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霊力
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「世の中には、意思により作用する何らかの力が存在するのじゃ。儂は、まあありがちじゃが、霊力と呼んでおる。魔力とも、超能力とも言われておるがのう」
「霊力、ですか……」
非現実的な単語の代表例とも言っていい言葉なのだが、体験が体験なだけに一笑できない。
「あるかどうかは実際のところ分かっておらぬ。科学的な実証もされてはおらぬし、殆どの人間は存在すら知らぬじゃろうな。しかし、先に見せた夢現の世界然り、科学的な説明の成されぬ現象が世にあるのは確かなのじゃ」
僕は神妙に頷く。
「意思によって作用するそれらは、どこにでもあると言ってもよい。空気にも含まれておるし、実のところ全ての人間が少なからず持ち、無意識のうちに使用しておる」
「え、僕も、ですか?」
「うむ。意志ある動物でさえ使用しておるとも言われておるのう。例えばじゃが、今儂はどんな感情を持っておると思う?」
「そんなこと言われても、分かるわけがないじゃないですか」
「目を閉じ、儂の方へ意識を集中してみよ」
「………………」
それで分かるのだろうか、と半信半疑になりつつも、部長の言葉通りにする。
――――殺す。
「うわあ!」
僕は声を上げ、弾かれたように立ち上がると後退った。ガシャン、と椅子が倒れ、大きな音が響く。
「座るが良い。本気で害を為そうとは思っておらぬよ」
静寂が戻ると、笑ったままの部長は言った。
「さて、今儂はお主に対し、どんな感情を抱いておったか分かったか?」
「……殺意とでも言えばいいのでしょうか。殺す、と聞こえたような気がしました」
「ほう、明確な声も聞こえたか。中々霊力があるようじゃのう」
部長は感心したように言う。
「今のような例は稀じゃが、人は少なからずその場の空気に影響を与え、また受けることができる。不穏な気配や違和感を、霊力を以て知ることができるのじゃ。逆に、儂のようにその場の空気を変えることも可能で、その極みが夢現の世界じゃな」
自分の意思を自分の霊力に乗せて、周囲の霊力にその意思を伝播させるのじゃ、と分かりにくい説明を付け加える部長。僕は透明な水に墨を垂らしたその後の経過を思い浮かべた。透明だった水に、だんだんと墨の黒が広がっていく。
「普通の人でも、ですか?」
「うむ。例えば誰かが怒っているとしよう。するとその場には不穏な空気が流れるはずじゃ。それは多少なりとも怒りの感情が霊力を介して空気に影響し、周囲の人間は、あの人が今怒っているということを知ることで、その空気を意識してしまうのじゃよ」
「待って下さい。それって普通のことじゃないですか」
「左様。今のような例じゃと、霊力は殆ど影響せぬ。それは発信者も受信者も霊力を多く持たぬがゆえじゃ。しかし霊力の強い人間の怒りは、霊力を知らぬ者なら余程意識せねば隠していても伝わってしまう。逆に、誰かが怒ったということを知らなくても、不穏な空気を感じ取ることができるのじゃ。野生動物などはそのように危機を察知したり、仲間に伝えたりするという仮説もある。お主には、そういった経験は無いか?」
僕は過去を振り返ってみる。言われてみれば、そんな経験もないわけではないが、当時は全く意識していなかった。
「霊力が取り分け強い人間は、それを意識して使用することも可能じゃ。相手の意思を悟ったり、彩花のように動きを封じたり、催眠術のように相手に幻覚を見せたりすることもできる」
「え、じゃあ催眠術師とか超能力者って、霊力が強い人間なんですか?」
「比較的強い人間は居るだろうさ。ただ、霊力の存在に気づいておるものは極稀じゃろう。殆どは心理学やらそういった知識の賜物として認知しているはずじゃ。意識して使用しているかもしれぬが、あくまで知識という支えのもと成立しているだけで、彼らの常識の範囲内のことしかできぬよ」
