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コミュ障、目覚める。

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 ナタリーに冷たく離され、涙をぬぐった昨日を乗り越えた今日、俺は一人で図書館へと足を運んでいた。理由は簡単、ヒントの情報を手に入れるためだ。一人なのは、幼馴染みたちが俺だけを仲間外れにしてどこかに行きやがった。エヴァはこちらに来たげだったが、ナタリーに連れていかれていた。

 学園から離れ、四方の貴族の家の内、二つの家の間に位置している図書館の前にたどり着いた。そこはこの世界で最も情報が詰まっていると言われているエメヒ図書館。俺は入って良いのかと周りを観察しながら入って行く。心配していたが、そんなことは杞憂に終わり何事もなく図書館の中へと入れた。

 そこには本をぎっしりと詰めている背の高い本棚がいたるところにある。それに図書館の内装がきっちりと把握できないほどに図書館は広かった。・・・この中から探すのか?

「何かお探しですか?」

 周りに人がいないはずなのにどこからか声が聞こえてきた。周りを注意深く見ると、俺の横にいる手のひらサイズの透明な羽が生えている短い赤髪の活発そうな女性・・・ピクシーがいた。案外近くにいたから距離を取ったが、ピクシーは近づいてきた。

「逃げないでも良いじゃないですか。私はここの案内役を担っていますから」
「・・・どうも」

 なるほど。この膨大な量の本から一冊を見つけるためには素人だと無理だから、こうやって案内役を立てているのか。

「それでそれで? あなたのお探し物は何かな? 私がそこまで案内しましょう」
 ピクシーは俺の肩へと乗ってきた。

「・・・・・・じゅ、15年前の・・・大災害の情報が・・・」
「あぁ、『終焉の前触れ』に関する本ね。それならあっちにあるよ」

 ピクシーは方向を指さして示してくれるが、先導してくれるわけではないのか。彼女に指示された通りに進んでいくが、広すぎて中々目的の場所へとたどり着かない。

「・・・広いな」
「でしょ! 無駄に広くて本がいっぱいあって、『ここは世界で一番の図書館です』とか言っても大半の人はそんなの期待してないし、むしろ無駄を省いて必要な本だけおいておけばいいのに」

 ・・・こいつ、本当にここで働いているのか? 図書館で働いている者あるまじき言動だぞ。と言うか段々と敬語が取れてきている。・・・気にしないから良いけど。

「・・・えーっと、どこだっけ?」

 小さい声で言っても耳元なんだから聞こえているぞ!? 大丈夫なのか? 本当に、切実に。でもまあ案内されている身なんだから間違っていたとしても文句は言わない。

「たぶん確か絶対に、ほぼ確実に、一割の確率であそこだ!」

 最後のは確実とは言わない。指示された本の場所へと歩き出し、前から同じ本棚を見て歩いている黒髪を後ろで団子にまとめている大人な女性がいる。たぶん同じ本を取ることはないだろうと思い、そのまま歩き目的の本を取ろうとすると、前から来ていた女性もその本が目当てだったらしく手と手が当たった。

