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目覚め
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「……ん」
気が付くと、そこは見慣れない部屋だった。机に突っ伏していた僕はぼんやりとした頭のまま、ここはどこだったか思い出そうとする。
「起きたか、真」
反射的に声のした方を向くと、微笑む部長と、その膝を枕に眠る深谷さんの姿があった。それを見てようやく現状を思い出す。
「部長……上手くいきましたか?」
「うむ、お主のおかげでな。礼を言うぞ、真」
その言葉を聞いて、ほっと一息つく。
「いえ、そもそも僕が人質になったせいで、余計な手間をかけさせていたみたいなので、礼を言われる資格なんて」
「何を言うか。お主の同行を許可したのも、目の前にいながらにしてお主を守れなかったのもこの儂じゃ。責はこちらにある。すまなかったな」
真面目な表情になった部長は深々と頭を下げた。予想外の反応に、僕はどう返そうか迷って、
「……じゃあ、部長に助けられたのでおあいこってことで」
「……そうか」
笑って言うと、頭を上げた部長も表情を緩めた。
「う……」
とそこで、深谷さんが目を覚ます。
「……ここは?」
「お主の家じゃよ、彩花」
「……そっか。戻ってこれたんだ」
深谷さんは畳に手をついて、ゆっくりと起き上がる。
「深谷さん、大丈夫?」
「あ、真! あんたこそ大丈夫なの? あの後あんた、急に消えて……!」
深谷さんが僕に詰め寄る。心配するつもりが、どうやら逆に心配させてしまっていたらしい。
「一足先に元の世界に帰ったと説明したじゃろうに。心配性じゃな」
「この目で見るまで不安だったの……コホン。不安だったんです」
律儀に言い直す深谷さんだった。部長は可笑しそうに笑う。
「ほほう、実際の彩花はそういう性格か。なんだか新鮮じゃのう」
「……そうですね。ユキは明るく快活な子ですから」
「お主のような奴も嫌いではないぞ。改めて、初めましてじゃな、深谷彩花殿。儂はピッチピチの高校二年生にして除霊師の真似事もしておる霧中望じゃ。よろしく頼むぞい」
「えっと、初めまして。深谷彩花です。この度は私を助けてくれて、本当にありがとうございました」
深谷さんが部長に頭を下げる。
「礼なら真に言うのじゃな。儂は今回、殆ど良いところがなかったからのう」
部長の視線を追うようにして、深谷さんがこちらを向く。僕は少し恥ずかしさを覚えながら、二人の流れに乗って自己紹介をする。
「初めまして、でもないかな。平坂真です。部長や深谷さんと同じ、文芸部に所属してます」
「うん、知ってる」
そりゃそうだ。記憶も取り戻してるんだもんな。
なんとなく予想していた答えに心の中で頷いていると、深谷さんは僕に対しても、深く頭を下げてきた。その動きは予想外だったので、軽く動揺する。
「助けてくれてありがとう。そして、本当にごめんなさい。ユキは、いいえ、私は、貴方を殺してしまうところだったわ」
「あー、まあもう終わったことだから、気にしないで。最終的に皆無事だったんだし、深谷さんに悪気があったわけでもないんだしさ」
「ユキには悪気しかなかったはずよ。そして私はそのユキを野放しにしていたの。何もしないんじゃ、気が収まらないわ」
顔を上げた深谷さんは、さっきの部長と同じ、真剣な表情をしていた。
うーん、確かに僕は謝られる立場なんだろうけど、なんだろう。恨みとか憎しみとか、そういう感情を向けられてのことじゃないせいか、今回の件は散歩中に熊に出会ったみたいな、不幸な事故に遭ったような印象なんだよな。あんな体験はもう二度と経験したくないし、殺されそうになった怒りもないわけじゃないけど、今後こういうことが起きないならそれでいいっていうか、過ぎたこととして呑み込めるレベルだ。寧ろ途中からは自分から巻き込まれにいったようなもんだし。
だからそんなに畏まられてしまうと逆に困ってしまう。別に何かしてもらおうなんて思ってないし。
「何でも言って頂戴。可能な限り、応えさせてもらうから」
しかし本人は本気の顔でこんなことを言い出す始末。ちらと部長にヘルプの視線を送ると、笑顔で親指を立ててきた。あんた味方じゃないのか。
「えーと……あ」
こうなったらどうにか無難なお願いをするしかない。僕は素早く且つ深く思考の海に潜り、やがて一つの答えを見出した。
「じゃあ、僕の作品を読んでアドバイスをくれないかな? 部長からいつも下手って言われるから」
「…………」
深谷さんが目をぱちくりとさせる。部長は何故か、やれやれとでも言いたげに肩をすくめて首を振った。
「えっと、ダメ、かな?」
「……いいわ。お安い御用よ」
