5 / 21
5.夜の訪問者②
しおりを挟む
談話室はかまどのある間の奥にあった。そこまではいくつかの複雑な分かれ道があるので、分岐点に目印があるにしても、慣れていない人間がすんなりたどりつけるとは思えなかった。まして、この暗闇である。
しかし男は闇の中、迷うことなく進んでいった。シェリルは男になるべく体を寄せるしかなかった。男に手をひかれているので、そうしないと壁面にぶつかったり、足をとられて転ぶ恐れがあったからだ。
かまどの間にたどりつき、薪が燃える炎で男の姿が照らされた。
シェリルの位置からは後ろ姿からしか見えないし、はっきりと見えるわけではなかったが、それでも男の身長はシェリルよりかなり高く、鍛え上げたような体つきをしていた。夜目も使えないシェリルでは、鉈があったところで太刀打ちできる相手ではなかったのだ。
かまどある場所から出て、少しすると垂れ幕のある部屋があった。これが談話室だった。垂れ幕の間をすり抜けると、中はふたたび闇だった。
「魔晶石はどこにあるかな?・・・あった、ここか」
男がつぶやくと、ポウッと部屋が明るくなった。部屋の天井に当たる部分に、周りの岩にカモフラージュされながら魔晶石が取り付けられている。その一部がスイッチのようになっており、おしこめば明るくなり、引き抜いておけば再び暗くなるという便利なものだった。談話室といっても、天井はそれほど高くなく、部屋自体も広いわけではなかったが石でできたテーブルとイスがあった。
明るくなった部屋でシェリルは男と対面した。
「どうかな?シェリル。求婚者の顔を思い出したかな?」
と男は言った。男は15歳のシェリルより少し年上のように見え、フード付きのマントをはおり、帯剣している。一見、長身痩躯程だが、よく引き締まった体をしている。少し長い癖のある金髪に、緑の瞳。目鼻立ちははっきりしており、整っていた。
(なんてきれいな男)
シェリルは素直にそんな感想を持った。目が奪われる、という言葉通りシェリルはしばらく男の姿から目が離せず、言葉も発せなかった。やがて、はっと我に返り
「わたし、あなたのことは知らないわ」
とシェリルはいった。
「あなたは何者なの?」
「僕はふりむいてもらえない君に恋している、哀れな男だよ」
と男は言った。
シェリルは瞬きして、男のセリフを脳内で反芻した。
元修道女の自分に、この手の冗談を言われるのは非常に不愉快だった。とても嫌な角度から馬鹿にされている気がする。美しい自分の容姿によほど自信を持っているのだろう。顔がきれいなら、なんでも許されるとでも思うのか。シェリルの視線の温度は下がった。相手は、シェリルの反応など気にしないのか、マイペースに続けている。
「名前はクロウ・ラッセル。歳は17歳、独身だよ。気になる人はいるけどね」
とつけたして片目をつぶった。
シェリルは目を少し細めただけで、反応しなかった。相手は得体の知れない男だ。夜目がきいて、体格がよく、剣も持っている。その気になれば、シェリルなんて簡単にどうとでもできるだろう。
鉈なんてもってたって、不意打ちくらいしか役に立たない。力の優位が分かっているから、シェリルのことをなめているから、ふざけたことが言えるのだ。
(緑の男はどうしたのかしら。こいつ、客じゃないわ……なのに、どうしてここまで来れるの?)
