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本編・現在(アーダム・エヴァ)
序章Ⅰ
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『あなたは、あなたの道を行って? 死にゆく私を枷にする必要なんてどこにもないわ。できれば私のことを忘れてほしくはないけれど、私のことを極力忘れながら世界を見て。ここだけが世界のすべてじゃない。私とあなただけが世界のすべてじゃない。・・・・・・あぁ、死にたくない。・・・これからもずっとあなたと一緒に永遠に生きたかった。だから、私のために私を忘れて世界のすべてを見てきて? それが私の夢だったから』
美しく鮮やかな長い黒髪が段々と抜けはじめ、身体中の肉が細くなっていき今にも死にそうな状態で遺言を残した彼女。これが、僕が一番大切にしている言葉。僕が僕であるための言葉であり、この言葉があれば、僕はどこまでも行ける気がする。僕の可能性を開けてくれた僕の大切な人の言葉。僕は誰よりも僕を知るために、今日も今日とて生きていく。僕が何者で、何をすべきものなのかを見つけるために。
「せんせ~い!」
「どうしたんだい? ベツィー」
木々に囲まれている場所にある切り株に座り本を読んでいる特徴がない二十代くらいの人間である僕ことアーダムは、髪を後ろで二つに結んでいる八歳の女の子ことベツィーが僕の元へと大きな声で僕のことを呼びながら走ってきた。
「見て見て! 昨日教えてもらった魔法を使えるようになったよ!」
「本当かい? それはすごいね」
「あっ、信じてな~い。ならここで見せてあげる!」
「うん、見ておくから焦らずにね」
僕が昨日教えた魔法は闇を照らす光の魔法。教えてほしいとごねられ、仕方がなく教えることにした。比較的使い勝手も良く安全だから光魔法の『照明』を選んだ。
「『光よ、闇を照らせ』、『照明』」
昨日教えた通りの詠唱を、ベツィーが唱える。すると彼女の手のひらに光を発する球体が現れた。しかし、その球体は数秒すると消えていった。
「あぁっ!! ・・・消えちゃった、さっきまではできてたのに、何で?」
「はいはい、泣かない泣かない。時間帯と場所が悪いよ」
消えた魔法を見て今にも泣きだしそうになっているベツィーの頭を撫でながら、どうして消えたのかを説明する。
「『照明』は闇を照らす魔法だよ。昼間にする魔法じゃないよ。それにこんなにも陽の光が差し込んでいる場所でするのも良くないね」
「・・・私が急に魔法を使えなくなったわけじゃないの?」
「そうだね。昨日教えたのに今日できるなんてすごいじゃないか。ベツィーには魔法を使う才能があるよ」
「ほんと!? それって先生みたいになれるってこと!?」
「僕を目標にするのは良くないけど、ベツィーがやろうと思えば大魔法使いも夢じゃないよ」
「私が、大魔法使い・・・。えへへっ、先生に言われるとできる気がする」
「うん、その意気だよ。でも、ベツィー。君は僕の言いつけを一つ破ったね」
目の下にあるクマと、ボサボサの髪がそれを物語っており、僕がそう言うと、ベツィーは明らかに動揺した態度を取っている。
「な、ななななな何のこと!?」
「ベツィー、正直に言うんだ。僕は君を攻めているわけじゃないんだよ? ただベツィーが言いつけを破って悲しいだけなんだよ」
「・・・・・・ご、ごめんなさい! 言いつけを破って寝る時も魔法の練習をやっちゃった!」
「うん、分かってたよ。言いつけを破るのは良くないことだけどきちんと言えて偉いよ。言いつけは君を立派な大人にするためのものなのだから、次からは守ってね」
「うん! 言いつけを守って先生みたいな立派な大人になる!」
