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来訪の理由
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イクシア・ブレーウィン。
彼女は戦いの天才だった。
実力は勿論のこと、命のやりとりをする状況下にあっても全く動じない胆力、厳しい選択肢を突きつけられても即座に合理的な選択をする決断力、そうと決めたら一切迷うことなく実行に移す行動力、更には戦いのない時にも努力を欠かさない厳格さを身に付けたイクシアの才能を、誰もが認めざるを得なかった。
魔物の脅威に抗う人類に、神が遣わした救世主にして、稀代の勇者。ネイドラル教の代表にそう言わしめた彼女は、その空より青い髪と、海より青い瞳から、青き天使と呼ばれるようになった。
王立学園在学中においても数々の武功を残し、冒険学部を首席で卒業した彼女は、数多の魔物がひしめく未開拓地、通称フロンティアを攻略すべく、仲間と共に旅立った。そんな内容の記事が新聞に載っていたのは、少し前のことだ。それを読んだ俺は、イクシアの無事を疑わなかった。
なのに、なのに……!
「なんで……っ」
なんでこんなところにいるんだ。なんで左足首が異様に細いんだ。なんで義肢装具士を探しているんだ。
なんで俺が学園を中退したと思ってるんだ。俺があそこから飛び出したのは、ここに居るのは、お前に――!
「……理由? 義足が必要だから。それで、いる? いない?」
溢れ出そうになった激情が、イクシアの声に鎮まる。
……何考えてるんだ、俺は。その気持ちとはもう、折り合いをつけたはずじゃないか。
心に蓋をした俺は、どうにか不自然にならないよう笑う。
「失礼。俺がそうだ」
元々はエロジジ、じゃなくて師匠のことだったのだが、何度も手伝いに駆り出された俺もそう名乗れる程度には技術を持っていた。今はいない師匠からも、客が来たら俺の代わりに相手してやってくれと頼まれているし、技師装具士として仕事をすることに問題はない。
強いて言うなら、多少の精神的な問題はあるが、それも仕事に差し支える程じゃない。……俺のこと、気づいていないよな?
「そう。じゃあ、作って」
「……そう簡単に作れるものでもないから、即答はできないな。一先ず、中で義足を見てもいいか?」
「分かった」
相変わらず不愛想なイクシアを中に案内する。先に進みながら客の様子も窺わないといけない俺はカニのような歩き方をする羽目になるが、イクシアは玄関先でローブを脱ぐと、表情を変えることなくついてきた。
性格はそのままみたいだけど、流石に容姿は変わっているみたいだな。背も高くなったし、髪も伸びている。……胸はあまり成長していないみたいだが。って何考えてんだ。くそ、エロジジ、いや、師匠のせいで変なこと考えてしまった。
邪念を振り払うと、今度は装備を見る。外出向きの靴にゆったりとした灰色の長ズボン、腰の左に剣を、右には短剣を一本ずつ差していた。白いシャツが覗く黒の上着、その胸元には冒険者の証である特殊な金属のインゴットが装着されており、そこには『A-1941』という冒険者番号が彫られている。背中には大きめの茶色い鞄を負ぶっていて、青い髪がその上に流れていた。
しかし、その歩き方は……。
「荷物を床に置いて、この椅子に座ってくれ」
リビングに案内した彼女に、さっきまで俺が座っていた椅子を持ってきて座るよう促す。イクシアは軽く周囲に目を向け、背負っていた鞄を下ろして中にローブをしまってから、椅子に浅く腰かけた。
その右足は床につく。
だが義足である左足は、椅子の座面と平行に伸びていた。
イクシアが座ったことを確認してから、机の上に載っているものを台所へと置き、机自体も脚を畳んで台所の方へと運ぶ。お客様が立ったり座ったりする際に、バランスを崩して机に頭などをぶつけるなんて事故を起こさないためだ。
「義足を見るぞ?」
机を片付けてから、まっすぐ伸びた左足の近くで片膝をついた。
「構わない」
許可を得てから、柔らかくも丈夫そうな生地の長ズボンの裾を捲る。そして現れた義足を見て、予想が正しかったことを悟った。
やっぱり、大腿義足か。それもほぼ最新のものじゃないか。
麓から近いとは言え、山の中にあるこの家に一人で来れたことからも察してはいたが、この義足はかなり高性能のものだ。軽くて丈夫な素材が使われているし、足首や膝の関節もしっかりしている。
「この関節は、どの程度動かせる?」