「あ」
「うん?」

 眼と眼も合ったが、俺がすぐさま本から手を離して女性から離れる。

「す、すすすすみませんっ」
「いや、君が謝ることではないだろう。たまたま当たっただけなのだから」

 女性は少し笑みを浮かべながら俺の前に本を出してきた。

「この本がお目当てなのだろう? ならば持っていくと良い。私は他にも読みたい本があるからこれは後でも良いからな」
「あ・・・はい」

 お言葉に甘えて本を受け取ろうとするが・・・・・・。

「この本を読もうとするとは、君も中々のマニアと見た」

 題名『女と男』・・・俺は目の前の女性に勘違いされて恥ずかしい思いがいっぱいになった。顔が一気に熱を帯びだす。

「恥ずかしがることはない。私もその手の話は好きだからね」
「い、いえ・・・自分は・・・だい、じょうぶ、です」

 声を絞り出しながら答える。そして肩に乗っているピクシーに目をやる。

「何でそこで遠慮しているのさ! 先に読ましてもらえば良いじゃん」
「・・・俺が、言ったことを・・・覚えているか?」

 声を震わせながらピクシーに言う。

「その目の前にある本じゃないの? 確か『終焉の前触れ』の本でしょ? それが・・・・・・何ですか?」

 女性が持っている本を見てピクシーは声を小さくさせ、最後は敬語に戻った。

「えっと・・・何と言いますか。・・・あなたに合う本がそれだったのです!」

 さすがに苦し紛れの言い訳だ。

「スピサさん?」

 黒髪の女性の後ろから突然現れた長い青髪にキリッとした顔つきの女性のピクシーが怒りの血相で赤髪のピクシーを見ていた。赤髪のピクシーは俺の肩から離れて空中で綺麗に立っている姿をする。

「は、はいっ!? 何でしょうか!? イグロ先輩っ!」
「こちらの男性が求めていた本は何ですか?」
「はいっ! 『終焉の前触れ』に関する本です!」
「では、あなたは何故、その本があるはずがない場所に案内をしているのですか? あまつさえ間違った本を案内した」
「そ、それは・・・すみませんでしたッ!」

 空中で頭を綺麗に下げている。この人が随分と怖いんだな。俺も怒られていないにもかかわらず怖いから分からなくもない。

「私に謝るのではなく、そちらの男性に謝りなさい」

 そう言われ、赤髪のピクシーは俺の方を向いて、これまた綺麗に頭を下げてきた。

「本当にすみませんでした・・・」
「・・・や、別に・・・気にしない」

 何かかわいそうになってきたし、特に責めるわけでもないから謝罪を受け入れる。

「こちらからも非礼をお詫びします。本当に申し訳ございません」

 青髪のピクシーさんもこちらに来て俺に頭を下げてくるが、俺は慌てて今の精一杯の言葉を述べる。

「べ、べべべ、別にっ・・・気にしてませんからッ!」

 声が上ずりながらそういうと、先輩ピクシーさんは頭を上げてくれた。

「ありがとうございます・・・ところで、スピサさん」
「ふいぃ・・・は、はい?」
「あなた、私がどこまで見ていたか知っていますか?」
「どこまで? ・・・ははっ」

 先輩ピクシーさんの言葉に赤髪のピクシーはまたしても大量の冷や汗をかいて、無理やり笑みを浮かべる。

「答えられないなら教えてあげましょう。この棚についたあたりからです。どういう意味かお判りでしょう?」

 もはや赤髪ピクシーの精神的ダメージは許容範囲を超え、全身が痙攣している。

「私がこれから言うことを、また私の口から言わせる気ですか?」

 怖っ! 笑顔だけど全然笑ってない!

「ゴメンナサイデシタ。モウシマセン」

 壊れかけているな。まさか自分でやったことが綺麗に自分に降りかかってくるとは。

「不躾な後輩に代わって、私がご案内します」
「は、はい。お、お願いします」

 頭を下げてお願いする。

「では、こちらにどうぞ。ユカリさま、また御用がありましたらお気軽に私共ピクシーにお声かけください」
「ありがとう、助かったよ。君もこれを機にこれを読み始めることをオススメするよ」
「は、はい?」

 黒髪の女性に言われたことをとりあえずスルーして先輩ピクシーさんについて行く。

「お探しのものは『終焉の前触れ』に関する本、でよろしいですか?」
「は、はい」

 さっきの怒られていたどこかのピクシーとは違い、ちゃんと先導して俺に道を示してくれている。まぁ、あんなのがいたるところにいたらいたで無法地帯に成り代わるんだけど。

「自己紹介が遅れましたね。私はここの主任をしているピクシーのイグロと申します。以後お見知りおきを」
「は、はい・・・ジェレミア・ロドリゲス、です」
「ほぉ、あなたが噂のビショップの星でしたか」

 ビショップの星って、何でそんなものまで言われているんだよ。今の噂が色々と奇形になって伝わっている気がするんだが。

「これがあなたが探しているただ一冊だけの本です」

 イグロさんが本棚の高い位置から取り出して俺に渡してきた。本、と言うよりは調査書と言う方が正しいか。それよりも一冊しかないのか?