「だから僕を目標にするのは良くないよ」
僕とベツィーは村に向かって話しながら歩き出す。ベツィーは今日あった出来事を嬉しそうに話してくれるから、僕も嬉しい気持ちになる。ベツィーは本当に優しくて明るくて、誰もを引き付けることのできる性質を持っている子だ。ここまでの子は人類史上の中であまり見たことがない。
村の入り口までたどり着き、村へと入ろうとすると僕の方へと無数の小石が数人の男の子によって投げつけられた。僕が避ければベツィーに当たる可能性があるから、無数の小石をすべて手で受け止めた。
「いたずらにしては少し過ぎるんじゃないのかい? ヨルゴ、オノレ、クレマン」
子供の力でも上手く当たれば大人が怪我をする程度の距離にいる男の子三人に向けて僕は言った。おそらく大人を見下しているガキ大将のクレマンがこの計画を立てて、ベツィーが好きでいつも一緒にいる僕が気に食わないヨルゴも賛同して、気が弱いオノレが言いなりになったところかな。
「うるせぇ! 化け物はこの村から出て行けばいいんだよ!」
ヨルゴが僕に向けて石を投げつけたつもりが、手が滑ったせいかその石はベツィーの方へと当たりそうになった。だが、僕がその寸前で石を受け止めて事なきを得た。
「こういう風に他の誰かに当たったら危ないでしょ? やるなら僕だけの時にすればいいよ」
「そういうことじゃないでしょ、先生。先生は何も悪いことをしていないんだから投げられる必要なんてないよ。・・・それに、石を人に向けて投げるなんてクズがやることなんだから、ヨルゴたちは本当に・・・最っ低」
「そ、そうじゃないんだよ! ベツィーをその化け物から守るために俺は・・・」
「先生は化け物じゃないし、私を守ってくれているのは先生でしょ! 今も私を守ってくれたのは先生なんだから」
「だってそいつは俺たちを喰らうために生きている化け物だって、父ちゃんが言ってたし・・・」
「先生が私たちを食べる? 普通に考えればそんなバカな話があるわけないでじゃん。先生は私たちのおばあちゃんが生まれる前から生きていて、食べるとしても食べる機会なんて私たちの前にいくらでもあったはずでしょ。私たちが生まれるずっと前からおばあちゃんやおじいちゃんを守ってくれていた先生に対してそんなことを言うなんて信じられない。・・・もう私の前に出てこないで。先生を悪く言う人と一緒にいたくない」
「・・・ベツィーが俺にそんなことを言うはずがない。ベツィーが好きなのは俺なんだ。・・・そうだ、化け物がベツィーに魔法をかけたんだ。じゃなきゃこんなことなんてあるはずがない」
ヨルゴは自分の思い通りに進まない上、好意を持っていた相手に強烈な一撃を喰らわされたことで僕への憎悪を膨らませ、僕に憎悪の目で睨みつけてくる。
「お前が・・・お前がいなければ・・・お前がいなければ良かったんだよ!」
もう一度ヨルゴが僕に向けて石を投げてくる。今度は魔力がこもった一撃だ。
「先生に攻撃しないで!」
石が投げられている中で、僕の前にベツィーが立った。ベツィーの行動は不意なことであったが、ベツィーに石が当たりそうになる前に魔力を纏っている石をつかんで難を逃れる。
「ダメでしょ、ベツィー。危険な真似をして、綺麗な顔に傷がついちゃうかもしれないよ? 今度はよく考えて行動するんだよ?」
「・・・うん、ごめんなさい。先生に攻撃されてほしくなかったから」
「でも、守ってくれようとするその行動は嬉しいよ。ありがとう」
「うん!」
ベツィーに言い聞かせた後、僕はヨルゴの方を向く。ヨルゴはさっきよりもひどい顔をしており、涙も浮かべていた。