緑の男だったら、こんな優男あっという間に殺してしまっているだろう。しかし、どういうわけか今緑の男は機能していない。
なつかしい感情をシェリルは感じていた。恐怖の予感だ。自分の力ではどうしようもない運命が、無力さの代償をみせつけてくれる。自分より力のある者が、相手の運命を支配できる。弱い者は今まで人生で積み重ねてきた全て、尊厳まで、あとかたなく踏みにじられ後には何も残らない。
シェリルは鉈を握りしめた。
(蟷螂の斧で結構よ。わずかな可能性でも、何もしないよりはまし。無意味な命乞いよりも、ずっとやる価値があるはず)
ためらう理由はない。ここで、自分を守れるのは自分自身だ。すべての責任は自分にあり、どんな結果になっても自業自得、自己責任だ。
しかし男は闇の中、迷うことなく進んでいった。シェリルは男になるべく体を寄せるしかなかった。男に手をひかれているので、そうしないと壁面にぶつかったり、足をとられて転ぶ恐れがあったからだ。
かまどの間にたどりつき、薪が燃える炎で男の姿が照らされた。
シェリルの位置からは後ろ姿からしか見えないし、はっきりと見えるわけではなかったが、それでも男の身長はシェリルよりかなり高く、鍛え上げたような体つきをしていた。夜目も使えないシェリルでは、鉈があったところで太刀打ちできる相手ではなかったのだ。
かまどある場所から出て、少しすると垂れ幕のある部屋があった。これが談話室だった。垂れ幕の間をすり抜けると、中はふたたび闇だった。
「魔晶石はどこにあるかな?・・・あった、ここか」
男がつぶやくと、ポウッと部屋が明るくなった。部屋の天井に当たる部分に、周りの岩にカモフラージュされながら魔晶石が取り付けられている。その一部がスイッチのようになっており、おしこめば明るくなり、引き抜いておけば再び暗くなるという便利なものだった。談話室といっても、天井はそれほど高くなく、部屋自体も広いわけではなかったが石でできたテーブルとイスがあった。
明るくなった部屋でシェリルは男と対面した。
「どうかな?シェリル。求婚者の顔を思い出したかな?」
と男は言った。男は15歳のシェリルより少し年上のように見え、フード付きのマントをはおり、帯剣している。一見、長身痩躯程だが、よく引き締まった体をしている。少し長い癖のある金髪に、緑の瞳。目鼻立ちははっきりしており、整っていた。
(なんてきれいな男)
シェリルは素直にそんな感想を持った。目が奪われる、という言葉通りシェリルはしばらく男の姿から目が離せず、言葉も発せなかった。やがて、はっと我に返り
「わたし、あなたのことは知らないわ」
とシェリルはいった。
「あなたは何者なの?」
「僕はふりむいてもらえない君に恋している、哀れな男だよ」
と男は言った。
シェリルは瞬きして、男のセリフを脳内で反芻した。
元修道女の自分に、この手の冗談を言われるのは非常に不愉快だった。とても嫌な角度から馬鹿にされている気がする。美しい自分の容姿によほど自信を持っているのだろう。顔がきれいなら、なんでも許されるとでも思うのか。シェリルの視線の温度は下がった。相手は、シェリルの反応など気にしないのか、マイペースに続けている。
「名前はクロウ・ラッセル。歳は17歳、独身だよ。気になる人はいるけどね」
とつけたして片目をつぶった。
シェリルは目を少し細めただけで、反応しなかった。相手は得体の知れない男だ。夜目がきいて、体格がよく、剣も持っている。その気になれば、シェリルなんて簡単にどうとでもできるだろう。
鉈なんてもってたって、不意打ちくらいしか役に立たない。力の優位が分かっているから、シェリルのことをなめているから、ふざけたことが言えるのだ。
(緑の男はどうしたのかしら。こいつ、客じゃないわ……なのに、どうしてここまで来れるの?)
緑の男だったら、こんな優男あっという間に殺してしまっているだろう。しかし、どういうわけか今緑の男は機能していない。
なつかしい感情をシェリルは感じていた。恐怖の予感だ。自分の力ではどうしようもない運命が、無力さの代償をみせつけてくれる。自分より力のある者が、相手の運命を支配できる。弱い者は今まで人生で積み重ねてきた全て、尊厳まで、あとかたなく踏みにじられ後には何も残らない。
シェリルは鉈を握りしめた。
(蟷螂の斧で結構よ。わずかな可能性でも、何もしないよりはまし。無意味な命乞いよりも、ずっとやる価値があるはず)
ためらう理由はない。ここで、自分を守れるのは自分自身だ。すべての責任は自分にあり、どんな結果になっても自業自得、自己責任だ。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
逃した番は他国に嫁ぐ
基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」
婚約者との茶会。
和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。
獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。
だから、グリシアも頷いた。
「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」
グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。
こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
もう彼女でいいじゃないですか
キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。
常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。
幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。
だからわたしは行動する。
わたしから婚約者を自由にするために。
わたしが自由を手にするために。
残酷な表現はありませんが、
性的なワードが幾つが出てきます。
苦手な方は回れ右をお願いします。
小説家になろうさんの方では
ifストーリーを投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる