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二歳児編

エピローグ

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 古の大魔王と契約した子供は、最悪既に存在を抹消されているか、意思が残っていたとしても大魔王に従順な奴隷になっているかとも考えていたけれど、どうやら杞憂だったらしい。感情の揺らぎに伴い発生する僅かな魔力の乱れまで計算して演技するなんて芸当、例え大魔王の補助があっても二歳児には不可能だ。
 もうすぐ三歳になるその子は、確かカーネルという名前だったね。間違えて呼ばないように気を付けないと。
 大きな街の中が珍しいのか、きょろきょろと落ち着きなく周囲を見回すカーネル君、いや、リンド君と、ふと目が合う。
「……ヘツェトさん?」
「ああ、ごめんごめん。気持ちが塞ぎ込んでいるんじゃないかと心配してね」
「ぼくならだいじょうぶです。すこしふあんですけど、わくわくもしていますから」
「それは良かった」
 繋いだ手の先にいるリンド君に笑みを浮かべながら、内心で眉を顰める。
 手を繋いでいるから分かる。今も表に出ているのはリンド君の方だ。大魔王の教育が行き届いているのか、随分と丁寧な言葉遣いを身に着けている。かと言って子供らしい無邪気さや好奇心を失っているわけでもない。……いくらなんでも、二歳と少しでこんな風になるものだろうか?
「あ、見えてきたよ、リンド君。あそこが魔導省が運営している施設、警察署だ」
「けいさつしょ?」
「そう。町の治安を守る警察官がいる建物だよ。僕たちみたいな傭兵もお世話になる場所なんだ」
 リンド君のことは一先ず置いておいて、この街の中でもひと際大きな施設、警察署を案内する。
「……とても、おおきなたてものですね」
「そうだね。大きな街の警察署は、他の町や村の警察署をまとめる役割もあるから、建物も大きくなるんだ。それに訓練場も併設されているから敷地もかなり広いんだよ」
 子供には難しい説明をしながら敷地内へと入っていく。リンド君は興味津々とばかりに忙しなく顔を動かすけれど、僕に質問してきたりはしない。恐らく心の中で、契約している大魔王と話しているのだろう。
 建物の中に入って受付に向かう。一番近くの受付を担当していた初老の人魔族の男性は、僕の顔を見るなり小さく顔を歪めた。僕はそれに気付かないふりをして笑みを浮かべる。
「どうもこんにちは。お勤めご苦労様です」
「はあ……。要件は何ですかな?」
「実は契約者の子供を拾いましてね――」
 そこからいくつかの部署をたらい回しにされ、何度か同じ説明を繰り返した後、人気のない建物の奥にある部屋に行くよう指示された。連れまわされたリンド君は流石に不機嫌そうな表情をしていたけれど、文句の一つも言わずについてきた。
 指定された部屋の前に辿り着いた。ノックを四回すると、中から声が上がる。
「はぁい、どうぞー」
「失礼します」
 ドアを開けて中に入る。そこでは手狭な部屋の主、眼鏡をかけた色白の女性が椅子に座り、文字通り羽を伸ばしていた。白よりの灰色の翼は鳥類のそれと似ていて、彼女が妖魔族であることを物語っている。
「どちらさまですか?」
「ヨーベリィさんですね? 私はヘツェトと言います。実は魔物と契約した子供を拾いましてね」
 言いながら、魔法免許証を見せる。それを見た相手の目が僅かに大きくなった。
「あぁ、はいはい。話は聞いてますよー。その子を養子にするってことでいいんですね?」
「ええ。話が早くて助かります」
「それじゃあパパッと終わらせちゃいますねー。部屋の外で待っててください」
「はい。それでは」
 言われた通り部屋の外に出て、手続きが終わるのを待つ。あとはヨーベリィ、これも偽名だろうが、彼女が上手くやってくれるだろう。
 悪いね、カーネル君。またしばらく不自由でいてもらうよ。古の大魔王を遊ばせておくのは、魔王様にとってもリスクが大きいからね。
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