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第一部

無職

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 俺は、しばらく、広場周辺を、回ってみることにした。
 町の人々の話を聞いてみたい、ということもあるのだが、ミキモト達のことが心配だったという理由もある。

 考え過ぎかもしれないが、やはり、王の態度が気になる。
 先ほど、公開裁判で、無罪放免になったばかりのもの達を、すぐさま、町中まちなかで再捕縛するようなことは、ないだろうとは思うが、何かを仕掛けてくる可能性がないとは言えない。
 できれば、ミキモト達が、町を出るところくらいまでは、見届けたい。

 ミキモト達を視界から外さないようにしつつ、手近なところに居る人々と話をすることにした。
 
「旅の途中で、初めて、この町に立ち寄ったものなんだが、ここは、どんなところなんだ?」
「ようこそ、ストラリアへ! あそこに見えるのが、ストラリア城。で、ここは、その城下町ってわけだ」

「ストラリアの王ってのは、どんな人なんだ?」
「立派なかただよ。あのかたは、われわれ、庶民のことをちゃんと考えてくださってる。おかげで、税金も安くて、ここは、暮らしやすい町だよ。ま、俺は、働いてないから、税金も払ってないけどな。ししししし」

「働かなければ、税金を払わなくていいのか?」
「そりゃそうだろ。収入がないんだから、払えるものがない」

「あんたは、どうして働かないんだ?」
「どうして? むしろ、こっちが聞きたいね。なんで、働くんだい?」

「そりゃ、ゴールドがほしいからじゃないのか」
「ゴールドを何に使うんだ?」

「武器や防具を買ったり」
「俺は、冒険する気はないからな。そんなもんいらない」

「食い物や酒を買ったり」
「まあ、飲み食いはしてえが、別に、そのために働く気にはならんなあ。たまに、誰かのおこぼれにあずかれれば、それで充分だ」

 そうだ。ブランが言っていた。この世界では、人間も魔物も、食べることは必須ではないのだ。

「いい家に住むとか」
「それはいいなあ。広い家、豪華な風呂、ふかふかのベッド、たしかに魅力的だ。だが、なくてもいいものばかりだ。そんなもんのために、働く気にはならないね」

「じゃあ、あんたは、家に住んでないのか?」
「ああ、家に住んでるのなんて、一握りの人間だけさ。俺は、その辺の地べたで充分だ」

 ううむ。たしかに、食わなくても生きていけるなら、ゴールドは不要かもしれない。この世界の、人生観や勤労観は、俺のイメージとは、だいぶ異なりそうだ。

 ということは、もしや。

 俺は、談笑するミキモトパーティから、目を離さないよう留意しながら、広場に居た人間、10人ほどと話してみた。
 結果、全員、住所不定の無職だった。

 この町は、無職だらけじゃないか。いや、もしかしたら、世界中が、無職だらけなのかもしれない。
 いいじゃないか! 俺も、魔王という立場でなかったなら、ここで延々と、無職生活を楽しみたい。

 そんな誘惑にかられるが、意識的に、それを打ち消す。俺の両肩には、可愛い魔物達の運命がかかっているのだ。あいつらは、俺が守ってやらねば、あっという間に、勇者どもに駆逐されてしまうだろう。

 俺は、こんなところで、のんびり暮らしているわけにはいかんのだ。
 ミキモト。お前もだよ。いつまで、そこで歓談しているつもりだ。さっさと、旅立たんかい!

 念じれば、ミキモトが旅立ったりしないだろうか。
 俺は、両腕を上げ、手の平を、ミキモトのほうへと向けて、念を送ろうとした。

「あんた、なにもんだ?」

「ひゃあっ!」

 不意に、横から声をかけられて、飛び上がりそうになった。
 危ないところだ。下手をしたら、飛び上がって、そのまま空まで飛んでいってしまいかねない。

「いや、俺は、別に怪しいものではなくて」

 しなくていい言い訳をして、自らの怪しさを増幅させながら、俺は、声をかけてきた男のほうを見やった。
 そいつは、黄土色の薄汚いローブで全身を包んでいた。フードを深々とかぶっているため、顔は、鼻と口くらいしか、見ることができなかった。

