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二歳児編

ヘツェトさんの望み

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「養子になれだと? 一体どういうことだ?」
「今君、というかリンド君は、なし崩し的にアリーさんに育ててもらっているだろう? だけど今日からは僕に育させてほしいってことさ。正式な手続きも行って、ね」
「我が尋ねたのは貴様の意図だ。何故我らを養子として迎え入れようとする?」
「ああ、ごめんごめん。養子の意味は理解できるんだね。それだけ知識があるなら、僕がこんな提案をする理由についても、何となく察しはついているんじゃないかな?」
「からかいもいい加減にするのだな。訊かれたことにだけ答えるが良い」
「せっかちだね。もう少し心に余裕を持てばいいのに」
 大げさに首を振るヘツェトさんの姿を前に、俺の額に青筋が浮かんだのが感覚で分かった。レイズ、本気で怒っているな……。
「見ての通り、僕は悪魔族だ。そして昔はいざ知らず、最近の悪魔族は肩身の狭い思いをしている。今の魔王様と同じ人魔族、有名な大貴族に多い妖魔族、独自の文化や生態を持ち、広大な領地、領海を持つ獣魔族や水魔族、彼らと比べて、悪魔族は社会的に立場が弱いんだ。歴代の魔王様がそう定めたわけじゃないけどね。昔からの因習ってやつさ」
「………………」
 このくらいは知っているかな? とでも言いたげな視線を送ってくるヘツェトさんに対し、レイズは無言で続きを促す。
「そんな悪魔族は殆どが魔物の多い辺境に押しやられ、ほぼ日常的に魔物の相手をしている。そんな背景もあって魔物を相手にするのには慣れているから、僕みたいに傭兵業で生活している場合が多い。中には、人間界に出て行く奴もいるけどね」
 人間界! 本から得た知識で存在は知っていたけど、本当にあるのか。あっさり出て行くと言うからには、魔界との往来もそれなりにあるみたいだな。
「ただやはりと言うか何と言うか、傭兵として自分を売りに出しても、あまりいい顔をされないことはそれなりにあってね。ここは違ったけど、魔物の存在に困っているくせに、僕が任せてほしいと言った途端、変な意地を張って自力で解決しようとする相手も少なくなかった。中には僕を雇ったにも関わらず危ないところにまでついてきて、自分の不注意で怪我した責任を僕に負わせようとする大馬鹿者もいたくらいさ」
 今まで浮かべていた笑みも消して、ヘツェトさんはやれやれと言うように首を振った。昔からの因習って言っていたけど、悪魔族はかなり理不尽な扱いをされているみたいだ。
(あまり鵜呑みにするなよ、カーネル。こやつが大袈裟に話しているだけかもしれぬのだからな)
(それはそうだけど……)
 思い出すのは去年のことだ。盗賊団の頭みたいな感じの獣魔族の男は、俺たちが悪魔族を目の敵にしている、みたいなことを言っていた。その時助けてくれたギランさんに対しても、エリーゼは悪魔族という理由から警戒を強めていたみたいだし、世間から良く思われていないということは確かなのだろう。
「そこで僕は考えた。悪魔族だから悪く思われる。それはもうどうしようもない。僕が悪魔族であることは変えられないし、悪く思う奴はとことん悪く思うからね。だったらせめて、その影響を小さくできないか、とね」
「成程な。それで悪魔族ではないリンドを出しに使おうというわけか」
「正解!」
 指を差されたレイズが不愉快そうに眉を顰める。
「最初は僕と同じ傭兵の仲間がいればいいと思ったんだけどね。魔物退治は悪魔族の仕事、みたいな風潮もあってさ。悪魔族以外の傭兵ってあまり存在しないんだよね。いたとしても、悪魔族のいないグループで活動している場合が殆どだし、取り付く島もない。次に結婚を考えたけど、余程の物好きとじゃなきゃできないだろうし、僕自身結婚願望なんてなくってさ。そしてたどり着いた結論が、養子ってわけ。依頼主が僕に忌避感を抱いても、僕が育てている養子が悪魔族じゃなければ、多少は同情を引けるかもしれないからね。将来的に僕と同じ傭兵になってもらえればなお良しだ」
「年端も行かぬ子どもと、その僅かばかりの魔力を糧に細々と生きている我を、自分のために利用しようとはな。養子が聞いて呆れる」
「ギブアンドテイクってやつさ。アリーさんだって、君たちを働かせていたんだろう? それと同じ。どころか、ずっと楽だよ」
 ヘツェトさんの言葉にレイズが歯噛みする。養う側の気持ちはどうあれ、待遇的にはアリーさんも俺たちを利用していると見なせる以上、反論は難しいか。
「だがアリーの気持ちはどうなる? 半年以上育ててきた養子が、急にやってきた部外者に奪われるというのだ。心中穏やかではいられまい」
「アリーさんには悪いけれど、そこは納得してもらうしかないかな。そもそも幼いリンド君に魔物が取り憑いていると判明した以上、遅かれ早かれ離れ離れになるさ。僕が現状を魔導省に報告すれば、この国の法の下、リンド君は専門の施設に収容されるからね」
