逃げた修道女は魔の森で

千代乃

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5.夜の訪問者②

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 談話室はかまどのある間の奥にあった。そこまではいくつかの複雑な分かれ道があるので、分岐点に目印があるにしても、慣れていない人間がすんなりたどりつけるとは思えなかった。まして、この暗闇である。
 しかし男は闇の中、迷うことなく進んでいった。シェリルは男になるべく体を寄せるしかなかった。男に手をひかれているので、そうしないと壁面にぶつかったり、足をとられて転ぶ恐れがあったからだ。

 かまどの間にたどりつき、薪が燃える炎で男の姿が照らされた。
 シェリルの位置からは後ろ姿からしか見えないし、はっきりと見えるわけではなかったが、それでも男の身長はシェリルよりかなり高く、鍛え上げたような体つきをしていた。夜目も使えないシェリルでは、鉈があったところで太刀打ちできる相手ではなかったのだ。

 かまどある場所から出て、少しすると垂れ幕のある部屋があった。これが談話室だった。垂れ幕の間をすり抜けると、中はふたたび闇だった。
「魔晶石はどこにあるかな?・・・あった、ここか」
男がつぶやくと、ポウッと部屋が明るくなった。部屋の天井に当たる部分に、周りの岩にカモフラージュされながら魔晶石が取り付けられている。その一部がスイッチのようになっており、おしこめば明るくなり、引き抜いておけば再び暗くなるという便利なものだった。談話室といっても、天井はそれほど高くなく、部屋自体も広いわけではなかったが石でできたテーブルとイスがあった。
 
 明るくなった部屋でシェリルは男と対面した。
「どうかな?シェリル。求婚者の顔を思い出したかな?」
と男は言った。男は15歳のシェリルより少し年上のように見え、フード付きのマントをはおり、帯剣している。一見、長身痩躯程だが、よく引き締まった体をしている。少し長い癖のある金髪に、緑の瞳。目鼻立ちははっきりしており、整っていた。

(なんてきれいな男)
シェリルは素直にそんな感想を持った。目が奪われる、という言葉通りシェリルはしばらく男の姿から目が離せず、言葉も発せなかった。やがて、はっと我に返り
「わたし、あなたのことは知らないわ」
とシェリルはいった。
「あなたは何者なの?」

「僕はふりむいてもらえない君に恋している、哀れな男だよ」
と男は言った。
シェリルは瞬きして、男のセリフを脳内で反芻した。
元修道女の自分に、この手の冗談を言われるのは非常に不愉快だった。とても嫌な角度から馬鹿にされている気がする。美しい自分の容姿によほど自信を持っているのだろう。顔がきれいなら、なんでも許されるとでも思うのか。シェリルの視線の温度は下がった。相手は、シェリルの反応など気にしないのか、マイペースに続けている。
「名前はクロウ・ラッセル。歳は17歳、独身だよ。気になる人はいるけどね」
とつけたして片目をつぶった。

 シェリルは目を少し細めただけで、反応しなかった。相手は得体の知れない男だ。夜目がきいて、体格がよく、剣も持っている。その気になれば、シェリルなんて簡単にどうとでもできるだろう。
  鉈なんてもってたって、不意打ちくらいしか役に立たない。力の優位が分かっているから、シェリルのことをなめているから、ふざけたことが言えるのだ。

(緑の男はどうしたのかしら。こいつ、客じゃないわ……なのに、どうしてここまで来れるの?)
 緑の男だったら、こんな優男あっという間に殺してしまっているだろう。しかし、どういうわけか今緑の男は機能していない。

 なつかしい感情をシェリルは感じていた。恐怖の予感だ。自分の力ではどうしようもない運命が、無力さの代償をみせつけてくれる。自分より力のある者が、相手の運命を支配できる。弱い者は今まで人生で積み重ねてきた全て、尊厳まで、あとかたなく踏みにじられ後には何も残らない。

 シェリルは鉈を握りしめた。
(蟷螂の斧で結構よ。わずかな可能性でも、何もしないよりはまし。無意味な命乞いよりも、ずっとやる価値があるはず)
ためらう理由はない。ここで、自分を守れるのは自分自身だ。すべての責任は自分にあり、どんな結果になっても自業自得、自己責任だ。
 

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