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その道のプロ
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日曜日、ヒデオは、約束通り繁華街でミキと落ち合い、ミキに先導されるままに、ある店へと向かった。
「着いたー。ここ、ここ」
その店は、繁華街の中にある、雑居ビルの四階にあった。
看板には、「ファントムバスター 相談無料!」と書かれていた。
二人は、エレベーターで四階へと上がった。
エレベーターの扉が開くと、そこには薄暗い空間が広がっていた。店舗内に、直接エレベーターが設けられている造りだ。
エレベーターを降り、周囲を見回すと、コンクリートの壁に、白い布が張り巡らされている。そこには、経文から始まり、梵字や十字架、六芒星などが描かれ、無節操な宗教のごった煮の様相を呈していた。
「うわー、雰囲気あるねー」
ミキが言う。
そう言われても、ヒデオには、これがどういう雰囲気なのか、よく分からない。
店の奥に、赤い布を被せた長テーブルが置いてあり、テーブルの上には、金色の三叉燭台が一対。その燭台の上では、六つの炎が静かに揺れている。
テーブルの中央には、分厚いクッションの中央に、水晶玉が鎮座しており、その奥で、中年の女主人が、獲物を見るような目で、二人を見つめていた。
女主人は、頭に紫のベールを被り、胸には十字架のネックレス、手には数珠を持っていた。身体は、無数の金属で装飾された、極彩色のドレスに包まれており、そのゆったりとしたドレスをもってしても、誤魔化すことができないほどに、恰幅が良かった。
ミキは心の中で呟いた。うわー。サイケな鏡餅みたい。ウケる。
「ヒデオはここで待っててね」
そう言うと、ミキは、テーブルに近付いていき、小声で、女主人に言った。
「あのー、すみません」
「いらっしゃいませ。わたくし、ゴータマ・ヨシエと申します」
「え、ゴータマってなんか、聞いたことある。モーゼ? モーゼの本名だっけ?」
「釈迦です。私は、釈迦の末裔なのでございます」
「マジで! すごーい」
「今日は、どのようなご用件でいらっしゃいましたか?」
「ちょっと相談させて欲しいんですけど」
「どうぞ。相談は無料で承っております」
ヨシエは、穏やかな笑みを浮かべて応えた。
「たちの悪い霊に憑かれちゃったみたいなんですが、そういうのの除霊とかもやってもらえるんでしょうか」
不安そうな表情を浮かべて、ミキが尋ねると、ヨシエは、待ってましたとばかりに答える。
「ご安心ください。私は、世界中のあらゆる宗教に通じ、あらゆる神に呼びかけることができます。私に、祓えない霊はいません」
「あは。心強い」
「では、早速、見てみましょう」
そう言って、ヨシエは、水晶玉に手をかざし始める。
「あ、私じゃなくて、あっちの彼なんですけど」
「もちろん、存じております。全て見えていますから」
ヒデオは、二人が何ごとかやりとりしているのを、離れたところから見ていた。会話の内容はよく聞こえないが、しばらくすると、ミキが自分を指差し、その後、手招きした。
「ヒデオ、来て来てー」
呼ばれて、テーブルの近くまで行くと、ヨシエが言った。
「なるほど。あなたの後ろに……居ますね」
やはり、居るのか。監視者はここまで付いてきている。そして、この太い女性にはそれが見えているらしい。
「もっと詳しく見てみましょう」
ヨシエは、そう言うと、水晶玉に手をかざして、呪文を呟き出した。
しばらくの間、水晶玉の数センチ上の空間を、撫で回すように両手を動かしてから、水晶玉を覗き込み、ヨシエは言った。
「見えてきました」
何が見えてきたのかと、ヒデオも水晶玉を覗き込み、言った。
「私には何も見えませんが」
「ウケる」
「静かに!」
ヨシエは、厳しい目でヒデオを一瞥し、水晶玉から離れるように牽制した。
意味が分からず、ヨシエを凝視しているヒデオを、笑顔のミキが、引き剥がすように下がらせた。
再び、水晶玉に目を落としながら、ヨシエは言った。
「あなたの後ろに……血に塗れた……侍が居ます」
ヒデオは、状況が把握できず、尋ねた。
「侍? 侍というと、あの、刀を腰に差した戦士ですか?」
「そうです」
ヒデオは後ろを振り返り、言った。
「誰も居ませんが」
「ヒデオには見えないだけで、ヨッシーには見えてるんだよ。だってモーゼの孫だもん」
「釈迦の末裔です。さすがに、孫ではありません」
ヨシエは、穏やかな笑みを湛えて、言った。
ヒデオは、相変わらず状況が把握できない。
「その侍は、何故、私の後ろに居るんですか?」
「彼は、あなたに対して、非常に強い恨みを持っています」
「私は、侍に恨まれる覚えが無いのですが」
「あなたの……先祖が原因です」
混乱は深まるばかりだった。