「ここにはその事柄に関しての本はその一冊しかありません」
「・・・一冊?」

 15年経っているにも関わらず一冊? 15年経っていたら数冊はありそうな感じだけどな。

「これについては、ここでの取り扱い、ということです。天空城の王族しか入ることが許されない秘密書庫ならば、詳細が記されているかもしれませんが、一般的に公開されているのはこれだけです」

 ・・・え、15年前のことを調べるだけで大変なんだけど。ヒントの段階でできなくなりそうなんだけど、まあこれを読んでみないことには始まらない。

「・・・ありがとうございました」
「気にしないでください。ではまた、どこかで機会があれば。希望の星さん」

 イグロさんはどこかへと飛んで行った。俺は所々で設置されている読書スペースに陣取り、その本を開く。そこには大災害の被害状況が載っていた。

『都市:ヤマツマ
 状況:一切の焼失および気温上昇につき安住不可
 要因:噴火、大火事』
『都市:ジョサウイ
 状況:完全浸水
 要因:大噴水、洪水、大雨』
『都市:マイリバ
 状況:一切の消失および常時暴風
 要因:暴風によるもの以外不明』
『都市:マウジワ
 状況:建物崩壊および常時落雷
 要因:落雷による火災によるもの以外不明』
『都市:オントウ
 状況:地割れおよび渓谷の出現
 要因:地震』
『都市:なし(国境に出現)
 状況:大森林の出現
 要因:不明』
『都市:ハタヤマハ
 状況:大災害後の変化なし
 大災害当時:病気など不健康者が健康者へと至る』
『都市:ヨセイ
 状況:沈静に至る
 大災害当時:墓地から大量の死体が動き出し、生者を襲う』
『都市:ヨイ
 状況:沈静に至る
 大災害当時:狂ったように人が人を襲いだし、生存者2名、死者151名』
『都市:全域
 状況:人ならざる者の活動時間の制限および強化
 要因:不明』
『以上の報告は一端であり、他にも被害があったところは数え切れず』

 要点を絞って読んだが、こんなところか。だが、知っていたものと大差ない。そもそも被害の状況を知ったところで何がある? 15年前、俺の生まれた日に起こっているから俺にも関係あるのか? いや、もしかしたらこの大災害の中にナタリーたちのことを解くヒントがあるのか。・・・分からない。

「・・・ステータス・オープン」

 行き詰ったため、違う角度から攻めていく。俺の目の前に俺のステータスが表示される。

『名前:ジェレミア・ロドリゲス
 種族:“人間”あるいは“?”
 年齢:15
 職業:なし
 称号:寵愛を受けし者
 ≪スキル≫
 ≪炎神ブリギッド寵愛タリスマン≫・≪水神ティアマト寵愛タリスマン≫・≪???≫・≪???≫・≪???≫・≪???≫・≪???≫・≪???≫・≪???≫・≪治神ミネルヴァ寵愛タリスマン≫・≪???≫・≪幻神タナトス寵愛タリスマン≫・≪魔力変換≫・≪???≫・≪錬金術Lv1≫・≪採取Lv1≫・≪植物鑑定Lv1≫・≪隠密Lv1≫・≪騎乗Lv1≫・≪鍛冶Lv1≫
 ≪魔法適正≫
 炎:A+
 水:C+
 風:C+
 雷:C+
 大地:C+
 自然:C+
 光:C+
 闇:C+
 聖:C+
 治癒:SSS+
 精神:C+
 夢幻:C+』

