夢の中の雪

東赤月

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集合

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「来たか」
 集合時間二十分前に校門前に到着した僕を出迎えたのは、部長だった。制服の半袖シャツを第一ボタンまで閉め、学校指定のスカートを膝が隠れるように穿き、蝶ネクタイを付けた彼女は傍から見てとても暑そうに見えるが、本人は涼しげな表情で額には汗ひとつない。一体いつからいたのだろう。丁度今さっき着いたばかりなのだろうか。
 対して僕は暑いのを見越して半袖半ズボンのラフな格好だ。それでもここまで歩いてくる途中で若干の発汗が生じている。
「早いのう。緊張で急いたか?」
「部長こそ、僕より早いじゃないですか」
「人を待たすことは苦手なのでのう。つい一時間前行動をしてしまうのじゃ」
「い、一時間?」
 炎天下で四十分立っていた、というのか?
「冗談じゃよ。三十分前行動じゃ。儂とて暑い中ずっと立ったままでいるのは苦手さね」
「はあ……」
 それでも、僕が時間通りに来ていたらもう二十分立ったままだったわけで、あまり変わらないような気がする。そんな冗談を言った部長の意図もよく分からない。明るい雰囲気でも作りたかったのだろうか。
「さて、予定より少し早めじゃが、揃ったところで行くかのう」
「はい」
 歩き始めた部長の後を追う。僕の家とはちょうど逆の方角だった。
「そういえば、深谷さんの家はここから遠いんですか?」
 以前部活の終わりに、彼女が自転車で通っていることを聞いた覚えがある。大した距離で無ければよいのだが。
「徒歩で三十分程かのう。なるべく日陰を歩くよう心掛けるさ」
 部長は前を向いたまま答える。その答え方だと、やはり部長は暑さをあまり気にして無いようにも思えるが、はてさて。
 もしかして、暑さを気にしている場合ではないとか、そういうことなのだろうか。強気に見せていて、除霊の際の不安を隠しているとか、自信満々な自分を演じることで、緊張を和らげているとか、普段の部長を見ている時からは想像もできない感情と闘争が、しかし、部長の胸中では常日頃から存在しているものかもしれない。
 どんなに霊力があったって、部長も人間だ。人並みに、人並みならないことに悩んでいてもおかしくない。
「ところでお主」
「あ、はい」
 思考の途中で部長が立ち止まり、振り向く。微笑んではいるが、心なしかその表情からは、何かに対する不安が伝わってきた。緊張で体が強張る。
「実は、どうしても聞きたいことがあるのじゃが」
「何でしょう」
 出来るだけ声を落ち着かせて尋ねる。部長が、今ここで僕に聞きたいこと、それは一体。
「お主、昼ごはんはきちんと食べてきたか?」
「え?」
「答えよ」
「はあ、まあ、ちゃんと食べましたけれど、それがどうしたんですか?」
「いや、ただ気になっただけじゃ。そうかそうか、食べてきたか。よしよし」
 部長は一人で納得すると、いつもの屈託のない笑みを浮かべ再び歩み出す。僕は体から力が抜けていくのを感じながらその後に続いた。
「儂の心配なぞせんでよいぞ」
「どうして分かったんですか!」
 いきなりの発言に思わず突っ込んでしまう。心が読まれていたのだろうか。馬鹿な、と思いつつ部長ならあり得ると思えた。
 そうだとすると、何とも居た堪れない。
「読むというか感じるのじゃよ、他人の感情を。これも霊力の成せる技じゃがのう。何かに不安を抱いておるというのは察したからの。儂の身でも案じているのかと思っただけじゃ」
「……そうですよ」
 恥ずかしくなって、部長の後頭部から視線を外す。
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