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三歳児編

第二ステージ

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「おはよう」
 オードくんと一緒に入った教室で挨拶を投げかけると、入り口近くの席に座る二人の男子、テミールくんとイベベくんが挨拶を返してくれた。それ以外のクラスメイト、悪魔族の三人とゼラちゃんを中心としたグループ七人は特に反応を示さない。
 ふむ、一見いつもと同じか。不自然にならない程度に教室内の様子を探りながら、自分の席へと移動する。その後ろから挨拶をしてくれた二人がついてきた。よしよし、他の勢力に取り込まれてはいないみたいだな。
「なあなあ、はやくはなしのつづきをきかせてくれよ!」
「まおうアルファはどうなったんだ!?」
 俺が席に着くなり、テミールくんとイベベくんは目を輝かせて俺に詰め寄った。昨日いいところで終わった俺の自作物語、魔王アルファの大冒険の続きが待ちきれないようだ。
「あ、ぼくもきになってた! たしか、アルファがうらぐちからはいって、でもてきがたくさんいたんだよね?」
 オードくんも椅子を寄せて興味を示す。まさかここまで子供の心を掴むとは。レイズの武勇伝も役に立つものだなぁ。
(ふふ、こやつらは幼いながらも我の素晴らしさを理解できているのだ。お主も見習うがよい)
(この子たちだって、一日中一方的に武勇伝を垂れ流されたら聞こうとしなくなるだろうよ)
 心の中でため息をつきつつ、俺は鞄の中から、茶色っぽい紙を麻っぽい紐で纏めただけの簡素なノートを取り出した。
「うん。じゃあきのうのおわりからはなすね。『うらぐちならてきがすくないとおもった、まおうアルファ。ですが、なんということでしょう、そこにはたくさんのてきがいたのです――』」
 できるだけ簡潔に、分かりやすく、たまにちょっと難しい言葉だったり、次の授業で使うような単語を混ぜて作った物語を、ゆっくり、丁寧に、単調にならないよう語って聞かせる。
 ここ数年で話を聴く側の気持ちを痛いほど理解した俺の配慮は功を奏し、聞き手の三人は今日も物語にのめりこんでいるようだった。その様子に満足感を覚えつつ、話を続ける。
「『てきのまおうがいいました。はっはっは、まんまとわなにかかったな、おろかものめ!』」
「おろかもの、ってどういういみだ?」
「いいしつもんだね。おばかなひと、あたまがわるいひと、っていみだよ」
 イベベくんの質問に答えると、オードくんとテミールくんも、初めて知ったという風に頷いた。
 その時、近くに人のいない、教室の後ろにある引き戸が開く。
「あ、ヘレンちゃんとミープちゃん、おはよう」
「……あ」
「……うん」
 そこから入ってきた人魔族の女子生徒に挨拶すると、曖昧ながらも返事をしてくれた。
 よし、一歩前進! 俺、心の中でガッツポーズ。
「あ、それじゃあつづきをはなすね」
 そうこうしている間に鐘が鳴り、遅刻ギリギリで獣魔族の四人が教室に入り、そのすぐ後に先生がやってきて、授業が始まった。
 一時間目は算数の授業だ。俺はノートに数字を書き込む。それは勿論板書している……わけではない。
(また好感度とやらを書き込んでいるのか? お主は)
(ああ。ヘレンちゃんとミープちゃんが挨拶を返してくれたからな)
 俺は今日の日付の下に書いた『H』と『M』の文字の横に数字の十を記入する。連日の挨拶に効果があったようだ。この調子なら、向こうから声をかけてくれる(勝手な)目安、好感度二十に到達するのも遠くない。
(そんなものを書いても意味はなかろうに)
(この先意味があるかもしれないから書いてるんだって)
 第二ステージでは如何に周囲からの好感度を稼ぐかが肝だ。記録や情報はあって損することはない。いやまあ、クラスメイトの記録をとっていることが知られるとまずいことにはなるだろうが、この世界には存在しない日本語やアルファベットは俺専用の暗号だ。見られたところで落書きとしか思われないだろう。
 さて、隠れて魔法の練習をするというレイズの提案を断ってまで、どうして俺が小学生からの好感度稼ぎに躍起になっているかというと、それは勿論平和な学生生活を送るためである。
 その目標を達成するには、悪目立ちしないことが大事だ。具体的には、先生方には学校での振る舞いに問題ないと思わせ、他の生徒たちには下手にちょっかいを出さない方がいいと思わせる必要がある。空気のような目立たない存在になることも考えたが、そうなると今度はいじめの標的にされる恐れが、ひいてはオードくんの魔力が暴走する恐れがあることから断念した。