 授業を受けていることでスキルが増えているが、まだレベル1のスキル。使い物にはならない。しかし、自分のことを知るとなれば、やはり文字が表示されていない・・・・・・んっ? 二つの表示が解除されている。水神の寵愛と幻神の寵愛か。・・・だが、このスキルは押しても何も起きない。通常の場合はスキルをタッチすれば概要が表示される。

『騎乗Lv1・・・馬に乗ることで馬のステータスを上昇させる』

 となるが、最初からあったスキルは何も反応しない。これが自分を知ることの第一歩になるだろうが、概要が分からなければどうしようもない。普通に考えれば、寵愛っていうくらいだから補助スキルか何かなのか? ・・・・・・よく見れば、炎の適性魔法も上がっている。どういうことだ? 自分を知るって、難しすぎだろ。

「・・・うん?」

 またまた行き詰まり何気なく本をめくっていくと、最後のページに見知った名前があった。

『報告者:ステラ・ロス』

「え、ロス先生? ロス先生が作ったのか?」

 この報告書の感じからすれば、世界各地を調べまわって書いたのだろう。だが治療専門ではないのか? いやもしかしたらパーティーについて行って書いたのかもしれない。・・・謎が謎を呼ぶ。

 ここで得られる情報はこれくらいか。さて、これからどうするか。聞くとすればロス先生だが・・・果たして俺に聞くことができるだろうか。だいぶロス先生には慣れたが、まだ会話をするとなれば少し難しい。だがこれ以上何かを調べて、はできないだろう。

 俺は本をいたるところに設置されている返却棚に置き、図書館を後にした。外を出るとすでに空に暗がりが見え始めていた。

 目指すはロス先生がいる医療棟。意を決してロス先生に聞きに行くことにした。ロス先生がいなければ明日にしよう。うん、迷惑だし。今日ももしかしたら迷惑かもしれないからな。

「・・・うわ」

 何故か大通りには人がたくさんいた。人だかりが嫌だから迂回して背が高い建物と建物の間の狭い路地を通っていくことにした。チラホラと人がいるが、気にならないほどだった。

 しばらく歩いていると、俺以外に人がいなくなっており、俺だけが狭い路地にいるだけになっていた。人が不自然にいなくなっているし、不自然に静かだ。両端の建物から人の気配が全くしない。考えていても仕方がないため、一歩踏み出そうとした瞬間に寒気を感じ踏み出した足をひっこめると、足があったであろうところに早いスピードで剣が突き刺された。

「っ、っ!?」

 驚いていると、建物の上や壁に立っている、軽装だが武器を構えたり装備したりしている女たちが現れた。それ以前に壁に立てるとか凄いな。何かのスキルか?

「警告する、貴様は私たちによって包囲されている。何か妙な動きでもすればすぐにでも攻撃を再開する」

 そんなことを思っている場合ではなかった。リーダー格であろう目つきの悪い長い黒髪の女が、より一層目つきを悪く見えるように見下しながら俺に言ってくる。この状況はかなりまずい。俺目当てなのか? 俺の能力が疎ましいことへの逆恨みか? それとも俺の幼馴染みに惚れたやつらの『お前邪魔だな』みたいなやつか? 何にしてもまずい。何がまずいかと言えば、この武器を持っているやつらに包囲されていることではなく、たくさんの一握り包囲されている現状がかなりまずい。冷や汗が出てきた。全員が俺に注視している。

「まず確認だ。貴様がジェレミア・ロドリゲスで間違いないな?」

 俺はこの状況でまともに答えられるわけもなく、挙動不審に口を開かずにいると、俺の頬すれすれに何かが過ぎった。頬からは血が流れ出て、背後にある何かの正体は先端が鋭く尖っている手に収まる黒い石であった。

「答えなければ、反逆行為とみなす」
「ははははは、はぃぃぃぃいぃぃぃっ!」

 精一杯の返事をした。この状況で返事をまともにしろと言う方が無理だろ!

