いと先生からの評価は良いと書いていた。見た感じ、彼女がこの中で一番まともなのではないだろうか。

「じゃあ、次は私が自己紹介します。私はベツィー・フーシェです。レナと同郷で、ここにいる先生に言われてこの学園に入ることにしました。仲良くしてください」

 次にベツィーが自己紹介をした。最後に僕が自己紹介をしようとしたが、またしてもあの男の子が復活して立ち上がった。

「あぁ、なんて美しい! その可憐さは僕の隣にこそふさわしい。僕の愛人にでもならないかい?」

 アルエくんはベツィーの元へと来て、ベツィーの手を握って真っすぐに彼女の瞳を見ながら言った。

「ごめん、私あなたのような人は好みじゃないから」

 その言葉で、またしてもアルエくんは固まってしまった。そして追い打ちをかけるようにベツィーは言葉を続ける。

「それに気安く手を握らないで、私に触っていいのは隣にいる先生だけだから。そんな風に誰かれ構わず口説いて恥ずかしくないの? 私、節操がない人は好きじゃないし」

 ベツィーは手を振りほどいてアルエくんから一歩下がり僕の腕に抱き着いてくる。案の定、また微動だにしないアルエくん。彼は随分と顔に自信があったようだけど、二人には効かなかったようだ。

「ハァ、何度もやらせないでよ。・・・椅子に縛り付けていた方が良いかしら」

 再びアルエくんを回収するルクレールさん。このクラスにいて疲れないのだろうか。・・・いや、絶対にしんどいだろう。

「何か・・・、ごめん。でも言わないといけないと思ったから」
「気にしなくていいわよ。こいつには遠慮なく言ってやって。じゃないと調子に乗って付きまとってくると思うから」
「うん、それなら良かった。これからよろしくね、エステル。まともそうな人がいて良かった」
「えぇ、よろしく。私もようやくまともな人が来てくれてよかったと思っているわ」

 ルクレールさんはアルエくんを席に戻して自身の席に戻った。二人にクラスで仲良くできそうな人が一人でもいてよかった。それも良い子そうで何よりだ。

「次のこの男は、生徒ではない。自己紹介を」
「うん。ありがとうね、ルースロさん」

 僕はルースロさんに促されて一歩前に出て、十人の生徒の顔を一人ずつしっかりと見る。これから彼らを育てることになるとは、少し楽しくなってきたと思った。これほど、人間味がある子たちなのだから。

「僕は彼女たちの村に住んでいた、アーダム・エヴァというものだよ。僕は君たちの全授業を受け持つことになっていて、君たちが卒業するまで僕が先生で担任だ。これからよろしくね」

 僕が自己紹介を言い終えると、十人の見る目が変わった。ほとんどの生徒が僕を見定める視線を送ってくる。

「何か、僕に質問がある人はいるかな?」
「なら、少し良いか?」

 僕の言葉に、自信満々な雰囲気がある赤髪で美形な顔立ちの男の子が手を上げながら立ち上がった。あの子は確か、ザイカ王国・王位継承権第一位のエミリアン・ザイカくんだったか。戦闘力が非常に高く、戦うことが好きな子だと書かれていた。

「あぁ、良いよ。何かな?」
「あんたは、強いのか?」

 不敵な笑みを浮かべながら、僕に殺気を飛ばしてくるザイカくん。軽い挑発なのだろうけれど、僕はものともせずに正直に答える。

「強いよ。おそらくこの世界で一番にね」
「へぇ・・・。それは全能の魔法使いや、英雄たちよりもか?」
「さぁ、どうだろうね。全能の魔法使いとは比べられないし、英雄たちとも比べたことはないからね。だけど、君たちよりかは強いから心配いらないよ。君たちが僕から得るものはある」
「どうだか。口では何でも言えるからな。口ではなく、行動で示すべきだと俺は思うが?」
「それは君が戦いだけじゃないのかい? 僕の実力は、この学園の理事長とここにいるルースロさんが証言してくれるから問題ないよ」
「そうだとしても、俺たちが納得できないだろう? あんたが俺たちに師事するにふさわしいかどうかを決めるのは俺たちだ。手っ取り早くそれを解決する方法は、俺たちを実力でねじ伏せるしか他ならないだろう。言葉ではどうにもならない場面はあるだろう」

 ザイカくんはどうしても僕と戦いたいようだ。だが、あまり人間と戦いたくはない。魔物相手なら兎も角、見守るべき人間にはしたくはない。指導する大義名分を得て相対するのは良いが、こうも殺気を出されてはそうはいかなくなる。

 どうしたものかと考えを巡らせながら、ルースロさんの方を見ると、何やら悪いことを考えている笑みをしている。何か考えがあるのかと思っていたら、彼女から提案された。

「良いんじゃないのか? 何せ世界最強なのだから、生徒の望みをかなえるくらいのことができて当然だろう? それにあそこにいるザイカが納得する一番の方法はこれしかない。時間は有限だ、こうやって問答している時間がもったいないだろう。時間を巻き戻すすべを持っているのなら別だがな」

 ルースロさんは、口角を上げてこちらを挑発してくる。

「ハァ、分かったよ。ザイカくんに手合わせという形で最初の授業だ」
「そうでなくてはな!」

 新しいおもちゃを手に入れたような顔をするザイカくん。最初の最初でこれとは、教師のやりごたいがあるものだ。
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