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一歳児編

まわりこまれて

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「ちっ、こっちも駄目か」
 木の陰から顔を出したギランさんが小さく呟く。どうやらまた別の賊がいるらしい。俺たちは静かにその場から離れた。
「気絶させた奴らが仲間に見つかったのかもしれねぇな。出口に通じそうな道はほとんど抑えられてる」
「ギランさん、たおせないの? さっきみたいに」
「腕に自信がないわけじゃないが、お前らを守りながらとなると話は別だ。相手が何人いるかも分からねぇしな」
「あう……」
 ヴァネッサは下を向いた。それを気にかけるでもなく、ギランさんは歩みを速める。
「次はこっちだ」
「ま、まだあるくんですの?」
「……そっちはさっきとおった」
 メアリーとエリーゼが疲れを滲ませた声を漏らした。ギランさんは振り向きもせず答える。
「先に進めねぇなら戻るしかねぇだろ。立ち止まってたら見つかるぞ」
「うう……」
「………………」
 二人は重そうに足を動かした。体力自慢のヴァネッサも、流石にへばってきている。
 俺は力を振り絞って、ヴァネッサの手を引き、二人を追い抜いた。
「あっ……」
「カーネルさま……」
「……やっぱり、すごい」
 自分たちより体が小さい俺が頑張る姿に、三人も多少やる気を取り戻したようだが、代償は大きかった。先ほどから感じていた足の痛みは更に激しくなり、一歩進むごとに倒れそうになる。そして一度でも倒れたらもう立ち上がれないだろう。所詮は一歳児の体だ。精神で支えるのも限界があった。
「……一旦、身を隠せる場所を探すか」
 俺たちの消耗を鑑みてか、ギランさんがそう提案した。
 ――その直後だった。
「っ!」
 ギランさんが素早く体を低くするのとほぼ同時に、さっきまでギランさんの頭があった場所を何かが通り抜けた。
 何事かと思う間もなく、周りからぞろぞろと男たちが姿を現す。まだ距離はあるが、完全に囲まれた。
「わざわざここまでご苦労だったな」
 包囲網の中から、一つの大きな影が前に出る。
「ひっ!」
「な、なんですの、あれ……!?」
「……じゅうまぞく……!」
 獣魔族。人に近い獣人族とは異なり、獣の姿を多く残したまま、二足歩行などの能力を持つ種族だ。他の種族とはあまり交流がないようで、俺自身本の中でしか見たことがない。怯える三人も初めて目にするようだった。
 狼の獣魔族だろうか。灰色の毛に覆われた顔に、ギラリと並ぶ鋭い歯。頭の上に生えた三角形の耳と、突き出た鼻が、ゲームの中でもよく見た獣と合致する。
「……なるほど、俺たちの居場所はとっくにバレてたってことか」
「ああ。ガキの臭いは分かりやすくていい」
 狼の視線が俺たちに向けられる。ヴァネッサの手が強く握られた。
「てめぇも少しはできるみてぇだが、この人数相手じゃ勝ち目はねぇだろ。余計なことはしないで大人しくガキ共を渡せ。そしたらてめぇには手を出さないでおいてやる」
「断る」
 ギランさんの躊躇いのない答えに、狼は僅かに首を捻る。
「見たところ護衛ってわけでもなさそうだが、なぜそこまでする? そいつらはガキだが、悪魔族を目の敵にする奴らの血が流れているんだぞ?」
 悪魔族を目の敵にする? どういうことだ?
 その意味を考えようとした時、視界の隅で何かが動いた。
「はっ。種族がどうのだの、そんな前時代的な考えなんざ持ってねぇよ」
「うしろ!」
 ギランさんの死角からこちらに手を向けた男たちが見え、声を上げる。ギランさんが振り返ると同時に、男たちの手から光の弾が放たれた。
 狙いはギランさん……だけではない。
「えりぜ!」
「きゃっ!」
 咄嗟にエリーゼを押し倒すと、すぐ目の前を光弾が通り過ぎた。木に当たった光の弾は、軽い破裂音を立てて弾ける。
「くっそがぁっ!」
 光弾を避けたギランさんが激昂した。狼はニヤニヤと笑うと片手を上げる。それを合図に、囲んでいた男たちが一斉にこちらに手を向けた。
「またきますわ!」
「ふせて!」
 ただ一人、包囲網の中で立っているギランさんに、光の弾が降り注いだ。
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