自分の先祖が、地球に来て、侍に対して、何か悪事を行ったということなのか。
「私の先祖が、いつ、何をしたんですか?」
「今から、約……三百年前、江戸時代中期……。うう……」
「どうしました? 三百年前に何があったんですか?」
「ここからは有料になります」
「えー、ヨッシー、相談は無料って言ったじゃーん」
「ここから先を見るには、非常に大きな力を使いますので、相談の域を超えてしまうのです」
何ということだ。ただでさえ、今、金は貴重だというのに。しかし、ここまで聞ければ、あとは本部のデータベースで、何か調べられるかも知れない。
ヒデオは、気になっていた、別の疑問を口にした。
「私が家で見たのは、侍ではなく、女性だったのですが」
ヨシエは、目を細め、少し間を置いてから言った。
「その女性は、傀儡に過ぎません。侍が、より上位の層から彼女を操っているのです」
なるほど。監視者の中にも組織があり、侍が彼女の上司であるということなのか。
無言で考え込むヒデオに、ヨシエは畳み掛ける。
「このままでは、とても良くないことが起こります。あなたの身が危険です。ですが、私なら、あなたから、彼らを引き離すことができます」
監視を外すことができる。これは、ヒデオにとって、まさに渡りに船の言葉であった。
「ヨッシーさん。ぜひ、お願いします」
ヨシエは、微笑みながら少し頷く。
「百万円になります」
「たっかーい。なんで、そんな高いのー」
ミキが、目を丸くして、素っ頓狂な声を出した。
「この侍は、とても手強いのです。引き離すためには、二柱の神の力を借りる必要があります。神の力を借りるとなれば、このくらいの金額はかかってしまうのです」
ヒデオは、考えた。
神、とは地球人が生み出した概念であって、実体が無いものではなかったか。実体が無いものの力を借りることができるのか。しかも、それには金がかかるという。
「お金を払うと、神は力を貸してくれるのですか?」
「貸してくれます。神は、お金が大好きなのです」
ヒデオは、人間社会の複雑さに、理解が追いつかなかったが、ひとつ分かったことがある。監視を外すには、金がかかるということだ。
「今は、お金がありません。少し待ってください」
「もちろんです。でも、急いだほうが良いでしょう。手遅れになる前に」
微笑みを湛えて、ヨシエは続けた。
「また、いらしてください。私は、いつでも、ここに居ります」
このような珍客を相手にしても、己のスタイルを最後まで貫いたヨシエは、紛うことなきプロであった。
「着いたー。ここ、ここ」
その店は、繁華街の中にある、雑居ビルの四階にあった。
看板には、「ファントムバスター 相談無料!」と書かれていた。
二人は、エレベーターで四階へと上がった。
エレベーターの扉が開くと、そこには薄暗い空間が広がっていた。店舗内に、直接エレベーターが設けられている造りだ。
エレベーターを降り、周囲を見回すと、コンクリートの壁に、白い布が張り巡らされている。そこには、経文から始まり、梵字や十字架、六芒星などが描かれ、無節操な宗教のごった煮の様相を呈していた。
「うわー、雰囲気あるねー」
ミキが言う。
そう言われても、ヒデオには、これがどういう雰囲気なのか、よく分からない。
店の奥に、赤い布を被せた長テーブルが置いてあり、テーブルの上には、金色の三叉燭台が一対。その燭台の上では、六つの炎が静かに揺れている。
テーブルの中央には、分厚いクッションの中央に、水晶玉が鎮座しており、その奥で、中年の女主人が、獲物を見るような目で、二人を見つめていた。
女主人は、頭に紫のベールを被り、胸には十字架のネックレス、手には数珠を持っていた。身体は、無数の金属で装飾された、極彩色のドレスに包まれており、そのゆったりとしたドレスをもってしても、誤魔化すことができないほどに、恰幅が良かった。
ミキは心の中で呟いた。うわー。サイケな鏡餅みたい。ウケる。
「ヒデオはここで待っててね」
そう言うと、ミキは、テーブルに近付いていき、小声で、女主人に言った。
「あのー、すみません」
「いらっしゃいませ。わたくし、ゴータマ・ヨシエと申します」
「え、ゴータマってなんか、聞いたことある。モーゼ? モーゼの本名だっけ?」
「釈迦です。私は、釈迦の末裔なのでございます」
「マジで! すごーい」
「今日は、どのようなご用件でいらっしゃいましたか?」
「ちょっと相談させて欲しいんですけど」
「どうぞ。相談は無料で承っております」
ヨシエは、穏やかな笑みを浮かべて応えた。
「たちの悪い霊に憑かれちゃったみたいなんですが、そういうのの除霊とかもやってもらえるんでしょうか」
不安そうな表情を浮かべて、ミキが尋ねると、ヨシエは、待ってましたとばかりに答える。