「何度も言うけど、僕に用があるのなら僕が一人の時に来ると良いよ。逃げも隠れもしない。僕が一番恐れているのは君が君の手で村の人たちを傷つけることだからね。僕をないがしろにしても良いけど、村の人たちはないがしろにしてほしくはないよ」
ヨルゴは悔しそうな顔をしながらこの場から去っていく。他の二人もヨルゴに続いて去っていく。その中でクレマンだけが何かを悪だくみしてそうな顔をこちらに少しだけ見せて去って行った。
「先生は何であいつらにも優しくするの?」
「あいつらとは言わない。・・・僕にとってはどんなに悪いことをしている子でも、等しく僕の子供みたいなものだからね。子供がどんなことをしても見放さないのが親というものじゃないかな?」
「・・・よく分からない」
「ははっ、そうだね。まだベツィーは子供なんだから。いつかこの気持ちが分かる日が来るよ」
「うん! その時は私を先生のおよめさんにしてね!」
「それはダメだよ。僕はおじいちゃんだから」
「先生がおじいちゃんでも私は先生が好きなの!」
「ありがとう、気持ちだけ受け取っておくよ」
「気持ちだけじゃなくて私も受け取って!」
僕に駄々をこねているベツィーを軽くいなしながら、村へと入っていく。すると行き交う人々から様々な言葉を受ける。
「こんにちは、アーダムさん」
「・・・チッ」
「新鮮な魚があるから今日はうちでご飯を食べていきなよ」
「なんであんな化け物がこの村にいるんだよ」
昔はみんな、僕がこの村を作ったため僕に感謝していた。しかし、今の村の現状は昔とは異なっていた。今のみんなの反応で分かるように、僕を慕う人と僕を毛嫌いしている人、僕に畏怖の念を抱いているものに分かれていた。僕に好感を持っている人と持っていない人は丁度半々に分かれている感じだ。
歴史を重ねていくにつれ、人の考え方は変わる。それは村にいる人でも変わりない。僕という化け物を村の中にいれているのはさぞ心苦しいのだろう。いずれ僕がこの村から出て行く日が来るのかもしれない。だが、それでもいいと思っている。何千年と生きている僕に、村が縛られる必要はないのだからね。
「先生はどうしてこの村にいるの? この村にいても退屈でしょ?」
「急にどうしたんだい?」
「こんな何もない村にいても数百年いたら退屈だと思って。それにこの村の人たちって、私を含めて半分は先生を尊敬しているけど、あとの半分は先生を恐れていたり排斥しようとしているよね。こんな半分の人たちが先生のことを嫌っているところにいても先生は嬉しくないと思うから」
「それはどうかな。確かにここにいても普通の人なら退屈だと言えるかもしれない。でもね、僕はどうでもないんだ。僕がこの村を作ってから、この村の人たちがどうやって生涯を全うするのかを欠かさずに見ることが楽しみと言えるんだよ。僕ができなかった平穏な生活と言うものは、何度見ても飽きない。ここにいても多種多様な人生があって、どんな人生を送るのかを見ているのは良いものだ」
「・・・よくわかんない。でも! 私は先生をずっっっと見ていても飽きないよ! そういうことなの?」
「うん、そういうことだよ。だから僕はこの村に何百年と居ても飽きないんだ。ただ・・・そろそろで潮時かもしれないかな」
ここ数年、僕は昼間まで切り株を椅子にして読書をし、ベツィーは昼間まで母親に一般常識を教えてもらい昼間からは同じ場所へと毎日通っている。そこは村の中心にある村長の家であった。
「はぁっ! はあぁっ! はっ!」
村長の家の前で滴る汗を激しく周りに飛ばしながら木刀で素振りをしている、後頭部の上の方でその長い赤髪を結んだ紫色の瞳の女の子がそこにいた。女の子は僕たちに気が付いたものの、そのまま素振りを続ける。僕たちもそれを終わるのを赤髪の女の子を見ながら待つ。
