天使の片翼 ~ ゴーレム研究者と片足を失った女勇者

東赤月

文字の大きさ
12 / 18

vsイリア

しおりを挟む
「ふう」
 フロンティア特有の空気を肌で感じながら、棺クンを地面に降ろして一息つく。
 前情報の通り、フロンティア・マーンは比較的安全なフロンティアのようだ。あまり奥地に行くとなると相応の覚悟が必要になるけれど、今の目的は攻略ではなく逃走だ。冒険者でない教会関係者は、行く先がフロンティアというだけで二の足を踏むから、ここまで来れただけでも十分距離が稼げただろう。
 とはいえ。
 二リットルも入る金属製の水筒、蜜蜂をイメージしたデザインが場を和ませる俺の特製品、命名水蜂クン!
 ――を傾けて水分補給をしながら、周囲に気を配る。幸いまだ魔物との戦闘は避けられているけど、ここがフロンティアであることに変わりはなく、いつ好戦的な魔物が現れてもおかしくない。不自然に起伏の多い林といった内部環境は、多少周囲の様子が窺えるが、油断は禁物だ。
 休憩を終えて立ち上がる。さて、
「っと!」
 右に跳躍。その直後、立っていた場所が燃え上がった。着地後すぐに前方に動きながら、攻撃が飛んできた方向、左斜め後ろに目を向ける。
「チッ」
 低い丘のようになっている場所に立つイリアが、穂先に炎を纏わせた槍を手に、その場から飛び降りる。追撃がまだこないことを確認した俺は、すぐさま背を向け走り出す。
「逃しませんわ!」
 鏡の中のイリアはその場で槍を構えると、突きを放つ。
「おっと」
 突きと共にその延長線上に走った炎を右に動いてかわす。また足狙いか。予想通り。
 攻撃を避けられたイリアは、再び槍を構えつつ、空いた手をこちらに向ける。
「やべっ」
 咄嗟に目を閉じた直後、瞼に強い光が当たった。鏡の存在を逆手にとられた。急いで鏡を外す。
 そしてすぐさま左に跳び、二撃目もかわす。今のは少し危なかったな。
「待ちなさい!」
 待つわけがない。今の攻撃が最長射程だとしたら、もうすぐで射程外だ。このまま逃げ切って――
「あ」
 やられた。そう悟ったときには、完全に逃げ場がなくなっていた。木々に隠れていた反り立つ崖を前に歯噛みする。
 俺の位置を捕捉するだけじゃなく、周囲の地形も把握していたとは。情報を元に俺が袋小路に逃げるよう誘導するとは、流石はイリアといったところか。
「フロンティアの中に入れば逃げ切れると、本気で思っていたんですの?」
 崖を背にした俺の前に、悠々とした足取りのイリアが現れる。その口には嘲笑を浮かべていた。
 棺クンを降ろした俺も、笑みを返す。
「思っているさ。現に追っ手はお前だけだろ?」
 ここに入るまでイリアと一緒に俺を追ってきた奴らが今はいない。フロンティアが増えてきている昨今、教会が自由に動かせる冒険者の数はそう多くないという予想は間違っていなかったようだ。このフロンティアを攻略中の冒険者が合流してくる可能性もあったが、比較的穏やかなフロンティアは攻略を後回しにされる。ここもその一つだったらしく、他の冒険者の姿はなかった。
「わたくし一人ならばどうにかなると? ナメられたものですわね」
 イリアの笑みが消え、敵意の込められた視線が鋭くなる。俺は棺クンの陰に隠れた。
 腹黒モードの棺クンは探知魔法を阻害するから、中に何が入っているかはイリアには分からない。そしてその陰に入った俺の動きもかなり分かりづらくなる。まだ相手との距離があるうちに準備を――
 ドォン!
 棺クンの向こうで爆発が起きた。火の粉が舞う中、倒れ掛かる棺クンをどうにか押し戻す。
「おい! この中にはイクシアが!」
「いませんわ」
 断言だった。鏡で見ると、イリアはまだ同じ場所に立っている。
「お姉さまの義足、その関節部分に取り付けた発信機に気づいたのは、褒めて差し上げますわ」
 槍を構えるイリア。鏡を引っ込める。
「ですが論理的思考ができないようですわね。お姉さまがその中にいるなら、わたくしがあなたを追跡することは不可能でしたわ」
 ドォン!
「そもそも、フロンティアを進むのにお姉さまがお休みになられているはずもありませんもの。周囲にお姉さまの魔力も感じませんし、ここにお姉さまはおりませんわ」
「だったら攻撃を止めろ! 俺を殺してもイクシアには会えないぞ!」
 イリアがまた槍を構えた。棺クンは頑丈だけど、流石に限度はある。そろそろ反撃の糸口を見つけないと。