「膝は、魔力を使えば動かせる」
そう言ってアンジェが義足に手をかざすと、膝がゆっくりと曲がり、左足も床についた。ある程度の負荷がかかると膝が曲がる、くらいのものを想像をしていた俺は、予想外の動きに目を見張る。
最新型どころか特注品か。魔力に反応する義足なんて、明らかに一般向けじゃないもんな。
だがそうなると……。
「既に随分と良い義足を持っているようだが、どうして義足が必要なんだ?」
「良くないから」
「……それは、この義足の性能がか?」
「そう」
やっぱり、スペアが欲しいとかってわけじゃないか。俺は困ったように笑いながらイクシアを見上げる。
「申し訳ないが、この義足以上の性能を持つものは取り扱ってない。恐らく他の多くの店もそうだろう。力になれないで悪いが、暫くは今ある義足で――」
「嘘」
短い、けれど確かな言葉に、一瞬思考が止まる。
「……何が、嘘だと?」
「ここなら必ず、この義足より良いものが作れるはず。だって」
彼女は、まるで全てを知っているかのように、断言した。
「ここは、ゴーレムを研究している場所なのだから」
「っ!」
ダン
その場から引こうとした矢先、左足の甲を踏まれる。どうにか立ち上がりはしたものの、重心を移した右足を払われた俺は、後方への勢いを止めきれず倒れてしまう。
「止まれ!」
俺の言葉に、ワードローブから飛び出したアンジェは拳を止め、イクシアは剣を止める。
「マスター、でも」
「いいんだ」
片足を失っても尚、その戦闘センスは健在らしい。俺はこんなときだというのに笑ってしまった。
「……何か可笑しい?」
「いや。それで? 俺を教会に突き出すか?」
「いいえ」
「いいえ?」
ゴーレム研究は違法だ。義足を探しているなんてのは口実で、ここに来た本当の目的は俺を捕まえること。そう考えていたのに、あっさりと否定される。
「なら、どうして……?」
「手荒な真似をしたのは、ごめんなさい。逃げられてしまうと思ったから。でもこうすれば、私にあなたを捕まえるつもりはないって分かってもらえるでしょう?」
アンジェの目の前から剣が引かれ、俺の左足も解放される。どうやら本当に、俺を告発する気はないらしい。
「アンジェ、近くで待機しててくれ」
「はい、マスター」
イクシアが椅子に座り直したところで、アンジェに声をかける。命令を受けたアンジェは俺の傍に立った。俺もまた、ゆっくりと立ち上がる。
しかし、ということは、まさか……。
「では貴女は、本気で義足を求めに来たと?」
「そう」
イクシアは、躊躇なく頷いた。
彼女は戦いの天才だった。
実力は勿論のこと、命のやりとりをする状況下にあっても全く動じない胆力、厳しい選択肢を突きつけられても即座に合理的な選択をする決断力、そうと決めたら一切迷うことなく実行に移す行動力、更には戦いのない時にも努力を欠かさない厳格さを身に付けたイクシアの才能を、誰もが認めざるを得なかった。
魔物の脅威に抗う人類に、神が遣わした救世主にして、稀代の勇者。ネイドラル教の代表にそう言わしめた彼女は、その空より青い髪と、海より青い瞳から、青き天使と呼ばれるようになった。
王立学園在学中においても数々の武功を残し、冒険学部を首席で卒業した彼女は、数多の魔物がひしめく未開拓地、通称フロンティアを攻略すべく、仲間と共に旅立った。そんな内容の記事が新聞に載っていたのは、少し前のことだ。それを読んだ俺は、イクシアの無事を疑わなかった。
なのに、なのに……!
「なんで……っ」
なんでこんなところにいるんだ。なんで左足首が異様に細いんだ。なんで義肢装具士を探しているんだ。
なんで俺が学園を中退したと思ってるんだ。俺があそこから飛び出したのは、ここに居るのは、お前に――!
「……理由? 義足が必要だから。それで、いる? いない?」
溢れ出そうになった激情が、イクシアの声に鎮まる。
……何考えてるんだ、俺は。その気持ちとはもう、折り合いをつけたはずじゃないか。
心に蓋をした俺は、どうにか不自然にならないよう笑う。
「失礼。俺がそうだ」
元々はエロジジ、じゃなくて師匠のことだったのだが、何度も手伝いに駆り出された俺もそう名乗れる程度には技術を持っていた。今はいない師匠からも、客が来たら俺の代わりに相手してやってくれと頼まれているし、技師装具士として仕事をすることに問題はない。
強いて言うなら、多少の精神的な問題はあるが、それも仕事に差し支える程じゃない。……俺のこと、気づいていないよな?