「ご安心ください。私は、世界中のあらゆる宗教に通じ、あらゆる神に呼びかけることができます。私に、祓えない霊はいません」
「あは。心強い」
「では、早速、見てみましょう」
そう言って、ヨシエは、水晶玉に手をかざし始める。
「あ、私じゃなくて、あっちの彼なんですけど」
「もちろん、存じております。全て見えていますから」
ヒデオは、二人が何ごとかやりとりしているのを、離れたところから見ていた。会話の内容はよく聞こえないが、しばらくすると、ミキが自分を指差し、その後、手招きした。
「ヒデオ、来て来てー」
呼ばれて、テーブルの近くまで行くと、ヨシエが言った。
「なるほど。あなたの後ろに……居ますね」
やはり、居るのか。監視者はここまで付いてきている。そして、この太い女性にはそれが見えているらしい。
「もっと詳しく見てみましょう」
ヨシエは、そう言うと、水晶玉に手をかざして、呪文を呟き出した。
しばらくの間、水晶玉の数センチ上の空間を、撫で回すように両手を動かしてから、水晶玉を覗き込み、ヨシエは言った。
「見えてきました」
何が見えてきたのかと、ヒデオも水晶玉を覗き込み、言った。
「私には何も見えませんが」
「ウケる」
「静かに!」
ヨシエは、厳しい目でヒデオを一瞥し、水晶玉から離れるように牽制した。
意味が分からず、ヨシエを凝視しているヒデオを、笑顔のミキが、引き剥がすように下がらせた。
再び、水晶玉に目を落としながら、ヨシエは言った。
「あなたの後ろに……血に塗れた……侍が居ます」
ヒデオは、状況が把握できず、尋ねた。
「侍? 侍というと、あの、刀を腰に差した戦士ですか?」
「そうです」
ヒデオは後ろを振り返り、言った。
「誰も居ませんが」
「ヒデオには見えないだけで、ヨッシーには見えてるんだよ。だってモーゼの孫だもん」
「釈迦の末裔です。さすがに、孫ではありません」
ヨシエは、穏やかな笑みを湛えて、言った。
ヒデオは、相変わらず状況が把握できない。
「その侍は、何故、私の後ろに居るんですか?」
「彼は、あなたに対して、非常に強い恨みを持っています」
「私は、侍に恨まれる覚えが無いのですが」
「あなたの……先祖が原因です」
混乱は深まるばかりだった。
自分の先祖が、地球に来て、侍に対して、何か悪事を行ったということなのか。
「私の先祖が、いつ、何をしたんですか?」
「今から、約……三百年前、江戸時代中期……。うう……」
「どうしました? 三百年前に何があったんですか?」
「ここからは有料になります」
「えー、ヨッシー、相談は無料って言ったじゃーん」
「ここから先を見るには、非常に大きな力を使いますので、相談の域を超えてしまうのです」
何ということだ。ただでさえ、今、金は貴重だというのに。しかし、ここまで聞ければ、あとは本部のデータベースで、何か調べられるかも知れない。
ヒデオは、気になっていた、別の疑問を口にした。
「私が家で見たのは、侍ではなく、女性だったのですが」
ヨシエは、目を細め、少し間を置いてから言った。
「その女性は、傀儡に過ぎません。侍が、より上位の層から彼女を操っているのです」
なるほど。監視者の中にも組織があり、侍が彼女の上司であるということなのか。
無言で考え込むヒデオに、ヨシエは畳み掛ける。
「このままでは、とても良くないことが起こります。あなたの身が危険です。ですが、私なら、あなたから、彼らを引き離すことができます」
監視を外すことができる。これは、ヒデオにとって、まさに渡りに船の言葉であった。
「ヨッシーさん。ぜひ、お願いします」
ヨシエは、微笑みながら少し頷く。
「百万円になります」
「たっかーい。なんで、そんな高いのー」
ミキが、目を丸くして、素っ頓狂な声を出した。
「この侍は、とても手強いのです。引き離すためには、二柱の神の力を借りる必要があります。神の力を借りるとなれば、このくらいの金額はかかってしまうのです」
ヒデオは、考えた。
神、とは地球人が生み出した概念であって、実体が無いものではなかったか。実体が無いものの力を借りることができるのか。しかも、それには金がかかるという。
「お金を払うと、神は力を貸してくれるのですか?」
「貸してくれます。神は、お金が大好きなのです」
ヒデオは、人間社会の複雑さに、理解が追いつかなかったが、ひとつ分かったことがある。監視を外すには、金がかかるということだ。
「今は、お金がありません。少し待ってください」
「もちろんです。でも、急いだほうが良いでしょう。手遅れになる前に」
微笑みを湛えて、ヨシエは続けた。
「また、いらしてください。私は、いつでも、ここに居ります」
このような珍客を相手にしても、己のスタイルを最後まで貫いたヨシエは、紛うことなきプロであった。
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