「結構。いくつか質問していく」

 俺は精一杯首を縦に振りまくる。

「貴様はホワイト家とジェンキンス家、それにサンダース家と親密な関係があるな?」

 ・・・ホワイト家とジェンキンス家は、あの二人だが、サンダース家はどこの誰だ? そもそもその質問に何の意図があるんだ?

「・・・次の質問だ。貴様はコリン家に敵対するものか?」

 俺がわけの分からないという顔をしているからか、何も言わずに次の質問をされた。しかしその質問もさっぱり分からなかった。おそらく彼女らとコリン家は関係あるんだろうが、全く分からない。

 俺が質問に何も答えないから、リーダーの女は俺を見定めるかのような目線を送ってくる。何か答えた方が良いのか!? でも下手に答えれば逆上させかねない。こんなふざけたことをする連中だからな。

「最後の質問だ。貴様は、何者だ?」

 その質問可笑しくないか? 普通最初にするものだし、俺がジェレミア・ロドリゲスと分かっているのならその質問の意義がない。それに自分のことを知るために調べていたんだから知るわけないだろ。その質問に答えられる奴なんてそういないぞ。

「その年で人間ではありえない魔法適正。人間か?」

 姿から人間だと分かるだろうが。

「まぁ、人間であっても人間でなくても、貴様をほふるのには変わりないがな」

 一斉に女たちが構い始めた。おいおい、何一つ俺とアンタの間で解決していないだろう。

「貴様のような不確定要素は消しておくに限る。敵か味方か分からないような奴に背を向けられない」

 女たちは俺に襲い掛かってきた。・・・師匠クラスがいなければ勝機はある。むしろ会話より戦闘の方がやりやすい。喋らずに反射でいなせばいいだけの話なのだから!

 魔力で全身を強化する。肉弾戦の職業で、魔力に余裕があるものなら全身に魔力を行き渡らせて何倍もの身体能力を発揮する。ただ、魔力を使う後衛職なら普通その魔力を魔法に回すからしないが、うちの師匠は遠近両方の戦い方を指導してくれたからな。女たちの腹に掌底を打ち込む。

「がっ!」
「だっ!」
「ぐふぅ!」

 おかげで俺のことを甘く見ている奴らには一発お見舞いできるわけだ。ただ、師匠クラスの戦闘での感を培っているやつには勝てない。そもそも俺の本職は後衛、それに俺は戦闘の才能はないんだから。そんな俺でも魔力量では負けない。身体能力に費やす魔力と上昇した身体能力は比例する。莫大な魔力量でその才能の差を埋める。

「甘く見るな! やつを確実に仕留める気でいろ!」

 リーダーの女に渇を入れられたことにより集団の空気が変わる。もう少し甘く見てくれていても良いんだが。女たちの攻撃の質が変わり、攻撃を避けて反撃するということができなくなる。見事な連携もあるが一人一人の実力もある。攻撃を捌きながらすきを窺うが、スキなんて作ってくれない。

「はぁぁあっ!」

 連携により背後に剣による攻撃を受ける。しかし俺の魔力だよりの硬度が打ち勝ち剣が折れる形となった。

「どんな硬さなのよ! 治癒魔法師のくせに!」

 俺の師匠の心情は、『いついかなる状況であろうと対応できる力こそ強さであり、特化した力も対応できなければ最弱に陥る。ならばこそすべてとは言わないが、ほぼすべてに対応すべき力を身につけろ』だそうだ。後衛職だから前衛職と戦えないなんて、ありきたりな負けの理由をさらすことなんて師匠が許してくれない。まぁ、だからと言って後衛職の俺と前衛職の師匠が本気で戦って毎度殺されかけるのは気に喰わないがな。