しばらくすると、渾身の一撃を振り下ろして終わった。と思いきや、素振りをし終えた身体で僕に距離を詰めてきて僕に木刀を振り下ろしてきた。僕は木刀が当たる前に木刀を握っている彼女の手をつかみ止めた。
「今日は随分と気合が入っているね、何かあったのかい?」
「素振りが終わった時に今日は行ける気がしただけだ。結局はただの妄想に終わってしまったが」
「そんなことはないよ。あと何十年かすれば僕も武器を持たなければならないと思うよ」
「勝てるわけではないんだ」
「残念ながらそうだよ。数年しか生きていない女の子に負けるわけにはいかないよ」
赤髪の女の子こと、レナは家の前にある長椅子に置いてあったタオルを手に取り汗を拭きとりながら僕たちの前に来る。
「今日は少し遅いように感じたが、何かあったのか?」
「ヨルゴたちに絡まれていたんだよ。ただそれだけ」
「それは本当なのか、ベツィー?」
「聞いてよレナ。絡まれていたとかいう話じゃないよ! 先生に向かって石を三人で投げて、あろうことか魔力を込めた一撃を喰らわせようとしたんだよ! 本当に信じられない!」
「・・・またあいつらか。少し懲らしめた方が良いのかもしれないな」
彼女たちは仲が良い。僕よりも仲が良いと言っても過言ではない。そもそも、僕に対して友情の類の感情を持ってくれる人はいなかった。敬意の念か、畏怖の念のどちらかしかない。
「まぁ、彼たちの言い分も分かる。得体のしれない僕と同じ村にいるんだ。それは気が気じゃないだろうね。だから僕がらみでの村人同士の制裁はやらなくていいよ。もちろん、他の村の人に危害を加えようとすれば遠慮なく処罰してやってほしい。何が悪いのかを、ハッキリと分かるように」
「相変わらず師匠は甘いな。私だったらすぐに牢屋にぶち込む」
「他の村の人をやった時はそれでいいけど、僕は例外だよ。僕は本来いてはいけない人間なのだから・・・。さぁ、こんな話より早く稽古を始めようか」
雰囲気がよろしくなかったから話の話題を元に戻す。僕は、ベツィーとレナの武の先生をしている。二人がある時僕に戦い方を師事してほしいと言ってきたことが始まりだったっけ。僕がこの村からいなくなった時のために二人に武術を教えることを許した。そこから僕たち三人の稽古が数年から始まったわけだ。
「今日こそ先生に勝とうね、レナ!」
「あぁ! 今日こそ師匠に一本取って見せるぞ、ベツィー!」
「その調子でどこからでもかかってくると良いよ」
この一連の流れがここ数年間ずっと続いていることだ。そして、これから七年間も同じ生活をずっと繰り返した、この村で起こっている問題を放置して。それが原因で、この先村が分裂することを知らずにね。
美しく鮮やかな長い黒髪が段々と抜けはじめ、身体中の肉が細くなっていき今にも死にそうな状態で遺言を残した彼女。これが、僕が一番大切にしている言葉。僕が僕であるための言葉であり、この言葉があれば、僕はどこまでも行ける気がする。僕の可能性を開けてくれた僕の大切な人の言葉。僕は誰よりも僕を知るために、今日も今日とて生きていく。僕が何者で、何をすべきものなのかを見つけるために。
「せんせ~い!」
「どうしたんだい? ベツィー」
木々に囲まれている場所にある切り株に座り本を読んでいる特徴がない二十代くらいの人間である僕ことアーダムは、髪を後ろで二つに結んでいる八歳の女の子ことベツィーが僕の元へと大きな声で僕のことを呼びながら走ってきた。
「見て見て! 昨日教えてもらった魔法を使えるようになったよ!」
「本当かい? それはすごいね」
「あっ、信じてな~い。ならここで見せてあげる!」
「うん、見ておくから焦らずにね」
