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第一部

挑戦

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「サイクロプスだと?」
「なんで、そんな魔物がこの町に!?」

 ストラリアの町は、またたく間に、混乱に包まれた。

「逃げろ! 殺されるぞ!」
「助けてくれー」

 逃げ惑う人々であふれ返った大通りを背にしながら、ミキモト達は、さほど遠くない距離から、サイクロプスを見上げていた。

「おかしいな。『町の周辺で、弱い敵を倒して、経験を積め』って、町の人が言ってたよね?」
「あの魔物は、とても強そうですわ」
「どうする?」

 問われた3人は、強い拒否反応を見せる。

「初めてのお相手が、あのサイズというのは、ためらわれますわ」
「ぼく、あいつを素手で殴れる自信ない」
「あたいなんて、まだ回復魔法のひとつも使えないんだぜ!」

「まあ、回復魔法が使えたところで、俺らじゃ、一撃で即死だろうな。普段着だもの」

 そう言って、ミキモトは、自分が着ている、いかにも頼りなさそうな服のえりを軽く引っ張ってみせた。

「みんなの言う通り、俺も、全く戦う気が起きない。どうしたもんかね」

 逃げ惑う人々の喧騒が遠ざかっていき、それと入れ替わるように、多くの足音が、町の出口に向かってくる。
 この町に滞在していた勇者達が、各々のパーティを連れてやってきたのである。

「まずは、俺がる」

 そう言って前に進み出たのは、モヘジだった。彼は、ミキモトを一瞥いちべつして言った。

「おめえらじゃ、傷ひとつつけられねえ」
「俺もそう思う」
「そこでおとなしくしてな」
「そうさせてもらう」

 よろいや、帷子かたびらで身を固めたモヘジのパーティが、ミキモト達の横を通り過ぎ、町の出口へと歩いていった。
 
 町と外の境界線を挟んで、モヘジ達とサイクロプスはにらみ合った。

「いくぞ!」

 勢いよく、町の外へと躍り出たモヘジパーティは、2人ずつに分かれて、サイクロプスの両サイドへと回り込んだ。
 モヘジが、鉄のつるぎで、サイクロプスの右足の小指を斬りつけた。
 少し痛かったのか、サイクロプスの大きなひとつ目が、さらに大きく開かれた。

 続いて、戦士が、剣で右のふくらはぎを刺し、僧侶は逆サイドからメイスで左のくるぶし付近を殴りつけ、魔法使いが、股間にファイアーボールを放った。
 ファイアーボールは、サイクロプスの腰ミノを少し燃やしただけで、程なくして消えてしまい、ダメージを与えるには至らなかった。

「グゴォォォォォ」

 この攻撃に激昂げっこうしたサイクロプスは、左足を大きく持ち上げ、そのまま魔法使いを踏みつけた。サイクロプスの足の下から、骨の砕ける音と、何かが破裂する音が鳴ったのと同時に、血しぶきが飛び散った。魔法使いは、血溜まりの中で、厚さ数センチの肉塊になり、絶命した。

「くそ!」

 モヘジは、魔法使いの死体を見て言った。

 残りの3人は攻撃の手を緩めずに、サイクロプスの、足の指やら、すねやらを攻撃したが、嫌がらせ程度のダメージにしかなっていないようだった。
 サイクロプスは、左に振り向きざま、上体を下げ、僧侶の上半身目がけて、低空の右フックを振り抜いた。僧侶は、腰から、背中側に真っ二つに折れて死んだ。

「くそ! くそ!」

 モヘジと戦士は、歯を食いしばりながら、サイクロプスの後方から攻撃をしかける。しかし、大したダメージを与えることはできない。

 サイクロプスは、再度、左回りに振り向き、右足で、道端みちばたの小石でもるように、戦士の身体を蹴飛けとばした。戦士は、派手に回転しながら、数十メートル吹っ飛んでから、地面に転がり、身体中からだじゅうの関節が、あらぬ方向に曲がり、人間とは思えない形になって、死亡した。

「くそ! くそ! くそ!」

 1人残されたモヘジは、目に涙を浮かべ、膝を震わせながらも、つるぎで、サイクロプスの向こうずねを斬りつけたが、次の瞬間、巨大な手に身体からだを掴まれ、持ち上げられた。

 サイクロプスは、両手でモヘジを掴み、顔の前まで持ってくると、左右の腕に力を込めて、雑巾を絞るように、たがい違いに回転させた。

 モヘジは、帷子かたびらごと、内臓という内臓をねじ切られ、巨大な手の中で、グシャグシャにひしゃげて息絶えた。
 サイクロプスは、モヘジの身体からだを左右に引きちぎり、血の雨を降らせながら、咆哮ほうこうした。

 モヘジパーティが全滅するさまを見ていたミキモトは、降りかかる血のしずくを受けながら、独りごちた。
「うーむ、。壮絶そうぜつ。多少の防具じゃ役に立たんね」

 レイジィは、冷たい微笑を浮かべながら言った。
「ああ、心が洗われるようですわ」

 リージュは、90度に曲げた右腕の先で握りこぶしを作った。
「……よし」

 アイドラは、あからさまに嬉しそうだった。
「うっしゃあ! いい気味だぜ」

 三者三様の喜びを見せるパーティメンバーに向かって、ミキモトは言った。
「こらこら。いくら嫌なやつだったからって、人が死ぬのを見て喜ぶのは、趣味が悪いよ」

「はっ。申し訳ございません。わたくしとしたことが。つい本音が」
「ぼく、あいつ嫌い。もっと死ね」
「いやー、スカッとしたぜ」

 レイジィ達が溜飲りゅういんを下げている間に、周囲に散らばっていた、モヘジパーティの死体は消滅し、それと同時に、サイクロプスが負っていた小さな傷がふさがっていく。

 すると、次に控えていたパーティが前に出て、戦いを挑んだ。しかし、モヘジ達同様、サイクロプスは、彼らを、文字通り、ちぎっては投げちぎっては投げて殺していった。

 その後、2つのパーティーが全滅した後、ミキモトが、ふと、視線を後ろにやると、モヘジパーティが、再びこちらに向かって来ているのが見えた。教会で仲間を生き返らせてきたらしく、みな、先ほどの死にざまが嘘のように、元気そうだった。

