夢の中の雪

東赤月

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「放課後、部室に来て」
 僕こと平坂真と同じく文芸部に所属する深谷彩花さんにそう言われたのは、梅雨のジメジメした空気が去り、代わりに蝉の鳴き声をバックバンドにその存在感を如何なく発揮する夏の暑さが到来した六月下旬のある日のことだった。
 昼休みに僕は、今年も春を実感できた日は少なかったな、と長く居座っていた冬の寒気と待ちきれないとばかりに梅雨明け前に既に訪れていた夏の熱気に対し心中でぼやきつつ、教室で弁当を広げていた。
 僕の席は日当たり良好の窓際の席である。クーラーの存在しない教室の前後二つの入り口にはそれぞれ扇風機が設置されているが、僕の席にまではその恩恵が届かない。開け放たれた窓から吹く風からは多少清涼感を得られるものの、同時にカーテンがなびき、それによって防がれていた直射日光が容赦なく僕に降り注ぐため、総合的に暑さは増しているように思う。
 まだ夏真っ盛りというわけでもないが今日の気温は高く、僕以外の窓際の席の持ち主達は皆、昼休みが始まると同時に弁当などを持ってどこかに行ってしまった。友達との交流なのか、一時の涼しさを得るためなのかは分からないけど、親しい友達を多く持たない僕は午前中の授業を経て折角暑さに慣れてきた体を元に戻したくなかった。
 そういうわけで、昼休みに窓際の席に座って弁当を食べているのは僕一人だった。そのため、ただでさえ注目を集める彼女がわざわざ他の教室の暑い窓側に来てまで僕に話しかけたことは、僕まで注目を浴びるという結果を招いた。
 深谷彩花。この県立七夕高校の一年生で、端正な顔立ちと細い体躯を持つ美人だ。男子の集まりの中で気になる異性についての話題があがると大抵彼女の名前を聞くことができる。彼等の意見では、友達の輪の中心で笑いながら会話をしている姿も良いが、髪を耳にかけながら眼鏡越しにハードカバーの本を読む姿がたまらないのだという。彼女が去ったあとに、僕を横目に見つつ教室中で彼女の行動の理由の推測を囁き合う級友達の様子からも、彼女の存在感の強さを伺うことができた。
 かく言う僕自身も、彼女にはかなり惹かれていた。彼女が文芸部に所属してからは部室で見ることも多くなり、その優しい物言いや気品さを漂わせる仕草は、健全な男子高校生の心をかき乱すのには十分な破壊力を持っているということを身をもって実感した。
 しかし、僕の彼女に対する見解の話はそれで終わりだ。これ以上親しくなる間柄ではないし、容姿端麗な部活仲間という認識が変わることは無いだろう。彼女から部室に来て欲しいと言われた際も、何も期待していなかったと言えば嘘になるが、呼び出した理由については深く考えなかった。
 文芸部の活動は、隔月で部員の書いた作品を部誌として発行する以外は特に無い。執筆は基本的に家で行えるため、部活動として部室に行くのは作品の評価会や製本作業の時だけである。それ以外の日には、即ちほぼ毎日であるが、あの自他共に認める変人の部長が集会と称し、持ち込んだトランプやら将棋やらで遊んでいる。部長は大抵、独りで、遊んでいるが、「ぬふふー、今宵の儂は道連れを求めておるのじゃー」と奇怪な発言をしては部員を遊びに付き合わせることもある。今日もそんな部長がトランプ四組使用の大富豪をしようとでもしたのだろう。人伝てに知らされたのは初めてだが、あの部長のことだ、この程度のことを思いつきで実行しても何の不思議もない。
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