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堕天
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今あるもの以上の性能を持つ義足。それは確かに、ゴーレムの機構を再現することで作り出すことができるだろう。
だけど、それは。
「自分が何を言っているのか分かってるのか? 冒険者の、それもA級の貴女が、ネイドラル教の代表、教皇にも認められた貴女が、自らゴーレムの技術に頼ろうとすることが、何を意味するのか分かっているのか?」
それは、ゴーレム研究は違法だと定めた教会を裏切る行為に他ならない。教会から支援を受けている冒険者ギルドだって黙っちゃいないだろう。二つの組織に対する信用を失墜させたイクシアは、栄誉ある冒険者から一転、重罪人として扱われることとなる。
現存する国や地域で、この二つの組織の影響が全くない場所など存在しない。小悪党ならともかく、世間に広く知れ回っているイクシアの追跡は苛烈を極めるだろうから、いくら彼女でも逃げ延びるなんてことは不可能だ。
「分かってるつもり。でも、それはどうにかする」
「どうにか、する? どうにかできるとでも?」
「フロンティア:ウーリス」
「その名前は……」
そうだ、新聞の記事で彼女が向かったとされるフロンティアの名前だった。確か、発見から十年以上、誰一人として攻略できていないという……。
「あのフロンティアを攻略できた者には、教会が望みを叶えてくれる。私はその権利で、あなたのゴーレム研究を許してもらうよう頼む。許されれば、私の義足がゴーレムのものでも問題なくなる」
「なっ……!」
教会が望みを叶えてくれるというのは初耳だったが、その話が本当なら、確かにどうにかなるかもしれない。
「……許されなかったらどうするつもりだ? そもそも、そのフロンティアを誰かに先に攻略されてしまったら?」
「その時は、他のフロンティアを攻略する。フロンティアまで追ってこれる人は少ないし、歴史上の冒険者の誰よりも功績を上げれば、教会はそれを無視できなくなるだろうから」
彼女はなんでもないことのように、とんでもないことを言い放った。俺は驚きと同時に、懐かしさを覚える。
そうだった。これがイクシアだった。どう考えても無理だろうってことを提案して、実際にやってのけるのが彼女なんだ。
「……分かった。そもそも弱みを握られている俺に、協力しないという選択肢はない。貴女に付き合おう。ただその前にもういくつか、尋ねてもいいか?」
「なに?」
「ここでゴーレムを研究していると、どこで知った?」
「秘密」
流石に情報源は明かしちゃくれないか。もしかしたら、という候補はあるが、これ以上は藪蛇になりかねないな。
「なら、ここでどの程度ゴーレムについての研究が進んでいるのか、それについては知っているか?」
「いいえ」
情報源は師匠ではないと。と来れば、大事な質問。
「もし俺の作る義足が、貴女の望むものでなかったとしたら、どうする?」
「今ある義足で我慢する」
意を決して尋ねた俺に、イクシアが即答してから、数秒が経った。
「……それだけか? 俺を捕まえたりは?」
「そんな無意味なこと、しない」
無意味、か……。まあ告発とかはしないだろうとは思っていたけど。
「それはありがたいが、結局は今の義足の方がマシだったという可能性も大いにあるぞ? 割に合わないとは思わなかったのか?」
ここまで足を運び、新しい義足に慣れ、元の義足の方が良かったと結論を下すまでの時間を無駄にすることを考えれば、義足のまま強くなる手段を模索しても良かったはずだ。現状でも俺よりは強いのだし、少し鍛練すればA級冒険者の肩書きに恥じない実力を身に付けられるだろう。そうすれば、かつて聞いた彼女の望みであるフロンティアの攻略だって、問題なく行える。
なのにイクシアはそうしなかった。それどころか、とても危険な橋を渡ろうとしている。渡りきったところで、願いが叶う保証もないのに。
どうして彼女がここまでするのか。イクシアの答えは、果たして――
「私は強くなりたいの。例え、悪魔に魂を売ってでも」
「っ!」
「だから、割に合わないとは思わない。良い義足ができたら強くなれるし、悪かったら元のまま。それだけ」
「……はは」
「何か可笑しい?」
「悪い、少し昔を思い出しただけだ」
まさか五年前の俺と同じような言葉を、イクシアから聞くことになるなんてな。あの時の師匠もこんな気持ちだったのかね。
いや、相手を知っている分、こっちの方がきついかもな。
吐き出しそうになる感情をどうにか抑えて、頭を下げる。
「質問に答えてくれてありがとう。義足の作成依頼、謹んでお受けする」
「そう。ありがとう」
「ただ、義足を作るのには時間がかかる。それに貴女に合ったものを作るためには、貴女の協力も必要になる。だから暫く、ここで一緒に過ごしてもらうことになるが」
「構わない」
「ありがとう。それじゃあイ、あー、ところで、何と呼べば?」
うっかりイクシアと呼び掛けて取り繕う。イクシアはまだ相手が俺だと気づいていない。この状態のままでいなければ。
「イクシア」
「分かった。まだ名乗ってなかったな。俺はクレイ。あのゴーレムはアンジェだ。これからよろしくな、イクシア」
「よろしく。……あの」
「ん?」
まさか偽名がバレた? 内心焦る俺に、イクシアが続ける。
「どうか、いい義足を作って」