「これならどうよ!」

 何人かの女たちが詠唱を唱えだし、俺に的を合わせてくる。避けるために移動しようとしたが、接近戦で避けさせてくれない。どうにかしようとしたが検討むなしく炎が俺のすぐそばまで来た瞬間、接近戦の女たちが散っていった。

 炎が俺の目前まで来ているが、俺は焦らずに手を前に出す。

「・・・マジック・サークル」

 通常は体の中で使う魔力を体外へと放出する。そして俺の周りに円を描くように魔力を張り巡らせ、炎の軌道を魔力によって逸らす。

「・・・はっ!? あれは魔力!? 魔力をそのまま出すとかどんな神経をしてんだよ!」

 魔力を外に出す行為自体、才能がないとできない芸当だ。俺はできたけど。俺の師匠もできたが、あまりしなかったらしい。

「・・・この技術、まさか」

 リーダーの女が俺の技を見て何かをつぶやいているが、そんなことを気にしている暇はなく、攻撃を避け続ける。・・・このままだと、俺は負けるんだよなぁ。マジック・サークルもあまり連発したくないし、俺のこの魔力ごり押しの戦い方も限界がある。魔力切れ、ではなく、魔力使用の限界が来る。何故かは知らないが、俺は魔力を一定量を使えば、一定時間魔力を使えなくなる。それは魔力切れではない。時間が経てば使えるようになるが、戦いにおいてそれが来た時点で俺の負けは確定する。魔力が使えなければ俺はただの一般人だからな。

「これ以上は時間をかけられない」

 遂にリーダーの女が俺の近くに来て剣を抜き去って構えている。ッ! やべぇ、これは師匠クラスの闘志を纏っている。再び悪寒を感じ、筋力・耐久・速度を均等に上昇させている魔力率をすべて耐久にあてる。直後、俺の全身に衝撃が走り俺は壁に激突した。

「ほぉ、あれで傷を与えられないか。堅いな」

 冗談じゃない。傷は受けていないが、斬撃が捉えきれなかった。師匠より早いじゃねえか。くそっ、これはどうにかして逃げないと殺される、そう思ったが一瞬だけ身体が硬直した。

「・・・ここで」

 魔力限界は来る前に身体の硬直が来る。だがまだ使用限界じゃないだろ。あと数分は持つだろ!

「スキだらけだ」

 俺のスキを見逃さず、女は俺の腹に剣を突き刺した。刺された瞬間は何も理解できなかったが、時間が経つにつれ痛覚が脳から発信され、口から血が溢れてくる。

 剣は腹から抜かれ、俺は立っていることができずに地面に膝をついた。そこで俺の視界は黒が支配した。



『おい、起きろ』

 声をかけられ、まぶたを開く。

 “赤”

 一面を表現するのにそれ以外の言葉は必要なかった。そこは燃え盛る紅蓮の炎だけが支配する空間であった。ただ二点を除いて。一点はこの俺。もう一つの点は、

『ようやく、俺の力を解き放つ日が来たか』

 身体・翼・爪・牙のすべてが巨大な龍が俺の前に存在していた。

『何度も呼びかけていたが、どうやら身体が馴染み切らずに俺の声が届かなかったというところか』

 その龍を見て、俺は一瞬で夢のことを思い出した。こいつとは夢で何度も会っている。だが起きたらすべ忘れていた。

『だが、身体はすでに馴染んでいる。もう神々が身体を気遣う心配はない。盛大に暴れまわろうじゃないか』

 暴れる? ・・・・・・そうだ! 俺は知らないやつらに襲われていたんだ! そして腹に剣を刺されて、そこで意識を失ったんだ。・・・俺は死んだのか?

『その程度の攻撃でお前が死ぬようなものか。力の大部分が身体から離れているとは言え、一部分でも人ならざるものを冠するには十分な力だ』

 力が一部? どういうことだよ。そもそもお前は誰だよ。

『俺か? 俺はお前であり、お前は俺だ。ただ名乗るとすれば、終焉龍エンド・ドラゴン・エクリクシス』

 俺はここで何をしているんだ?

