夢の中の雪

東赤月

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 コンコン、と二度ノックする。
「入るがよい」
 中から声が聞こえた。しゃべり方が紹介時とは違うが、声は同じだった。
「失礼致します」
 意を決して引き戸を左に開ける。
「よく来たのう」
 視聴覚準備室は一般教室の半分程度の広さだった。入り口近くに本棚や掃除用具を入れるロッカー、奥の隅には演劇部のものであろう大道具などがあるが、人が動く分には不自由が無さそうだった。部屋の中央には入り口から見て縦に長い長方形の大きな机があり、それを囲むようにしてパイプ椅子が並んでいる。そして独特の喋り方をする声の主は、入ってきた僕達と向かい合うように座っていた。
「扉を閉めて、座るがよい」
 僕に続いて入ってきた広太が後ろ手で扉を閉めることを確認し、椅子に座るため一歩進んだ。
「うわっ!」
 途端、何かが足に引っかかり、僕は前方に大きく体勢を崩した。
「危ない!」
 僕の転倒を防ごうと、広太は僕に手を伸ばす。
 しかしながら、まだ扉を閉め切っていなかった広太は反応が一瞬遅れていた。
 この一瞬が致命的だった。
 その間に僕は更に前のめりになり、転倒の被害を和らげようと咄嗟に利き腕である右手を前方に出した。それにより、左手で扉を閉めていた広太は右手を伸ばしたわけだが、彼が掴めたのは僕の左手だけだった。広太は僕の真後ろにいたため、彼の右手と僕の左手の間には距離があった。それを掴むためには彼もまた体を前に出さなければならず、結果、広太は僕の左手を掴んだものの踏ん張りがきかず、倒れまいとする僕が引く力に敵わなかった。左腕を引かれた僕はというと、もつれた足を軸に半回転し、倒れながら広太と向かい合う形となった。伸ばした右手もそれに伴い床ではなく倒れかかってくる広太に向けられ、そのまま僕と広太の体は重力に従い、重なるようにして倒れた。
「ぐあっ!」
「すまん!」
「ほほう!」
 三者三様の声が上がる。
「悪い、今どくから……」
 広太が立ち上がる。僕も立ち上がろうとするが、その前に文芸部の部長が僕に近づき、その場で屈んだ。もしかしたら手を貸してくれるのかと思ったが、彼女の手は僕ではなく、僕のすぐ隣にある本棚に向かって伸びた。不思議がる僕達をよそに、彼女はその一番下の段の中から、一冊の黒い国語辞典を取り出す。
「予想外の収穫があったのう。これは動画のほうも期待できそうじゃ」
しかしそこから出てきたのはビデオカメラだった。どうやら国語辞典にカモフラージュされたビデオカメラの隠し場所だったらしい。
「カメラ……? 動画……?」
「ってちょっと、何撮っているんですか!」
 僕の言葉で広太の混乱は解けたらしく、僕もようやく立ち上がることができたが、その時には全てが終わっていた。
 文芸部部長はスキップしてもといた場所に戻ると、カメラを大事そうに鞄にしまった。
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