僕が昨日教えた魔法は闇を照らす光の魔法。教えてほしいとごねられ、仕方がなく教えることにした。比較的使い勝手も良く安全だから光魔法の『照明』を選んだ。
「『光よ、闇を照らせ』、『照明』」
昨日教えた通りの詠唱を、ベツィーが唱える。すると彼女の手のひらに光を発する球体が現れた。しかし、その球体は数秒すると消えていった。
「あぁっ!! ・・・消えちゃった、さっきまではできてたのに、何で?」
「はいはい、泣かない泣かない。時間帯と場所が悪いよ」
消えた魔法を見て今にも泣きだしそうになっているベツィーの頭を撫でながら、どうして消えたのかを説明する。
「『照明』は闇を照らす魔法だよ。昼間にする魔法じゃないよ。それにこんなにも陽の光が差し込んでいる場所でするのも良くないね」
「・・・私が急に魔法を使えなくなったわけじゃないの?」
「そうだね。昨日教えたのに今日できるなんてすごいじゃないか。ベツィーには魔法を使う才能があるよ」
「ほんと!? それって先生みたいになれるってこと!?」
「僕を目標にするのは良くないけど、ベツィーがやろうと思えば大魔法使いも夢じゃないよ」
「私が、大魔法使い・・・。えへへっ、先生に言われるとできる気がする」
「うん、その意気だよ。でも、ベツィー。君は僕の言いつけを一つ破ったね」
目の下にあるクマと、ボサボサの髪がそれを物語っており、僕がそう言うと、ベツィーは明らかに動揺した態度を取っている。
「な、ななななな何のこと!?」
「ベツィー、正直に言うんだ。僕は君を攻めているわけじゃないんだよ? ただベツィーが言いつけを破って悲しいだけなんだよ」
「・・・・・・ご、ごめんなさい! 言いつけを破って寝る時も魔法の練習をやっちゃった!」
「うん、分かってたよ。言いつけを破るのは良くないことだけどきちんと言えて偉いよ。言いつけは君を立派な大人にするためのものなのだから、次からは守ってね」
「うん! 言いつけを守って先生みたいな立派な大人になる!」
「だから僕を目標にするのは良くないよ」
僕とベツィーは村に向かって話しながら歩き出す。ベツィーは今日あった出来事を嬉しそうに話してくれるから、僕も嬉しい気持ちになる。ベツィーは本当に優しくて明るくて、誰もを引き付けることのできる性質を持っている子だ。ここまでの子は人類史上の中であまり見たことがない。
村の入り口までたどり着き、村へと入ろうとすると僕の方へと無数の小石が数人の男の子によって投げつけられた。僕が避ければベツィーに当たる可能性があるから、無数の小石をすべて手で受け止めた。
「いたずらにしては少し過ぎるんじゃないのかい? ヨルゴ、オノレ、クレマン」
子供の力でも上手く当たれば大人が怪我をする程度の距離にいる男の子三人に向けて僕は言った。おそらく大人を見下しているガキ大将のクレマンがこの計画を立てて、ベツィーが好きでいつも一緒にいる僕が気に食わないヨルゴも賛同して、気が弱いオノレが言いなりになったところかな。
「うるせぇ! 化け物はこの村から出て行けばいいんだよ!」
ヨルゴが僕に向けて石を投げつけたつもりが、手が滑ったせいかその石はベツィーの方へと当たりそうになった。だが、僕がその寸前で石を受け止めて事なきを得た。
「こういう風に他の誰かに当たったら危ないでしょ? やるなら僕だけの時にすればいいよ」
「そういうことじゃないでしょ、先生。先生は何も悪いことをしていないんだから投げられる必要なんてないよ。・・・それに、石を人に向けて投げるなんてクズがやることなんだから、ヨルゴたちは本当に・・・最っ低」
「そ、そうじゃないんだよ! ベツィーをその化け物から守るために俺は・・・」
「先生は化け物じゃないし、私を守ってくれているのは先生でしょ! 今も私を守ってくれたのは先生なんだから」