「そう。じゃあ、作って」
「……そう簡単に作れるものでもないから、即答はできないな。一先ず、中で義足を見てもいいか?」
「分かった」
相変わらず不愛想なイクシアを中に案内する。先に進みながら客の様子も窺わないといけない俺はカニのような歩き方をする羽目になるが、イクシアは玄関先でローブを脱ぐと、表情を変えることなくついてきた。
性格はそのままみたいだけど、流石に容姿は変わっているみたいだな。背も高くなったし、髪も伸びている。……胸はあまり成長していないみたいだが。って何考えてんだ。くそ、エロジジ、いや、師匠のせいで変なこと考えてしまった。
邪念を振り払うと、今度は装備を見る。外出向きの靴にゆったりとした灰色の長ズボン、腰の左に剣を、右には短剣を一本ずつ差していた。白いシャツが覗く黒の上着、その胸元には冒険者の証である特殊な金属のインゴットが装着されており、そこには『A-1941』という冒険者番号が彫られている。背中には大きめの茶色い鞄を負ぶっていて、青い髪がその上に流れていた。
しかし、その歩き方は……。
「荷物を床に置いて、この椅子に座ってくれ」
リビングに案内した彼女に、さっきまで俺が座っていた椅子を持ってきて座るよう促す。イクシアは軽く周囲に目を向け、背負っていた鞄を下ろして中にローブをしまってから、椅子に浅く腰かけた。
その右足は床につく。
だが義足である左足は、椅子の座面と平行に伸びていた。
イクシアが座ったことを確認してから、机の上に載っているものを台所へと置き、机自体も脚を畳んで台所の方へと運ぶ。お客様が立ったり座ったりする際に、バランスを崩して机に頭などをぶつけるなんて事故を起こさないためだ。
「義足を見るぞ?」
机を片付けてから、まっすぐ伸びた左足の近くで片膝をついた。
「構わない」
許可を得てから、柔らかくも丈夫そうな生地の長ズボンの裾を捲る。そして現れた義足を見て、予想が正しかったことを悟った。
やっぱり、大腿義足か。それもほぼ最新のものじゃないか。
麓から近いとは言え、山の中にあるこの家に一人で来れたことからも察してはいたが、この義足はかなり高性能のものだ。軽くて丈夫な素材が使われているし、足首や膝の関節もしっかりしている。
「この関節は、どの程度動かせる?」
「膝は、魔力を使えば動かせる」
そう言ってアンジェが義足に手をかざすと、膝がゆっくりと曲がり、左足も床についた。ある程度の負荷がかかると膝が曲がる、くらいのものを想像をしていた俺は、予想外の動きに目を見張る。
最新型どころか特注品か。魔力に反応する義足なんて、明らかに一般向けじゃないもんな。
だがそうなると……。
「既に随分と良い義足を持っているようだが、どうして義足が必要なんだ?」
「良くないから」
「……それは、この義足の性能がか?」
「そう」
やっぱり、スペアが欲しいとかってわけじゃないか。俺は困ったように笑いながらイクシアを見上げる。
「申し訳ないが、この義足以上の性能を持つものは取り扱ってない。恐らく他の多くの店もそうだろう。力になれないで悪いが、暫くは今ある義足で――」
「嘘」
短い、けれど確かな言葉に、一瞬思考が止まる。
「……何が、嘘だと?」
「ここなら必ず、この義足より良いものが作れるはず。だって」
彼女は、まるで全てを知っているかのように、断言した。
「ここは、ゴーレムを研究している場所なのだから」
「っ!」
ダン
その場から引こうとした矢先、左足の甲を踏まれる。どうにか立ち上がりはしたものの、重心を移した右足を払われた俺は、後方への勢いを止めきれず倒れてしまう。
「止まれ!」
俺の言葉に、ワードローブから飛び出したアンジェは拳を止め、イクシアは剣を止める。
「マスター、でも」
「いいんだ」
片足を失っても尚、その戦闘センスは健在らしい。俺はこんなときだというのに笑ってしまった。
「……何か可笑しい?」
「いや。それで? 俺を教会に突き出すか?」
「いいえ」
「いいえ?」
ゴーレム研究は違法だ。義足を探しているなんてのは口実で、ここに来た本当の目的は俺を捕まえること。そう考えていたのに、あっさりと否定される。
「なら、どうして……?」
「手荒な真似をしたのは、ごめんなさい。逃げられてしまうと思ったから。でもこうすれば、私にあなたを捕まえるつもりはないって分かってもらえるでしょう?」
アンジェの目の前から剣が引かれ、俺の左足も解放される。どうやら本当に、俺を告発する気はないらしい。
「アンジェ、近くで待機しててくれ」
「はい、マスター」
イクシアが椅子に座り直したところで、アンジェに声をかける。命令を受けたアンジェは俺の傍に立った。俺もまた、ゆっくりと立ち上がる。
しかし、ということは、まさか……。
「では貴女は、本気で義足を求めに来たと?」
「そう」
イクシアは、躊躇なく頷いた。
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