 なんだ、こいつは。まるで、浮浪者ではないか。
 しかし、よく考えたら、この町の人間の大半は、浮浪者みたいなもんだ。だが、その中でも、こいつは、あまりに浮浪者然としている。
 怪しさなら、こいつも、いい勝負だ。

「どう考えたって、怪しいだろ。あんた、あの、ミキモトって勇者に、呪いでもかけようとしてたのか?」

「いやいや。俺は、ただの、通りすがりの冒険者だよ」
「通りすがりの冒険者が、なんでまた、勇者に呪いを?」

「いや、だから、呪いはかけてないって」
「はははは。あんた、嘘が下手だな」

「本当に、呪いはかけてないんだが」
「あんた、通りすがりの冒険者なんかじゃないだろ?」

 俺は、ぎくりとした。
 なんだ、こいつは。何を根拠に、このような言いがかりを。いや、言いがかりではないか。

「俺は、本当に、旅の途中で、たまたま、ここを訪れた冒険者で――」
「どこから来たんだい?」

 まずい。俺は、ストラリア以外に、町の名前を知らない。

「……あっちのほうから」

 俺は、明後日の方向を指差しながら答えた。

「へえ。なんてところだ?」

 言いながら、男の口角が上がる。
 くそ。こいつ、分かってて、楽しんでやがる。

「忘れちまった。あまり、記憶力がいいほうじゃなくてね」

 男は、唐突に、俺の足元を指差した。

「あんた、尻尾出てるぜ」

「え!?」

 俺は、慌てて、自分の尻を確認した。そして、すぐに、自分が、単純な罠に引っかかったことに気づいた。
 
「あーはっはっはっは」

 男は、腹を抱えて大笑いしている。

「はっはっは。い、息が、できない。し、死ぬ」

 俺は、男の笑いが収まるまで、1分ほど待った。

「いやあ、あんた、本当に嘘が下手だな」

 ここで、気後きおくれしてはいけない。
 俺は、魔王なのだ。こんな、浮浪者の王様のようなやつに、なめられるわけにはいかない。

「で、俺に、何か用か?」
「人間に化けた魔物が、何をやってるのか、興味があってね」

「ほう。魔物と分かっていながら、声をかけるとは、いい度胸じゃないか」
「こんな町中まちなかで、変身を解いて、襲ってくるような、バカな真似はしないだろ? さっきの、フルグラじゃあるまいし」

 バカめ! 俺が、そのフルグラだ! いや、バカは俺なのか?

「で、こんなところで、何をしてるんだ?」

 男は、改めて問いかけてくる。
 こいつは、何者なんだろう。何を、どこまで言うべきか。

「あの、ミキモトって勇者に興味があってね。サイクロプスを手懐けちまう勇者なんて、今まで、聞いたこともない」
「たしかに、ああいうタイプの勇者ってのは、あんたら魔物からすると、珍しいだろうな」

 この言い回しには、何か、引っかかるものがある。

「お前らからすると、珍しくはないのか」

 男は、少しだけ、間を置いた。

「多分、あんたが思ってるほど、珍しくはない」

「どういう意味だ」
「まあ、人間側にもいろいろあってね」

 男は、軽く肩をすくめながら答えた。

「お前は、何者なんだ?」
「俺は……クレナイ」

「今の、絶対、偽名だよな」
「はは。悪いな。会ったばかりの魔物に、本名を伝えるわけにもいかなくてな。そういう、あんたは、何ていうんだ?」

「俺は……フレークだ」
「あんたのそれも、偽名だろ」

「ああ。ただ、正直、本名がなんなのか、俺にもよく分からないんだ」
「そうか。魔物も、いろいろ大変なんだな」

 なぜ、俺は、こんなところで、素性の知れないやつと、いい雰囲気で話しているんだ。

「クレナイさんよ――」
「さん、は要らん」

「名前は、クレナイでいいとして、結局、あんたは何者なんだ。見た目は、住所不定無職にしか見えんが」
「ま、そんなところだ」

「その、住所不定無職さんが、なぜ、俺を魔物だと見破ったんだ?」
「昔、勇者をやってたことがあってね」

 クレナイは、穏やかな口調で、そう言った。
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