 他の人をいじめることはせず、他の人からいじめられることもない。そんな理想を実現するために必要なのが、周囲からの好感度だ。信頼度と言い換えてもいいかもしれない。俺のことを、少なくとも害はないと思ってもらえればいじめの対象にはなりにくくなるし、味方だと思ってもらえれば、そう感じてくれた本人からは勿論、他の生徒も手を出しにくくなるはずだ。
「それじゃあこの問題を、リンドくん、分かるかしら?」
「はい。(厳密には違う果物だけど)リンゴがななこ、(便宜的にそう見なすことにしている)ミカンがごこです」
「正解よ! すごいわ、リンドくん」
 当然、授業も疎かにはしない。真面目にしていれば、先生が心配することも、他の生徒にからかわれることもないからだ。
 しかし、そこに俺の誤算があった。
「………………」
 正解を出したことで、おお、とどこからか感心の声が上がる中、暗い視線がこちらに向けられる。着席間際にそっちを見ると、やっぱりゼラちゃんだった。
 何故かあの子に嫌われているようだと気が付いたのは、今から十五日前のことだ。やけに当たりが強く、その理由にまるで心当たりのなかった俺は、その日からクラスメイトのことをノートに書くことにした。
 そして二日経って、彼女がかなりの目立ちたがりであることを理解したのだった。要は自分より目立っている俺が気に食わないらしい。
 考えてみれば、ただでさえ目立つ転入生としてこのクラスに入った初日から、誰よりも小さいという身体的特徴で人目を集め、算数の授業では解かなくていい問題まで解き、サケルカトルではまぐれで大活躍、挙句の果てには不意打ち(であったと周知された)とは言えベルクたち三人を倒してしまうなど、これ以上ないほど注目されてしまったのだ。それまでクラスの人気者としてちやほやされてきたという彼女にとっては、とても不愉快に映ったに違いない。
 それによるマイナス好感度が無ければ、ゼラちゃんのグループに交ざることも考えたんだが、気付くのが遅すぎた……。俺は『Z』の横にマイナス三十と記しながら嘆息する。
(ふん、自分の思い通りに事が進まないというだけで機嫌を損ねる餓鬼に取り入るなど、たとえお主が良くても我が許さん。まだオードと手を繋ぐ方がマシというものだ)
(いやに辛らつだな。レイズだって、思い通りにならないと苛立つくらいはするだろ?)
(む……そう言われてしまうと反論できぬな。だが奴と同じにされては困る。我はあやつよりも自制ができるし、何よりあそこまで陰湿ではない)
 かつての大魔王が小学生と張り合っている時点でなあ、とは伝えずにおく。確かに直接的なレイズとは違って、ゼラちゃんはあくまで間接的だ。
(配給食を服にかけるのも、目立たぬよう足を払うのも、球技で執拗に狙うのも、全ては我らが目障りだからであろう? ならば正面から喧嘩を売れというものだ。なにより、自分から手を下さないというのが心底気に食わぬ)
 そう、今レイズの上げた事例も、全てゼラちゃんの取り巻きの子が行ったことだった。どうもゼラちゃんのご両親はこの辺りでの影響力が強いようで、家も裕福なんだそうだ。そこで懐柔されたのか、親の力関係によるものなのかは分からないけど、彼らはゼラちゃんの言うことに従い、ゼラちゃんの代わりに俺に嫌がらせをしてくるのだ。自分の力で向かってこないその姿勢は、レイズと真逆だと言っていいだろう。
(そうやってこっちを怒らせるのが向こうの狙いなんだってば。気持ちは分かるけど、落ち着けって)
(ぬう……)
 何度目かになるかも分からない慰めの言葉を送りつつ、好感度の書かれたノートに目を落とす。
 あそこまで裏に回られたら、直接的な方法でどうにかすることはまず無理だ。だからこその好感度。ゆっくりと、でも確実に味方を増やしていって、抑止力を高めるんだ。
 さながら外交努力によるコミュニティ同士の紛争解決のようだが、ここは小学校で相手は小学生だ。俺でもどうにかなる……と信じたい。
 ……もしかして、前世のいわゆる陽キャって、実は裏ではいつもこんなこと考えてたりしたのかな?
 思いがけず、かつての学校生活でクラスの中心にいた彼ら彼女らに対する評価が変わるのを自覚しながら、ノートに情報を書き加える俺だった。
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