『それは心の準備をしているだけだ、これからお前の身体の内で起こる、強大な炎の大爆発に備えてな』

 大爆発!? それ大丈夫なのか!?

『身体が大丈夫ではなければ俺は目覚めていない。だが、運が良かったな。お前の身体のでき具合と俺の目覚め具合が重なっていなければ、今回の強襲に対応できなかった』

 ・・・あいつらは一体誰なんだ?

『さぁな。俺はお前の中で封印されている間はお前の取り入れる情報しか知ることができないからな』

 その言い方だと、お前は俺の中から出られるみたいな言い方だが?

『俺という自立した力を分離することは可能なはずだ。他の力も外に放たれているのだから。完全にリンクを外されれば俺たちは生きてはいけないがな』

 さっきからお前の他にもいるって言っているが、それは何なんだよ。そもそも俺は何者なんだよ!

『お前はお前だろう』

 そんな説明で納得――

『おっと。そろそろで時間だ。思考が加速されているが、止まっているわけではない。ここら辺で限界だ。この話の続きはまた会ったときにしよう』

 俺の視界を支配していた赤は消えていき、黒に塗りつぶされた。しかしすぐに赤へと染まっていった。



「・・・あ?」

 空が赤い。いや、赤いんじゃない。俺の周りにある炎が俺の視界を赤へと塗りつぶしている。・・・炎っ!? 熱っくない。なんだこの炎は。むしろ暖かい。視界がハッキリしてきた。さっきまで俺がいた場所で間違いない。それに俺を襲ってきた集団が建物の上や俺の周りにいる。観察しているのか?

『行くぞ!』

 エクリクシスの声が頭の中で響いてくる。て言うかこいつ、俺に話しかけれるじゃんか。

「ッ!!? がぁぁっあああぁ!」

 そんな無駄口を言えないほどの炎が俺の体内で蹂躙してきている。熱い! 熱い熱い! 熱くてすべてが溶けそうだ! むしろ溶けた方が楽なくらいの熱さだ!

『今だ! 体内から炎を吐き出せ!』

 どうやって炎を吐き出せばいいんだよ! と言うか、さっさと何か教えろぉぉぉっ!

 心の叫びと炎の放出がリンクし、俺の身体から膨大な炎が天高く昇って行った。その炎は空で龍の形をして散っていった。・・・・・・お? 身体が熱くない。むしろ身体が軽いって、そうだ! 身体の傷は・・・消えている。治ったのか? とりあえず何が起こったかは分からないが、これでここを乗り越えられそうだ。使い方は何となくわかる。魔力弾を放つ要領で大丈夫だろう。

「・・・やるか」

 俺は俺を突き刺した張本人であるリーダーの女に手のひらを向ける。ノーモーションで大炎火を放つ。炎は道いっぱいに広がり、建物と建物の間にスキはなかったが、リーダーの女には建物の上へ直前に避けられた。だが、後ろにいた女たちにはもろに当たり全身やけどを負った。

「大丈夫かッ!? ・・・何だ、あれは」

 俺の周りには常時炎が放出されている状態になっている。それを女たちは注意深く観察しているが、一人の短い茶髪の女が剣で俺に攻撃を仕掛けてきた。

「どうせ見掛け倒しでしょ!」
「ばっ、やめろ!」

 リーダーの女が初めて焦った声音を出したが、斬りかかってきている女は止まらずに俺の真上に剣を振り下ろす。俺が避けずにいると、剣は俺に当たらず、剣の真ん中から切っ先まで綺麗さっぱり消えた。そして振り下ろしている無防備な女に手のひらを向ける。女はさっきの炎の威力を思い出したのか、顔が青ざめ始めた。別にここで丸焦げにできるほどの豪火を使うつもりはないが、俺を狙った罪を償ってもらおう。師匠に教えてもらった直伝! (師匠の同僚が使っていた技)