深谷さんが笑みを返した。とても綺麗な笑顔だった。
気が付くと、そこは見慣れない部屋だった。机に突っ伏していた僕はぼんやりとした頭のまま、ここはどこだったか思い出そうとする。
「起きたか、真」
反射的に声のした方を向くと、微笑む部長と、その膝を枕に眠る深谷さんの姿があった。それを見てようやく現状を思い出す。
「部長……上手くいきましたか?」
「うむ、お主のおかげでな。礼を言うぞ、真」
その言葉を聞いて、ほっと一息つく。
「いえ、そもそも僕が人質になったせいで、余計な手間をかけさせていたみたいなので、礼を言われる資格なんて」
「何を言うか。お主の同行を許可したのも、目の前にいながらにしてお主を守れなかったのもこの儂じゃ。責はこちらにある。すまなかったな」
真面目な表情になった部長は深々と頭を下げた。予想外の反応に、僕はどう返そうか迷って、
「……じゃあ、部長に助けられたのでおあいこってことで」
「……そうか」
笑って言うと、頭を上げた部長も表情を緩めた。
「う……」
とそこで、深谷さんが目を覚ます。
「……ここは?」
「お主の家じゃよ、彩花」
「……そっか。戻ってこれたんだ」
深谷さんは畳に手をついて、ゆっくりと起き上がる。
「深谷さん、大丈夫?」
「あ、真! あんたこそ大丈夫なの? あの後あんた、急に消えて……!」
深谷さんが僕に詰め寄る。心配するつもりが、どうやら逆に心配させてしまっていたらしい。
「一足先に元の世界に帰ったと説明したじゃろうに。心配性じゃな」
「この目で見るまで不安だったの……コホン。不安だったんです」
律儀に言い直す深谷さんだった。部長は可笑しそうに笑う。
「ほほう、実際の彩花はそういう性格か。なんだか新鮮じゃのう」
「……そうですね。ユキは明るく快活な子ですから」
「お主のような奴も嫌いではないぞ。改めて、初めましてじゃな、深谷彩花殿。儂はピッチピチの高校二年生にして除霊師の真似事もしておる霧中望じゃ。よろしく頼むぞい」
「えっと、初めまして。深谷彩花です。この度は私を助けてくれて、本当にありがとうございました」
深谷さんが部長に頭を下げる。
「礼なら真に言うのじゃな。儂は今回、殆ど良いところがなかったからのう」
部長の視線を追うようにして、深谷さんがこちらを向く。僕は少し恥ずかしさを覚えながら、二人の流れに乗って自己紹介をする。
「初めまして、でもないかな。平坂真です。部長や深谷さんと同じ、文芸部に所属してます」
「うん、知ってる」
そりゃそうだ。記憶も取り戻してるんだもんな。
なんとなく予想していた答えに心の中で頷いていると、深谷さんは僕に対しても、深く頭を下げてきた。その動きは予想外だったので、軽く動揺する。
「助けてくれてありがとう。そして、本当にごめんなさい。ユキは、いいえ、私は、貴方を殺してしまうところだったわ」
「あー、まあもう終わったことだから、気にしないで。最終的に皆無事だったんだし、深谷さんに悪気があったわけでもないんだしさ」
「ユキには悪気しかなかったはずよ。そして私はそのユキを野放しにしていたの。何もしないんじゃ、気が収まらないわ」
顔を上げた深谷さんは、さっきの部長と同じ、真剣な表情をしていた。
うーん、確かに僕は謝られる立場なんだろうけど、なんだろう。恨みとか憎しみとか、そういう感情を向けられてのことじゃないせいか、今回の件は散歩中に熊に出会ったみたいな、不幸な事故に遭ったような印象なんだよな。あんな体験はもう二度と経験したくないし、殺されそうになった怒りもないわけじゃないけど、今後こういうことが起きないならそれでいいっていうか、過ぎたこととして呑み込めるレベルだ。寧ろ途中からは自分から巻き込まれにいったようなもんだし。
だからそんなに畏まられてしまうと逆に困ってしまう。別に何かしてもらおうなんて思ってないし。
「何でも言って頂戴。可能な限り、応えさせてもらうから」
しかし本人は本気の顔でこんなことを言い出す始末。ちらと部長にヘルプの視線を送ると、笑顔で親指を立ててきた。あんた味方じゃないのか。
「えーと……あ」
こうなったらどうにか無難なお願いをするしかない。僕は素早く且つ深く思考の海に潜り、やがて一つの答えを見出した。
「じゃあ、僕の作品を読んでアドバイスをくれないかな? 部長からいつも下手って言われるから」
「…………」
深谷さんが目をぱちくりとさせる。部長は何故か、やれやれとでも言いたげに肩をすくめて首を振った。
「えっと、ダメ、かな?」
「……いいわ。お安い御用よ」
深谷さんが笑みを返した。とても綺麗な笑顔だった。
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