心理学が全く霊力に関係ないとは言い難いがの、と部長は付け加える。
「霊力、ですか……」
非現実的な単語の代表例とも言っていい言葉なのだが、体験が体験なだけに一笑できない。
「あるかどうかは実際のところ分かっておらぬ。科学的な実証もされてはおらぬし、殆どの人間は存在すら知らぬじゃろうな。しかし、先に見せた夢現の世界然り、科学的な説明の成されぬ現象が世にあるのは確かなのじゃ」
僕は神妙に頷く。
「意思によって作用するそれらは、どこにでもあると言ってもよい。空気にも含まれておるし、実のところ全ての人間が少なからず持ち、無意識のうちに使用しておる」
「え、僕も、ですか?」
「うむ。意志ある動物でさえ使用しておるとも言われておるのう。例えばじゃが、今儂はどんな感情を持っておると思う?」
「そんなこと言われても、分かるわけがないじゃないですか」
「目を閉じ、儂の方へ意識を集中してみよ」
「………………」
それで分かるのだろうか、と半信半疑になりつつも、部長の言葉通りにする。
――――殺す。
「うわあ!」
僕は声を上げ、弾かれたように立ち上がると後退った。ガシャン、と椅子が倒れ、大きな音が響く。
「座るが良い。本気で害を為そうとは思っておらぬよ」
静寂が戻ると、笑ったままの部長は言った。
「さて、今儂はお主に対し、どんな感情を抱いておったか分かったか?」
「……殺意とでも言えばいいのでしょうか。殺す、と聞こえたような気がしました」
「ほう、明確な声も聞こえたか。中々霊力があるようじゃのう」
部長は感心したように言う。
「今のような例は稀じゃが、人は少なからずその場の空気に影響を与え、また受けることができる。不穏な気配や違和感を、霊力を以て知ることができるのじゃ。逆に、儂のようにその場の空気を変えることも可能で、その極みが夢現の世界じゃな」
自分の意思を自分の霊力に乗せて、周囲の霊力にその意思を伝播させるのじゃ、と分かりにくい説明を付け加える部長。僕は透明な水に墨を垂らしたその後の経過を思い浮かべた。透明だった水に、だんだんと墨の黒が広がっていく。
「普通の人でも、ですか?」
「うむ。例えば誰かが怒っているとしよう。するとその場には不穏な空気が流れるはずじゃ。それは多少なりとも怒りの感情が霊力を介して空気に影響し、周囲の人間は、あの人が今怒っているということを知ることで、その空気を意識してしまうのじゃよ」
「待って下さい。それって普通のことじゃないですか」
「左様。今のような例じゃと、霊力は殆ど影響せぬ。それは発信者も受信者も霊力を多く持たぬがゆえじゃ。しかし霊力の強い人間の怒りは、霊力を知らぬ者なら余程意識せねば隠していても伝わってしまう。逆に、誰かが怒ったということを知らなくても、不穏な空気を感じ取ることができるのじゃ。野生動物などはそのように危機を察知したり、仲間に伝えたりするという仮説もある。お主には、そういった経験は無いか?」
僕は過去を振り返ってみる。言われてみれば、そんな経験もないわけではないが、当時は全く意識していなかった。
「霊力が取り分け強い人間は、それを意識して使用することも可能じゃ。相手の意思を悟ったり、彩花のように動きを封じたり、催眠術のように相手に幻覚を見せたりすることもできる」
「え、じゃあ催眠術師とか超能力者って、霊力が強い人間なんですか?」
「比較的強い人間は居るだろうさ。ただ、霊力の存在に気づいておるものは極稀じゃろう。殆どは心理学やらそういった知識の賜物として認知しているはずじゃ。意識して使用しているかもしれぬが、あくまで知識という支えのもと成立しているだけで、彼らの常識の範囲内のことしかできぬよ」
心理学が全く霊力に関係ないとは言い難いがの、と部長は付け加える。
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