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一歳児編

現状を再確認しよう

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「カーネル、お疲れ様。大変だったでしょう?」
 お披露目を終えた俺を、ウィンさんが抱きかかえてくれた。そこで俺はようやく人心地つくことができる。
 まだ一歳児なんだからどんな態度をとっていても許されたとは思うけれど、ただでさえ分不相応な立場に立たされている俺である。あんなのが次期大魔王? なんて思われないためにも気を張ってなくちゃならず、精神的にかなり疲れた。
「いやしかし、まだ一歳の子供とは思えない落ち着きぶりだ。さすが、伝説の大魔王様と契約を交わしただけある」
 社交パーティーで俺の手を押さえた初老の男性、今も俺を連れてきたガイアさんがうんうんと頷く。そこはまあ前世の知識持ちだからなんですけどね。
「けど、未だに信じられないわ。この子が伝説の大魔王様と契約だなんて……」
「元々あの儀式は、魂だけの存在となった大魔王様の封印を解くことができる者を探すためのものだったのだ。もっとも今では、五年おきに、儀式の間に生まれた貴族の子を大魔王様に告げるものとなっていたが……」
 どうやら魔族の貴族社会では、それまでに子供の名前を決めなくてはならないらしい。逆に言えば、それまでは名前を決めなくてもいいので、俺の両親はコロコロと変えてしっくりくるのを探していたようだ。そして決まった名前が前世とほぼ同じというのは、なんだか転生しても逃れられない業のようなものを感じる。
「どうしてこの子が、封印を解くことができたのですか? まだこんなに幼いのに……」
「それは分からぬ。そもそも本当に大魔王様が封印されているかどうかさえ定かではなかったのだ。中から僅かに、大魔王様の魔力を感じたというだけで、肉体が朽ちる前に魂を移したとされて、長年保管されてきたものだったのでな」
「そんな……! 本当にあの、伝説の大魔王様なんですよね? この子は、無事なんですよね?」
 ウィンさんは俺の右手をとり、そこにある紋章を親指で撫でた。
「契約した相手が伝説の大魔王様であることについては間違いないだろう。契約して浮かび上がる紋章は、その存在が固有に持つ魔力の波長によって形が変わる。カーネル殿に浮かび上がった紋章は、間違いなくかの大魔王様のものだ。しかし……」
「しかし? なんですか?」
「カーネル殿はまだ幼い。その未熟な精神は、大魔王様との契約を通じて、何かしらの影響を受けるかもしれない。魂だけの存在である大魔王様は、常にカーネル殿と同じ体を共有することになるのでな。今こうしている間にも、彼の中で、大魔王様が無垢な彼に何かを語りかけているかもしれない」
「ああ、カーネル……!」
 ウィンさんが俺を強く抱きしめた。うーん、なんか心配かけちゃって申し訳ないな。
(というわけでさ、ウィンさんが心配してるから、そろそろ話しかけるのはやめてくれない?)
(なんだと? これからが面白いところだろうに。いいか、我はたった一人で、地平を埋め尽くすほどの敵勢の前に姿を現してだな――)
 ガイアさんの言う通り、俺は今の今までずっと、伝説の大魔王、レイズから様々な武勇伝を聞かされていた。
(さっき散々聞いたじゃないか。少しは休ませてよ)
(断る。これでもお主が寝ている間は気を遣って語り掛けないでいるのだぞ?)
 こうした心の中の会話も、最初こそ驚きはしたものの、今ではすっかりと慣れてしまった。いや、契約してからあんまり時間は経ってないんだけども、こうも話しかけられちゃ慣れざるを得ない。
(レイズは寝ないの?)
(魂だけだからな。休みはするが、眠りはせん。だから夜はとても退屈だ。折角こうして話し相手ができたというのに)
 こういう、大魔王らしからぬ性格なのも、慣れることができた理由の一つだろう。初めは敬語で話していた俺に対しても、契約は対等なものだと言って距離を詰めてくれたし、いい意味で予想を裏切ってくれた。延々と他種族に対する恨み言をリピートされるなどといったことがなくて本当に良かった。
(そうだろうそうだろう。我の築いた伝説と、つまらぬ怨恨、どちらが聞くに値するかなど考えるまでもあるまい。さて話の続きだがな)
(心の呟きにまで反応されると困るんだが……)
 ただ、心の中を覗かれているような感覚はまだ慣れない。どうやら俺の今生にプライバシーというものはないらしい。
(良いではないか。代わりにお主は、次期大魔王という最高の肩書きを手に入れたのだぞ?)
(いや、そんなのいらないし)
(な、なんだと!? 大魔王とは全魔界の頂点に立つ存在、言わば世界の半分を手にしている者なのだぞ!? 何が不満なのだ!)
 レイズが熱く力説するけれど、興味ないものには興味ない。生活に困らないというのは魅力的だけど、世界の半分だなんてあまりに荷が重すぎるというものだ。その世界について知っているわけでもないのに、一歳児にしてそんな大きなものを背負わせられる身にもなってほしい。
(お主は転生者なのだろう? チートとやらでなんとかできんのか?)
(チートなんか持ってるかどうかも分からないし、そのことと大魔王になるならないは関係ない)
 しかしまさか、この世界でチートという言葉が通じるとは。どうやらレイズの言う通り、この世界に転生者が生まれたことは、これが初めてじゃないみたいだ。
 それでもかなり珍しい、というかほぼありえないことだそうで、レイズが直接会い、本当に異世界からやってきたのだと確信できたのは一人だけらしい。その人以外で転生者を自称したのは嘘つきか、意思疎通すらできない輩ばかりだったそうだ。
(お主も我と契約しておらねば、他者と意思疎通できぬまま生涯を終えていたかもしれぬぞ?)
(まあ、そこについては感謝してるよ)
 あの社交パーティーから突然言葉を理解できるようになったのは、やっぱりレイズと契約したからだそうだ。なんでも、契約を通じて知識の一部が共有されたとかなんとか。
 他人の知識が入り込んでくるってのはちょっと気持ち悪いけど、そのお陰でこの世界の言語を習得する手間が省けたのはありがたい。地道な経験値稼ぎは嫌いじゃないけど、言葉の知識くらいは初期ステータスとして持っていてもいいだろう。
(けれど、大魔王になるなんてごめんだ。今後の人生を全て決められるみたいなもんじゃないか。折角面白そうな世界に転生したってのに、一生お使いクエストなんてしたくない)
 この世界における大魔王の立ち位置はまだ分からないけど、人の上に立つことには変わりないだろう。もしそうなってしまったら、冒険どころか一人で遊ぶことすらできなくなるに違いない。そんなのまっぴらだ!
(……ふむ、お主の気持ちはよく分かった。しかし周りがそれを許すまい。いつかは受け入れなければならぬと思うぞ)
(そうとは限らないさ。今の今まで、レイズがいなくても大魔界はうまくやってきたんだろ? だったら無理に俺を担ぎ上げる必要はないはずだ)
(むむむ、それは確かにそうかもしれんが……)
 レイズはまだ納得してないようだけど、一般人にとっちゃ、誰が上に立つかどうかなんて関係ない。関心があるのは、自分たちの生活が保障されるかどうかだ。その生活が続くのであれば、大魔王が俺である必要はない。
 だからこの騒ぎも一時のもので、収まるときはくるだろう。
 その時の俺は、そう高を括っていた。
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