「だってそいつは俺たちを喰らうために生きている化け物だって、父ちゃんが言ってたし・・・」
「先生が私たちを食べる? 普通に考えればそんなバカな話があるわけないでじゃん。先生は私たちのおばあちゃんが生まれる前から生きていて、食べるとしても食べる機会なんて私たちの前にいくらでもあったはずでしょ。私たちが生まれるずっと前からおばあちゃんやおじいちゃんを守ってくれていた先生に対してそんなことを言うなんて信じられない。・・・もう私の前に出てこないで。先生を悪く言う人と一緒にいたくない」
「・・・ベツィーが俺にそんなことを言うはずがない。ベツィーが好きなのは俺なんだ。・・・そうだ、化け物がベツィーに魔法をかけたんだ。じゃなきゃこんなことなんてあるはずがない」
ヨルゴは自分の思い通りに進まない上、好意を持っていた相手に強烈な一撃を喰らわされたことで僕への憎悪を膨らませ、僕に憎悪の目で睨みつけてくる。
「お前が・・・お前がいなければ・・・お前がいなければ良かったんだよ!」
もう一度ヨルゴが僕に向けて石を投げてくる。今度は魔力がこもった一撃だ。
「先生に攻撃しないで!」
石が投げられている中で、僕の前にベツィーが立った。ベツィーの行動は不意なことであったが、ベツィーに石が当たりそうになる前に魔力を纏っている石をつかんで難を逃れる。
「ダメでしょ、ベツィー。危険な真似をして、綺麗な顔に傷がついちゃうかもしれないよ? 今度はよく考えて行動するんだよ?」
「・・・うん、ごめんなさい。先生に攻撃されてほしくなかったから」
「でも、守ってくれようとするその行動は嬉しいよ。ありがとう」
「うん!」
ベツィーに言い聞かせた後、僕はヨルゴの方を向く。ヨルゴはさっきよりもひどい顔をしており、涙も浮かべていた。
「何度も言うけど、僕に用があるのなら僕が一人の時に来ると良いよ。逃げも隠れもしない。僕が一番恐れているのは君が君の手で村の人たちを傷つけることだからね。僕をないがしろにしても良いけど、村の人たちはないがしろにしてほしくはないよ」
ヨルゴは悔しそうな顔をしながらこの場から去っていく。他の二人もヨルゴに続いて去っていく。その中でクレマンだけが何かを悪だくみしてそうな顔をこちらに少しだけ見せて去って行った。
「先生は何であいつらにも優しくするの?」
「あいつらとは言わない。・・・僕にとってはどんなに悪いことをしている子でも、等しく僕の子供みたいなものだからね。子供がどんなことをしても見放さないのが親というものじゃないかな?」
「・・・よく分からない」
「ははっ、そうだね。まだベツィーは子供なんだから。いつかこの気持ちが分かる日が来るよ」
「うん! その時は私を先生のおよめさんにしてね!」
「それはダメだよ。僕はおじいちゃんだから」
「先生がおじいちゃんでも私は先生が好きなの!」
「ありがとう、気持ちだけ受け取っておくよ」
「気持ちだけじゃなくて私も受け取って!」
僕に駄々をこねているベツィーを軽くいなしながら、村へと入っていく。すると行き交う人々から様々な言葉を受ける。
「こんにちは、アーダムさん」
「・・・チッ」
「新鮮な魚があるから今日はうちでご飯を食べていきなよ」
「なんであんな化け物がこの村にいるんだよ」
昔はみんな、僕がこの村を作ったため僕に感謝していた。しかし、今の村の現状は昔とは異なっていた。今のみんなの反応で分かるように、僕を慕う人と僕を毛嫌いしている人、僕に畏怖の念を抱いているものに分かれていた。僕に好感を持っている人と持っていない人は丁度半々に分かれている感じだ。
