夢の中の雪

東赤月

文字の大きさ
上 下
51 / 53

目覚め

しおりを挟む
「……ん」
 気が付くと、そこは見慣れない部屋だった。机に突っ伏していた僕はぼんやりとした頭のまま、ここはどこだったか思い出そうとする。
「起きたか、真」
 反射的に声のした方を向くと、微笑む部長と、その膝を枕に眠る深谷さんの姿があった。それを見てようやく現状を思い出す。
「部長……上手くいきましたか?」
「うむ、お主のおかげでな。礼を言うぞ、真」
 その言葉を聞いて、ほっと一息つく。
「いえ、そもそも僕が人質になったせいで、余計な手間をかけさせていたみたいなので、礼を言われる資格なんて」
「何を言うか。お主の同行を許可したのも、目の前にいながらにしてお主を守れなかったのもこの儂じゃ。責はこちらにある。すまなかったな」
 真面目な表情になった部長は深々と頭を下げた。予想外の反応に、僕はどう返そうか迷って、
「……じゃあ、部長に助けられたのでおあいこってことで」
「……そうか」
 笑って言うと、頭を上げた部長も表情を緩めた。
「う……」
 とそこで、深谷さんが目を覚ます。
「……ここは?」
「お主の家じゃよ、彩花」
「……そっか。戻ってこれたんだ」
 深谷さんは畳に手をついて、ゆっくりと起き上がる。
「深谷さん、大丈夫?」
「あ、真! あんたこそ大丈夫なの? あの後あんた、急に消えて……!」
 深谷さんが僕に詰め寄る。心配するつもりが、どうやら逆に心配させてしまっていたらしい。
「一足先に元の世界に帰ったと説明したじゃろうに。心配性じゃな」
「この目で見るまで不安だったの……コホン。不安だったんです」
 律儀に言い直す深谷さんだった。部長は可笑しそうに笑う。
「ほほう、実際の彩花はそういう性格か。なんだか新鮮じゃのう」
「……そうですね。ユキは明るく快活な子ですから」
「お主のような奴も嫌いではないぞ。改めて、初めましてじゃな、深谷彩花殿。儂はピッチピチの高校二年生にして除霊師の真似事もしておる霧中望じゃ。よろしく頼むぞい」
「えっと、初めまして。深谷彩花です。この度は私を助けてくれて、本当にありがとうございました」
 深谷さんが部長に頭を下げる。
「礼なら真に言うのじゃな。儂は今回、殆ど良いところがなかったからのう」
 部長の視線を追うようにして、深谷さんがこちらを向く。僕は少し恥ずかしさを覚えながら、二人の流れに乗って自己紹介をする。
「初めまして、でもないかな。平坂真です。部長や深谷さんと同じ、文芸部に所属してます」
「うん、知ってる」
 そりゃそうだ。記憶も取り戻してるんだもんな。
 なんとなく予想していた答えに心の中で頷いていると、深谷さんは僕に対しても、深く頭を下げてきた。その動きは予想外だったので、軽く動揺する。
「助けてくれてありがとう。そして、本当にごめんなさい。ユキは、いいえ、私は、貴方を殺してしまうところだったわ」
「あー、まあもう終わったことだから、気にしないで。最終的に皆無事だったんだし、深谷さんに悪気があったわけでもないんだしさ」
「ユキには悪気しかなかったはずよ。そして私はそのユキを野放しにしていたの。何もしないんじゃ、気が収まらないわ」
 顔を上げた深谷さんは、さっきの部長と同じ、真剣な表情をしていた。
 うーん、確かに僕は謝られる立場なんだろうけど、なんだろう。恨みとか憎しみとか、そういう感情を向けられてのことじゃないせいか、今回の件は散歩中に熊に出会ったみたいな、不幸な事故に遭ったような印象なんだよな。あんな体験はもう二度と経験したくないし、殺されそうになった怒りもないわけじゃないけど、今後こういうことが起きないならそれでいいっていうか、過ぎたこととして呑み込めるレベルだ。寧ろ途中からは自分から巻き込まれにいったようなもんだし。
 だからそんなに畏まられてしまうと逆に困ってしまう。別に何かしてもらおうなんて思ってないし。
「何でも言って頂戴。可能な限り、応えさせてもらうから」
 しかし本人は本気の顔でこんなことを言い出す始末。ちらと部長にヘルプの視線を送ると、笑顔で親指を立ててきた。あんた味方じゃないのか。
「えーと……あ」
 こうなったらどうにか無難なお願いをするしかない。僕は素早く且つ深く思考の海に潜り、やがて一つの答えを見出した。
「じゃあ、僕の作品を読んでアドバイスをくれないかな? 部長からいつも下手って言われるから」
「…………」
 深谷さんが目をぱちくりとさせる。部長は何故か、やれやれとでも言いたげに肩をすくめて首を振った。
「えっと、ダメ、かな?」
「……いいわ。お安い御用よ」
 深谷さんが笑みを返した。とても綺麗な笑顔だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

平民の方が好きと言われた私は、あなたを愛することをやめました

天宮有
恋愛
公爵令嬢の私ルーナは、婚約者ラドン王子に「お前より平民の方が好きだ」と言われてしまう。 平民を新しい婚約者にするため、ラドン王子は私から婚約破棄を言い渡して欲しいようだ。 家族もラドン王子の酷さから納得して、言うとおり私の方から婚約を破棄した。 愛することをやめた結果、ラドン王子は後悔することとなる。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?

星野真弓
恋愛
 十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。  だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。  そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。  しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...