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三歳児編

えんぎ

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「やあ、待たせたね」
 やっとへツェトさんがでてきた。おれはかたいいすからたちあがる。けいさつしょははじめてきたけど、ここもまわりからジロジロみられるから、はやくでたかった。
「それじゃあ行こうか」
「あ……はい」
 いつもみたいに、ああ、といいかけて、やめる。へツェトさんは、なんだかこわいからだ。
 けいさつしょをでると、そとはもうまっくらだった。くもってるのかほしもみえない。このあたりはみちのちかくにひかるやつがあるからいいけど、おれのいえのちかくじゃほとんどなにもみえないだろう。
「悪かったね、こんな遅くまで付き合わせちゃって」
「……べつにいい、です」
「ふふ、無理して敬語を使う必要はないんだよ? 君がどうしてもしたいって言うなら止めないけど」
「…………わかった」
 ふつうにはなすと、にこにこしたかおからにっこりしたかおになる。……やっぱりこいつ、こわい。
 だまってるのがなんだかいやだったから、いちばんだいじなことをきく。
「なあ」
「うん?」
「これでほんとうに、おやじはそとにでれるのか?」
「ああ、その点なら心配いらないよ。依頼を受けていたとはいえ罪になるような行動はしていないし、そういう証言もしておいた。彼自身も捜査に協力的だったし、計画犯の存在も掴めてる。悪魔族であることを鑑みても、三日も経たずに解放されるはずさ」
「そっか……」
 よかった。このままあえなくなるんじゃないかっておもってたけど、そうはならないんだな。
 ほっとして、それからまた、しずかになる。
「……なあ」
「なんだい?」
「あんたは、なんでそんなにつよいんだ? リンドがつよいのも、あんたのせいか?」
 そうきくと、ふふ、とわらった。
「僕が強いのは、考えたからだよ。どうしたら強くなれるのか、考えて、試してみて、また考えて、また試してみて、その繰り返しさ。リンドが強い理由は分からないけど、多分似たようなものだと思うよ」
「……かんがえなくちゃいけないのか?」
 あたまをつかうのはにがてだ。だけどへツェトさんは、おおきくうなづいた。
「うん。まあ君は体も大きいし、考えなくてもそれなりに強くはなれると思うよ? だけど僕には敵わない。絶対にね」
 そういってへツェトさんは、てのひらからひかるボールをだした。まほうだ。そういえばおやじといっしょにいたおとこたちをとめたのも、まほうだったっけ。
「それにいくら強くたって、頭が悪ければ利用されておしまいだよ。君のお父さんみたいに」
「っ!」
 ヘツェトさんをにらむ。なにかいいかえそうとして、でも、なにもいえなかった。
「お父さんの悪口言ってごめんね。だけど悪魔族である君達にこそ、よく考えてほしいんだ。君達の誰かが将来別の誰かに騙されて犯罪者になっちゃったら、ますます悪魔族が悪い奴だって思われちゃうからね。悪魔族の未来のためにも、よく学んでほしい。今日あそこに連れて行ったのも、証拠を引き出すためって言うのもあるけど、こういう戦い方もあるって知ってほしかったっていう理由もあったんだよ?」
 ちょっと難しかったかもしれないけどね。そういって、ヘツェトさんはわらった。
「じゃあ」
 いいかけて、まわりをみる。まほうでみえるところいがいまっくらだ。だれもいない。
「じゃあ、おれにえんぎさせたのも、たたかいかた、だったのか?」
『僕が相手の左手に穴を開けようとしたら、やめろって言って止めてほしい。僕が瞬きをしたら、そんなことをしてもお父さんが帰ってこないと言ってほしい』
 それが、ヘツェトさんにいわれたことだった。
「そうだよ」
「どうして、あんなことしたんだ? しょーこってやつはあったんだろ? だったらあとは、けいさつにまかせればよかったじゃんか」
「いいや、それだけじゃ懲りなかったろうからね」
 うーん、そうだな、といってからつづける。
「例えば君は、リンドにやられて警察の人にも怒られただろう?」
 ……むかつくけど、そうだったから、うなづく。
「それで、もう二度とリンドに悪さしないって思えるかい?」
「おもえない」
「だろう? あいつらも同じさ。ちょっと叱られただけじゃ気にしないんだ。次はもっとうまくやろうって、そう思うだけ」
「でも、おとなはけいさつにつかまったら、ろうやにいれられるって」
 ヘツェトさんは、まほうをだしてないほうのてでゆびをふる。
「残念だけど、そう単純じゃないんだ。あの証拠でさえ、脅されて録ったと無理矢理言い逃れされるかもしれなかったしね。それに警察だって絶対に正しいわけじゃない。裏でお金を渡せば、悪いことをしても牢屋に入れられずに済むことだってある」
「なんだよそれ!」
 しらなかった。けいさつは、せいぎのみかたじゃないのか?
「そういうわけだから、ちょっと脅かさないといけなかったわけさ。やられたらやり返すよってね」
「……でも、だったらとめなくてもよかったんじゃないか?」
「いいや、実際に手を出しちゃったら、あの二人はますます悪魔族を嫌うだろうからね。そもそも手に穴を開けたのはオード君だし。罪を認めさせて、あとは警察に任せるのが一番だよ」
「でも、けいさつはかねをはらえばなにもしないんだろ?」
「そこまで警察は無能じゃないよ。それに、あの二人の悪魔族に対する意識が変わったってだけで、僕は十分さ」
「でも、でも……」
 でも、それじゃあおれたちは、やられっぱなしで……。
「お父さんが戻ってくる。それ以上に、何か望みがあるのかい?」
「…………ない」
 なんだかむかつくけど、おれがなにかされたってわけじゃない。ならこれいじょうは、がまんする。
 こたえると、ヘツェトさんが、あたまをなでてきた。
「良い子だね。君ならきっと、強くて賢い大人になれるよ」
「……ほんとに?」
「うん。今日のことを忘れなければね」
「そっか……」
 ならおれもいつか、このひとみたいになれるだろうか。そんなことをおもいながら、ヘツェトさんがあかるくしたみちをあるいた。
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