どうやら違ったようだ。言動がイクシアらしくないなと思いつつ、笑顔で応える。
「ああ、それは勿論。最高の義足を作るさ」
俺の目標のためにも、な。
だけど、それは。
「自分が何を言っているのか分かってるのか? 冒険者の、それもA級の貴女が、ネイドラル教の代表、教皇にも認められた貴女が、自らゴーレムの技術に頼ろうとすることが、何を意味するのか分かっているのか?」
それは、ゴーレム研究は違法だと定めた教会を裏切る行為に他ならない。教会から支援を受けている冒険者ギルドだって黙っちゃいないだろう。二つの組織に対する信用を失墜させたイクシアは、栄誉ある冒険者から一転、重罪人として扱われることとなる。
現存する国や地域で、この二つの組織の影響が全くない場所など存在しない。小悪党ならともかく、世間に広く知れ回っているイクシアの追跡は苛烈を極めるだろうから、いくら彼女でも逃げ延びるなんてことは不可能だ。
「分かってるつもり。でも、それはどうにかする」
「どうにか、する? どうにかできるとでも?」
「フロンティア:ウーリス」
「その名前は……」
そうだ、新聞の記事で彼女が向かったとされるフロンティアの名前だった。確か、発見から十年以上、誰一人として攻略できていないという……。
「あのフロンティアを攻略できた者には、教会が望みを叶えてくれる。私はその権利で、あなたのゴーレム研究を許してもらうよう頼む。許されれば、私の義足がゴーレムのものでも問題なくなる」
「なっ……!」
教会が望みを叶えてくれるというのは初耳だったが、その話が本当なら、確かにどうにかなるかもしれない。
「……許されなかったらどうするつもりだ? そもそも、そのフロンティアを誰かに先に攻略されてしまったら?」
「その時は、他のフロンティアを攻略する。フロンティアまで追ってこれる人は少ないし、歴史上の冒険者の誰よりも功績を上げれば、教会はそれを無視できなくなるだろうから」
彼女はなんでもないことのように、とんでもないことを言い放った。俺は驚きと同時に、懐かしさを覚える。
そうだった。これがイクシアだった。どう考えても無理だろうってことを提案して、実際にやってのけるのが彼女なんだ。
「……分かった。そもそも弱みを握られている俺に、協力しないという選択肢はない。貴女に付き合おう。ただその前にもういくつか、尋ねてもいいか?」
「なに?」
「ここでゴーレムを研究していると、どこで知った?」
「秘密」
流石に情報源は明かしちゃくれないか。もしかしたら、という候補はあるが、これ以上は藪蛇になりかねないな。
「なら、ここでどの程度ゴーレムについての研究が進んでいるのか、それについては知っているか?」
「いいえ」
情報源は師匠ではないと。と来れば、大事な質問。
「もし俺の作る義足が、貴女の望むものでなかったとしたら、どうする?」
「今ある義足で我慢する」
意を決して尋ねた俺に、イクシアが即答してから、数秒が経った。
「……それだけか? 俺を捕まえたりは?」
「そんな無意味なこと、しない」
無意味、か……。まあ告発とかはしないだろうとは思っていたけど。
「それはありがたいが、結局は今の義足の方がマシだったという可能性も大いにあるぞ? 割に合わないとは思わなかったのか?」
ここまで足を運び、新しい義足に慣れ、元の義足の方が良かったと結論を下すまでの時間を無駄にすることを考えれば、義足のまま強くなる手段を模索しても良かったはずだ。現状でも俺よりは強いのだし、少し鍛練すればA級冒険者の肩書きに恥じない実力を身に付けられるだろう。そうすれば、かつて聞いた彼女の望みであるフロンティアの攻略だって、問題なく行える。
なのにイクシアはそうしなかった。それどころか、とても危険な橋を渡ろうとしている。渡りきったところで、願いが叶う保証もないのに。
どうして彼女がここまでするのか。イクシアの答えは、果たして――
「私は強くなりたいの。例え、悪魔に魂を売ってでも」
「っ!」
「だから、割に合わないとは思わない。良い義足ができたら強くなれるし、悪かったら元のまま。それだけ」
「……はは」
「何か可笑しい?」
「悪い、少し昔を思い出しただけだ」
まさか五年前の俺と同じような言葉を、イクシアから聞くことになるなんてな。あの時の師匠もこんな気持ちだったのかね。
いや、相手を知っている分、こっちの方がきついかもな。
吐き出しそうになる感情をどうにか抑えて、頭を下げる。
「質問に答えてくれてありがとう。義足の作成依頼、謹んでお受けする」
「そう。ありがとう」
「ただ、義足を作るのには時間がかかる。それに貴女に合ったものを作るためには、貴女の協力も必要になる。だから暫く、ここで一緒に過ごしてもらうことになるが」
「構わない」
「ありがとう。それじゃあイ、あー、ところで、何と呼べば?」
うっかりイクシアと呼び掛けて取り繕う。イクシアはまだ相手が俺だと気づいていない。この状態のままでいなければ。
「イクシア」
「分かった。まだ名乗ってなかったな。俺はクレイ。あのゴーレムはアンジェだ。これからよろしくな、イクシア」
「よろしく。……あの」
「ん?」
まさか偽名がバレた? 内心焦る俺に、イクシアが続ける。
「どうか、いい義足を作って」
どうやら違ったようだ。言動がイクシアらしくないなと思いつつ、笑顔で応える。
「ああ、それは勿論。最高の義足を作るさ」
俺の目標のためにも、な。
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