上 下
4 / 72
一歳児編

社交パーティーにて

しおりを挟む
 時が経つのは早いもので、気づいたら転生して一年が経っていた。やはり俺の家は裕福なようで、先日は盛大な誕生日パーティーが開かれ、今日は両親に連れられどこかのパーティーに参加することになった。高校の体育館の六倍はある広間で、中世貴族のような服を着た人たちが立って話し合いなどをしていて、これぞ社交パーティーといった雰囲気だ。生では初めて見たけど。
 さてそんな環境に置かれた俺はというと、実は悩みを二つ抱えていた。
 一つ目は、どうやら俺は魔族だったらしいということだ。
 いや、そのことについては寧ろ、夢にまで見た魔法が使えそうな種族であるという意味では喜ばしいことだったのだが、他全ての種族を敵に回したことがある魔族である。そんな魔族の社会で魔法を極めたとしても、最悪新たな争いに利用されるだけになる可能性も否定できない。この国を逃げ出しても、周りから白い目で見られるかもしれないし、追手が向けられることだってあるだろう。
 とまあ最悪の可能性を考えだしたらキリがないので、最近はそちらについて悩むことは少なくなった。少なくとも家で過ごしている分には平和だし、和平条約のようなものができてからかなりの時間が経っているのだから、今更大きな争いが起こるなんてことは早々ないだろう。そう信じたい。
 問題は二つ目の悩みだ。そもそもそれさえどうにかなれば、一つ目の悩みについてもある程度結論を出せるのに、それができないせいで余計な悩みまで抱える羽目になってしまったのだった。
「――――」
「――――――。――――?」
「――――。――――――――?」
「――」
「――!? ―――――」
 などと考えているうちに、俺を抱いたウィンさんが妙齢の女性と会話を始めた。ウィンさんと同じように耳が長い以外は普通の人間のように見える。魔族は寿命が長いらしいから、ぱっと見じゃその年齢は分からないけど、綺麗で上品な人だった。流石は貴族。
 二人はどうやら俺のことについて話しているそうだけど、会話の内容は分からず、俺はただその人の優雅な所作を観察するだけだった。
 そう、これが今の俺が持つ最大の悩み。言葉が分からないのである。
 言葉さえわかれば、本などからより正確な知識を得られるし、早いうちから魔法の勉強だってできるだろう。けれど分からない以上、雰囲気で察するしかないのが現状だ。
 実際のところ、一歳児がどれほどの言語能力を持っているのかは分からないので、あるいは今の時点で言葉が理解できていないことは問題ないのかもしれない。しかしもしこの状況が続いたとしたら、かなりまずいことになる。
 普通の幼児なら知識がない分吸収力がありそうだけど、俺の場合、既にある程度の知識を持っちゃってるからなあ。学習能力は低いのかも。
 いや、心配は後回しにしよう。折角沢山の人がこうして会話をしている場所に来たんだ。少しでも多くの言葉に耳を傾けて、早くこの国の言葉に慣れないと……。
「んん? おぎゃ、おぎゃあ?」
 妙齢の女性が離れた後、俺は気になるものを見つけて指を差した。
 ここよりも一段高い檀上に、それはあった。立派な台座の上に、真黒な立方体が置かれていて、会場に向けられた面の中心に、宝石のようなものが嵌め込まれている。
「――――――」
 ウィンさんが何か言うけれど、当然俺には分からない。するとその時、会場の照明が消え、壇上にある謎の物体に光が当てられた。何が始まるんだろう?
「――――――――」
 謎の物体の脇に立った初老の男性が、重い声で何かを語り始める。そこそこ長く続いたそれが終わると、今度は短く何か叫んだ。
「――」
 すると高い声で返事が上がり、壇上に男の子が上がっていく。あの子を呼んだみたいだ。
「――――――」
 男の子は謎の物体に手をかざすと、何かを口にした。それが終わると、手を下ろして、元居た場所に戻っていく。その男の子に笑いかけて頭を撫でている人が暗い中に見えた。親御さんみたいだ。
「――」
「――」
 その後も、誰かが呼ばれ、その子が壇上に上がり、何かを言ってから戻るという流れが繰り返される。続いていくうちに、段々と呼ばれる子が小さくなっていって、途中からは親と一緒に壇上に上がるようになっていった。
 もしかして七五三的なものかな? この年まで無事に生きられました、みたいな。いや、それにしては年齢がバラバラな気がする。どちらかというと自己紹介に近いものかもしれない。あの黒い物体に、一人ひとり挨拶しているみたいな――
「――」
「――」
 突然、ウィンさんが声を上げた。驚いて見上げると、ウィンさんは俺に微笑みかけてから歩き出す。
 え、もしかしてこれ、俺もするの?
 考えるまでもなくそうだったようで、俺は心の準備もできないままに、謎の物体の前に連れてこられた。
「――――」
 ウィンさんが俺を抱えたまま、俺の右腕を取って、その手を嵌め込まれた宝石のようなものに触れさせる。こうするのが決まりのようなので、俺もあえて抵抗したりはしない。
「――――カーネル―――」
「ん?」
 かつての俺の名前が呼ばれた気がして、ウィンさんを見た時だった。
「っ!」
 ドクン、と右腕が震えた気がした。慌てて腕に視線を戻すと、その手の先から光が漏れているのが見える。
「――――!?」
「――――――!?」
 ウィンさんや、脇に立っている初老の男性も驚いたような声を上げている。当然俺自身も驚いていた。さっきまでこんなこと起きなかったのに!
 反射的に手を戻そうとすると、大きな手で押さえつけられた。見ると、初老の男性が俺の手を押さえている。
「――!?」
「――――! ――――――!」
 ウィンさんと男性が何かを言い合うけれど、状況は変わらない。俺の手の先からは相変わらず光が溢れて――
「っっっ!」
 いや、変わった。傍目からは何も変化してないように見えるかもしれないけれど、俺は明確に変化を感じた。
 何かが、何かが流れ込んでくる!?
 右手の先から俺の中へと、何かが入ってくるようだった。俺は今すぐに手を離したくなるけれど、初老の男性がそれを許してくれない。
「………………」
 けれど不思議と、あまり嫌な感じはしなかった。痛みはなく、不快感もない。初めこそ驚いて離そうとしたけれど、とりあえずはこのままでいいかなんて考えさえ浮かんでくる。
 やがて、手の先から光が消えた。
「……も、もういいんですか?」
「ああ」
「んっ!?」
 今、なんて? いや……。
「なんだったんだ? 一体……」
「あんなこと、今まで一度も……」
「まさか、伝説が本当に……?」
 会場にいる人たちの声も聞こえた。今までもずっと聞いていた言葉で、ずっと分からなかった言葉だ。なのに今は、その意味が理解できる!
「あの、これは……?」
「うむ。先ずは彼の手を」
 ウィンさんの言葉に初老の男性が頷くと、俺の右手を押さえていた手をどかした。
「あ……!」
「やはり、そうか……」
 露わになった俺の手の甲には、さっきまでは存在しなかった、どこか悪魔の顔を想起させるような紋章が浮かんでいた。
しおりを挟む

処理中です...