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三歳児編

詰問

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「な、何を言って、それにその口の利き方はなんです! 私を誰だと思って――」
 バン!
「ひい!」
 先ほどシヅレアがしたのと同じように机を叩くと、飛び上がらんばかりに驚かれた。呆れのため息をついてから、低い声で耳元に囁く。
「失礼しました。座っていただけますか?」
「………………」
 大人しく従うシヅレア。その横顔を見下ろした俺は、机に手をついて恨み言を降らせる。
「随分と調子に乗っていましたねぇ、あなたは。えぇ? こちらが悪魔族だからって散々馬鹿にしてくれて。あなたのような者がいるせいで、僕達の立場は一向に改善されないんですよ? 僕達だって頑張っているのに、どうしてそう毛嫌いするのですか? ねえ、どうしてですか?」
 シヅレアは答えない。ようやくこの状況を飲み込めたのか、奥歯をガチガチと鳴らしている。
「ほら答えてくださいよ。悪魔族になら何してもいいと思ってるんでしょう? 悪魔族の息子になら大怪我させてもいいと思ったんでしょう? 悪魔族の大人になら犯罪者にしてもいいと思ったんでしょう? ほらほら」
「………………」
 バン!
「答えてください」
「ひっ……! そ、それは、そう教わってきたからで、他の人だって、みんなそう……」
「みんなそう言っていたと? 今の魔王様のお考えを知らないと言うのですか?」
「それは、知ってるけど、でも、建前だって」
「ふうん。誰が言っていたのです?」
「……周りの、みんなが」
 はあ、と盛大なため息をつくと、シヅレアの肩が震える。いっそ開き直るかとも思ったけど、随分としおらしくなったね。案の定、立場がなければこんなもんか。
「誤魔化さないでいただきたいですねぇ。そんな答えじゃ納得できませんよ?」
「う、嘘じゃありません! 私の周りにいた人はみんな――」
「そうではなくてですねぇ」
 わざとらしく、苛つきを込めて言い訳を遮る。
「周りがそう言って、信じたからでしょう? この期に及んで保身に走ろうだなんて、僕を馬鹿にしているのですか?」
「そ、そういうわけでは」
「なら! 今度は間違いなく答えられますよね? あなたが悪魔族を嫌っているのは、その関係者諸とも死んでも構わないとさえ思っているのは、ただ周りに言われたことを信じて疑わなかったからですと」
「そこまで思っては……」
 絞り出すような言い訳に、やれやれ、と肩をすくめる。
「ではあなたなりに言い換えていただいて結構です。僕が納得しなければ言い直してもらいますが」
「う、うう……」
 シヅレアは目に涙を湛え、唇を噛む。それでも観念したのか、やがてポツリポツリと声を漏らす。
「私が、悪魔族を、き、嫌っていたのは」
「ほう、今はもう嫌っていないと?」
「……嫌っているのは、関係者諸とも、ひどい目に遭ってもいいと、思っているのは」
「ひどい目、まあいいでしょう」
 何かを言うたびに確認するかのようにこちらを見上げるシヅレアに一々許可を出しながら、顎で続きを促す。シヅレアは声を震わせながら、最後の台詞を述べた。
「ただ、周りに言われたことを、信じて疑わなかったからです……!」
「はい、よく言えました」
 その言葉に目に見えて安心するシヅレア。僕としてはもう少し意地悪してもよかったけれど、もたもたしてると警察が来るからな。警護の男二人でも太刀打ちできない相手ってことで人員招集にはそれなりに時間がかかるはずだけど、さっさと最大の目的を果たすとしよう。
「それじゃあお考えも聞かせてもらったことですし、悪魔族らしい復讐をしますね」
 えっ? とこちらを見上げた顔が尋ねてきた。僕はせせら笑いを浮かべて返す。
「どうやらおつむが足りていないようですね? あなたがその考えに則って悪魔族に危害を加えたんですよ? ひどい目に遭っても構わないとさえ思われる悪魔族が、報復しないなんてことあるわけないじゃないですか」
「で、でもそれは、私の考えの中でだけで」
「今更何を言っているのですか? あなたのその考えを現実に適用した結果、僕の息子は大怪我を負ったんです。であれば報いの内容も、あなたの考えに沿っていないと公平じゃありませんよね?」
「あ、ああ……!」
 優しく肩に手を置くと、ついに泣き出してしまった。勿論その程度で許す気なんて毛頭ない僕は、復讐方法を口に出して検討する。
「ひどい目に遭ってもいい存在となると、代表的なのは犯罪者ですよね。犯罪者が仕返しをするとなると、やはり殺人でしょうか? それとも、長く苦しみを味わってほしいという観点から、生涯消えない傷をつけるとかでしょうか? シヅレアさん、あなたの思う悪魔族は、こういうときどっちを選択するんです?」
「そ、そんなことをしたら、あなたも犯罪者よ!」
 流石に私刑は受け入れられないのか、シヅレアは叫ぶように言う。鼻で笑ってやった。
「証拠は?」
「え?」
「仮にここで僕があなたに危害を加えたとしても、その証拠はありませんよね? まだ理解していないようですが、僕とあなたの立場は完全に逆転してしまっているんです。悪魔族を馬鹿にした犯罪者が悪魔族に罪をなすりつけようと自傷行為をした。そう思われるのがオチですよ」
「で、でも、警察本部の設備なら、嘘はすぐに」
「警察本部の設備なんて、利用するまでもありませんよ。さっき警護の人が来ていたでしょう? その時の会話と録音内容を照らし合わせれば、この証拠が捏造されたものではないと明らかになります。知っての通り、録音は一回きりしかできませんからね」
 あの二人が口裏を合わせればその限りではありませんが、と仮定を付け加えておく。そんなこと有り得ないと分かっているシヅレアの顔は真っ白になっていた。
「さぁて、どうやら考えを教えてくれる気はなさそうですし、僕なりに想像した方法でしましょうかね」
 僕は床に散乱した結晶の欠片から、それなりに大きく鋭利なものを拾うと、シヅレアの手に握らせる。
「いや、いやぁ……!」
「大丈夫ですよ。きっとあなたの想像している悪魔族よりかはマシでしょうから」
 握らせた破片の先を、ゆっくりと顔に近付けていって、
「やめて!」
「おや」
 来訪者の言葉に、止めたのだった。
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