歴史を重ねていくにつれ、人の考え方は変わる。それは村にいる人でも変わりない。僕という化け物を村の中にいれているのはさぞ心苦しいのだろう。いずれ僕がこの村から出て行く日が来るのかもしれない。だが、それでもいいと思っている。何千年と生きている僕に、村が縛られる必要はないのだからね。
「先生はどうしてこの村にいるの? この村にいても退屈でしょ?」
「急にどうしたんだい?」
「こんな何もない村にいても数百年いたら退屈だと思って。それにこの村の人たちって、私を含めて半分は先生を尊敬しているけど、あとの半分は先生を恐れていたり排斥しようとしているよね。こんな半分の人たちが先生のことを嫌っているところにいても先生は嬉しくないと思うから」
「それはどうかな。確かにここにいても普通の人なら退屈だと言えるかもしれない。でもね、僕はどうでもないんだ。僕がこの村を作ってから、この村の人たちがどうやって生涯を全うするのかを欠かさずに見ることが楽しみと言えるんだよ。僕ができなかった平穏な生活と言うものは、何度見ても飽きない。ここにいても多種多様な人生があって、どんな人生を送るのかを見ているのは良いものだ」
「・・・よくわかんない。でも! 私は先生をずっっっと見ていても飽きないよ! そういうことなの?」
「うん、そういうことだよ。だから僕はこの村に何百年と居ても飽きないんだ。ただ・・・そろそろで潮時かもしれないかな」
ここ数年、僕は昼間まで切り株を椅子にして読書をし、ベツィーは昼間まで母親に一般常識を教えてもらい昼間からは同じ場所へと毎日通っている。そこは村の中心にある村長の家であった。
「はぁっ! はあぁっ! はっ!」
村長の家の前で滴る汗を激しく周りに飛ばしながら木刀で素振りをしている、後頭部の上の方でその長い赤髪を結んだ紫色の瞳の女の子がそこにいた。女の子は僕たちに気が付いたものの、そのまま素振りを続ける。僕たちもそれを終わるのを赤髪の女の子を見ながら待つ。
しばらくすると、渾身の一撃を振り下ろして終わった。と思いきや、素振りをし終えた身体で僕に距離を詰めてきて僕に木刀を振り下ろしてきた。僕は木刀が当たる前に木刀を握っている彼女の手をつかみ止めた。
「今日は随分と気合が入っているね、何かあったのかい?」
「素振りが終わった時に今日は行ける気がしただけだ。結局はただの妄想に終わってしまったが」
「そんなことはないよ。あと何十年かすれば僕も武器を持たなければならないと思うよ」
「勝てるわけではないんだ」
「残念ながらそうだよ。数年しか生きていない女の子に負けるわけにはいかないよ」
赤髪の女の子こと、レナは家の前にある長椅子に置いてあったタオルを手に取り汗を拭きとりながら僕たちの前に来る。
「今日は少し遅いように感じたが、何かあったのか?」
「ヨルゴたちに絡まれていたんだよ。ただそれだけ」
「それは本当なのか、ベツィー?」
「聞いてよレナ。絡まれていたとかいう話じゃないよ! 先生に向かって石を三人で投げて、あろうことか魔力を込めた一撃を喰らわせようとしたんだよ! 本当に信じられない!」
「・・・またあいつらか。少し懲らしめた方が良いのかもしれないな」
彼女たちは仲が良い。僕よりも仲が良いと言っても過言ではない。そもそも、僕に対して友情の類の感情を持ってくれる人はいなかった。敬意の念か、畏怖の念のどちらかしかない。
「まぁ、彼たちの言い分も分かる。得体のしれない僕と同じ村にいるんだ。それは気が気じゃないだろうね。だから僕がらみでの村人同士の制裁はやらなくていいよ。もちろん、他の村の人に危害を加えようとすれば遠慮なく処罰してやってほしい。何が悪いのかを、ハッキリと分かるように」
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