「何だと?」
 俺も心の中でレイズと同じ反応をしてしまう。加えて、専門の施設、収容といった穏やかではない単語に恐怖の感情が芽生えた。
「別に不思議に思うことじゃないだろう? まだ自分の意志も確立していない頃に契約してしまった子は、そのままじゃ契約相手である魔物の言いなりになって、最悪完全に心を喰い殺されて乗っ取られる危険性があるからね。そうならないよう、契約に詳しい大人と一緒に生活する必要があるっていう、至極当然な話さ」
「……そのことを、アリーには?」
「まだ話していないよ。さっきも言ったけど、リンド君が魔物に取り憑かれていますなんて公言したら、パニックになるかもしれないからね。君が狡猾な奴だったら、その混乱に乗じて姿を隠そうとするかもしれないだろう? そういったことを防ぐ意味でも、先に君との対話の場を設けたんだ。君たちに逃げ場はないって分からせるために、ね」
 そう言って俺たちを見るヘツェトさんの目は、獲物を前にした魔物のようだった。ぞわ、と背筋が震える。
「話を戻すけど、早晩リンド君の身柄は保護され、施設に預けられる。ただし、契約相手の魔物が友好的かつ両者の同意がある場合、僕のように魔法を扱う資格を持つ個人の養子になることも可能だ。……ここまで言えば、もう十分だろう?」
「貴様の要望を断ると言ったら?」
「君が抵抗してきたと騙って消滅してもらうだけさ。養子にできなくなるのは惜しいけれど、それは次の機会を待てばいいし。あ、勿論リンド君には危害を加えないよ? 憑依している魔物、つまり君だけをこう、パンって感じで」
 パン、とヘツェトさんが手を叩く。一瞬、今のでレイズが消えてしまったんじゃないかと錯覚してしまった。
「そんなわけで、君に残された道は二つ。大人しく僕の要望を呑むか、魔物らしく僕に歯向かってみるか。ああいや、もう一つあったね。契約を破棄して、この村から出て行くって選択肢もある。本当なら他の子供に取り憑かないよう退治しなくちゃなんだけど、君は聡明だからね。拾った命をむざむざ捨てたりするようなことはしないだろうから、寛大な心を以て見逃してあげるよ」
 どうする? とヘツェトさんは目を細めて小首を傾げた。いやいや、どうするったって……。
(……カーネルよ、お主はどれが良いと考える?)
(レイズもかよ! こんなの養子一択に決まってるだろ!)
 ヘツェトさんの言葉のどこまでが本当なのかは分からないけれど、この状況において採れる選択肢はそれしかない。戦闘力やら知識力やらが一定以上だったら別の選択もできたかもしれないけれど、実力も情報も足りない今、俺たちはヘツェトさんから提示されたものの中から選ぶしかないのだから。
 それに怖さは感じるけれど、ヘツェトさんは悪人じゃなさそうだ。俺たちを出しに使おうとしているなら、大人しくしている限り身の安全は保障されているだろうし、ぞんざいに扱われることも、多分、ないだろう。あとは、俺の契約の印がかつての大魔王のものであると知っている者は少ない、というガイアさんの言葉を信じるしかない。
(……良いのか? ここで我と別れれば、大魔王にならなくて済むのだぞ)
(この世界で初めてできた友達を見捨てるなんて選択肢、俺には存在しない)
(……そうか)
 心なしか、レイズの返答は嬉しそうだった。なんかカッコつけちゃった感じになったかな? 偽りない本心ではあるけれど、ちょっと恥ずかしいな……。
 少々場違いな羞恥心の扱いに困っている俺の頭を、レイズが縦に振る。
「良かろう。貴様の養子になってやる」
「本当かい!? いやぁ、嬉しいな。丁寧に説明した甲斐があったよ。ありがとう、君……えっと、何て呼べばいいかな?」
「アルファ、と呼ぶが良い」
「アルファ、か。うん分かった。それじゃ改めて、アルファ、ありがとう!」
 余程嬉しかったのか、ヘツェトさんは満面の笑みを浮かべて深く頭を下げた。狩人のような雰囲気は嘘のように消え去っている。これで俺たち、というか、レイズに対しての敵意は無くなったと見ていいのかな。
(ところで、アルファってどこからとってきた名前なんだ?)
(以前にも偽名を使う機会があってな。その時に名乗っていた名だ)
(ふぅん?)
 それで大魔王だってバレるんじゃ、とも思ったけれど、封印される前だとしたら相当前だし大丈夫か。どういう経緯でそんな名前になったのかは若干気になるところだけれど。
「よし! それじゃあアルファの快諾も得られたところで、本業に精を出すとしようか」
 そう言いながら、ヘツェトさんは視線を逸らす。レイズがそれを追って顔を動かすと――
「良く気付けたものだ」
「伊達に免許は持ってないよ」
 山の奥の方とは違い、この辺りは木々も疎らである程度遠くまで見通せる。そしてヘツェトさんが向けた視線の先、かなり離れた場所で、黒い何かが動いていた。
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