 やってきたモヘジパーティは、サイクロプスの前に作られた、死の順番待ちの、列の最後尾についた。

「モヘジのやつ、また戦うみたいだな」

 レイジィが、遠慮がちにたずねる。

「あの、ミキモト様。わたくし達は、戦わなくてよいのでしょうか」
「え? 戦いたいの?」
「いえ、わたくしも、戦いたいわけではないのですが、他のみなさま、戦っておられますし」
「ぼく、あれとは戦いたくない」
「あたいらじゃ、絶対勝てないぜ?」

 レイジィが、死の行列を指差しながら言う。

「こちらに並んでいるみなさまも、わたくし達より強いとはいえ、あの魔物には全く勝ち目がないにもかかわらず、戦っているではないですか」

 ミキモトが言った。

「実は、俺もさっきから不思議だったんだ。なぜ、こいつらは、こうまでしてサイクロプスと戦ってるんだろうな」

 レイジィ達は、きょとんとした顔でミキモトを見て、それ以上、何も言わなかった。

 しばしの時が過ぎ、モヘジ達を含め、だいたい全てのパーティが2回ほど全滅を繰り返した頃、ミキモト達は、サイクロプスの八面六臂はちめんろっぴの活躍を見ながら、今後について話し合っていた。

「この戦いは、永遠に続いてしまうんでしょうか。あそこに並んでいるみなさまでは、何百回戦っても、あの魔物に勝てそうにありません」
「繰り返す、悲劇」
「おいおい、どうすんだよ。あたいら、ずっとここで、殺戮さつりくショウを見せられるのか?」

「いや。そう長くは続かない。状況は、どんどんまずくなる」

 ミキモトの発言を裏付けるかのように、少しずつ変化が現れた。全滅後に復活し、町の出口に戻ってくるパーティの中に、ひつぎを引きずったパーティが出てきたのである。

 それを見たレイジィが不思議そうに言った。

「あら、どうして仲間を生き返らせてあげないのかしら」
「ゴールドが足りないんだろう」
「あ……。しかし、町の存亡がかかっているのですよ。教会の神父様も、今はゴールドを取っている場合ではないでしょう」
「教会のやつらは、ゴールドの亡者もうじゃだ。勇者の生き死にや、町の安全など知ったことじゃないんだよ」

 城から出てきて、仲間3人分のひつぎを引きずった、モヘジが、列の後方まで来ると、膝から崩れ落ちて、泣きわめいた。

「駄目だ! ゴールドも底をついた。俺1人になっちまった。何回やっても、あいつには勝てねえ。俺は……俺は……もう……無理だ」

 モヘジの心の中で、何かが折れた。次の瞬間、モヘジの装備品と、仲間の入ったひつぎが消え去った。
 モヘジは、勇者をやめた。

「俺は、普通の町民として生きていく。旅立つ前の新米勇者達に、役立つ情報を教えながら暮らすんだ。……それまで、町が残ってればの話だがな」

 そう言い残して、モヘジは、町の奥へと消えていった。

「えらそうにミキモト様をののしったわりに、先にモヘジ様が勇者をやめてしまいましたわね」
「あいつ、勇者の才能なかった」
「ああいうやつが、無駄な情報を話す町民になるんだな」

 ミキモトは決断した。

「おい。死人にむち打ってる場合じゃない。今すぐに町を出よう。勇者自体の数も減るとなると、いよいよ絶望的だ」
「しかし、なにか、策がおありなのですか? 町の唯一の出口を、あの魔物にふさがれているのですよ」

「他のパーティが戦ってる間に、横をすり抜けよう」
「そんなことが可能なのですか?」
「たぶんな」

「ここに居ても、ジリ貧」
「よっしゃ。いっちょ、チャレンジしてみるか」

「もし失敗したら、生き返って、何度かやってみよう」

 ミキモト達は、町の出口直前まで進み、サイクロプスの戦いが、もう少しの間は続きそうなことを確認してから、一気に駆け出した。
 どこかのパーティの戦士に足を振り下ろしているサイクロプスの背中を横目に、ミキモト達は脱出を果たした。

 4人は、安全と思われる場所まで一気に駆け抜けた。

「よかった。1回めで上手くいったな」

「緊張しましたわ」
「ドキドキ。でも、少し楽しかった」
「ったく。敵から逃げるのが、最初の冒険とはな」

「ははっ。俺達らしくて良いじゃないか」

 笑って返したミキモトは、ふと、後ろを振り返った。そこには、今もなお虐殺ぎゃくさつを続けるサイクロプスの姿があった。しかし、ミキモトの目は、そのはるか上空に浮かぶ 、黒い影に釘付けになった。

「ミキモト様。どうかされましたか?」

 呼ばれて、一瞬、レイジィを見てから、視線を戻すと、その影は、もうなくなっていた。

「いや、なんでもない」
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