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三歳児編

大事件

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 ゼラちゃんが休んだ日の、帰り道でのことだった。
(つけられてる?)
(良く気付けたな)
 気付きたくなかった。あっさりとしたレイズの言葉にため息をつく。背後から感じるチリチリとした何かは、やはり誰かに尾行されているからか。
 多分ベルクかな。最近は大人しくしていたから、もうこんなことしないと思っていたんだけど。
 俺やオードくんの家のある所はあまり、どころかほとんど人通りがない。今日もこの近くを歩いているのは俺たちだけだ。いきなり後ろから追われたら、俺はともかくオードくんはどうしようもないだろう。
 一先ず、オードくんの安全が第一だな。俺は手を繋いだオードくんに、不安を隠して笑いかける。
「ねえ、かけっこしない?」
「え、どうしたの? きゅうに」
「なんだか、したくなっちゃって。どうかな?」
「うん、いいよ! どこまで?」
「オードくんのいえまで」
「ええ、ちょっととおくない?」
「じゃあ、どこからならいい?」
「うーんと、じゃああのまがりかどから!」
「わかった」
 雑木林の前を通り過ぎたあとにある曲がり角まで歩く。
「よーいどん!」
 勢いよく駆け出すオードくん。俺はその後を追おうとして、
「オードくん、戻って!」
「え? うわっ!」
 振り向いたオードくんは、道の両脇から現れた二人の男に捕まってしまう。しまった、待ち伏せされていたのか。
 男たちは角が生えている。悪魔族か? でもどうして……。
「くそっ」
 考えがまとまらないまま、助けを呼ぼうと逃げようとするも、俺を尾行してきた男が立ち塞がった。ベルクかと思っていたそいつも、見覚えのない悪魔族の男だった。
「へへ、ちょっと大人しくしていろよな」
「ことわる!」
 先手必勝。俺は男に突進すると、強化魔法をかけた拳を腹に見舞った。
「ぐおぅ……!」
 不意を突かれた男は腹を押さえて頭を下げる。その顎にもう一発――!
「おい、こいつがどうなってもいいのか!?」
「うっ」
「このガキ!」
(カーネル!)
 一瞬気を取られた隙に、俺の体は吹っ飛んでいた。右頬が焼けるように痛い。殴られたようだ。雑木林がある方とは逆側、雑草が生い茂る草むらの中に落ちる。
「ぶっ殺してやる!」
「やめて!」
 オードくんの叫びに、男が従う理由はない。草むらに入ってきたそいつは、倒れる俺に何度も蹴りを入れてきた。俺は体を丸めてなんとか耐えようとするも、所詮子供の小さな体だ。耐えられるわけもない。
 っ……口の中が切れた。血の味がする。
(殺すぞ)
(ダメだ、それじゃオードくんが、それにレイズも)
(ならどうしろというのだ!)
(……今は、耐えてくれ、頼む)
 危険な状況にありながら、不思議と頭は冷静さを保っていた。こいつらだって、最初から俺たちを殺すために待ち伏せていたわけじゃないはずだ。思わぬ反撃で我を失っているだけで、耐えていればいつかは止めてくれるはず。
「おい、やりすぎだ! そこまでしろだなんて言われてないだろ!」
「うるせぇ!」
 初めて聞く声、オードくんを捕まえているもう一人の男の言葉だろうが、それでも暴行は止まらない。一度頭に血が上ったらすぐには冷めないタイプのようだ。これは反撃のチャンスを窺った方が良さそうか……?
 ドゴッ!
「がっ、ぁ……!」
 しまった、肺に、息が……!
「おら! 死ね!」
「もうやめ――」
「やめろぉお!」
 オードくんが絶叫する。同時に、突き刺してくるような敵意が、魔力を通して伝わってきた。
「ぎゃあ!」
 オードくんの身を盾に脅してきた男の悲鳴が上がる。その時、俺は自分でも不思議なほど冷静に、その場の状況を把握していた。
 手から血を流す男、それを見て固まっている男、足を振り上げた状態で止まった男。
 そして、全身から棘を生やした、特に掌からは十五センチはありそうな鋭い凶器を伸ばしているオードくん。
 オードくんはそのまま、状況が把握できずに片足で突っ立ったままの男に右手を伸ばし――
 男の腹に、血飛沫が舞った。
「……良かった」
 棘は届いていない。それを確認した俺は、オードくんに向き直る。オードくんは間に入ってきた俺を見て、目を白黒させていた。
「な、え、ど、どうし、……え?」
「……ダメだよ、オードくん」
 棘が貫通した左手は、痛いというよりも熱かった。それでもどうにかオードくんの右手を握り、無理矢理笑顔を作る。
「こんな奴のために、手を汚すなんてさ」
「り、リンドくん、ちが、これは、ぼく……!」
 オードくんの呼吸が激しくなる。ストレスで過呼吸になってるのかな。痛みでまともに働かない頭で、ぼんやりとそんなことを考える。
「大丈夫だから、ね? 落ち着いて」
「ご、ごめ、ぼく、こんなつもりじゃ、あ、あああ!」
「分かってる」
 右手でオードくんを抱き寄せる。体の棘はもう引っ込んだようで、新たな痛みはない。それとももう、俺が痛みに鈍くなったせいか。
 暗くなっていく視界の中、泣き顔になったオードくんが見えた。
「ありがとう」
 そこで、俺の意識は途切れた。
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