「安心なさい、命まではとりませんことよ。あなたには訊きたいことが山ほどありますもの。ですがあなたのこれまでの行動からして、教会に敵対する意思があるように見受けられましたから、大人しく投降するまでは攻撃を続けさせていただきますわ」
「協力的じゃないってだけで殺しにかかるのか? 教会ってのは!」
「あら、自分が一般人だとでも? そんなに罪状が欲しいのなら、フロンティアへの無断侵入を加えて差し上げますわ、違法ゴーレム研究者さん」
 バレてたか。資料はともかく、道具は隠し切れなかったしな。
 ドォン!
 三度爆発が起きる。潮時か。
「行け! 試作品三号!」
 棺クンの背面にあるボタンを押し、扉を開ける。中から飛び出したのは無骨な人形だ。人形がイリアに向かっていくのと同時に、俺は棺クンを置いて逃げ出す。
「逃がしませんわ!」
 イリアは槍を振り人形をバラバラにすると、俺との距離を詰める。
「来るなぁ!」
 魔法銃を右手で構えて光弾を放つ。しかし軽快に動くイリアには中々狙いが定まらない。
 カン
 槍が銃を弾き飛ばした。腕が振られ、体が開く。
「はぁっ!」
 無防備になった腹に石突が吸い込まれて行き――!
 ドッ!
「……な、んで」
 左手で槍を掴むと同時、そこを軸に体を回転させた俺の手刀がイリアの喉元に入った。声を絞り出した後、激しく咳き込むイリアから槍を取り上げる。
「接近戦は得意なんだ。お前よりかはな」
「このっ!」
 イリアがこちらに手を向けようとする前に背後に回り、細い糸で両手首を縛る。糸は更に体を一周させて、両腕の自由を奪った。
「ふう、なんとかなったな」
「きゃっ」
 イリアを肩に担いだ俺は、暴れるイリアの足を押さえながら棺クンのある場所まで戻る。
「放しなさい! どうしてこんな、くっ」
「放すわけないだろ。折角捕まえられたんだから」
「……まさかあなた、最初からこれが目的で?」
「ああ。お前から近づくよう仕向けるのは大変だったよ」
 接近戦が得意ではないことはイクシアから聞いていたから、問題はどうそこに持ち込むかだった。そこでイクシアがいると思わせて誘い、フロンティアに逃げ込むことで一人にし、人形や魔法機を使って俺自身も接近戦が苦手だと誤認させたのだ。
「わ、わたくしをどうしようというんですの!?」
「別にどうこうするつもりはない。ただし、俺たちに協力してもらう」
「冗談じゃありませんわ! わたくし、犯罪者になど与しませんことよ!」
「じゃあイクシアに協力してくれ」
「な……どういうことですの?」
 俺はイリアを地面に下ろすと、棺クンの状態を見ながらこれまでの経緯を説明した。
「……だからお姉さまは、あなたのような男に協力しておりますのね……」
「そういうことだ。ああ、義足がゴーレムのものだってことは、イクシアは知らないってことにしておいてくれよ。あいつまで犯罪者にしたくはないだろ」
「い、言われるまでもありませんわ!」
 よろしい。俺は笑って返すと、無事だった棺クンを手で示した。
「それじゃあ、中に入ってくれるか?」
「え? こ、この中に、ですの?」
「ああ。安心しろ、空気は通るし、義足だったり食料だったりは頑丈な箱の中に入れてるから潰れたりはしない」
「そ、そうではなくて! どうしてわたくしがこんなものの中に入らないといけませんの!?」
「そりゃあ、今の段階でお前を自由にさせるわけにはいかないからだ。事情は説明したが、俺はまだお前のことを信用したわけじゃない。イクシアの所へは連れていくから、大人しく入ってくれ」
「うう……」
 葛藤するイリアの表情が、次の瞬間に驚きのものへと変わる。
「これは……ま、マズいですわよ!」
「マズい? 何が?」
「魔物ですわ!」
 イリアが言い終わらない内に、周囲から狼のような魔物が群れを成して現れる。
「さっきの騒動を聞きつけたか」
「は、早くわたくしの拘束を解きなさい! このままじゃ、あ!」
 一匹が飛び掛かってくる。俺は地面に手をついた。
 ドゴォ!
「……な」
 魔物は飛び掛かった状態で、地面から伸びた土の槍に貫かれた。程なくして土は崩れ、魔物の死体が転がる。
「その魔法、あなた、もしかして……」
「詮索は後にしてくれ。早く中に隠れろ」
 さっき棺クンの陰でこの辺りの地面の下調べをしておいてよかった。俺は鋭く息を吐くと、魔物との戦いに臨んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...