「ッぎゃぁあぁ!」

 まず、女を全身やけどにさせます。その間、他に邪魔をさせないように炎の壁を女と俺の周りに作っておきます。

「ッぐ! 水魔法を使え!」

 リーダーの女はどうやっても炎が消せないため焦っている。次に、全身やけどを瞬く間に治してしまいます。

「ッ・・・はぁ・・・はぁ・・・どういう――」

 さらに女を全身やけどの刑に科します。

「ぎゃぁぁあああああぁっ!」

 一番目と二番目の工程を延々と繰り広げます。これぞ、師匠直伝(師匠の同僚が使っていた)・苦痛牢獄。これは治癒魔法と攻撃魔法を間違った方向に使ってしまっている技。師匠の同僚さんが拷問の時に使っていたそうだ。確か、二つ名が『崩壊の雷帝』だったな。

「この技・・・前の技と言い、お前、あの時の赤子か・・・ッ!」

 俺の炎の壁に阻まれながらリーダー女は気になることを言った。茶髪の女の拷問を治癒魔法をかけ終わらせて手を止める。すでに女の意識は残っていない。炎の壁も消すと、リーダー女が茶髪の女の元へと行く。

「・・・治癒魔法の切れはステラ以上か。やはりお前は、15年前の――」
「ミア! 今行きますわ!」

 リーダーが何かを言い終える前に、遠くからエヴァの声が聞こえてきた。俺がそちらに気を取られている間に女たちはけが人を連れて消えていたが、リーダーの女だけが茶髪の女を抱えて建物の上でこちらを見下ろしてきた。

「せいぜい気を付けることだ。その力は世界を救えど、人は救えない。それをよく覚えておくと良い」

 そう言い残し、去って行った。俺はそれに安堵して纏っている炎を消すと、一気に緊張が押し寄せてきた。倒れるのに抵抗もなく俺は地に伏せてしまった。

「ミア!」

 エヴァの悲痛な声が聞こえてくる。そんな心配しなくても俺は生きている。死んだわけじゃないんだから。

「ミア! ミア!」

 エヴァは俺の元へと駆け寄ってきて倒れている俺を抱き寄せながら必死に俺の名を呼んでいるのが聞こえるが、俺は返答できず涙を流しているエヴァの顔を薄目で見た後、意識を失った。
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旧題:私は『聖女ではない』ですか。そうですか。帰ることも出来ませんか。じゃあ『勝手にする』ので放っといて下さい。 【 聖女?そんなもん知るか。報復?復讐?しますよ。当たり前でしょう?当然の権利です! 】 地震を知らせるアラームがなると同時に知らない世界の床に座り込んでいた。 同じ状況の少女と共に。 そして現れた『オレ様』な青年が、この国の第二王子!? 怯える少女と睨みつける私。 オレ様王子は少女を『聖女』として選び、私の存在を拒否して城から追い出した。 だったら『勝手にする』から放っておいて! 同時公開 ☆カクヨム さん ✻アルファポリスさんにて書籍化されました🎉 タイトルは【 私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください 】です。 そして番外編もはじめました。 相変わらず不定期です。 皆さんのおかげです。 本当にありがとうございます🙇💕 これからもよろしくお願いします。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ポーション必要ですか?作るので10時間待てますか?

chocopoppo
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松本(35)は会社でうたた寝をした瞬間に異世界転移してしまった。 特別な才能を持っているわけでも、与えられたわけでもない彼は当然戦うことなど出来ないが、彼には持ち前の『単調作業適性』と『社会人適性』のスキル(?)があった。 第二の『社会人』人生を送るため、超資格重視社会で手に職付けようと奮闘する、自称『どこにでもいる』社会人のお話。(Image generation AI : DALL-E3 / Operator & Finisher : chocopoppo)

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